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8.一緒にいたい

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「怪我が治ってきたから……そろそろ里親を探さないと、だよな。……お前がいつまでもそばにいてくれたらな……離れるのキツイな。でも成猫だから時間がかかるかなぁ、そしたらもう少し一緒にいられるか」
 
  村瀬は週末のサービス残業を終えて自宅にたどり着き、その日もいつものように発泡酒を飲みながら猫に愚痴を零し寝落ちするつもりだったがふとそんな言葉をこぼす。胡座をかいた上でゴロゴロと喉を鳴らしながらくつろいでいた猫は耳を跳ねさせると急に顔を上げて村瀬の目を見つめる。
 
「そんな目で見てもだめなんだ。ここはペット禁止のアパートなんだから。貧乏サラリーマンの俺はここ以外いるところがないんだ」
 
 そりゃあ、村瀬だって猫と一緒にいたくないわけじゃない。すっかり生活に入り込み、自分の癒やしになっているこの猫を手放すのは考えただけで苦しい。それに先生がこの猫は自分に心を許して愛情を向けていると言っていた。それを思えばなんとなく裏切るような気もして……。でも、猫のために引っ越し先を探すなどの行動も今の村瀬にはできそうになかった。少しは生活が変わったとはいえ、今までの村瀬がガラリと変わったわけではなかったのだから。
 苦しい思いとモヤモヤする嫌な気分を振り払うかのようにいつもより多めに発泡酒を開ける。自分で里親を見つけるなんて言ってしまったが、この猫をよく素性もわからない人に引き渡すのは嫌かもしれない、それならばあの動物病院と繋がりのある保護団体を通して探してもらったほうが……などと村瀬はアルコールの回った頭で考えていた。
 
「……人間ならいいの?」 
 
 声が聞こえた。村瀬はキョロキョロと部屋を見回す。別に窓も開いていないようだし、音が流れてくるようなものもつけてはいない。幻聴か? いよいよ自分はおかしくなったのか? などと思って苦笑する。
 
「ねえ、人間だったら一緒にいられる?」
 
 明らかに下から聞こえたと思った瞬間、猫の姿が変わり、村瀬の胡座の上に全裸の男が出現する。村瀬は悲鳴を上げて逃げようとするが脚の上に乗られているので逃げられなく、仰け反ってベッドに思い切り頭をつけた姿勢であわあわとしていた。
 
「怖がらないでよ傷つくなぁ、やっと見つけて一緒にいるためにわざわざ怪我までしたっていうのに」
 
  あわあわとしたままの村瀬は「化け物……?」と小さな声で絞り出すように言った。キョトンとした表情の男は村瀬をじっと見つめると目を細めて言った。
 
「喋ったり姿を変えることができるようになっただけで、そんなふうに言われるのはひどくない? でもそんな仲間たちが人間にバケネコだのネコマタだの言われてることも知識としては知ってる」 
「わ、私は、食べても美味しくなんかないぞ!」
 
 消えたいと思っているからといって、食われるのは話が違う。ガタガタと震えながら泣きそうな村瀬の首元に全裸の男はスリスリッと顔を寄せた。
 
「ひぃやぁぁ………」
 
 村瀬は喉笛を噛みちぎられる想像をして恐怖のあまり白目を剥いて気を失ったのだった。
 
 ふと村瀬が気がつくと空が白んできていた。テーブルの上には発泡酒の空き缶がいくつも転がっている。そして側には丸まって寝ている猫がいた。普段は節約も兼ねて一日一本だけにしていたのに珍しくこんなに開けてしまっていたのかと思い、そのせいであんな……。
 
「寝落ちて変な夢見たなぁ……。こいつが喋ったり人間になるなんて。どっこしょ……突拍子もないところはさすが夢……」
 
 洗面所に歯磨きをしに行こうとふらりと立ち上がった村瀬の背後から「夢じゃないよ?」と声が聞こえたと思うと抱きしめられた。
 
「ぎゃっ」
「ねぇ……ホントに俺のことわからないの? 俺はずっと探してたのに?」
「ね……猫に取り憑かれることなんてしてないっ」
「取り憑いてない。ていうか、死んでないよ」
 
 男はくるりと村瀬の身体を自分のほうに向けた。昨夜はすぐに気絶してしまったからよく見ていなかったが、年齢不詳で自分より年下にも年上にも見えるような不思議な雰囲気。無駄な肉のないしなやかな筋肉が美しいとさえ思える男だ。少し切なそうな悲しそうな潤んだ瞳を見て、ひたすらに怯えていた村瀬もほんの少し申し訳なくなってしまった。冷静に考えれば不審者でしかないが、それでもあの猫が姿を変えた瞬間を見ているのだから。
 
「なん、で……私が知ってる猫なんて子供の頃に牛乳あげていたチビしか…………っ、チビ?」
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