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元気印の女子・美央の逆襲
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ゲンちゃんという愛しの市役所マンにフラれた美央。失恋の痛手は癒(い)えていなかったが、喪失感やら虚脱感やら、行き場のない感情を美央は仕事とアルコールにぶつけていた。
連日の残業に連夜の生ビール。三回に一回ぐらいは安子がつき合ってくれたが、そうでないときは単身、まるで吸い寄せられるように飲み屋街に出かけていく始末。お財布の中からは、絶えずSOS信号が出ていたが、近頃は安く飲むコツを覚えた。親父向けのスペシャル晩酌セットを頼むのが、一番リーズナブルであることに気づいたのである。
美央は、おてんば市内にある実家から通っていたので、朝まで飲むなんていう馬鹿げたことはできないまでも、実家の敷地内にある離れに住んでいたこともあり、夜半過ぎの一時とか一時半とかまでなら許容範囲だろうと、無理やり自分にいい聞かせていた。ところがカロリーの高いものばかり飲み食べした結果、一か月余りで体重は二・五キロも増えてしまった。
「あーん、どうしよう。ス、スカートが入らない」と焦りまくる美央だったが、じつは最近になり新たな楽しみがひとつだけできていた。美央が通い詰めている鳥クイーンというお店に、美央の好みにド・ストライクの男子アルバイターが入ってきたのである。
その名をナオキといって、地元のみちのく学院大学の学生らしい。大学三年生というから、おそらく二十歳か二十一歳。「私の方が四、五歳オバさんかぁ」と考えると、ブルーな気持ちに染まる美央であったが、それでも元気を出して「新しい恋を見つけなくちゃ」と自らを奮い立たせているのであった。
夜のとばりが降りる頃、「こんばんは! 今夜も定時出社(来店)で~す」なんて、おどけまくるPM十一時半の女・美央に対し、ナオキはいつもさわやかな笑顔で出迎えてくれた。きっとナオキの目には、ひょうきんなお姉さんぐらいにしか映っていないのかもしれないが、些細なことがきっかけで恋の花が咲くこともある(たぶん)。どうあがいてもホストクラブなんかには行けないわけだから、せめて一日の終わりぐらい、大好きな男子のそばにいたっていいじゃないのよと美央は思っていた。おてんば企画にも男子社員はいたが、その数わずかに三人。好み的にストライクならまだしも、全員がボールなのであった。
おてんば市のある南東北で梅雨明け宣言が報じられた、ある日のこと。美央がデザインを担当している自社媒体『おてんばだより』の誌面の中に「イケメン発見!」というコーナーがあり、自薦・他薦を問わず、毎回イケメンをひとりずつ紹介しているのだが、次号は駅前の焼き鳥屋でアルバイトに精を出している大学生の田中直樹君をとりあげるという情報が美央の耳に飛び込んできた。おてんば企画にとっては、広告のスポンサーでもある地元商店会の会長が推薦してくれたらしい。
「直樹君って、もしかしてナオキ君!?」と思わず美央が驚きの声をあげた。
「あら、あなた直樹君という大学生のことを知っているの?」と社長の日奈子が聞いてきたが、「いや、そのナオキ君かどうかはわからないんですけど‥‥」といい、とりあえず事前に送られてきたプロフィールを見せてもらったところ、あっ、どうやら間違いない。まるで美央のハートから発せられる熱波が伝わりでもしたかのように、あのナオキが取材対象に選ばれたのだ。
「きゃっ、きゃ」なんて大騒ぎをしながら、ナオキのプロフィールを読み返すと、
〇趣味:ラーメンの食べ歩き
〇特技:スケートボード
〇将来の夢:海外で暮らすこと
なんていう項目がある中、よーく見たら
〇好みの女性:明るく楽しく元気な年上
という記述があるではないか。
「好みの女性が明るく楽しく元気な年上ねぇ。うーん、どう考えても私のことだわ」と思った瞬間、美央の全身に百万ボルトのパワーがみなぎってきた。LOVEという名のハイパワー。私がデザインを担当している情報誌に、あのナオキが登場するなんて。これはきっと神様のいたずら。今度お店に行ったときは、「ねぎま一本にレバー一本。手羽先も一本ほしいかな。あ、それからナオキをひとり」なーんて頼んじゃったりして。「絶対に絶対に絶対、私たちは結ばれる運命にあるんだわ」と一方的に胸をときめかせる美央なのであった。
こうなったら今夜も行くわよ。今夜どころか、明日も来週も来月も――。待っててね、ナオキ。ぼんやりとした頭で、そんなことを考えているうちに、美央の妄想の扉が全開になった。
――舞台は海の見えるイタリアンのお店で ある。
――ワイングラスを傾けながら、「きれいだね」と口にするナオキ。
――「本当ね。こんなにきれいな海を見るのは久しぶり」。
――そういい返す美央に「いや、きれいなのは海じゃなくて、君のことさ」。
――「好きだ。結婚しよう」といい、そっと指輪をさし出してくるナオキ。
――いやーん、やめて。やめてやめて、ナオキったらやめないで。
――胸の鼓動が、ほら、こんなに高まっているじゃないのよ。
――そんなに私のことがほしいなら、あ・げ・る。
――ナオキ、ナオキ、ナオキ。ナオキってば~、私を抱いて。
会社でパソコンの画面を見つめながら、ニヤリとする美央に気づいて、「だ、大丈夫ですか、美央先輩」といい、安子が心配顔で話しかけてきた。「大丈夫ですか」も何もない。一見ラリっているようにも見えるが、われらが美央はいつでも前向き志向、残業疲れも飲み疲れもどこ吹く風であったのである。
