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2:暴虐の姫君と地獄の魔竜
015 炎の魔竜3
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「アンネリーゼがいなければ即死だった」
「どういう理屈よ」
私を横抱きにしたまま、ユーディットは着地する。
ちなみに、花嫁にやる方じゃなく小脇に抱える方だ。
荷物かよ。
お陰さまで浮ついていた気分が一瞬で冷めた。
「君の瞳を見つめてたから、そこに映ってた異変に気付けたんだよ」
「色気出した口調で言っても無駄だから! 内容が剣呑すぎてロマンチックが亜音速で遠ざかってるから!」
すり鉢状の更地の真ん中に、人の形をした魔竜が立っていた。
真紅のドレスも赤みがかった美しい金髪も土に塗れ、雪花石膏のような肌には無数の切り傷や打撲痕がある。
左腕の骨は肘の半ばほどで折れ、右足が腫れて引きずるようにしている。
鼻と切れた額から垂れた血で、ヴォレルカリリスクの怒りの形相はより凄絶なものになっていた。
「──認めてあげる」
ヴォレルカリリスクはユーディットを睨め付けながら言い放った。
「あんたはこの姿のままでは壊せない。それを認めてあげる」
「ああ、うん。喜んでいいのかどうか、判断に苦しむなあ、それ」
「でも……私は認めない」
魔竜の瞳がギラギラと輝く。
周囲の空気の温度が、数度上昇したような気がした。
「私より強い存在を、私は認めない」
ヴォレルカリリスクが地を蹴る。
同時に、ユーディットは私を空高く放り投げた。
ん?
おい、ちょっと。
何で投げたし。
私は上空千フィート(約300m)近くのところで緩やかに上昇を停止し、自由落下に移行する。
高えよ。怖えよ。落ちたら死ぬじゃん。どういうことだよ。
地上では二人の化け物の戦いが繰り広げられていた。
ヴォレルカリリスクは原初の魔竜に似た本来の姿──五つの頭を持った巨大な赤竜──に瞬間的に変じていた。
ユーディットの四方八方から、鋭い牙や爪が殺到する。
巨体と手数を生かし、圧倒的なリーチの差でユーディットを追い込むつもりのようだ。
また、遠ざかれば立体機動と|地獄の業火の吐息(ヘルファイアブレス)を駆使して退路を断つ。
息をつかせる間も与えない連撃は、まるで彼女自体が灼熱の暴風になったかのようだ。
変わったのは攻めだけではない。
ユーディットが反撃に転じれば即座に人型に戻り、体を間合いの外に逃がす。
首や腕を搔い潜っての突撃に対しても翼を使い、巨体に似合わぬ精密な空中制動でするりとかわす。
回避の間に合わない素早いカウンターに対しても、鱗の固い部分で受けてダメージを最小限に抑えている。
竜という種の優位を貪欲に利用した戦い。
プライドの高い竜ならば取らないであろう形振り構わぬ戦法だ。
しかし、それが功を奏し、ユーディットの生命を文字通り削り取りつつあった。
ユーディットは吐息や噛み砕きなどの致命打こそ避け続けているものの、それらの大振りの攻撃に混じって放たれる尻尾や爪を避け切れずに何度も身に受けている。
ユーディットは地面に叩き付けられ、血塗れになり、付着した地獄の業火に蝕まれていた。
何この無理ゲー。
巨大化して本性見せたんだから、ずっと巨大化しとけよ。
などと、いつの間にか、あたかもユーディットを応援しているかのようなポジションで実況していた。
でも、それはあくまでも自分の生存のためである。
あいつが負けたらついでに私も消し炭にされそうだからね。ヴォレルカリリスクにはガッカリだよ。
「──っていうか、落ちる! 落ちる! ぎゃー!」
ぼーっとしてるうちに地面が近づいて来た。
バタバタと手を振り回すが、当然それで落下速度が落ちることもない。
飛べよって思うかも知れないけど、私、羽根がついてないタイプの悪魔だし、魔法とか苦手だし。
私が地面に落下する寸前、何か柔らかいものに受け止められた、
かと思えば強い衝撃で脳や内臓をシャッフルされる。
ユーディットが落下寸前でキャッチしてくれたらしい。
いや、でも、もうちょっと取り扱いに注意して欲しいわ。
ワレモノ注意・天地無用・角落厳禁である。
「ごめんね。血とかついちゃって」
「いや、そのくらいは構わないんだけど……」
ユーディットは私を抱えたまま、魔王城の中へと退く。
いや、待って、ちょうどこんな童話聞いたことがあるぞ。
あの童話は人と竜じゃなくて豚と狼だったけど──
ユーディットが壁を蹴り砕いて、隣の広間へと逃げる。
それからわずか一瞬。今まで私たちがいた廊下は黒い炎に包まれて消滅した。
物質界では十指に入る名城と呼ばれた魔王城も、地獄の魔竜にとっては藁の家に等しいようだ。
降り注ぐ地獄の業火の吐息を避けるため、ユーディットは壁を破壊しながら縦横無尽に逃げ続ける。
ヴォレルカリリスクもまた閉所に逃げた獲物を遭えて追おうとはせず、城の上空を旋回しながら巣穴を破壊することに専念していた。
……それにしても。
「あなたたち! 他人の家だからって、少しは遠慮しなさいよ!」
私の叫びは、爆音と破砕音の中に消えた。
「どういう理屈よ」
私を横抱きにしたまま、ユーディットは着地する。
ちなみに、花嫁にやる方じゃなく小脇に抱える方だ。
荷物かよ。
お陰さまで浮ついていた気分が一瞬で冷めた。
「君の瞳を見つめてたから、そこに映ってた異変に気付けたんだよ」
「色気出した口調で言っても無駄だから! 内容が剣呑すぎてロマンチックが亜音速で遠ざかってるから!」
すり鉢状の更地の真ん中に、人の形をした魔竜が立っていた。
真紅のドレスも赤みがかった美しい金髪も土に塗れ、雪花石膏のような肌には無数の切り傷や打撲痕がある。
左腕の骨は肘の半ばほどで折れ、右足が腫れて引きずるようにしている。
鼻と切れた額から垂れた血で、ヴォレルカリリスクの怒りの形相はより凄絶なものになっていた。
「──認めてあげる」
ヴォレルカリリスクはユーディットを睨め付けながら言い放った。
「あんたはこの姿のままでは壊せない。それを認めてあげる」
「ああ、うん。喜んでいいのかどうか、判断に苦しむなあ、それ」
「でも……私は認めない」
魔竜の瞳がギラギラと輝く。
周囲の空気の温度が、数度上昇したような気がした。
「私より強い存在を、私は認めない」
ヴォレルカリリスクが地を蹴る。
同時に、ユーディットは私を空高く放り投げた。
ん?
