境界線スペクトル 〜Ema in the 26th century〜

杙式

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一.雪豹のいる山脈

戦闘開始

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 草むらから勢いよくオレグは飛びだした。

「畜生!」

 川べりを警ら中だったセイレーノス二型はすぐにオレグを補足する。
 走りながらオレグは道端の石を手にすると、まっすぐにセイレーノス二型に向かっていく。

「母さんとアセルを返せ!」

 だがその攻撃の手が届く前に、セイレーノス二型の上部から伸びたアームによってあっさりと拿捕だほされる。

 オレグは宙吊りになりながらも手にした石をアームに叩きつける。
 だがアームは頑丈で装甲の塗装を軽く削るばかりだ。

 がむしゃらに身体をよじらせながらオレグはエマの話を思い出していた。





『オレグの家族は機械マシンに捕まっている可能性がある。それはセイレーノス二型が最初の時点でオレグを殺さなかったことから可能性として十分に考えられることだ。セイレーノス二型は戦闘用ではないが、レーザー銃は装備済みだ。オレグを殺そうと思えば簡単にできたはずだが、それをせずに追いかけてきた。ということは、捕縛の命令が下っていたんじゃないかと推測できる』

 もし、その推測が正しければ、同様にオレグも捕まれば、家族のいる場所まで案内してくれるというわけだ。

『まあ、だが……』

 ミケランジェロが冷淡に告げる。

『あれは旧型でかなり古い。ただ単純にレーザーを撃てるほどのエネルギーを補填できていなかったという可能性もある』

 その場合はオレグは捕まると同時に殺されることもあるのだと言外にほのめかす。

『あとは、捕まったオレグをわたしたちが見捨てる可能性もなきにしもあらずだし』

 エマすら不吉なことをさらっと口に出す。

 不安げに見上げるオレグに向かってエマは微笑んだ。

『だから、嫌なら逃げたっていいし、やめてもいい』

 オレグは地面を見つめた。
 洞穴の中にはなけなしの生活道具が散乱し踏みにじられている。
 機械がやったことだ。
 こうやっていつも自分たちは機械に踏みにじられてきた。
 その目を避け逃げて隠れて生きてきた。
 それしかできなかった。

 オレグは首をゆっくりと横に振る。

『逃げるもんか』

 拳をきつく握りながらもオレグは震えていた。

『怖いの?』

『そう……だね。怖いよ……。でも怖がっていたら、またミケに馬鹿にされるよね』

『なぜそう思うんだ? 生き物には生存本能がある。死の危険を目前にして怯えないものなどいないだろう。当たり前の反応じゃないのか』

『へへっ。そっか。俺、ミケのこと誤解していたのかも。いい奴に思えてきた』

『そうでしょう。ミケは言葉が率直すぎて誤解されやすいんだよ』

 エマとオレグは目を合わせて含み笑いをする。

『なんだよ。ふたりして』

 ミケランジェロは怪訝な顔をする。

 本音を言うのなら怖くないといえば嘘になった。
 もちろん怖いのだ。
 だがそれ以上にオレグの胸を占める思いがあった。
 ゆっくりと顔を上げる。

『俺……怖い。でも、嬉しいんだ。ずっと無力で、なにもできなくて。だから、こんな俺にもできることがあって、嬉しい……!』

 エマを見つめるその瞳には決意が灯っていた。

『俺にできることがあるなら、なんだってやるよ』





 石を手にし暴れるオレグの抵抗はそこまでだった。
 セイレーノス二型に岩場に叩きつけられ気を失う。

「ひゃあ。痛そう。でもどうやら殺されなかったみたいね」

「第一関門突破ってところか」

 ネブルのステルスシールドのもとでふたりはようすを窺っていた。

 おとなしくなったオレグを平べったい六角柱の背中に乗せると、セイレーノス二型は歩きだす。
 岩場を二本の脚で器用に進んでいく。
 しばらく行くと森のなかに入り、小一時間ほど歩き続けるとその森も抜けた。