会社の窓からは、パノラマのような蔵王山脈が輝いて見えた。
連日の残業に連夜の生ビール。三回に一回ぐらいは安子がつき合ってくれたが、そうでないときは単身、まるで吸い寄せられるように飲み屋街に出かけていく始末。お財布の中からは、絶えずSOS信号が出ていたが、近頃は安く飲むコツを覚えた。親父向けのスペシャル晩酌セットを頼むのが、一番リーズナブルであることに気づいたのである。
美央は、おてんば市内にある実家から通っていたので、朝まで飲むなんていう馬鹿げたことはできないまでも、実家の敷地内にある離れに住んでいたこともあり、夜半過ぎの一時とか一時半とかまでなら許容範囲だろうと、無理やり自分にいい聞かせていた。ところがカロリーの高いものばかり飲み食べした結果、一か月余りで体重は二・五キロも増えてしまった。
「あーん、どうしよう。ス、スカートが入らない」と焦りまくる美央だったが、じつは最近になり新たな楽しみがひとつだけできていた。美央が通い詰めている鳥クイーンというお店に、美央の好みにド・ストライクの男子アルバイターが入ってきたのである。
その名をナオキといって、地元のみちのく学院大学の学生らしい。大学三年生というから、おそらく二十歳か二十一歳。「私の方が四、五歳オバさんかぁ」と考えると、ブルーな気持ちに染まる美央であったが、それでも元気を出して「新しい恋を見つけなくちゃ」と自らを奮い立たせているのであった。
夜のとばりが降りる頃、「こんばんは! 今夜も定時出社(来店)で~す」なんて、おどけまくるPM十一時半の女・美央に対し、ナオキはいつもさわやかな笑顔で出迎えてくれた。きっとナオキの目には、ひょうきんなお姉さんぐらいにしか映っていないのかもしれないが、些細なことがきっかけで恋の花が咲くこともある(たぶん)。どうあがいてもホストクラブなんかには行けないわけだから、せめて一日の終わりぐらい、大好きな男子のそばにいたっていいじゃないのよと美央は思っていた。おてんば企画にも男子社員はいたが、その数わずかに三人。好み的にストライクならまだしも、全員がボールなのであった。
おてんば市のある南東北で梅雨明け宣言が報じられた、ある日のこと。美央がデザインを担当している自社媒体『おてんばだより』の誌面の中に「イケメン発見!」というコーナーがあり、自薦・他薦を問わず、毎回イケメンをひとりずつ紹介しているのだが、次号は駅前の焼き鳥屋でアルバイトに精を出している大学生の田中直樹君をとりあげるという情報が美央の耳に飛び込んできた。おてんば企画にとっては、広告のスポンサーでもある地元商店会の会長が推薦してくれたらしい。
「直樹君って、もしかしてナオキ君!?」と思わず美央が驚きの声をあげた。
「あら、あなた直樹君という大学生のことを知っているの?」と社長の日奈子が聞いてきたが、「いや、そのナオキ君かどうかはわからないんですけど‥‥」といい、とりあえず事前に送られてきたプロフィールを見せてもらったところ、あっ、どうやら間違いない。まるで美央のハートから発せられる熱波が伝わりでもしたかのように、あのナオキが取材対象に選ばれたのだ。
「きゃっ、きゃ」なんて大騒ぎをしながら、ナオキのプロフィールを読み返すと、
〇趣味:ラーメンの食べ歩き
〇特技:スケートボード
〇将来の夢:海外で暮らすこと
なんていう項目がある中、よーく見たら
〇好みの女性:明るく楽しく元気な年上
という記述があるではないか。
「好みの女性が明るく楽しく元気な年上ねぇ。うーん、どう考えても私のことだわ」と思った瞬間、美央の全身に百万ボルトのパワーがみなぎってきた。LOVEという名のハイパワー。私がデザインを担当している情報誌に、あのナオキが登場するなんて。これはきっと神様のいたずら。今度お店に行ったときは、「ねぎま一本にレバー一本。手羽先も一本ほしいかな。あ、それからナオキをひとり」なーんて頼んじゃったりして。「絶対に絶対に絶対、私たちは結ばれる運命にあるんだわ」と一方的に胸をときめかせる美央なのであった。
こうなったら今夜も行くわよ。今夜どころか、明日も来週も来月も――。待っててね、ナオキ。ぼんやりとした頭で、そんなことを考えているうちに、美央の妄想の扉が全開になった。
――舞台は海の見えるイタリアンのお店で ある。
――ワイングラスを傾けながら、「きれいだね」と口にするナオキ。
――「本当ね。こんなにきれいな海を見るのは久しぶり」。
――そういい返す美央に「いや、きれいなのは海じゃなくて、君のことさ」。
――「好きだ。結婚しよう」といい、そっと指輪をさし出してくるナオキ。
――いやーん、やめて。やめてやめて、ナオキったらやめないで。
――胸の鼓動が、ほら、こんなに高まっているじゃないのよ。
――そんなに私のことがほしいなら、あ・げ・る。
――ナオキ、ナオキ、ナオキ。ナオキってば~、私を抱いて。
会社でパソコンの画面を見つめながら、ニヤリとする美央に気づいて、「だ、大丈夫ですか、美央先輩」といい、安子が心配顔で話しかけてきた。「大丈夫ですか」も何もない。一見ラリっているようにも見えるが、われらが美央はいつでも前向き志向、残業疲れも飲み疲れもどこ吹く風であったのである。
会社の窓からは、パノラマのような蔵王山脈が輝いて見えた。
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