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情報収集の旅へ
207.そんな魔物がいたなんて side.ルイ
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だいたい、あの植物は俺とヴァンがイクミを助けようと、斬ったときだって動きもしなかっただろう? 地元民に魔物だと言われたからといって本当に魔物なのか疑問が残る。
「じゃあ、イクミは魔物の毒にやられたんですか? 毒消しは飲ませようとしたけど痙攣であまり飲めてなくて、効いていた感じもなかったんだ、です」
「あれには幻覚作用があってな。毒ではないから毒消しは効かないんじゃよ」
「そんなっ」
「長老……疑うわけではないが、俺やヴァンは何も被害がなかったんだが、魔物というのは……」
そう言って、イクミを助け出したときのことを長老に話した。花のそばには俺たちも行ったし、さらには斬りつけてもいるのに反撃もされなかった。なぜイクミだけこんなことになっているんだ?
「あの魔物は、魔力の少ない弱いものを狙う。そういうものにしか攻撃しないし幻覚を見せないんじゃ。幻覚で逃げられないようにして生きたまま取り込んで養分にする。そういった魔物じゃ。沼アソール以外にも、この世界には魔力が少ないもののみを襲う魔物が結構いるんじゃよ? 普通に生きていたら気づきもしないじゃろうが」
「……ああ、スライム……」
ヴァンがぽつりと言った。そうだ、坑道のスライムもイクミにしか攻撃してこなかった。そんな前からヒントはあったのか。そのときに魔力の少ない者だけを襲う魔物がいると突き止めていたら、今こんな後悔をしていなかったのかもしれないのに。
イクミはビクンビクンと身体を痙攣させて、ふーふーと苦しそうな息をしている。身体がずっと動いてしまっているからか、顔も赤くなっているし全身に汗をにじませていた。今も視点が合っていないし瞳孔も開き気味だ。周りが見えているのか見えていないのか……いや、見えていないんだろう。
「ル……イ、ルイ……助けて……ルイ……ルイ、ルイ……」
「……」
名前を呼ばれ続けて、ギュッと心臓を掴まれたような気分になる。イクミがこんなに助けを求めているのに、俺は何もできていない。なんてザマだ。
ヴァンがイクミの汗を拭うと、イクミはボロボロと涙をこぼしながら寝台の布を握りしめている。かと思うと急に弛緩して、だらりと動かなくなるんだから心配でしょうがない。轡は外したけど、舌を噛まないように注意して見るようにしている。
「長老! イクミを幻覚から救い出すにはどうしたらいいんですか?」
「幻覚作用が身体から消えるまで待つか……魔力を満たすことじゃが……」
「消えるまでにかかる時間は? すでに1日半は経っているんだが」
尋ねるが、幻覚作用が消える時間は個人差が大きいらしく、長老にも予想ができないらしい。けど、言葉を濁すってことは短時間ではないということだろう。イクミのこんなツラそうな姿をずっと見ていなければならないというのか?
「では……魔力を満たす、というのは?」
「お前さんは、魔力を増やす薬の存在を知っておるかね?」
「……魔力を、増やす?」
「うむ。魔力が少ないから幻覚作用に影響されてしまう、ということは、魔力が多ければ幻覚作用に打ち勝てるということじゃ。魔力の少なさは体質や病でそうなることもあるし、成長過程であるため少ないという場合もあるがの」
俺はサディさんやトゥーイの薬もまあまあ知っているが、そういった類の薬は今まで聞いたことも見かけたこともなかったし、存在すら知らなかった。長老は持っているのだろうかと思ったが、そう都合良くはいかない。
昔は確かにこの集落にその薬はあったそうだ。だがそれも、長老がまだ若者だったときだという。
「あの時は、魔力が抜けていってしまう病に罹った同胞がいてな。ただ、本人は体調を崩しただけと思っていて気づいてはいなかったんじゃ。そして森に入り、あの種の魔物にやられた……」
長老は遠くを見るような目で語った。
そのときは集落は大騒ぎになったそうだ。なにしろ、その人は集落の次期リーダーになると思われていた若者だったという。腕っぷしも強く、カリスマ性も持ち合わせていた、そんな若者が魔力の抜ける病にかかるなど……。しかも、今のイクミよりも幻覚が強かったのか、食いしばった歯で舌を噛み千切りそうになっていて、かなり危険な状態だったらしい。
そんな彼に投与したのがその薬だったとのことだ。そのときも食いしばりで相当飲ませるのに苦労したと話す。
なぜ、そんな珍しい薬がこの集落にあったのかというと、この集落は昔、秘薬を作る一族が興し、珍しい植物性魔物も出現するようなこの森で秘薬を受け継いでいたのだそうだ。
門外不出の秘薬もあり、女のみに口伝でのみ受け継がれていた秘薬は、いつしか作ることができないものも増えていってしまったという。
男たちが基本的には外で狩りをして素材を集め、女が薬師をしているという分業体制は、作れなくなった秘薬を一族全体が把握するのを遅らせてしまった。そして、当時保管されていたものの中に、使い切ったら『失われてしまう薬』として魔力を増やす薬があったのだという。
長老が俺に魔力を増やす薬を知っているかと聞いたのは、遡ればどこかで祖先が繋がる薬師の一族が作ってはいないかと思ったからだそうだ。
だが、あいにく俺は世界中を旅したわけではない。せいぜい村と海辺の街くらいだ。そして、若い時に旅をしていたサディさんがそういう薬を知らないならおそらく知っている人は周囲にはいないだろう。仮にサディさんが知っていても、イクミを助けるためにこれから村に戻るには時間がかかりすぎる。
──いや、魔力を増やす?
