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ハルロス視点
9.物売りのマカル
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俺の触手ちゃんは餌でも捕りに行っているのか、部屋の中にはいない。まあ、あれだけ大きくなって知能があるから、今はもうひとりで森をウロウロしていてもそこまで心配はしてないなんだよな。
母になってからは子どもたちの食事を捕るために頻繁に外に行っているし。あいつが小さいときは俺が罠で餌を捕ってあげてたんだよなぁと少し懐かしくなる。タンパク質は少量でも大丈夫みたいだけど、たくさんあっても困るものではないんだと最近知った。これも記録に追記している。
「ぎゃひぃぃぃぃ!」
外から悲鳴が聞こえた。
俺は急いで子触手たちを屋根裏に連れていき、ナタを構えてドアを細く開ける。と、そこにいたのは、俺の触手ちゃんに絡めとられた男だ。よく見てみれば年に二度ほど来る物売りの……。
「触手ちゃん、下ろして! 敵じゃないよ。いい人間!」
「ひぃぃ! ひぃぃぃぃぃぃ!」
彼が来てくれるから、こんな辺鄙なところにずっと引きこもって街にも帰らずに研究を続けていられる。触手ちゃんは大人しく彼を地面に下ろして俺の方にわさわさと移動してきて、すり寄ってきた。いい子だねぇと撫でてやっていると、俺を呆然と見ていた物売りのマカルはハッとしたように叫んだ。
「アンタ、誰っ!?」
「え……マカル、記憶喪失なの? 触手ちゃん、なにかした?」
触手ちゃんは何もというようにブンブンと揺れた。俺がどうしたらいいのかなと思案していると、マカルは恐る恐る話かけてくる。
「……もしかして、ハルロスなのか?」
「もしかしなくてもそうでしょ? どうしちゃったの?」
「どうしちゃったはこっちのセリフだ。見た目が、見た目が全然違う……不健康そうでクマくっきりの今にも倒れそうなヒョロガリハルロスじゃないっ」
「え、なにそれ、ひどい」
そうか、確かに俺も初めてこの姿を見たとき驚いたんだったっけ。すっかり忘れてたなぁ。そしてマカルはまだビクビクと触手ちゃんを見ている。
「あー、えっとぉ、この子は俺の大事な……えっとぉ」
「安全なのか?」
「え、そりゃもう。賢くていい子だよ。そういえば、前回マカルが来て帰ったすぐあとくらいからかな……一緒に暮らしてるというか」
「……なら、いいけど……」
家に招き入れれば、怯えつつも触手ちゃんと一緒に入ってくるマカル。そして出てきていいと言ってないのに好奇心で出てきてしまった子触手たちに囲まれて、マカルはまた悲鳴を上げていた。すまない……。
マカルはそこそこ付き合いの長い物売りで、本来はこんなところに来る人じゃない。ありがたいことに、わざわざ来てくれてるんだ。
俺たちが初めて出会ったのは、マカルが森の中でボロボロになって倒れていたときだ。盗賊にでも襲われたのか、マカルは傷だらけであちこち切られて出血もしていた。ヒョロヒョロの俺が助けるほうが大変だったのだけど、木製の荷台に乗せてなんとか家に連れ帰って看病したというか。
俺は植物の研究もしていたから、傷には薬を作って当ててやり、少しずつ薬湯を飲ませてやった。回復してきたマカルが帰れるようになるまで、俺が世話してあげたというのが縁だ。
予想通り、商人なんかを狙う盗賊に襲われたとかで、相当傷を負っているのに盗賊を振り切って走り、山奥に入って倒れたんだって……無謀だ。いや、その場にいても殺されてたかもしれないんだけど。
背負っていた荷物は奪われたようだけど、腰につけていた貧相に見えるバッグが実はマジックバッグで、そっちに重要なものはしまってあったというんだから抜け目ない。
そんなマカルがお礼にとお金をよこそうそうとするから、そういうつもりで助けたんじゃない俺は、建前上、こんなところでお金なんか役に立たないと断ったんだ。するとマカルはハッとして、『じゃあたまにここに必要なものを届ける』と言いだした。
俺が痩せこけて不健康そうなのを気にしているのか、今は助けてやったときとは逆に世話を焼かれている。義理堅いというか、いい奴なんだよね。でも年に二回来てくれるのは本当に助かってて、次はいつ来るかなって楽しみにしてたんだ。
