霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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情報収集の旅へ

188.トゥーイさん

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 俺がポカンとしていたら、割と大柄なその人はフードを外してハグをしてきた。なんというか、ルイよりもむっちりした筋肉が全身についてる。彼はトゥーイと名乗った。
 そして……その長い耳は……。
 
「エ、ルフ……」
「見たことなかった?」
「村には他にいなかったからびっくりして」
「ああ! そうだな。自分があの村では最後だったから。でもせっかく長命だからこっちで拠点を構えて、村のために動こうと思ってね」
 
 挨拶をしたあとは、またフードをかぶられちゃったけどなんでだろ。
 あと……言えなかったけど、俺のエルフのイメージはほっそりとした美形のイメージだったんだ。トゥーイさんは、その……結構マッチョなんだもん。それで少しびっくりしたんだよね。

 で、予想通りエルフはあまり人里で堂々と暮らす人が少ないらしい。だから俺が旅してても見たことがなかったんだな。いたのかもしれないけど、耳を隠されたら遠目じゃわからないし。

 それにしてもやっぱりエルフって長命なのか。すごいなって思って話を聞いたけど、いいことばかりじゃないなとも思ったよ……。

 トゥーイさんの祖父母はエルフ族だったけど、祖先に人間族の血も混ざっていたせいで父親は人間族として生まれたらしい。で、その父親は人間族の母親と恋に落ちてトゥーイさんが生まれたらしいけど、トゥーイさんはエルフ族として発現したんだって。
 トゥーイさんの祖父母はトゥーイさんの両親を先に見送らなくちゃならなくなったし、それが自然の摂理だとしても、やっぱりつらいことみたいだ。そして、トゥーイさん自身も村ではたくさんの人を見送ってきたみたい。

 俺は大好きな人を見送るつらさって、そこまで実感あるわけじゃないけど、それでも想像すると締め付けられそうになるんだよな。

「年齢は聞かないでおこう……」
「ははっ。聞かれてもさすがに自分でもわからなくなったなー。でもそれなりに長く生きてるから、自分の知ってることが役に立てるといいんだけど」

 嬉しいことを言ってくれる。そして、俺とルイでいろいろ説明した。海守りの塔に行って、キリソンさんとネイヴさんと仲良くなった話をしたら驚かれたんだ。話をすることはあっても、あの人が塔に他人を泊まらせるなんてってさ。

 トゥーイさんは俺が異世界人だってわかってるけど、塔にある俺の世界の痕跡の話はしていいものなんだろうか……。いや、でもキリソンさんが話してないかもだし、やめといたほうがいいよな?

「キリソンさんには俺の事情を全部話したから、興味持たれちゃって」
「あの人そういうのも好きだったのか。ああ、でも少し前に失われた技術とかなんとか言ってたかもしれない」
「そ、そんな感じで、俺の世界の知識にも食いついて、その……」
「君はいい子だね」
「え?」

 トゥーイさんの慈しむような何とも言えない眼差しに恥ずかしくなる。俺、なんか変なこと言った?

「空気だよ。質のいい空気を持ってる」
「そりゃ、うちらもみんなイクミが好きな時点でいいヤツなのはわかりきってるだろ」
「それだけじゃないってことさ。ただ性格がいいとか雰囲気がいいってだけじゃない。この子は『守る子』だよ」

 なんじゃそりゃってトゥーイさん以外が同じような顔をしてるし、もちろん俺もね。この人は何か見えないものが見える人ってことなのかな。よくわからないし、トゥーイさんがつかめないよ。

「そんな顔しないでくれるかな。君は今も何か庇ってるでしょ? そういう相手を大事にするところとか、他人を優先しがちなところとか」

 庇うって、キリソンさんのところの飛行機を言わなかったこと? でも、それってルイも同じだと思うんだ。みんなが俺を支えてくれるから、俺もそれに応えたいだけっていうか。

 それにしても、トゥーイさんはやたら俺に空気空気って言うよな。いや……この魔導具の翻訳が『空気』って変換してくるだけで、本当はもっとしっくりくる用語があるのかもしれないけど。

「イクミならそういうのあっても納得だな。あ! なぁ、うちらは明日発つから、今夜はみんなで食事に行かないか?」
「自分は構わないけど、ルイとイクミは?」
「ルイ、ヴァンって大丈夫かな」
「確認してみるが、ヴァンは未定だな」

 ルイが言うと他の人も「そういえばいないな」みたいな顔をしていた。どうやら連れていってくれるのは高級店みたいだから楽しみなんだけど、ヴァンが心配なんだよね。あんなふうに獣化するなんて今までなかったもん。

「じゃあ行けるやつだけ、日暮れにここに集合で。うちらは一旦戻るわ」

 2人が出ていって、俺とルイとトゥーイさんだけになると、トゥーイさんが薬草のお茶を出してくれた。サディさんの薬草茶は乾燥させた薬草を煮出したものだったけど、トゥーイさんのは生の薬草を使っているみたい。

「あ、なんかすごく爽やか!」
「これもいいだろう? サディは無駄にしないように乾燥させたのを使っているかと思うけど」
「全然違うものみたいですね。柑橘っぽい香りもする」
「さすがに味覚がいいね。少しだけ柑橘の皮を香り付けに使ってるよ」

 これはかなり美味しいな。母親のフレッシュハーブティーを思い出すような味だ。母親はガラス製のポットにレモンバームとかレモングラスなんかをブレンドしてよく飲んでたんだ。欲を言えばハチミツを入れたいところだけど、贅沢すぎになっちゃうか。

 それにしても、サディさんを呼び捨てできちゃうんだなぁ……。トゥーイさんからしたら年下なんだろうけど違和感しかない。

「サディの薬草の知識はなかなかのもんだよ。彼女が村に入ったときに簡単に教えたこともすぐ自分のものにしてどんどん進化させたからね。あの子が薬のことをしっかりやってくれるから、自分はこっちに来たんだ」
「今はラキさんもどんどん実力をつけてますよ」
「らしいね。ルイからは聞いてるけど。そのうちラキの薬も見てみたいな。イクミも向いてそうだけど、魔力が足りないね」

 ひょえ。俺も向いてるの? あの魔法の薬を作る才能があるってこと?

 ていうか、トゥーイさんがある意味サディさんの先生みたいなものなのか……すごい。この人マッチョだけど、やっぱりエルフはエルフなんだな。

「俺の魔力は……ここまで増えただけでも相当すごいからなぁ」
「もともとはゼロだったんだろう? 今はどのくらい?」
「えっと、浄化が3日に1回ならできるようになりました」

 これは俺でもなかなかすごいと思ってる。最初は1回浄化したら魔力満タンになるまで7日以上かかってたし、それを考えたらすごく増えたと思うんだ。とはいえ、やっぱりまだこっちの子どもレベルにも達してないんだけどさ。

「たった1年でイクミはここまでできるようになったんだ。すごいだろ」
「魔法がない世界から来たとは思えないね」
「でも他に魔法でできることはあまりないですけどね」
「それは魔力量の問題もあるだろうから、できることからやればいい」

 確かにそうだよね。水が出せて、身体をきれいにできるようになっただけで俺はかなり満足してるし、ちっちゃい火を出せるのもいざという時に役に立ちそう。とりあえずは今の状態で満足してるよ!

 
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