霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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情報収集の旅へ

217.あと少し、なのかな?

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 身体強化して進んでいくのはなんか変な感じ。前に斜面を降りるときに下半身強化したけど、それのもっと強力版みたいに感じる。いや、たぶん……俺がちょうどいい調節ができてなくて使い過ぎてるから実際に強力版なのもしれないけど。
 
 普通ならスネとか腕とかぶつけたらかなり痛いはずなのに、痛くもなけりゃ青あざにもならない。まあ、これが魔物相手に攻撃されてってなったら、あっちも強化されてる個体だからただぶつけるのと違って怪我するらしいけどね。木に当たるくらいならなんとかなるんだって。
 
「ま、でもイクミの負担になるかもだから、森を出たらもとに戻そう」
「そうなの?」
「無理をさせている自覚がオレたちにはあるんだよ」
「イクミのペースが一番だ」
 
 まあ、確かに頑張って着いていってるのは否めない。
 別に観光してるわけじゃないけど、辺りを見る余裕はほしいよな。それにもう少し安全になったら魔法の練習もしたいし。
 
 そういえば……ルイは最近、前みたいに俺を撫でてくれるようになってホッとしてる。
 最初の頃は子どもじゃないんだけどって思ってたけど、慣れてからはそれが普通になってたし、好きだって自覚してからは嬉しかったからさ。俺の失言のせいとはいえ、距離を取られているのはつらかったもん……。
 
 えっと、その、シタといっても俺には記憶ないし、できるだけ考えないようにしようって思うんだよね。ルイは最初はそんなに気にしてなかったんだろうし……それはそれで悲しいけど。
 
「なんかまた少し熱くなってきたねぇ」
「全然秋感なくなった……なんか寂しい」
「俺もこんな気温のところ来たのは初めてだ」
「てことは、大神殿って常夏だとか?」
「村長は過ごしやすいと言っていたんだが」
 
 この世界の地形がさっぱりなんだよな。どう考えても霧の渓谷は北部で、南下してきて赤道に近づいてる感覚なのになぁ。
 いや……この世界も丸いだろうってのは俺の勝手な予測なだけだもんな。太陽と同じようなものがあるのかもわからないし、赤道みたいなところが地球みたいに熱いとは限らないかもしれない。ま、考えたところで答えなんかわからないし。
 
「そういえば、村長からはどのへんまでの話を聞いたの?」
「いや、実はそんなにでもなくてな……。村長自身は小さな町の出身で、そこから都を目指して、神話や人間族のルーツに興味を持って旅立ったらしいんだ」
「じゃあ、俺たちの通ってるところとそんなに変わらないの? 村長も知らない土地が多いってこと?」
「ルートは村長のほうが細かくとっていただろうからな。俺らは最短ルートで来てるが……」
「それ! 難しいところだよねぇ。だって、村長は異世界の話を聞いたことがなかったって言ってたけど、実際は海辺の街でもあとから不思議なことが起こってたし、まわったほうがよかったのかなぁとかさ」
 
 ヴァンの言うこともわかる。でも目的なく全部をまわるのは相当大変そうだしな。ゲームなら次の目的地が必ず提示されて、クエストが待ってて報酬があるけど、ここはそうじゃないもん。時間もお金も無駄になるかもしれないと思ったらそこまでできないよ。
 
「ううん。俺はまず大神殿で良かったんじゃないかなって思うよ。一番情報も集まってそうじゃん」
「そうかなぁ……」
「ヴァン、気を削ぐようなことを言うな」
「そういうつもりじゃないしー」
 
 いや、自分でも大神殿だからってなんでもわかるとは思ってない。だって謎があるから村長はムル村までたどり着いたんだろ?
 でもそうだとしても闇雲に歩き回るよりはいいかなってくらいだからね。
 
「イクミは運がいいから、イクミの思うようにするほうがいいだろ」
「運がいいなら、俺あんな魔物に捕まらなかったと思う……」
「……いやいや! 考えようによっては魔力が増えて良かったってことかもよ?」
 
 俺はあははと乾いた笑いをすることしかできなかった。記憶が少しでもあったら……ある意味ラッキースケベみたいなものだったかもしれないけどさ。残念ながらないんだよ……気がついたら終わってた。
 
「運……か。ミュードみたいな美味しい魔物でも出ればいいのに」
「あれはマギッドより渓谷側じゃないと出ないな」
「この森って不味くはないけど特別ものすごく美味しいってわけでもないのしか出ないね。食べられないのも多いけど」
「そうだねぇ。でもイクミの作るご飯は美味しいよ」
 
 それは俺が頑張ってるから。街でいろいろ調味料を買ったのが良かったんだよね。一括仕入れしてるムル村じゃ手に入らないようなのも味見をして買えたのが大きい。ていうかね、仕入れ担当に料理できる人を当てれば村でももう少し調味料が潤うはずなんだよ……。今後のドマノンさんに期待だねってこっそり思った。
 
「イクミ、森を出たら体温調節教えてあげるから、今は魔導具をちゃんと使ってね。このムシムシは普通にしてたらしんどくなるよ」
「あ、そっか……わかった」
 
 ヴァンに言われて魔導具を作動させると、自分の肌がすーっと冷えていく感じがした。これって湿度までコントロールできるのかなって思って聞いたら、別にそうではないらしい。不思議だけど、快適ならそれはそれでいいか。
 
 2人は身体強化に体温調節も併用してて、戦闘になったら魔法も使ってるんだもんな……すごい。俺はまだ1個ずつしか無理だ。
 
「いや、イクミもできるよ。身体強化や体温調節は正確には『魔法』じゃないからね。魔力運用と魔法を混ぜて考えないほうがいいよ」
「そんなこと言われてもわかんないよ」
「わかんなくてもいいから、別のものって覚えておいて」
「……うん」
 
 とりあえずは言われたとおりにしよう。変な先入観は持たないほうがいいって、今までの魔法の練習で身に染みてるし。なんにしても、この森を出てからだけどさ。
 
 どうやらあの魔法の地図ではだいぶ森の端まで来ているようなんだけど、実際はどのくらいなんだろうと思ってヴァンに聞いてみた。
 
「んー、ちょっと待ってね」
 
 そう言うと、ヴァンは黒い小鳥を出して空に放った。その小鳥はすーっと空高く上がっていってあっという間に見えなくなる。
 
「まだもう少しありそうかなぁ、全速力しても野営は必要だよ」
「な、なんか、無駄な魔力使わせてごめんね?」
「全然構わないよ。オレも気になったし」
「だが……イクミに全速力なんて出させないから、まだかかるってことだな」
 
 あ、はい。魔物と戦うのも避けられないだろうし、あと何泊か森での野営があるってことでしょ? わかってるよ。別に明日には出たいとかそんなことが言いたいわけでもなかったしさ。
 
 とりあえず、この森もあと少しっていうなら、森でしか採れない食材も見つけたら少しはいただいておきたいところ。
 集落の人には許可もらってるんだし、少しくらいはね。あの甘酸っぱい果物を時々見かけるからデザートに欲しい。
 
 甘味料は交換して原料の樹液は集めなくてよくなったから、ありがたいよね。大事に使おうっと。
 
 
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