霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

文字の大きさ
上 下
188 / 226
情報収集の旅へ

188.トゥーイさん

しおりを挟む
 俺がポカンとしていたら、割と大柄なその人はフードを外してハグをしてきた。なんというか、ルイよりもむっちりした筋肉が全身についてる。彼はトゥーイと名乗った。
 そして……その長い耳は……。
 
「エ、ルフ……」
「見たことなかった?」
「村には他にいなかったからびっくりして」
「ああ! そうだな。自分があの村では最後だったから。でもせっかく長命だからこっちで拠点を構えて、村のために動こうと思ってね」
 
 挨拶をしたあとは、またフードをかぶられちゃったけどなんでだろ。
 あと……言えなかったけど、俺のエルフのイメージはほっそりとした美形のイメージだったんだ。トゥーイさんは、その……結構マッチョなんだもん。それで少しびっくりしたんだよね。

 で、予想通りエルフはあまり人里で堂々と暮らす人が少ないらしい。だから俺が旅してても見たことがなかったんだな。いたのかもしれないけど、耳を隠されたら遠目じゃわからないし。

 それにしてもやっぱりエルフって長命なのか。すごいなって思って話を聞いたけど、いいことばかりじゃないなとも思ったよ……。

 トゥーイさんの祖父母はエルフ族だったけど、祖先に人間族の血も混ざっていたせいで父親は人間族として生まれたらしい。で、その父親は人間族の母親と恋に落ちてトゥーイさんが生まれたらしいけど、トゥーイさんはエルフ族として発現したんだって。
 トゥーイさんの祖父母はトゥーイさんの両親を先に見送らなくちゃならなくなったし、それが自然の摂理だとしても、やっぱりつらいことみたいだ。そして、トゥーイさん自身も村ではたくさんの人を見送ってきたみたい。

 俺は大好きな人を見送るつらさって、そこまで実感あるわけじゃないけど、それでも想像すると締め付けられそうになるんだよな。

「年齢は聞かないでおこう……」
「ははっ。聞かれてもさすがに自分でもわからなくなったなー。でもそれなりに長く生きてるから、自分の知ってることが役に立てるといいんだけど」

 嬉しいことを言ってくれる。そして、俺とルイでいろいろ説明した。海守りの塔に行って、キリソンさんとネイヴさんと仲良くなった話をしたら驚かれたんだ。話をすることはあっても、あの人が塔に他人を泊まらせるなんてってさ。

 トゥーイさんは俺が異世界人だってわかってるけど、塔にある俺の世界の痕跡の話はしていいものなんだろうか……。いや、でもキリソンさんが話してないかもだし、やめといたほうがいいよな?

「キリソンさんには俺の事情を全部話したから、興味持たれちゃって」
「あの人そういうのも好きだったのか。ああ、でも少し前に失われた技術とかなんとか言ってたかもしれない」
「そ、そんな感じで、俺の世界の知識にも食いついて、その……」
「君はいい子だね」
「え?」

 トゥーイさんの慈しむような何とも言えない眼差しに恥ずかしくなる。俺、なんか変なこと言った?

「空気だよ。質のいい空気を持ってる」
「そりゃ、うちらもみんなイクミが好きな時点でいいヤツなのはわかりきってるだろ」
「それだけじゃないってことさ。ただ性格がいいとか雰囲気がいいってだけじゃない。この子は『守る子』だよ」

 なんじゃそりゃってトゥーイさん以外が同じような顔をしてるし、もちろん俺もね。この人は何か見えないものが見える人ってことなのかな。よくわからないし、トゥーイさんがつかめないよ。

「そんな顔しないでくれるかな。君は今も何か庇ってるでしょ? そういう相手を大事にするところとか、他人を優先しがちなところとか」

 庇うって、キリソンさんのところの飛行機を言わなかったこと? でも、それってルイも同じだと思うんだ。みんなが俺を支えてくれるから、俺もそれに応えたいだけっていうか。