だから、触手ちゃんを紹介したとも言えるんだけど……。
「つ、つまり、ハルロスがそんな感じなのは……その、触手、のおかげ、だと?」
「うん……まあ」
この見た目になった経緯までは話せないけど、触手ちゃんのおかげではあるから一応頷く。
触手ちゃんが悪いやつじゃないと知ってもらって、そして秘密にしてもらえれば十分なんだ。きっとマカルならわかってくれるだろう。
「俺が数年かけてできなかったことを、触手は数カ月で解決したってのか。やっぱ側にいないと無理なのか」
「ん?」
「いや。それにしても、変わりすぎてて……」
「確かに痩せこけてクマがひどかったもんなぁ」
「わかってたのかよ」
マカルにはわかってたならもっと生活に気をつけろと言われてしまった。もしかして、俺がちゃんと生きているか確かめるために、年に二度見に来てくれていたのかな。なにか必要なものはないか聞いただけじゃなくて、マカルが選んだものまで置いていくんだよね。それで、こっちもどうお礼をしたらいいのか迷って、作った薬なんかを渡していたんだ。お金なんて持ってないしさ。
「少し滞在していくよね?」
「ん、ああ、でも……」
「触手ちゃんなら大丈夫だって。本当に賢くて優しい子たちなんだ」
マカルはハルロスがそう言うならそうなんだろうなと納得はしてくれた。命を助けてあげたからか、信頼されすぎている気はするんだけどね。
どうやら翌日にはマカルも触手ちゃんに慣れて、話しかけていた。二人が仲良くしてくれるのは俺としても嬉しい。それにマカルにも触手ちゃんがとても賢いことは理解できたみたいだ。
俺が教えた薬草を採ってきた触手ちゃんをマカルがすごいすごいと褒めて、触手ちゃんがいつもより多めにぴこぴことさせていた。あれは俺以外の人間に褒められて、恥ずかし嬉しいみたいな感じなのかもしれない。普段の触手ちゃんも可愛いけど、いつもと違う様子がなんだか微笑ましい。
と思ったのもつかの間。非常に嫌な空気が漂っている。いや、別にマカルと触手ちゃんが険悪になっているとかそういうんじゃない。
つまり、触手ちゃんが赤くなってフェロモンが漂い始めているんだ。個体によっては年単位で間があくこともあると曽祖父の記録にはあったけど、うちの触手ちゃんは短期間で交配するタイプだったようだ。
のんきに『ようだ』とか言っている場合じゃない……今はマカルがいるんだ。非常にまずい。
母になってからは子どもたちの食事を捕るために頻繁に外に行っているし。あいつが小さいときは俺が罠で餌を捕ってあげてたんだよなぁと少し懐かしくなる。タンパク質は少量でも大丈夫みたいだけど、たくさんあっても困るものではないんだと最近知った。これも記録に追記している。
「ぎゃひぃぃぃぃ!」
外から悲鳴が聞こえた。
俺は急いで子触手たちを屋根裏に連れていき、ナタを構えてドアを細く開ける。と、そこにいたのは、俺の触手ちゃんに絡めとられた男だ。よく見てみれば年に二度ほど来る物売りの……。
「触手ちゃん、下ろして! 敵じゃないよ。いい人間!」
「ひぃぃ! ひぃぃぃぃぃぃ!」
彼が来てくれるから、こんな辺鄙なところにずっと引きこもって街にも帰らずに研究を続けていられる。触手ちゃんは大人しく彼を地面に下ろして俺の方にわさわさと移動してきて、すり寄ってきた。いい子だねぇと撫でてやっていると、俺を呆然と見ていた物売りのマカルはハッとしたように叫んだ。
「アンタ、誰っ!?」
「え……マカル、記憶喪失なの? 触手ちゃん、なにかした?」
触手ちゃんは何もというようにブンブンと揺れた。俺がどうしたらいいのかなと思案していると、マカルは恐る恐る話かけてくる。
「……もしかして、ハルロスなのか?」
「もしかしなくてもそうでしょ? どうしちゃったの?」
「どうしちゃったはこっちのセリフだ。見た目が、見た目が全然違う……不健康そうでクマくっきりの今にも倒れそうなヒョロガリハルロスじゃないっ」
「え、なにそれ、ひどい」
そうか、確かに俺も初めてこの姿を見たとき驚いたんだったっけ。すっかり忘れてたなぁ。そしてマカルはまだビクビクと触手ちゃんを見ている。
「あー、えっとぉ、この子は俺の大事な……えっとぉ」
「安全なのか?」
「え、そりゃもう。賢くていい子だよ。そういえば、前回マカルが来て帰ったすぐあとくらいからかな……一緒に暮らしてるというか」