 そこは開けた場所だった。
 湖が広がり空が見渡せた。
 湖畔の砂場には輸送機が停まっている。
 シルバーの機体で全長約15メートル、全高八メートル弱、主翼上部に四つのプロペラがついている。

「あれは、垂直離陸輸送機KLISカライスか」

 ミケランジェロが囁く。

「最悪と幸運の混在だな。偶然近くを航行予定だったんだろう。オレグたち家族の報告を受けてついでにピックアップすることにしたんだ」

「ということは、オレグの家族は生きてる?」

「可能性は上がった。しかも機内には他の人間もいるだろうな。恐らく連合共和国レップの中心部に連れて行く途中だったんだ」

 連合共和国リパブリック――通称レップとは正確には国名ではない。
 世界を掌握した後、機械は宣言した。
 最早、国も国境もないと。
 そしてこの大地は機械たちの支配のもと、連合共和国とされ、場所を示す場合は名前ではなく緯度と経度をもとにした座標が用いられるようになる。
 だが数値化された場所は人間たちには馴染まず、人間同士が場所を示す場合は旧地名が用いられることがまだ多かった。

「じゃあ間違いなくビアーも搭載されているってわけね」

 量産型人型戦闘兵器BIA機――通称ビアーは、爆撃機などで破壊されたコミュニティの最後の仕上げを担当する、容赦ない殺戮兵器であるとともに強力な兵士だ。
 全身を朱色で塗装され、それは炎の色だとも血の色だとも畏怖された。

「まあでもやることはひとつなのよね」

 勢いよくエマはこげ茶色のマントを抜ぐ。
 首にはゴーグル、身体の曲線にピッタリとフィットした漆黒のパワーアシストスーツを装着している。
 機械化している左腕左脚とパワーバランスを取るためでもあった。

 ゴーグルをつけると、ポーンとジャンプし二十メートルほど先にいたセイレーノス二型の上に着地する。
 セイレーノス二型がエマに気づくと同時にエマはオレグを抱きかかえ、背中のベルトからつかを取ると、それをセイレーノス二型の胴体に向かって振り下ろす。
 シュンと光の筋とともに胴体とその背後の湖が真っ二つに割れた。

「うーん。力の加減がなあ」

 エマの持つ武器からプラズマが放出された。
 黒い柄の中央で輝くオレンジ色の球体はミューオン触媒核融合の反応によるもので、プラズマのエネルギー源となっている。
 鋼鉄も難なく切断する強力な武器である一方で力の制御が難しく、エネルギーをむやみに放出し辺りを破壊しかねないため遠距離攻撃には向かない。
 そのため、もっぱら直接エネルギーを叩きつけるという原始的な攻撃にエマは用いていた。

 セイレーノス二型の爆発音を聞きつけてKLISカライスのハッチが開き、機内からは朱色の人型兵器ビアーがぞろぞろと姿を現した。
 その数は七体。
 腕は地面につくほど長い。

 エマは抱えたオレグを木陰にいたミケランジェロに渡す。

「エマ、輸送機は壊すな。あれごと乗っ取る」

「簡単に言うわね。ホント人使いが荒い」

「もとはといえば、だれのせいだと思ってるんだ」

 エマはぺろっと舌をだすと、身軽にバック転しながらビアーの待つ戦場に戻る。

 ビアーの胴体が一瞬沈んだかと思うと、発射するようなジャンプをしてエマに向かってくる。
 その数は三体。
 ギュイイインと耳の痛くなるような音がする。
 ビアーの長い腕が高速回転していた。
 ビアーは武器を持たず、自身を武器として扱う。
 腕を回転ノコギリのようにして攻撃をする他、力も強く、ときにはひとの首を引きちぎるなどの力任せの攻撃をする。
 それが人間にとって余計に恐怖をあおる結果となっていた。

 ガガガガガガッ!

