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九 オープン・ザ・ドア
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慧がはしごをのぼりきるころには十和はすでに工場に侵入していた。
ドアノブはありがたいことにすんなりと回った。
ドアを開けたと同時に、銃の発砲音が慧の耳に届く。
慧は不安げに下を見下ろす。
いますぐにでも駆けつけたくなる自分を、目を瞑って抑える。
「十和なら大丈夫」
言い聞かせるように呟き、ドアの内側に歩を進める。
ダブルは強い。
きっと切り抜けられる。
銃の発砲音はなかなかやまずに鳴り響いていた。
もしかしたら十和はわざと目立った真似をして、ひとを集めているかもしれない。
そう気づいて慧は小さく舌打ちする。
しばらくすると、発砲音はピタリと止んで辺りは静まり返った。
慧は一瞬後ろを振り返るが、頭を振って前へ進む。
ここで引き返す意味はない。
十和を信じると決めたのだ。
網状の鉄の通路には、明かりはなく、ペンライトの明かりが頼りだ。
錆びて剥きだしの大小様々な配管が通路を所狭しと覆っていて、まるで巨人の内臓のなかをさまよっているような気分だ。
ドアを二、三開けたところで、広々とした吹き抜けの場所にでる。
慧はペンライトを消し、姿勢を低くする。
すでに日が沈んでしまっていたが、どこかで明かりが灯っており、目が利く程度にぼんやり明るい。
置き去りにされたプラントで視界が狭まる。
慧は注意しながら前に進む。
機械の稼働音がかすかに響いている。
奥に瑠璃色のミセリコルディアの入ったガラスのタンクを見つける。
しかもひとつだけではなく、三つ並んでいる。
そのすぐ近くの地面には、鹿妻と茜がいた。
それに若い男の見張りがひとり、銃を手にして落ち着きなく歩き回っている。
しばらくようすを窺っていたが、見張りはどうやらひとりだけらしい。
しかも通路とはいかないが、都合のいいことに男の頭上までダクトは伸びていた。
慧は通路からダクトに移り、男の上あたりにきたところで、飛び降りる。
異変に気づいて男が上を見たときには、すでに遅かった。
銃を構える間もなく慧が落ちてくる。
勢いに任せて鋏の柄で殴打すると男は簡単に意識を失った。
男の銃を蹴って飛ばし、その手に手錠をかける。
「鹿妻さん怪我は?」
「その声は慧ちゃん!?」
目隠しをされた鹿妻が驚いて声をあげる。
「俺は大丈夫。ちょっと殴られたくらいで、怪我はしてない」
「無事でよかった」
慧は駆け寄り、目隠しを取り、後ろ手に縛られた鹿妻の縛めも解く。
「十和も一緒なんだ。ふた手に分かれて、わたしのほうがひと足速かったみたい。茜ちゃんを連れてすぐにここを離れよう。外に局長もいる。すぐ応援を――……」
「ありがとう慧ちゃん」
不意に鹿妻が慧に抱きついてきた。
衝撃に目が眩む。
慧は思わぬ状況に呼吸が止まった。
いや、実際に呼吸が止まっていた。
正しくは、呼吸がうまくできなくなっていた。
鹿妻がゆっくりと慧から離れると、慧の胸には銃口が突きつけられていた。
「それから、ごめんね」
鹿妻は泣いていた。
そして、その手が慧をゆっくりと押し、突き放す。
胸から血が溢れだす。
状況が呑み込めないまま慧は地面に膝をつき、その場に倒れた。
生暖かいものが頬を濡らして、それが自分の血だと気づく。
「せめて苦しまないように、心臓を狙ったよ」
「か……づま…さ……」
「慧ちゃん。俺たちの、礎に、なってくれるかい」
鹿妻の涙が慧に降り注ぐ。
慧はなにか声をかけたいが、もううまく言葉がでてこない。
口が力なくパクパクと動いたきりだ。
鹿妻の姿を目に焼きつけながら、重くなっていく瞼にあがらえず、徐々に瞼を閉じる。
――知っていた。
慧は思う。
鹿妻がなにかを強く想っていたことを。
諦められずにいたことを。
