おてんば企画のヴィーナスたち

ちひろ

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おてんば企画のオンリーワンたち

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 三者三様とはよくいったもので、それぞれが持ち味を発揮しながら、仕事や恋に夢中のおてんばトリオ。多様性の時代らしく、個性満載の顔ぶれがそろった。小説『おてんばプロレスの女神たち』シリーズをお読みの皆さんはご存じだと思うが、この三人にはビジネス上の共通項があった。
 女経営者の日奈子をはじめ、美央やジュリーらが夢中になっているのが、おてんばプロレスという女子プロレスごっこ団体であった。いくら“ごっこ”とはいえ、遊びや趣味でとり組んでいるわけでなく、正しくは、おてんば企画の新規事業のひとつといった方がいいだろう。おてんば女子大学の女子プロレスごっこ団体・おてんばプロレスの活動を全面的にバックアップしながら、新たなイベント事業の創出をめざしていたのだ。
 おてんばプロレスのリングでは、三人ともレスラーとしての顔を持っていた。もちろんプロではなく、あくまでも女子プロレスラーもどきではあったが、それなりに大きな人気を誇っていたのである。
◇美央   ⇒ ジャッキー美央
◇日奈子  ⇒ プレジデント日奈子
◇ジュリー ⇒ ジュリー
というリングネームで、それぞれが女子ローカル・プロレスの世界で暴れまくっていた。彼女ら三人の活躍ぶりについては、『おてんばプロレスの女神たち』シリーズをお読みいただくとして、経営者の日奈子にしてみれば、出版不況から脱出するための大いなる一手であることだけはたしかだった。
 マーケットの成長を支援する広告企画会社としては、もはや紙媒体やホームページの制作だけではやっていけない。これからはイベント性の高い企画も組み合わせながら、コトづくりにも力を注いでいかなければ、と日奈子は考えていたのだ。それにハマったのがプロレス、しかも女子力発揮しまくりの女子プロレス“ごっこ”だったのである。
 負けるわけにいかなかった。一時は(いや、一時どころか何度も)廃業を考えていた日奈子の英断により、プロレスという未知なる人生にチャレンジを始めたおてんば企画。その渦に巻き込まれながらも、美央やジュリーは自分流の闘いを演じきり、おてんばプロレスというオンリーワンの果実を実らせようとしていたのである。
 「ネバーギブアップ」というスローガンに触発されたのか、近頃は会社の後輩の安子までが、「私もプロレスラーになろうかしら」なんていい出す始末。いいぞ、やれやれ。美央からの闘魂(酒飲み魂?)注入で、すっかりタフになった安子(あんこ)の女子力を見せつけてやるんだ。あんこ椿は恋の花とかなんとか、そんな昔の歌もあったっけ。
 そうした中、おてんば企画主催の「おてんばプロレス」スペシャルイベントが開催されたのは、街中がジングルベルの音楽に包まれたクリスマスイブのことであった。
 会場はおてんば市の郊外にある、老舗のニューおてんば温泉の宴会場。三百人ほどを収容できる座敷は、すでにキャパオーバーであった。「本日は入場をお断りしています」なんて声を張りあげながら、安全上の理由から入場制限をすべく、スタッフが立ちまわっていた。
 スペシャルマッチは、プレジデント日奈子&赤毛のアン子組 vs(バーサス) ジュリー&ジャッキー美央組。
 赤毛のアン子は、もちろん安子のリングネームである。赤毛のアン風のコスプレを身につけた安子に対し、会場から「かわいい」という声がはじけ飛んだ。「えへへ」なんて照れ笑いを浮かべる安子は、まるでお人形さんのような愛くるしさであった。
 日奈子のコスチュームは、クリスマスらしくサンタクロースのコスプレ。入場のシーンでは、来場者向けに飴やチョコレートをばらまいたところ、これがまた大受け。子どもたちが大喜びだったことはいうまでもないだろう。
 シンデレラをモチーフにしたお揃いのコスプレを身にまとったジュリーと美央の美女コンビには、男性陣から「ヒューヒュ~」という歓声が沸き起こった。あまりのかわいらしさに「デイトして」とか「結婚して」とか、会場全体がやんややんやの大騒ぎに包まれたのである。すっかりシンデレラ気分の美央は、最前列のある人物に顔を向けると、色っぽいしぐさを計算に入れながら、軽くウインクをしてみせた。
 じつをいうと、この日は最前列の特別席に三人の男子を招いていた。日奈子憧れの檀崎社長と、ジュリーの同級生である浩司、そして美央が狙っているナオキの三人であった。