おい、ちょっと。
何で投げたし。
私は上空千フィート(約300m)近くのところで緩やかに上昇を停止し、自由落下に移行する。
高えよ。怖えよ。落ちたら死ぬじゃん。どういうことだよ。
地上では二人の化け物の戦いが繰り広げられていた。
ヴォレルカリリスクは原初の魔竜に似た本来の姿──五つの頭を持った巨大な赤竜──に瞬間的に変じていた。
ユーディットの四方八方から、鋭い牙や爪が殺到する。
巨体と手数を生かし、圧倒的なリーチの差でユーディットを追い込むつもりのようだ。
また、遠ざかれば立体機動と|地獄の業火の吐息(ヘルファイアブレス)を駆使して退路を断つ。
息をつかせる間も与えない連撃は、まるで彼女自体が灼熱の暴風になったかのようだ。
変わったのは攻めだけではない。
ユーディットが反撃に転じれば即座に人型に戻り、体を間合いの外に逃がす。
首や腕を搔い潜っての突撃に対しても翼を使い、巨体に似合わぬ精密な空中制動でするりとかわす。
回避の間に合わない素早いカウンターに対しても、鱗の固い部分で受けてダメージを最小限に抑えている。
竜という種の優位を貪欲に利用した戦い。
プライドの高い竜ならば取らないであろう形振り構わぬ戦法だ。
しかし、それが功を奏し、ユーディットの生命を文字通り削り取りつつあった。
ユーディットは吐息や噛み砕きなどの致命打こそ避け続けているものの、それらの大振りの攻撃に混じって放たれる尻尾や爪を避け切れずに何度も身に受けている。
ユーディットは地面に叩き付けられ、血塗れになり、付着した地獄の業火に蝕まれていた。
何この無理ゲー。
巨大化して本性見せたんだから、ずっと巨大化しとけよ。
などと、いつの間にか、あたかもユーディットを応援しているかのようなポジションで実況していた。
でも、それはあくまでも自分の生存のためである。
あいつが負けたらついでに私も消し炭にされそうだからね。ヴォレルカリリスクにはガッカリだよ。
「──っていうか、落ちる! 落ちる! ぎゃー!」
ぼーっとしてるうちに地面が近づいて来た。
バタバタと手を振り回すが、当然それで落下速度が落ちることもない。
飛べよって思うかも知れないけど、私、羽根がついてないタイプの悪魔だし、魔法とか苦手だし。
私が地面に落下する寸前、何か柔らかいものに受け止められた、
かと思えば強い衝撃で脳や内臓をシャッフルされる。
ユーディットが落下寸前でキャッチしてくれたらしい。
いや、でも、もうちょっと取り扱いに注意して欲しいわ。
ワレモノ注意・天地無用・角落厳禁である。
「ごめんね。血とかついちゃって」
「いや、そのくらいは構わないんだけど……」
ユーディットは私を抱えたまま、魔王城の中へと退く。
いや、待って、ちょうどこんな童話聞いたことがあるぞ。
あの童話は人と竜じゃなくて豚と狼だったけど──
ユーディットが壁を蹴り砕いて、隣の広間へと逃げる。
それからわずか一瞬。今まで私たちがいた廊下は黒い炎に包まれて消滅した。
物質界では十指に入る名城と呼ばれた魔王城も、地獄の魔竜にとっては藁の家に等しいようだ。
降り注ぐ地獄の業火の吐息を避けるため、ユーディットは壁を破壊しながら縦横無尽に逃げ続ける。
ヴォレルカリリスクもまた閉所に逃げた獲物を遭えて追おうとはせず、城の上空を旋回しながら巣穴を破壊することに専念していた。
……それにしても。
「あなたたち! 他人の家だからって、少しは遠慮しなさいよ!」
私の叫びは、爆音と破砕音の中に消えた。
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