「長老、このエハヴィールの欠片を砕いて粉にして少量飲ませるのはどうだろうか?」
俺は前にイクミのものだと伝えて保管していたあの魔核──エハヴィールの欠片──を取り出して、長老に思いついたことを聞いてみた。
俺らは食べ物や空気などの魔力を摂取し続けて成長し、成人するころには子どものときとは比べ物にならない魔力量になっていく。イクミも魔力の多い食べ物を食べると魔力が回復しやすいかもと言っていたし……それを考えたら、魔力の大本であるエハヴィールの欠片を身体に取り入れることは魔力を増やすことに繋がるのでは? と思ったのだ。
しかし、長老からはごく当たり前の答えが返ってきた。
「それは……彼が魔化してしまうじゃろうなぁ……欠片の魔力は多すぎる。調節が難しいじゃろ」
普通に考えれば当たり前だ。
強い魔力にあてられた動物が魔物になってしまったときよりも、欠片が取り込まれて魔化した場合はさらにデカくて凶暴で危険な魔物になっちまうんだから。
そんなことを考えている間も、イクミがうわ言のように俺の名前を繰り返し呼んでいるのが脳内に響く。
──待つしか、ないのか……? こんなに苦しそうなのに。というか、飲食できなくて作用が消えるときまで無事でいられるのか?
待つ選択をするにしても、イクミの状態を維持できる方法を探さないと安心できない。
**********
年末年始休暇中なので、更新すこーし増やして、次回12月30日いつもの時間に更新します。
「じゃあ、イクミは魔物の毒にやられたんですか? 毒消しは飲ませようとしたけど痙攣であまり飲めてなくて、効いていた感じもなかったんだ、です」
「あれには幻覚作用があってな。毒ではないから毒消しは効かないんじゃよ」
「そんなっ」
「長老……疑うわけではないが、俺やヴァンは何も被害がなかったんだが、魔物というのは……」
そう言って、イクミを助け出したときのことを長老に話した。花のそばには俺たちも行ったし、さらには斬りつけてもいるのに反撃もされなかった。なぜイクミだけこんなことになっているんだ?
「あの魔物は、魔力の少ない弱いものを狙う。そういうものにしか攻撃しないし幻覚を見せないんじゃ。幻覚で逃げられないようにして生きたまま取り込んで養分にする。そういった魔物じゃ。沼アソール以外にも、この世界には魔力が少ないもののみを襲う魔物が結構いるんじゃよ? 普通に生きていたら気づきもしないじゃろうが」
「……ああ、スライム……」
ヴァンがぽつりと言った。そうだ、坑道のスライムもイクミにしか攻撃してこなかった。そんな前からヒントはあったのか。そのときに魔力の少ない者だけを襲う魔物がいると突き止めていたら、今こんな後悔をしていなかったのかもしれないのに。
イクミはビクンビクンと身体を痙攣させて、ふーふーと苦しそうな息をしている。身体がずっと動いてしまっているからか、顔も赤くなっているし全身に汗をにじませていた。今も視点が合っていないし瞳孔も開き気味だ。周りが見えているのか見えていないのか……いや、見えていないんだろう。
「ル……イ、ルイ……助けて……ルイ……ルイ、ルイ……」
「……」
名前を呼ばれ続けて、ギュッと心臓を掴まれたような気分になる。イクミがこんなに助けを求めているのに、俺は何もできていない。なんてザマだ。
ヴァンがイクミの汗を拭うと、イクミはボロボロと涙をこぼしながら寝台の布を握りしめている。かと思うと急に弛緩して、だらりと動かなくなるんだから心配でしょうがない。轡は外したけど、舌を噛まないように注意して見るようにしている。
「長老! イクミを幻覚から救い出すにはどうしたらいいんですか?」
「幻覚作用が身体から消えるまで待つか……魔力を満たすことじゃが……」
「消えるまでにかかる時間は? すでに1日半は経っているんだが」
尋ねるが、幻覚作用が消える時間は個人差が大きいらしく、長老にも予想ができないらしい。けど、言葉を濁すってことは短時間ではないということだろう。イクミのこんなツラそうな姿をずっと見ていなければならないというのか?
