おてんば企画のヴィーナスたち

ちひろ

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男の娘(こ)・ジュリーのときめき

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 「しばらく見ないうちに、すっかりガテン系になったのね」。
 ジュリーの言葉を借りるまでもなく、久しぶりに再会した小・中学校時代の同級生の浩司は、いかにも職人気質というガテン系男子に生まれ変わっていた。身長が伸びたと見えて、ジュリーよりも十センチ、いや十五センチは高かった。浩司君って、たしか昔は卓球部かなんかにいて、地味で目立たない男子だったんだけど、変われば変わるものだわとジュリーは思っていた。
 「そういうジュリーこそ変わっただろ。まさか女子になってしまうなんてな」という浩司のひとことに、「いやいや、こう見えても浩司君と同じ性別だから」なんて苦笑いを浮かべるジュリーだったが、純女に見られていること自体、ちょっと嬉しいような照れがあるような――。
 「いや、それにしてもジュリーって、結構ミニスカートが似合うんだな。うちの会社の親父連中が大騒ぎするのもわかるよ。お前の魅力には俺(おら)も惚れてしまいそう」だなんて。浩司君ったら、かわいい。それに純粋。そう思ったら、一回ぐらいデイトしてあげてもいいかなという想いに駆られるジュリーなのであった。たまには純男の同級生と外で会って、小中学校時代の思い出話に花を咲かせるのも悪くないかなぁ。
 浩司がジュリーを誘うのではなく、ジュリーが浩司をけしかける形で、ふたりの初デイトが実現したのは、厳しい残暑が続く九月上旬のことである。場所はおてんば市の郊外にある、おてんばスキー場。何を隠そう、シーズンオフはハイキングコースとして人気があり、ぜひふたりで行ってみようということになったのだ。
 本当であれば、ジュリーがお弁当を作ってあげればよかったのだが、なんと驚いたことに、この日は浩司がお弁当を作ってきてくれた。春巻きやら卵焼きやら、「えっ、これって本当に浩司君が作ったの!?」と疑いたくなるようなメニュー。ご飯には緑黄色野菜のふりかけがかけてあり、よくよく聞いたら、これもまた浩司君のお手製らしい。えっ、ふりかけまで作っちゃうなんて、すごすぎ。
 「このお弁当、なんだか知らないけど、すごくかわいらしいじゃないの」。
 「うん、そうなんだ。俺って、じつは弁当男子なんだよなぁ」とかなんとか照れているけど、浩司君ったら素敵。きゃっ、きゃ。ぜひお嫁さんになってほしいなーんて、ジュリーはホルモン剤の影響で、ちょっとだけ膨らみを帯び始めた胸をときめかせた。
 ガテン系の男子が、そのじつお弁当王子だったとは、世の中わからないものである。中学生の頃、試合に負けたとかなんとかいいながら、体育館の外で泣いていた浩司君のことを思い出した。泣くなんて。繊細だったんだね、やっぱり。
 今日の自分たちって、なんだか時を超えたカップルみたい。案外お似合いだったりして――ジュリーは思っていた。見た目的には熱々のカップルに見えても、実際のところは同級生の男子がふたりで肩を並べて、草原を眺めながら、お弁当を食べている図はやっぱり変かもしれなかったが。
 「はい、あーんして」。
 半分冗談でプチトマトを浩司君の口もとに運んであげたら、これがまた照れる、照れる。うふふ。男子をからかうのっておもしろい。ていうか、自分も男子なのに何なんだろ、この胸のときめきは。
 「まさかとは思うんだけど、私って男子が好きなの? 以前までは、日奈子社長に憧れていたはずなのに‥‥」とジュリーは自問自答をするのであった。
 近頃はまるで思春期の女子にでもなったような気分。ひょっとして女性ホルモンの採りすぎかも――なんていう心配をしながら、こんな人気(ひとけ)のない山の中で、浩司君に告白されたらどうしようとジュリーは思っていた。ガテン系の浩司君のことだから、きっとたくましいその腕で私を抱きしめてくれるに違いない。浩司君とだったら、い・い・か・な。キスまでなら平気よ。なんちゃって。嘘だから。
 そんな妄想に駆り立てられながら、女心ならぬ男の娘(こ)心を「ドキドキ」や「わくわく」で満たし続けるジュリーを冷やかすかのように、軽やかな秋色の風が草原を駆け抜けていった。
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