 さっきまでエマがいた場所の岩が削れる。
 エマは跳躍して避けながら、柄を握りしめる。

「ミケ! 準備はオーケー?」

「問題ない。3、2、1――展開する!」

 ネブラが空に飛び上がると同時に、ミケランジェロの視界には黒い別の空間が映っていた。
 そこは音もなくにおいもなく、黒い空間には光の明滅だけがあり宇宙空間にも似ていた。
 ビアーや輸送機KLISカライスの体内にはオレンジ色の光の粒がめぐり、その光の粒は上空に向かって行ったり来たりを繰り返している。
 まるで体中の血管が空につながっているようにも、空からたらされた操り糸に操られているようにも見える。
 あれはケルーブ・ハイ・ネットワークとの接続を表していた。
 ケルーブ・ハイ・ネットワークは機械専用のネットワークでクラウド上のホストと定時疎通する。
 機械は人間が作ったネットワークを掌握、支配、利用し、現在もまだ拡大させつづけていた。

 エマもまた左腕と左脚を中心に光を放っていた。
 夜光虫のような青色のまたたきで、あれと同じ信号シグナルをミケランジェロは他では見たことがない。
 スタンドアロンの輝きだ。

 ミケランジェロがてのひらをかざすと、その上には紫色の光のキューブが表れる。
 よく観察するとそれは0と1の数字で形成されているのがわかる。
 キューブは一瞬縮むと、次の瞬間には広がり、上空のネブラを終点に輸送機を含むそこらの空間を呑みこんだ。

「ようこそ。僕の世界へ」

 攻撃を中断し、ビアーは空を見上げキョロキョロとする。
 通信を試みるも、ネットからは遮断されていた。

 エマはすかさずビアーのふところに飛びこむとプラズマの刃を叩きつける。
 一体は崩れ落ちながら爆発をするも、近くにいた二体がエマを追撃する。
 回転した腕の刃がエマを狙う。
 だがエマの目はその刃の隙きを捉える。
 太もものベルトにくくりつけられていたジルコニアでコーティングされたセラミックの小型ナイフを手にすると、腕の支点に向かってつぎつぎに投げつける。
 それは装甲の間に鋭く刃を立て、耳に痛い甲高い音とともに、高速回転していた腕が急停止する。

 あとは簡単だった。
 二体に素早く近づき、プラズマの刃を食らわせ、ナイフを回収する。

 エマは振り返り、残り四体となったビアーに向き合う。

 だが、四体の身体はゆがむようにしてその場から掻き消える。
 まるで蜃気楼の膜に覆われたかのように姿が見えない。

「メタマテリアルか……!」

 ズバンッとエマのすぐ横の地面が切断される。
 エマは五感を研ぎ澄ませなら、ビアーの攻撃を寸前で避ける。

「ミケ!」

 ふう、とミケランジェロは物憂げにため息をついた。

「ここは僕の世界だ。好き勝手はさせないさ」

 いまや紫の数字に満ちた黒い空間のなかでミケランジェロはおもむろに手を叩いた。
 音は鳴らないが波紋が空間に伝播でんぱする。
 波打つ空間に洗われるようにしてビアーの表面を覆っていたメタマテリアルはげ落ちた。

 ぺろりとエマは唇をめた。

 迫っていたビアーを蹴上げ、その反動で回転しながら白刃を食らわす。

「四体目!」

 爆風で後方に飛ばされながら、近づくビアーを捉える。
 二体は腕を高速回転させ、一体は後ろからエマを捕まえようと長い腕を伸ばし迫る。

 もともと自爆ありきの量産型だ。
 エマもろとも片付けてしまおうというのだろう。

 背後から迫っていたビアーに向かってエマは左手を差しだす。
 ビアーは躊躇ためらうことなく四本指でその手を握る。
 ひとの頭を片手で潰せるほどの握力を持っているのだ。
 躊躇う理由など無論なかった。