「では……魔力を満たす、というのは?」
「お前さんは、魔力を増やす薬の存在を知っておるかね?」
「……魔力を、増やす?」
「うむ。魔力が少ないから幻覚作用に影響されてしまう、ということは、魔力が多ければ幻覚作用に打ち勝てるということじゃ。魔力の少なさは体質や病でそうなることもあるし、成長過程であるため少ないという場合もあるがの」
俺はサディさんやトゥーイの薬もまあまあ知っているが、そういった類の薬は今まで聞いたことも見かけたこともなかったし、存在すら知らなかった。長老は持っているのだろうかと思ったが、そう都合良くはいかない。
昔は確かにこの集落にその薬はあったそうだ。だがそれも、長老がまだ若者だったときだという。
「あの時は、魔力が抜けていってしまう病に罹った同胞がいてな。ただ、本人は体調を崩しただけと思っていて気づいてはいなかったんじゃ。そして森に入り、あの種の魔物にやられた……」
長老は遠くを見るような目で語った。
そのときは集落は大騒ぎになったそうだ。なにしろ、その人は集落の次期リーダーになると思われていた若者だったという。腕っぷしも強く、カリスマ性も持ち合わせていた、そんな若者が魔力の抜ける病にかかるなど……。しかも、今のイクミよりも幻覚が強かったのか、食いしばった歯で舌を噛み千切りそうになっていて、かなり危険な状態だったらしい。
そんな彼に投与したのがその薬だったとのことだ。そのときも食いしばりで相当飲ませるのに苦労したと話す。
なぜ、そんな珍しい薬がこの集落にあったのかというと、この集落は昔、秘薬を作る一族が興し、珍しい植物性魔物も出現するようなこの森で秘薬を受け継いでいたのだそうだ。
門外不出の秘薬もあり、女のみに口伝でのみ受け継がれていた秘薬は、いつしか作ることができないものも増えていってしまったという。
男たちが基本的には外で狩りをして素材を集め、女が薬師をしているという分業体制は、作れなくなった秘薬を一族全体が把握するのを遅らせてしまった。そして、当時保管されていたものの中に、使い切ったら『失われてしまう薬』として魔力を増やす薬があったのだという。
長老が俺に魔力を増やす薬を知っているかと聞いたのは、遡ればどこかで祖先が繋がる薬師の一族が作ってはいないかと思ったからだそうだ。
だが、あいにく俺は世界中を旅したわけではない。せいぜい村と海辺の街くらいだ。そして、若い時に旅をしていたサディさんがそういう薬を知らないならおそらく知っている人は周囲にはいないだろう。仮にサディさんが知っていても、イクミを助けるためにこれから村に戻るには時間がかかりすぎる。
──いや、魔力を増やす?
「長老、このエハヴィールの欠片を砕いて粉にして少量飲ませるのはどうだろうか?」
俺は前にイクミのものだと伝えて保管していたあの魔核──エハヴィールの欠片──を取り出して、長老に思いついたことを聞いてみた。
俺らは食べ物や空気などの魔力を摂取し続けて成長し、成人するころには子どものときとは比べ物にならない魔力量になっていく。イクミも魔力の多い食べ物を食べると魔力が回復しやすいかもと言っていたし……それを考えたら、魔力の大本であるエハヴィールの欠片を身体に取り入れることは魔力を増やすことに繋がるのでは? と思ったのだ。
しかし、長老からはごく当たり前の答えが返ってきた。
「それは……彼が魔化してしまうじゃろうなぁ……欠片の魔力は多すぎる。調節が難しいじゃろ」
普通に考えれば当たり前だ。
強い魔力にあてられた動物が魔物になってしまったときよりも、欠片が取り込まれて魔化した場合はさらにデカくて凶暴で危険な魔物になっちまうんだから。
そんなことを考えている間も、イクミがうわ言のように俺の名前を繰り返し呼んでいるのが脳内に響く。
──待つしか、ないのか……? こんなに苦しそうなのに。というか、飲食できなくて作用が消えるときまで無事でいられるのか?
待つ選択をするにしても、イクミの状態を維持できる方法を探さないと安心できない。
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