霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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情報収集の旅へ

213.えっ……えっ……ええええー!

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「だいぶ良くなってきてるとはいえ、一気に全快する薬ではないから無理はしないようにね。でも、原液飲めるようになったから歩いたり部屋を出たりはしていいわよ」
「やった!」
「でも、1日1回は飲んでね?」
「うええ……」
 
 ということで、俺はもう少し回復するまで集落でお世話になることになった。確かにさ、あの重だるさがこの短期間にこんな回復したのはすごいけど、ふとした瞬間に身体がまだこわばる感じが出るんだよな。

 この集落の薬でも1回で回復しないこの痛みは魔物の幻覚の副作用らしい。この世界に来て、怪我は薬ですぐ治っていたからこれはかなりしんどい。
 
「あ、そういえば、さっきの水なに……?」
 
 俺が思い出して口に出すと、タニアさんは「じゃあ、私はまた後で来るわね」と出ていく。な、なんで……? 俺は聞いちゃいけないこと聞いてるの?
 それに、ヴァンがルイを肘で小突いてて、ルイは歯切れ悪く「でも」とか「言わなきゃならないのか」とか言ってる。
 
「えっとねぇ、イクミ、まずはちょっと試しに魔力循環させてみよっか」
「前によく練習でやってたやつ?」
「そう。自分の中の魔力量とか感じて、身体を巡らせるようにに集中して」
「よくわかんないけど、わかった」
 
 ヴァンに言われて、いつもみたいに自分の全身に散らばっている魔力を一旦丹田に集めるように……しなくてもなんか濃い。前は身体の中に薄く散らばっている魔力を、丹田にぎゅっと圧縮して集めてたのに、そんなことしなくても満たされてる感じ。驚くことに俺の魔力が段違いに増えていた。
 
「なにこれ……」
「それが、まあ、こっちのヒトの普通だよ。その状態で……イクミはいつもみたいに8分の1って何も考えずに水を出したから、あんなことになったんだ」
「でも、だって……」
「あの量使っても、身体に残ってる魔力がそんだけあるから、すぐ回復するよ。ただ、まだ慣れてないだろうし調節は練習して。魔力が増えたから、あの手の魔物はもう気にしなくていいよ」
「ちょっ、ちょっと待って。意味がわかんない。なんで増えたの?」
 
 俺が疑問に思っていると、ヴァンはルイに聞いてねと教えてくれない。ルイはルイで黙ったまま難しい顔をしちゃってるし。

 こういうときは待ったほうがいいのかなって思って、じっとルイを見ていると、ルイはめちゃくちゃ小さい声で思いもよらないことを言った。いや、ほんとに、耳に届いた言葉を理解するのに時間がかかったんだよ……。
 
「か、確認するけど…………誰が、誰に……?」
「……俺がイクミに」
 
 バッと自分の尻を触る。けど違和感があるわけじゃない。そりゃ今まで気づかなかったくらいだし?
 そして遅れて顔が熱くなってくる。

 待って待って待って! 頭の中に、何度か妄想した俺とルイのいちゃいちゃがぶわっと映像化されてしまって、倒れそうになった。
 とてもじゃないけど、2人と顔を合わせていられなくて、布団をかぶって丸くなる……。
 
 ──無理ぃぃぃ! 恥ずかしすぎて死んじゃう! タニアさんの態度はこれかよぉぉ。え、みんな知ってんの? おぼぁぁぁ!!
 
「イクミに濃い魔力の譲渡が必要だった……とはいえ……すまな」
「謝らないで!」
 
 俺は布団の中からルイの言葉にかぶせて叫ぶ。
 くっそ恥ずかしいし正直今はルイの顔だけじゃなくて、ヴァンの顔だって見られない。もう頭がぐちゃぐちゃで冷静に考えるってどういうことだっけって感じ。
 
 ──治療治療治療……治療のためだったんだから。意識するな意識するな……。でもやっぱ死ぬぅ!
 