 だが――。

 エマの左手はその機械の手を容易たやすく粉砕した。
 装甲や配線が飛び散るなかで、エマはつかんだビアーを残る二体に向かって投げつける。

 投げられたビアーは高速回転する刃の餌食になる。
 耳障りな音を立てながら、切断される。

「五体!」

 仲間を切り刻むことによってビアーはエマに隙きを与えてしまった。
 ばらばらになった仲間の影に隠れたエマを瞬間見失う。

 そしてそれは命取りだった。
 気づいたときにはもう遅く、プラズマの刃に貫かれていた。

「六体、七体! はいっ、らっくしょう!」

 背中のベルトに柄を戻しゴーグルを外したエマは、ミケランジェロを振り向く。

「七体とも完全に中央処理装置CPUが破壊されている。これならもう動けないな」

「時間は?」

「破壊時の緊急通信は遮断しているし、撹乱かくらんはしているが、稼げて三十分だ。戦闘機が来たら対抗の余地はない。ここから早急に撤退するのが望ましい」

「あーあ。仕方ないかあ」

 エマはがっくりとしてため息をつく。雪豹ゆきひょうはおあずけということだ。

 意識を失ったままのオレグをエマは担ぐと、輸送機KLISカライスのなかへ向かった。

 飾り気のない鉄板がきだしの機内は、前方にしか窓がなく影が落ちていた。
 それほど広くない場所には、半透明のシリコンで手脚を拘束されたみすぼらしい女性と子どもばかりが詰めこまれている。
 その目は怯え、ハッチから入ってきた人影を誰もが息をこらし見つめていた。

 エマはそんな空気に構うことなくマイペースだ。

「わあ、1、2、3――11人! 随分かき集めたのね」

「大方、中央に連れて行って実験台にするつもりだったんだろう。女と子どもばかりということは、抵抗したものたちは殺されたと推測できるな」

 壁際に身を寄せている女性のひとりがハッとした表情をし、叫んだ。

「オレグ!」

 オレグと同じ貫頭衣を来た黒髪の女性だ。

「ああ。あなたがオレグの母親ね。大丈夫。ちょっと気を失っているだけだから。ほら、起きて、オレグ」

 肩に担いでいたオレグを床に下ろすと、エマは頬を軽く叩いた。

「うーん。お腹すいた……」

 むにゃむちゃ言いながらオレグは目をこする。

「呑気なやつだ」

 目を覚ましたオレグはまばたきを繰り返しながら辺りを見回す。

「ここ、どこ? ……え? かあさん?」

「オレグ! オレグ、よかった無事で」

「母さん!」

 手脚を拘束されたままの母親にオレグは抱きつく。
 母親の目からは涙がこぼれ落ちた。

「えーっと。感動の対面中に悪いんだけど、ひとつ教えて」

 エマはザックのなかから時計型の通信機を取りだし、オレグの母親に突きつける。

「あなた、これをどこで手に入れたか知ってる?」

 じっと見つめ、オレグの母親は首を横に振った。

「知らないんです。夫が見つけたもので、いつ手に入れたのかも」

 エマはその答えを聞いて落胆する。
 嘘をついているようすはなかった。

「そう、残念」

「なあ、あんたたち」

 頬かむりをした中年の女性のひとりが、勇気を振り絞って声をかける。

「一体何者だい? なにしにここに来たんだ」

「何者ってこともないけど、あなたたちの敵ではないつもりよ。機械の王国には連れて行くつもりはないから、まあ、助けにきたようなものよ」

「ほ、本当かい」

 拘束された人々の顔に安堵が広がり、口をつぐんでいたひとたちもざわめき始める。

 そんななか、辺りをきょろきょろと見回していたオレグが首を傾げて母親に尋ねた。

「あれ? そういえばアセルは?」

「アセルは――……」

 言葉を失った母親は再び涙する。
 今度の涙は嬉し涙ではなかった。

「え? 母さん、どうしたの?」

 オレグは戸惑いながら泣き崩れる母親を支える。
 そこへ、どこにいたのか、ローブを羽織った小さな影が機内の奥から駆け寄ってきた。

「もしかして、あれがアセル?」

 エマが呟く。
 そのローブの主はまっすぐにこっちに向かってくる。

「馬鹿っ!」

 ミケランジェロがエマを力任せに押した。

 ローブの間からは小さな手が伸びていた。
 それは想像以上の長さを持っていて、エマを突き飛ばしたミケランジェロの腕をつかむ。

 ――ミシッ。

「糞!」

 腕のきしむ音を聞いたミケランジェロは悪態をつくも、抵抗する間など最早なかった。
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