どうしても叶えたい願いのためには、どんな犠牲だって払うだろうことを。
知っていたのだ。
だから。
だから――……。
ドアノブはありがたいことにすんなりと回った。
ドアを開けたと同時に、銃の発砲音が慧の耳に届く。
慧は不安げに下を見下ろす。
いますぐにでも駆けつけたくなる自分を、目を瞑って抑える。
「十和なら大丈夫」
言い聞かせるように呟き、ドアの内側に歩を進める。
ダブルは強い。
きっと切り抜けられる。
銃の発砲音はなかなかやまずに鳴り響いていた。
もしかしたら十和はわざと目立った真似をして、ひとを集めているかもしれない。
そう気づいて慧は小さく舌打ちする。
しばらくすると、発砲音はピタリと止んで辺りは静まり返った。
慧は一瞬後ろを振り返るが、頭を振って前へ進む。
ここで引き返す意味はない。
十和を信じると決めたのだ。
網状の鉄の通路には、明かりはなく、ペンライトの明かりが頼りだ。
錆びて剥きだしの大小様々な配管が通路を所狭しと覆っていて、まるで巨人の内臓のなかをさまよっているような気分だ。
ドアを二、三開けたところで、広々とした吹き抜けの場所にでる。
慧はペンライトを消し、姿勢を低くする。
すでに日が沈んでしまっていたが、どこかで明かりが灯っており、目が利く程度にぼんやり明るい。
置き去りにされたプラントで視界が狭まる。
慧は注意しながら前に進む。
機械の稼働音がかすかに響いている。
奥に瑠璃色のミセリコルディアの入ったガラスのタンクを見つける。
しかもひとつだけではなく、三つ並んでいる。
そのすぐ近くの地面には、鹿妻と茜がいた。
それに若い男の見張りがひとり、銃を手にして落ち着きなく歩き回っている。
しばらくようすを窺っていたが、見張りはどうやらひとりだけらしい。
しかも通路とはいかないが、都合のいいことに男の頭上までダクトは伸びていた。
慧は通路からダクトに移り、男の上あたりにきたところで、飛び降りる。
異変に気づいて男が上を見たときには、すでに遅かった。
銃を構える間もなく慧が落ちてくる。
勢いに任せて鋏の柄で殴打すると男は簡単に意識を失った。
男の銃を蹴って飛ばし、その手に手錠をかける。
「鹿妻さん怪我は?」
「その声は慧ちゃん!?」
目隠しをされた鹿妻が驚いて声をあげる。
「俺は大丈夫。ちょっと殴られたくらいで、怪我はしてない」
「無事でよかった」
慧は駆け寄り、目隠しを取り、後ろ手に縛られた鹿妻の縛めも解く。
「十和も一緒なんだ。ふた手に分かれて、わたしのほうがひと足速かったみたい。茜ちゃんを連れてすぐにここを離れよう。外に局長もいる。すぐ応援を――……」
「ありがとう慧ちゃん」
不意に鹿妻が慧に抱きついてきた。
衝撃に目が眩む。
慧は思わぬ状況に呼吸が止まった。
いや、実際に呼吸が止まっていた。
正しくは、呼吸がうまくできなくなっていた。
鹿妻がゆっくりと慧から離れると、慧の胸には銃口が突きつけられていた。
「それから、ごめんね」
鹿妻は泣いていた。
そして、その手が慧をゆっくりと押し、突き放す。
胸から血が溢れだす。
状況が呑み込めないまま慧は地面に膝をつき、その場に倒れた。
生暖かいものが頬を濡らして、それが自分の血だと気づく。
「せめて苦しまないように、心臓を狙ったよ」
「か……づま…さ……」
「慧ちゃん。俺たちの、礎に、なってくれるかい」
鹿妻の涙が慧に降り注ぐ。
慧はなにか声をかけたいが、もううまく言葉がでてこない。
口が力なくパクパクと動いたきりだ。
鹿妻の姿を目に焼きつけながら、重くなっていく瞼にあがらえず、徐々に瞼を閉じる。
――知っていた。
慧は思う。
鹿妻がなにかを強く想っていたことを。
諦められずにいたことを。
どうしても叶えたい願いのためには、どんな犠牲だって払うだろうことを。
知っていたのだ。
だから。
だから――……。
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