霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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情報収集の旅へ

190.おぉ……習性強い……

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 宿に戻ってみると、ヴァンは猫からいつもの姿に戻っていた。けど、顔が赤くて息が少し荒い?
 
「ヴァン! 大丈夫? 風邪引いた? ちゃんと休んだほうがいいよ」
「ん。違うけど、ね」
「食らったか?」
「気をつけてたのに油断した。魔導屋を出たら急にぶつかったんだ。まだ本格的じゃなかったからこのくらいで済んだけど」
 
 風邪じゃないって言うならまだいいけど、意味がわからなくて俺は2人を静かに見ていた。
 
「ヴァン、イクミがかなり心配していた。俺からは話してない」
「あー……うん。そうだよね。これからもないとは言えないし……」
 
 ヴァンにチラリと見られたから、俺は首を傾げた。言いたくないなら聞かないほうがいいかなとも思っちゃって。でも、ヴァンは俺に向かってちょいちょいと手招きをする。
 
「んっとね、獣人の特性っていうか、呪いみたいなもんなんだけどさ」
「え! 呪い!?」
「ごめんごめん、本当の呪いじゃないよ。だから、その……猫獣人の女性の……フェロモンを食らっちゃってね。つまり、わかる?」
「あ」
 
 理解して少し顔に熱が集まってしまった。俺ってば何を想像してんだ! でもでも、獣人って発情期ってあるのか……。

「そのー、発情期ってことだよね?」
「似てるようで違うんだ。期があるのは獣人じゃ女性だけだよ。男はそういう女性に誘発されるだけ。俺だとやばいのは猫獣人の女性ね。別に猫獣人女性としか恋愛しないわけじゃないんだけどさ。心と身体が別になるときがあるっていうか。村じゃ猫獣人の適齢期女性いなかったからこんなことなかったでしょ?」
「あ、確かに。へぇ……」
「人が多いとこじゃ気をつけてたんだけどね。ごめんね」
「なんでヴァンが謝るんだよ。不可抗力じゃん」

 どんなに気をつけてたって、人の動きなんて予測できないんだからしょうがないよ。びっくりはしたけど、やばい病気とかじゃなくて良かったし。
 どうやらマギッドの町でも少し危ないことはあったらしい。それはなんとなく遠くにいる時点でわかって、さり気なく行く方向を変えてたらしいんだ。気づかなかったな。

「イクミって、そういうの疎くてウブで受け入れられないかと思ってたけど、意外と大丈夫なんだね」
「何が?」
「いや、だから、発情とか……」
「ばっ、ばかにするな! 俺だって健全な男だし知識くらいあるんだからな!」

 そりゃ、あっちじゃ彼女どころかちゃんと人を好きになったこともなかったけど、一般的な教養としてはいろいろ知ってるんだからね。それに、日本じゃエロなんて規制が緩くてやりようによってはいくらでも見れるんだから。
 それに、生物のフェロモンやら発情期やらは勉強の一環でもあるわけでさ。生物系の学部に入った俺としては知らないはずないじゃん。

「へぇ。じゃあ、たまにはそういう話題しようか?」
「はぁっ!?」
「例えば、オレがちょいちょい街に走らされてたときは、フェロモン食らってつまみ食いしてた話とか」
「なっ! ななな……」

 ヴァンはぶはっと吹き出して笑うと、「冗談だよ」って言った。どこからどこまでが冗談なのかわからない……怖い。ていうか、そんなこと言われて、改めてヴァンやルイを見ると……こんなイケメンたちが経験ないわけないよなって気分になってくる。
 えー、ピュアなの俺だけかよ。いや、ワンチャン、ルイは無表情で無口だから同類の可能性も……いや、無理があるか。つら。

「それにしても帰りが早かったね」
「あ! そうだ。トゥーイさんとこで、村の人たちに会ったんだ。それで今夜は高級店連れてってるれるって話になったから、ヴァンの様子を見に帰ってきたんだよ」
「高級店? 行く」
「ヴァン、つらいなら無理するな」
「夜まで時間あるし抜けるよ。薄かったからギリギリ大丈夫だったし」

 ヴァンは即答した。あれをギリギリ大丈夫って言っていいのかは俺にはわからないけど、本人がいいって言うならね。俺とルイがいない間に1人でなんとかしたのかなぁとかいろいろ考え……ちゃだめ!

 それはそうと、実は高級店の類は、聞き込みのときでも裏口から少し話を聞かせてもらうだけで、表から入ったことがないんだ。
 だからもちろん、俺はこっちのそういう高級な料理を食べたことがない。聞けばルイとヴァンも過去に1、2度食べたことがあるくらいで、めったに行けないんだそうだ。そんなだから、ヴァンも行けるなら行きたいよな。

「高級店なんて聞いて寝ていられるわけないじゃん。まあ、これから本格的に撒き散らす子がこの街に確実に1人はいるから、行動に気をつけないとだけど」
「また宿にこもっておく?」
「そこまでしなくていいってば。でもオレが急にいなくなっても気にしないでね。イクミはルイから離れないように」

 フェロモンを嗅ぎそうになったら逃げるからってことかな……。なんか不便そうだね。
 うーん……フェロモンにあてられて発情させられるってどんな感じなんだろう。俺なんかがエッチな夢見てムラムラしちゃうのとはやっぱり違うんだろうな。

 野営が続いているときは必死だからムラムラはないけど、こうやって安全なところに泊まってるときは……お手洗いでこっそり処理することもあるわけで。それが強制的に引き起こされるって……やばい、考えちゃだめだって思ってるのに考えちゃう!

「ガスマスクみたいなのがあればいいのにねぇ」
「なにそれ」
「えっと、悪い成分とかを吸わないように覆う器具っていうか」
「そんなの息できないじゃん?」
「違うんだよ……成分だけ吸着するフィルター、えっと、細かい網みたいのを通して吸い込まなくしたり、呼吸に必要な空気を別に供給したりして、呼吸は妨げないんだ」

 ヴァンは目を真ん丸にして俺の話を聞いていた。さすがにフィルターとかガスボンベとかはこっちにはなさそうだもんな。魔法を使って何かできないもんかなって、思いを巡らせてみるけど全然思いつかないや。

「イクミの世界にはそんなものがあるのか。獣人はいないんだろう?」
「うん。もちろんフェロモンを防ぐ用途じゃないよ。空気の悪いところで何か作業をしなきゃいけない場合に使ったり……あ! それこそダイビングで海に長時間潜るときもガスマスクじゃないけど圧縮した空気を流す器具をつけるんだ」
「なるほどな」
「便利だねぇ。でもそんな危険なところで何すんのさ」

 ヴァンの言葉にルイも同意した。俺は曖昧な知識を無理やり捻り出して説明して例をあげたけど、2人にはあまり通じなかったかもしれない。その辺はベースになってる常識が違うからしょうがないと思う。

「イクミの世界じゃ、人が到達してない場所がないってこと?」
「ううん。そんなことはなくて、わからないことだってたくさんあるよ。危険なところに行くのはそういう研究のためでもあるし、資源を取ってくるためでもあってさ。なんていうか、俺の世界は人口が多いのもあって……」

 息ができないようなところで何かしようなんて、頭おかしいみたいな目で見ないでぐれないかな。ルイやヴァンは俺の世界を不思議だって言うけど、俺だって魔力と魔法で大抵のことがなんとかなるこっちだって十分不思議だからね?

 
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