霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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情報収集の旅へ

179.初めての酒場

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 カーツさんのところからも、野営を挟んでそれなりに歩いたから、夜は気が抜けて爆睡だった。
 朝は少しのんびりして、いろいろな店が開く頃になってから聞き込みに行く。その途中でブランチ……みたいなおしゃれなもんじゃないけど、買い食いをした。
 
「蒸かしカロイモってことは変わりないけど、切ってくれてて塩が振ってあるのがめっちゃいい」
「俺は小魚の塩漬けを乗せてもらったが」
「え、そんなのお願いできたの?」
「干し魚もなかなか美味しいもんだね。オレ結構気に入った!」
 
 あっちでいう干物とは別物なんだけどね。なんていうか……魚のジャーキーみたいな感じ。あ、あれと似てるな……鮭とば! あと、これだけじゃなくて、いろいろ買ってみたから3人で分けながら味見してたんだ。
 
「街は大きいから、聞き込みもまずはエリア分けしてやってくほうがいいんじゃない?」
「古くからやってる店とか、住人がいいと思うが」
「そういうのってどうしたらわかるの?」
「聞くしかないでしょ」

 最初に話しかけるのが高い壁なんだよなぁ。俺、緊張しちゃうもん。けど……2人がサポートしてくれるしな。いや、サポートっていうかメインで動いてくれることのほうが多いか。

「んじゃ……とりあえず宿を中心として街を分割して順に回って、夜は酒場に顔を出すってことで」
「うん、わかった」

 なるべく他に人がいない状態で聞き込みできるのがベストだよね。マギッドの時みたいに狙われたくない。一応、いきなり不思議現象の話はしないで、まず世間話をしてから匂わせをして詳しそうな場合に詳細を話すことにした。

 この方法は、片っ端から話を聞くより効率が良くて、興味すらなさそうな人に聞かないで済んだ。そりゃね、全く関係ないところで手がかりに繋がることもあるのかもしれないけど、言い出したらキリがなくなっちゃうからさ……。

「1日聞いて回って、収穫ゼロだったね」
「そんなにすぐ見つかるわけないよね。俺は覚悟してたから大丈夫」
「まだ明日以降もある」
「うん。それにこれから酒場も行くし、塔だってもう少ししたら行ってみるってことになってるしさ」

 客のみんなにお酒が入りすぎてから行ってもしょうがないだろうってことで、軽く食べてから開店直後の酒場に来た。頭がしっかりしてるうちに聞けそうな人には聞こうかってことなんだけど、でも酔ったからこそ口が緩む人もいそうだし難しいよね。

「うわ、これが酒場か」
「イクミ、酒場はあっちでも行ってなかったの?」
「そりゃ……俺の世界じゃお酒は20歳になってからなんだよ。こっち来ちゃったから郷に入れば郷に従えで飲んでるけどさ」
「お酒の歳が決まってるんだねぇ……」

 酒場の中は薄暗くて、魔法式じゃないランプが灯っていて独特の雰囲気だ。こういうのも酒場によって違うのかな。
 まだ開店したばかりのはずなのにもう出来上がってる人もいて、結構うるさい感じ。早めに来たけど、もうあんなに酔ってる人もいるのか……。今これなら時間が経つに従って酒場の外までザワザワするのも頷ける。

 俺の斜め前にヴァンがいて、俺の真後ろにルイがいるような立ち位置は崩さないのはさすがだ。守ってくれてるんだよな……俺も変な動きしないようにしなきゃ。

「マスター」
「はい、何かな?」
「ここには海守りの塔の主人が来るって聞いたんだ。今日は来そう?」
「うーん、どうかなぁ。いつ来るかわからない人なんだよ。ここじゃないとこにも行くだろうし」

 マスターが言うには、来ないときは数カ月来ないときもあるんだそうだ。そんなに会えないとなったら、決めてたとおり約束なしに訪ねるしかない。

「なんで塔だけ離れてるんだろ……」
「さあな。塔は古いものだから、街より先に建ってたと思うんだが」
「防壁で繋げられたらいいのにね。そしたら身軽な格好で行けるのにさ」

 俺たちはそれぞれ1杯ずつお酒を頼んで、それをちびちび飲みながら話していた。酒場のマスターにも塔の主人が来たら教えてと言っておいたから、雰囲気を味わいつつ周りの話にも耳を澄ます……と言っても2人がだけど。

 お客さんたちの話題はなんでもありみたいで、そういうのは大学の講義室と変わらないよな。恋バナ、噂話、愚痴、趣味、ゲラゲラと大笑いしてるとかさ。日本の居酒屋もこういう感じなのかな?

 そこに楽器を持った人がやって来ると、なんかライブというか演奏が始まって、酒場にいた人たちが歌いだしたり踊りだしたりしてさ。俺は見てるだけでなんか楽しかったな。いや……もちろん目的は忘れてるわけじゃないんだけど。

「ま、今日は様子見だし、イクミは楽しんだらいいよ」
「おかわりする? ツマミも貰おうか」
「ううん。この空いたグラスに水出して」
「水でいいの?」
「うん。2人はお酒飲んでね」

 ルイたちはお酒もかなり強いから俺に合わせる必要なんてないんだ。多少ほろ酔いになっても俺みたいに気が抜けちゃうなんてこともないだろうし。

 それでも一応近くの席の人と話して、軽い聞き込みはしたんだよ。あまり役立ちそうなことは聞けなかったけどね。初の酒場はそれなりに楽しかった。でも、やっぱり酔った勢いの喧嘩とかは起こりやすいらしいんだ。それはどこの国でも世界でも一緒なんだねぇ。

 ◇

 てことで、俺たちはここ数日同じことを繰り返している。
 塔の主人にも会えてないし、進捗はないって感じかな。

 そういえば、初日に入った食堂で俺がやってたワンハンドミールが出店で売り出されたんだよね。今はそれが街の話題になってる。売り子はお兄さんじゃなくてお姉さんだったけど、なんでか俺が作り方(?)提供者だってバレた。

「そりゃ、猫獣人と赤髪の剣士と小柄な黒髪の3人連れって聞いてたから」
「あー……」

 やっぱり小柄なんだ。なんで!? 俺とヴァンってそこまで違わないよ!?
 俺がそんなことをブチブチ言っていると、ルイが教えてくれた。

「ヴァンはな、魔力がものすごく多いから、抑えてても強そうとか本能的に感じる部分があるんだ。そのせいで見た目よりそっちが印象に残る」
「なるほど……俺は見た目も小さめで魔力も少ないから弱々しさが先に立つ、と……」
「あ、いや……」

 困ってるルイもかっこいいなぁ。ルイのこういう顔を見られるのは俺とヴァンだけだってわかってても不思議だよね。でも、俺たちの前では無表情を貫かなくて大丈夫って、ルイが思ってくれてるならいいなって。

「んふふ。平気だよ! 俺、少し吹っ切れたんだ。2人がいてくれれば俺は外を旅することができる力があるからね。人は見た目じゃないんだよ!」
「あは! イクミ、その感じすごくいいよ」
「そうだな。イクミは優しくて強い」

 ルイはちょっと大げさだけどさ、でもいつも俺を認めてくれるのが本当に嬉しい。多分、ルイの言う「強い」は戦闘能力だけのことじゃないんだろうな……。メンタルだって俺はそんなに強くはないけど、でも俺がここで頑張ってることをルイが一番近くで見ててくれてるから。

 褒められるのは照れるけど、それでも素直に受け取れるようにもなってきたかなって思う。

 
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