霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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208.なんてことを!? side.ルイ

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 イクミの近くで俺が長老と話している間、ヴァンはイクミの汗を拭ったりしながら看ていてくれた。
 そして、欠片の話が終わったとき、ヴァンは俺の服をツンツンと引っ張ってくる。
 
「ルイ……イクミのこと、抱ける?」
「は? お前……」
 
 真剣な話をしているときに、何をふざけたことをと殴りかかるところだったが、ヴァンの考えはこうだ……。
 
「エハヴィールの欠片は魔力が強すぎるんでしょ? でも、食べ物では弱すぎるし、そもそも今の痙攣しているイクミに飲食は難しいと思う。でも、飲まず食わずでいつ抜けるのかわからないのを待つのは……ってオレは思う。そしたら、普通の食べ物よりもっと魔力の多く濃いもの……つまり、血液や初乳や精液を直接イクミに取り入れさせるというのを試してみたいんだよね」
 
 驚きすぎて反応できなかった。ヴァンは魔導士だから、魔力の運用云々に関しては俺より上だろう。だが、しかし……内容が。
 長老もちょっと驚いた顔をしているが、ふむ、と言って考え込んでいる。だが、長老がさっきみたいに即答で駄目だと言わないってことは、ヴァンの言うとおり試す価値はあるということなのか?
 
「オレさ、こんなイクミずっと見てたくないんだよねぇ。できることがあるならなんでもやってみたいの」
「そりゃ……俺だって……」 
 
 ヴァンの表情も暗い。ヴァンは本気でイクミを可愛がっていたから今の状態はきついんだろう。いや、俺もだが。
 そして長老は「あの薬がない今、誰も試したことはないがその行為はそれなりに有効な手段となり得るのでは」と言うのだ。
 
「血液を飲ませるのも代わりになるってことか?」
「違うんだよ、ルイ。どの成分も空気に触れたら魔力が拡散していくでしょ。魔力抜きと同じだよ。だから直接イクミの身体に入れないと。あとね、イクミは優しい子だから、自身を切ってその血を注ぎ込んだらきっと気にする。いくら薬で治るとしたってね。食いしばりもあるから飲ませるのは相当苦労するだろうしさ。だから、抱けるかって聞いてるの」
「そこでなんで抱くことになるんだ」
「だーかーらー! 身体に吸収させるなら上から飲ませるより吸収器官の下からのほうが時間を短縮できるんじゃないかってこと! あと、オレらは成長したら魔力が上限に達してることがほとんどだから、性行為で魔力が増えた減ったなんて感じもしないけど、新しく人を生み出す元になる子種は……無理なく作り出せるものの中でたぶん一番魔力が濃い」
  
 ──イクミを抱く?
 
 今まで考えたことがなかったことだ。
 確かにイクミはいいヤツで最初からなぜか気を許せたし、一緒にいて楽しいし真面目で俺を慕ってくれて可愛らしい。守ってやりたいし願いを叶えてやりたいって思う。でも、イクミはあくまでも保護対象だったから……と、どう返事をしたらいいのかわからない。
 
「ルイが出来ないならオレがしてもいいけどね? 誰の魔力でも変わらないんだし」
 
 どうしたらいいのかわからないでいたら、その無言をどう捉えたのかヴァンがそんなことを言い出した。
 ヴァンとイクミが……? 演習のときの、裸のヴァンと寄り添って寝ていたイクミを思い出して、それ以上のことを想像してモヤモヤとしたなんとも言えない気持ちになる。
 
「それは……。いや、でも……」
 
 ヴァンやそれ以外のやつにイクミを任せたくはないが、俺がっていうのも違うような気がして決心がつかない。そんな黙りこくった俺の背中をバシッと叩くヴァン。
 
「長老さん、人が来ない部屋を貸してもらっていいですか? 自分が防音の魔法もかけさせてもらうんで」
 
 ヴァンは長老に交渉を始めている。
 相手は俺で決まった感じなのか? イクミや俺の意見は関係ないんだな……まあ、イクミは答えることもできない状態なんだけども。戸惑いとともに俺が相手と言われてほっとするような感覚もあって落ち着かない。
 
「タニア、今は倉庫になっている家屋の奥の間を片付けてやるんじゃ。あそこが一番集落の奥でちょうどいいじゃろう」
「ええ、すぐに」
 
 長老も娘さんっぽい人も異論はない、と。
 けど、当の俺はまだ戸惑っている。俺は男とするのは初めてだ。同性婚も当たり前のエハヴィルドではそっちの知識を得るのも難しくはないことだから、やり方は当然知っているわけだけども。
 
「ルイ、いい加減に覚悟を決めてくれる? 決めないならオレが本当にいくよ?」
「う……」
 
 ──そうだな……覚悟を決めよう。これはイクミを助けるためだ。
 
 今も目の前で涙をこぼし、俺の名前を呼びながら痙攣し続けているイクミがいる。だから、しょうがないんだ。イクミがヴァンでも他の誰でもない『俺』に助けを求めているから。
 
「えっと、ヴァンさん、ルイさん、こちらです。着いてきてください」
 
 しばらくの後、タニアさんが戻ってきて声をかけてきた。俺はイクミを抱き上げるとヴァンと共にタニアさんと長老に着いていく。いったん今まで話していた家から出て、集落を突っ切って少し古そうな大きな家の奥の部屋に案内される。イクミを連れて行く間も、集落の者たちが心配そうな顔でこっちを見ていた。中には祈るポーズをしている者もいて、それに少し救われる。
 
「ここを使ってくれていい。魔法をかけると言っていたが、ワシを含め集落の者全員近づかぬようにしよう。食事はどうするかね? といってもここではたいしたものはないんじゃが」
「食材渡すんで、すぐ食べられるように調理してくれたら……助かるんですけど、だめですか?」
「やりますよ。気にしないでくださいね」
「ありがとうございます。オレがルイに差し入れるんで」
 
 長老たちはそう言って俺達を残して出ていってくれた。さすが年の功というか……人助けだからなのか、『そういうこと』をするのがわかっていても動揺も何もないもんなんだな。
 
 そしてヴァンが闇魔法と風魔法を上手く編み上げて防音の魔法をかける。本来、防音の魔法というのは風魔法の上位の空魔法で作り上げるものだが、空魔法がそこまで得意でないヴァンは1番得意な闇魔法と他の下位魔法を組み合わせて、似たような効果になるよう編み上げてしまうのだから大したものだ。
 
「ルイ、任せるからね?」
 
 俺の目を真剣にじっと見つめてヴァンが言う。こんな時に昔の兄貴っぷりを出してくるなんて。
 
「……あ……ああ」
 
 俺が答えるとヴァンはニコッといつもの人懐っこい笑顔を浮かべたあと、俺に小瓶をいくつか押し付けて部屋を出ていった。
 イクミと二人取り残されると妙に緊張してしまう。が、そんなこと言ってられないか。
 
「ルイ、ふっ……うぅ……ルイ、助け……て」
「イクミ……許せ」
 
 同意を得てないという罪悪感もあって、つい謝ってしまった。イクミの思考は幻覚から救ってくれという叫びのはずなのに、俺がこれからすることを責められているような気分になる……。

 **********
 
 いいところで、年内最後の更新でした。
 本年中もダラダラと長い話にお付き合いくださり、ありがとうございました。

 年明け一発目は1月2日(木)にRですが、R読みたくない人は飛ばしても大丈夫ですので……その場合は通常更新1月4日(土)にお会いしましょう。
 良いお年をお迎えください。隅枝輝羽
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