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ハルロス視点

8.俺の子どもたち

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 ……
 …………
「う……あ……」
 
 なにかが俺の頬をなでている?
 
「んあっ?」
 
 目を開けると触手ちゃんが心配そうに(?)俺の顔やら首やらを撫でていた。俺の脚の間には五つの乳白色の卵。曽祖父が箱に封印していたアレとほぼ同じだ。少しだけ俺の下にあるやつのほうがキラキラとしている感じもするけど、それは個体差なのかもしれない。産みたてだからの可能性もあるかな。
 
「産んじゃった……俺の、子、になるのか……?」
 
 女性経験もないのにと呆然と呟くと、卵のうちの一個が揺れて、中から小さな触手の先端が殻を破る。孵るの早すぎないか? すぐに孵ったのは一個だけで他はまだだったけど、俺が前に封印を解いてしまった箱のだって一晩せず孵っていたのだから、きっと遅かれ早かれ孵るだろう。

 えっと、えっと……記録からすると、俺の触手ちゃんはあと一回俺をパートナーとして繁殖行動するはずで、孵った子触手が成熟して……もしまた俺をパートナーに選んだとしたら……。
 
「え、無理。死んじゃう。気持ちいいけど死んじゃう別の意味で」
 
 曽祖父のいう『帰ってこられなくなる』がちょっとわかった。これはまずい。俺だけがターゲットになるのは非常にまずい。

 曽祖父はある意味研究の一環として自分から身を差し出していたのかもしれないけど、それでも最終的にこのままではだめだと思ったから突然ここを封鎖したんだろう。俺も、そんな曽祖父の記録にちょっと興味を引かれてしまったから自業自得なわけだけど……。

 というか、一体俺はどのくらい触手ちゃんと交わって抱卵していたんだろう。途中から意識が混濁していて経過した日数がわからない。長かったような短かったような。

「それにしても、身体はあちこち痛いけど、腹も減ってないし臭くもない……?」

 身体にはまだ触手ちゃんの粘液が残っている気はする。でも臭ってはないどころか、まるで街の浴場で身体を擦ってもらったみたいにさっぱりとしている。自分で腕を撫でてみてもガサガサしているどころかしっとりと吸い付くようだ。

 そんな俺を触手ちゃんがくるんと持ち上げて、湧き水のところに連れて行かれる。生まれたばかりの子触手もだし、まだ孵ってない卵も触手ちゃんの根本に引っかかっている。いつ孵るかわからないし、何かあったら困るもんな。えっとぉ、一応俺の子だし……?

「湧き水飲めってこと? それとも洗えってこと?」

 そこまでは汲み取れないけど、両方やっておくかと水をすくう。冷たい湧き水が頭をしゃっきりさせるようだ。かなりの日数を過ごして、気がついてみれば喉だけは乾いている感覚だったから水を飲んだ。

 そうして落ち着いた頭で曽祖父の日記の記録を思い出す。そうだ、ちゃんと書いてあった……触手から与えられる栄養で長期間抱卵していられる、っていうのはこういうことだったんだ。固形物を取らないからほぼ便が出ず、腸内は入り込んだ産卵管がうごめくことできれいにされていた、と。

 触手ちゃんから与えられる蜜玉や腸内に注ぎ込まれる粘液で俺は健康を保ち、触手ちゃんは俺から吸い出したタンパク質……やらなんやらで補給していたってことか。永久機関ってわけじゃないんだろうけど、なんてことだ。

「ていうか……触手ちゃんも少しほっそりしてない? 水飲んでお肉食べな?」

 それにしても、あんな神経が焼き切れそうな快楽を与え続けられるとか日記からはわからなかった。あれを曽祖父は研究のため何度も経験したっていうんだからなんていうか……変人だよな。よくまあ曾祖母と結婚して人間社会に帰れたものだ。俺はまだ一回だしセーフ……だと思うけど、あと一回あるんだよなって今から戦々恐々としているのに。

 触手との交わりは海の生物で見かけるような、育児嚢で子どもを孵すのとは違って、孵化直前まで腹の中で温めて、産卵管が後孔から引き抜かれると卵を産み落とすって感じだ。だから産んでから一日以内に孵化するんだろう。

 それにしても……刺激が強すぎた。興味本位でやるもんじゃなかったな……。

 横を見れば、子触手もはねる水を浴びて揺れていた。そういえば、今や大きくなって自分で水飲んだり獲物を獲ったりしている触手ちゃんも、孵ったばかりのときは俺が水をちびちびかけてやったんだよなと思い出す。それで、子触手にもポタポタと水を垂らしてやった。ぴこぴこして心なしか嬉しそうに見えるかもしれない。

「俺の……子かぁ……変な気分」

 そうこうしていたら他の四つの卵も孵化して、ずいぶん賑やかになった。とりあえず、俺は触手ちゃんと子どもたちの前で宣言する。

「えっと、お前たちが人間の雄を必要としているのは知っている。でも、俺のパートナーはこいつだけだ。俺は自分の子どもと番う趣味はないからみんなちゃんと覚えておくように。それぞれ、いい人を見つけなさい。ああ、でも、悪者に見つかって命を落とすのもだめ。いいね」

 どのくらい通じるのかはわからない。でも、こいつらの知能は侮ってはいけないというのも、曽祖父の記録や俺自身の経験からわかっている。曽祖父は生まれた触手とも番っていたみたいだけど、さすがに俺にはそれは……なぁ。

 あと、触手が貴重な生物なのは確かだ。催淫作用の粘液に、肌を美しく保つ粘液、極めつけのあの蜜玉……それだけでも相当な価値があると俺は思っている。密猟にあわないとも限らない。
 こんなかわいい触手たちが理不尽な目に合うのだけは許せないんだよな。というか、見たことも聞いたこともなかったのってそれが原因なんじゃないだろうかとすら思えてくる。

 そう、蜜玉。
 触手ちゃんから与えられていた蜜玉の養分はかなり良質だったのか、俺は研究ばかりしていたときより断然肌の色艶がよくなっていた。クマも消え、肌には張りが出てしっとりと輝いている。それに、姿を見て驚いて変な声を上げてしまったくらい、見たこともない『美青年』と言える人物が映っていて、やせ細っていた俺は健康的になっていた。
 危険だな、と俺が思うのもしょうがないと思う。こんなの商人や貴族に狙われるだろって警戒もするさ。

 俺は曽祖父の記録のあとに、自分の産卵経験についても書き足すことにした。でも、この記録は世に出せない……触手たちが狙われるから。
 とはいえ、この貴重な生物の記録を残さないというのも……なにか違うと思ってしまう。きっと曽祖父も同じように考えたんだろうと容易に想像がつくんだよな。

 そして、この種を絶やさないために魔導札の勉強までして一個だけ封印したんだろう。俺が不注意で破っちゃったけど……。魔導札、どうにかできないだろうか。次の交配のときに一個保管できればいいのに。無理だよなぁ。いや、曽祖父の血を引いているんだ、俺だって頑張れば少しはなんとかなるんじゃないかなと、曽祖父の残した魔導書と陣をもとに勉強を始めた。

「ああ、くそ。線が歪む。これじゃ魔導インクで書いてみるなんて夢のまた夢だ。スケッチは得意なのになんで……」

 俺が勉強しながら愚痴っていると子触手たちが周りに寄ってくる。どうやら俺が煮詰まってイライラしてくると、心配して癒やしにきてくれているらしい。優しい子たちだ。五体をそれぞれ指先で撫でてやるとぴこぴこと揺れて喜んでいるのを表現してくれる。
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