「……なら、いいけど……」
家に招き入れれば、怯えつつも触手ちゃんと一緒に入ってくるマカル。そして出てきていいと言ってないのに好奇心で出てきてしまった子触手たちに囲まれて、マカルはまた悲鳴を上げていた。すまない……。
マカルはそこそこ付き合いの長い物売りで、本来はこんなところに来る人じゃない。ありがたいことに、わざわざ来てくれてるんだ。
俺たちが初めて出会ったのは、マカルが森の中でボロボロになって倒れていたときだ。盗賊にでも襲われたのか、マカルは傷だらけであちこち切られて出血もしていた。ヒョロヒョロの俺が助けるほうが大変だったのだけど、木製の荷台に乗せてなんとか家に連れ帰って看病したというか。
俺は植物の研究もしていたから、傷には薬を作って当ててやり、少しずつ薬湯を飲ませてやった。回復してきたマカルが帰れるようになるまで、俺が世話してあげたというのが縁だ。
予想通り、商人なんかを狙う盗賊に襲われたとかで、相当傷を負っているのに盗賊を振り切って走り、山奥に入って倒れたんだって……無謀だ。いや、その場にいても殺されてたかもしれないんだけど。
背負っていた荷物は奪われたようだけど、腰につけていた貧相に見えるバッグが実はマジックバッグで、そっちに重要なものはしまってあったというんだから抜け目ない。
そんなマカルがお礼にとお金をよこそうそうとするから、そういうつもりで助けたんじゃない俺は、建前上、こんなところでお金なんか役に立たないと断ったんだ。するとマカルはハッとして、『じゃあたまにここに必要なものを届ける』と言いだした。
俺が痩せこけて不健康そうなのを気にしているのか、今は助けてやったときとは逆に世話を焼かれている。義理堅いというか、いい奴なんだよね。でも年に二回来てくれるのは本当に助かってて、次はいつ来るかなって楽しみにしてたんだ。
だから、触手ちゃんを紹介したとも言えるんだけど……。
「つ、つまり、ハルロスがそんな感じなのは……その、触手、のおかげ、だと?」
「うん……まあ」
この見た目になった経緯までは話せないけど、触手ちゃんのおかげではあるから一応頷く。
触手ちゃんが悪いやつじゃないと知ってもらって、そして秘密にしてもらえれば十分なんだ。きっとマカルならわかってくれるだろう。
「俺が数年かけてできなかったことを、触手は数カ月で解決したってのか。やっぱ側にいないと無理なのか」
「ん?」
「いや。それにしても、変わりすぎてて……」
「確かに痩せこけてクマがひどかったもんなぁ」
「わかってたのかよ」
マカルにはわかってたならもっと生活に気をつけろと言われてしまった。もしかして、俺がちゃんと生きているか確かめるために、年に二度見に来てくれていたのかな。なにか必要なものはないか聞いただけじゃなくて、マカルが選んだものまで置いていくんだよね。それで、こっちもどうお礼をしたらいいのか迷って、作った薬なんかを渡していたんだ。お金なんて持ってないしさ。
「少し滞在していくよね?」
「ん、ああ、でも……」
「触手ちゃんなら大丈夫だって。本当に賢くて優しい子たちなんだ」
マカルはハルロスがそう言うならそうなんだろうなと納得はしてくれた。命を助けてあげたからか、信頼されすぎている気はするんだけどね。
どうやら翌日にはマカルも触手ちゃんに慣れて、話しかけていた。二人が仲良くしてくれるのは俺としても嬉しい。それにマカルにも触手ちゃんがとても賢いことは理解できたみたいだ。
俺が教えた薬草を採ってきた触手ちゃんをマカルがすごいすごいと褒めて、触手ちゃんがいつもより多めにぴこぴことさせていた。あれは俺以外の人間に褒められて、恥ずかし嬉しいみたいな感じなのかもしれない。普段の触手ちゃんも可愛いけど、いつもと違う様子がなんだか微笑ましい。
と思ったのもつかの間。非常に嫌な空気が漂っている。いや、別にマカルと触手ちゃんが険悪になっているとかそういうんじゃない。
つまり、触手ちゃんが赤くなってフェロモンが漂い始めているんだ。個体によっては年単位で間があくこともあると曽祖父の記録にはあったけど、うちの触手ちゃんは短期間で交配するタイプだったようだ。
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