 布団の中で呻くことしかできないよ。落ち着こうと思っても頭の中にそういう行為が浮かんできちゃうんだ。
 
「す、少し落ち着く時間が必要だろうから、俺は席を外す。後で戻るから……」
 
 あ、やば……ルイに気を使わせてる。そう思うのに、俺は引き止めることができなくて、ルイは部屋を出ていった。かなりの時間俺は布団の中で悶えまくって、落ち着いたと思うとすぐまた想像しちゃってを繰り返して「あーうー」言いまくっていた。
 
「イクミ、恥ずかしいのはわかるけど、そんなんじゃルイが傷つくよ?」
「でも……だって……」
 
 ヴァンは布団の塊である俺のそばにいてくれたらしい。ルイが出ていってから結構時間経ってたし、話しかけてもこなかったから、ずっといたのにいまさら気づいたみたいになっちゃったけど。
 
「うう……な、なんで記憶のないときなんだよぉ……。どうせ恥ずかしくなるならちゃんと記憶ほしかった……。最初で最後かもしれないのに……俺の初めてなのに、ひどいよぉ」
 
 俺がそう言った途端、扉が開いて……。
 
「そう、だよな。すまなかった」
「ちっ、違うっ!!」
 
 ルイがこんなタイミングで戻ってくるなんて思わなかった。すぐにまた扉が閉まる音がして、ルイの気配が消える。絶対誤解された……どうしよう。
 
「追いかけないの?」
「何言ったらいいのかわからない……まだ顔を見れない……けど、どうしよう。ぐす……」
 
 だって、大好きな人と知らないうちにシタって知って冷静でいられる!? 俺のことをあのルイが……その、抱……いたんだよ? いや、まあ……ルイは俺を治してくれただけなんだろうけど、俺からしたらそれだけじゃないわけでさ。

 恥ずかしいけど、ルイは俺にどう触れたのかなとかやっぱ気になっちゃうし、気になるけど恥ずかしすぎるし、どうしたらいいんだよぉ。
 
 え、ていうか、俺、もう未経験じゃないってこと? 童貞卒業前に後ろ卒業……いや、童貞はいつ卒業できるのか全くの未定だけど。……じゃなくて、ああああっ!
 
「うーん、混乱してるみたいだねぇ」
「ヴァンも記憶のないうちに衝撃的なことが起こってみたら気持ちがわかる……うああ、だああ……」
 
 俺はずっと布団の中にくるまっていたけど、翌朝には少し落ち着いた。いや、落ち着いてないけど、表面上は落ち着かせたっていうか。
 
 一応、俺たちはこの部屋を貸してもらっている感じだから、夜にはルイがまた戻ってきていたんだけど、俺のせいで話しかけてはこなかった。

 今も朝ご飯をみんなで食べてるけど、やっぱり妙によそよそしくて。そりゃそうだよな……俺を助けてくれたのに、俺は喚いて布団にこもっちゃったし。謝りたいって思ってるのに、声をかけるのがすごく怖いんだ。
 
「身体、だいぶ楽になったから、少しずつ動かないとだよね」
「そうだねぇ。徐々に増やせばいいんじゃない?」
「無理するな」
「……」
 
 ルイの声がピリピリしてる。自分のせいとは言え……つらいな。えっと、俺って今までどんなふうに話してたっけ。なんかひと言出すだけですごく考えちゃってて、それなのに会話は続かなくて、話すのってこんなにしんどかったっけ。

 重苦しい空気を軽くしてくれようと、ヴァンもなにかと話題を振ってくれるのに、俺がことごとく潰してる感じで申し訳なさすぎる。
 
 俺としては『せめて思い出にルイに抱かれた記憶もほしかった、覚えてないときなんてひどい』って意味だったけど、そんなのルイに伝わるはずもない。多分ヴァンはわかってくれてるけど、それじゃだめなんだ。俺がちゃんとルイと話さないと……。
 
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