 まるで美男のおてんば三銃士。日奈子の目には檀崎が王子様に見えたし、ジュリーから見て浩司は気になる男子であった。美央の視界には、もちろんナオキしか映っていなかった。
 「よーし、とっておきのゲストの前で、いいところを見せるからね」と怪気炎をあげる日奈子だったが、その言葉通り見応えたっぷりの一戦となった。
 プレジデント日奈子の豪快なドロップキック、ジュリーの十八番であるサブミッション、ジャッキー美央お得意の七種類のスープレックス。どこでどう覚えたのか、赤毛のアン子までが、あっと驚きのタイガードライバーを披露した。安子がいうには、二十四時間営業のスポーツジムに通い、ずいぶんと体を鍛えあげたという話だが、その成果は目に見える形で実を結んでいるようだ。
 闘うヴィーナスたちの全身から放たれる汗で、会場は一気にヒートアップした。会場を支配しているのは「はぁはぁ」という闘う女たちの息づかい。「なんだよ、てめーは」「くそっ、くるならきてみろ」というけんか腰のフレーズに混じって、「あん」とか「やめて」とか、どこか猥雑な声も聞かれた。頂点を制したのは、女子力全開の美央であった。
 試合は十分四十七秒、美央がアン子をバックから押さえ込むと、そこにジュリーがラリアットを決め、そのまま美央がジャーマン・スープレックスでアン子を仕とめたのである。
 スリーカウントが入った瞬間、場内を包み込む大歓声。リング内にピンクの紙テープが投げ込まれる中、「してやったり」という表情を浮かべる美央にジュリーが抱きついた。美央は美央で、ジュリーのことを同性と思っているのか、ジュリーのか細い体をギュンと抱きしめた。
 「やったよ、やった。やったわ」。
 リングに映える“ジュリミオ”コンビの大勝利。ふだんはデスクワークに追われている、おてんば企画のスタッフたち-編集のアシスタントやら経理の担当者やら、みんな日奈子の鶴のひと声で助っ人に駆り出されたのである-も、半ば興奮をしながら肩を叩き合っていた。
 「こんなにみんなが喜んでくれるなんて、今日のイベントは大成功よ」といい、社長の日奈子が満面の笑みを浮かべた。興奮すると、誰かれかまわず、キスをしまくるという淫乱癖のある日奈子だったが、檀崎がいるからなのか、この日はぐっとこらえていた。淑女を気どる、やせ我慢社長。生まれて初めてのプロレスの洗礼に、悔しさをにじませていた安子も笑顔をのぞかせた。
 「今夜は鳥クイーンで祝杯かな。完敗に乾杯なーんて」といい、だじゃれ好きの安子が少女のようなえくぼを見せた。
 全員がノーサイド。最後はスマイルで締めくくるのが、おてんば企画流であった。
 日奈子の視線の向こうでは、檀崎社長が拍手を送っている。浩司もナオキも、おてんば企画のヴィーナスたちに熱いまなざしを向けていた。
 いつの間に現れたのだろう、よく見たら会場の隅っこの方に、おてんば第一建設のガテン親父たちが勢ぞろいしていた。あきれたことに一升瓶を手に、まっ赤な顔で酒盛りを始めている。あのね、お花見じゃないんだから。
 特別に招待を受けた三人の男衆を代表し、檀崎がマイクをつかんだ。いかにもジェントルマンという檀崎の風貌に、観客の一部から「かっこいい」「役者さんみたい」という声がはじけ飛んだ。そのじつ、檀崎はよく映画俳優のアラン・ドロンに似ていると、もてはやされたことがある。おてんば市のアラン・ドロンが吠えた。
 「おてんばプロレスは、今やおてんば市を代表する名物イベントのひとつです。本家本元のおてんば女子大学とも連携を図りながら、商工会議所の青年部としても全力で応援していきます。おてんば市ならではの宝物を、みんなで盛りあげましょう!」という力強いメッセージに、大きな拍手が沸き起こった。
 リングに咲き誇る女神たちにピースサインを送る浩司とナオキ。ガテン系男子もイケメン大学生も、みんながみーんな、おてんばプロレスという小劇場に魅せられた証であった。
 おてんば企画・プロレス事業部の挑戦はこれからも続く。地方都市にある編集プロダクションが、女子プロレス事業にチャレンジするという構図は、日本で唯一、いや、世界的にもオンリーワンのできごとであろう。
 「プロレスも編集もデザインも(ついでに恋も)みんなで力を合わせて、まだまだやるわよー。未来に向かって、えい、えい、おてんば~~~っ!!」という日奈子の雄叫びならぬ雌叫びに、おてんば市がひとつになった。
 その瞬間を動画や画像でとらえ、SNSにアップしたファンが少なくとも五十人はいたはずである。おてんば企画という小さな花の種が世界中に広がるまで、そう多くの時間がかからないことを日奈子らお騒がせヴィーナスたちはまだ知らずにいた。おてんば企画、ボンバイエ。
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