 それにしても、トゥーイさんはやたら俺に空気空気って言うよな。いや……この魔導具の翻訳が『空気』って変換してくるだけで、本当はもっとしっくりくる用語があるのかもしれないけど。

「イクミならそういうのあっても納得だな。あ! なぁ、うちらは明日発つから、今夜はみんなで食事に行かないか?」
「自分は構わないけど、ルイとイクミは?」
「ルイ、ヴァンって大丈夫かな」
「確認してみるが、ヴァンは未定だな」

 ルイが言うと他の人も「そういえばいないな」みたいな顔をしていた。どうやら連れていってくれるのは高級店みたいだから楽しみなんだけど、ヴァンが心配なんだよね。あんなふうに獣化するなんて今までなかったもん。

「じゃあ行けるやつだけ、日暮れにここに集合で。うちらは一旦戻るわ」

 2人が出ていって、俺とルイとトゥーイさんだけになると、トゥーイさんが薬草のお茶を出してくれた。サディさんの薬草茶は乾燥させた薬草を煮出したものだったけど、トゥーイさんのは生の薬草を使っているみたい。

「あ、なんかすごく爽やか!」
「これもいいだろう? サディは無駄にしないように乾燥させたのを使っているかと思うけど」
「全然違うものみたいですね。柑橘っぽい香りもする」
「さすがに味覚がいいね。少しだけ柑橘の皮を香り付けに使ってるよ」

 これはかなり美味しいな。母親のフレッシュハーブティーを思い出すような味だ。母親はガラス製のポットにレモンバームとかレモングラスなんかをブレンドしてよく飲んでたんだ。欲を言えばハチミツを入れたいところだけど、贅沢すぎになっちゃうか。

 それにしても、サディさんを呼び捨てできちゃうんだなぁ……。トゥーイさんからしたら年下なんだろうけど違和感しかない。

「サディの薬草の知識はなかなかのもんだよ。彼女が村に入ったときに簡単に教えたこともすぐ自分のものにしてどんどん進化させたからね。あの子が薬のことをしっかりやってくれるから、自分はこっちに来たんだ」
「今はラキさんもどんどん実力をつけてますよ」
「らしいね。ルイからは聞いてるけど。そのうちラキの薬も見てみたいな。イクミも向いてそうだけど、魔力が足りないね」

 ひょえ。俺も向いてるの? あの魔法の薬を作る才能があるってこと?

 ていうか、トゥーイさんがある意味サディさんの先生みたいなものなのか……すごい。この人マッチョだけど、やっぱりエルフはエルフなんだな。

「俺の魔力は……ここまで増えただけでも相当すごいからなぁ」
「もともとはゼロだったんだろう? 今はどのくらい?」
「えっと、浄化が3日に1回ならできるようになりました」

 これは俺でもなかなかすごいと思ってる。最初は1回浄化したら魔力満タンになるまで7日以上かかってたし、それを考えたらすごく増えたと思うんだ。とはいえ、やっぱりまだこっちの子どもレベルにも達してないんだけどさ。

「たった1年でイクミはここまでできるようになったんだ。すごいだろ」
「魔法がない世界から来たとは思えないね」
「でも他に魔法でできることはあまりないですけどね」
「それは魔力量の問題もあるだろうから、できることからやればいい」

 確かにそうだよね。水が出せて、身体をきれいにできるようになっただけで俺はかなり満足してるし、ちっちゃい火を出せるのもいざという時に役に立ちそう。とりあえずは今の状態で満足してるよ!

 
しおりを挟む
感想などいただけると励みになります。匿名メッセージはマシュマロへWaveBoxへどうぞ。
感想 6

あなたにおすすめの小説

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

異世界転生して病んじゃったコの話

るて
BL
突然ですが、僕、異世界転生しちゃったみたいです。 これからどうしよう… あれ、僕嫌われてる…? あ、れ…? もう、わかんないや。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 異世界転生して、病んじゃったコの話 嫌われ→総愛され 性癖バンバン入れるので、ごちゃごちゃするかも…

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~

黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。 ※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。 ※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?

ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。 ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。 そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

処理中です...