霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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172.短縮ルート

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「あぎゃ」
 
 やっぱ怖い! 飛び出したはいいものの、足元がなくなった不安感と恐怖感でバランスを崩して変な格好で落ちる。ゴムのないバンジーみたいなもんだからね……。
 俺は咄嗟に全身に魔力を巡らせて落ちても怪我をしないように、と──
 
「焦りすぎだ」
 
 耳元で声が聞こえる。そう思って目を開ければルイが俺を抱きとめていてくれた。姫抱っことかじゃなくて、疲れた子どもを抱っこしてるお父さんみたいな感じで……。
 
「ご、ごめ……」
「でも強化を全身に切り替えてたな。対応できてるじゃないか」
「着地できなさそうだったから」
「最初は焦ると強化できなくなることもあるから偉いぞ」
「子ども扱いしないでよっ」
 
 俺がルイと話していたら背後にヴァンが飛び降りてきた気配がした。音がしないのは猫獣人だからなのかな。
 
「いつまでイチャイチャしてるの?」
 
 そう話しかけられて、俺はずっと抱っこされてるのを思い出した。恥ずかしくなってルイの腕から抜け出るとしゃがみこむ。
 でもヴァンも俺の頭をぐしゃぐしゃしながら励ましてくれた。
 
「ルイが下にいたから、そのまま落ちたとしても受け止めてくれたんだよ。でも咄嗟に切り替えたのはすごいね。そういうのがほぼ無意識にできるようになるとバッチリだよ。でも今回の分はここまでかな」
 
 確かに最初に分けた8分の1は使い切ってしまったし、なんなら今のでそれ以上の魔力を使ってしまった……。身体強化を解除すると、精神的な疲れを感じる。これは身体強化した反動というよりは、俺が慣れてなくて魔力コントロールを常に意識していたからだと思う。
 
「……ルイ、頼んだよ」
「ああ」
 
 2人が何か言葉を交わすとヴァンだけ走っていった。
 
「どうしたの?」
「魔物だ」
「え……行かないと」
「今はヴァンに任せておけばいい。イクミはまず気持ちを整えろ。慣れないことをしただろ? ヴァンもそういうのをやらせているとわかっているから1人で行ったんだ」
 
 実地の中でやってるからこういうのも想定内だって言うんだよね。渓谷地帯だとさすがに魔物が強いからやらなかったみたい。
 急に何言い出すんだとは思ったけど、ちゃんと考えてはくれてたんだな。いろいろ指示してって頼んでるのは俺だし、ちゃんとやるけどさ。
 
 あと、俺の心臓のバクバクは高いところから飛び降りたのもそうだけど、ルイに抱きとめられて密着してたのもあるんだよな……言わないけど。
 
「わかった」
「ん、それでいい」
 
 俺がわがままでも言うと思ったのか、ルイはホッとしたように薄っすら笑った。
 
 強い風が吹くと、少し血の匂いがするような気が。これは……と思ってルイを見ると、頷いた。
 
「ヴァンが解体してるな」
「俺……落ち着いたけど、行っても大丈夫?」
「ああ」
 
 俺はルイに手を引かれて森の中を進んでいく。もう急な坂じゃなくて心底ほっとした。思ったより歩くなと思ったところでヴァンと合流したけど、解体はほとんど終わっている。
 
「ヴァン、遅くなってごめんね」
「さっきのとこで待ってていいのに」
「気になったから」
 
 にぱっと笑ったヴァンは魔物を2体も倒していたらしい。手土産にいい肉が手に入ったと嬉しそうだった。あの短時間で2体か……やっぱりすごいな。
 
 そして、集落に向かう道すがら衝撃的なことを聞いた。あの急坂と崖は本来の道をショートカットするためで、別にそこを通らなくても良かったんだよ!
 確かに距離も時間も短縮できたんだろうけど……俺の特訓にもなったんだろうけど……。
 
「あと1か所飛び降りたいんだよね。そこはおとなしくルイに抱えられてね」
「へ?」
「いやね、さっきのところより高いから、自分でやりたいって言われてもまだ許可したくないんだよね」
 
 そういう意味じゃなくて、本来の道で行けばいいんじゃ? と思ったんだけど。
 結局飛び降りるのは回避できなくて、それはルイに抱えられることになった。おんぶでいいよって言ったけど、危ないからって抱きかかえられるっていうね……。
 
「バンジージャンプよりスリルあるね」
「なんだそれは」
「高いところから飛び降りる遊び。ちゃんと安全用の器具をつけるから下に激突しないんだ」
「またイクミの世界はへんてこなことしてるねぇ」
 
 安全な世界ゆえの遊びだからね。この世界じゃ生きてるだけでスリリングだよ。
 
 俺はルイに抱っこされて飛び降りたときの感触を思い出さないように、いろんなアクティビティについて語っていった。
 ヴァンが食いついたのはスキューバダイビング。自分も海に入ってみたいって楽しそうにしてたんだよね。猫とは言っても獣人だと水はあまり関係ないのかな……大雨で濡れてもなんともなさそうだったし。
 
「海、安全だったら絶対潜ってみたいよね! それするためにイクミの世界覗いてみたいもん」
「俺は山のほうが好きだからなぁ……。シュノーケリングくらいしかしたことないんだけど」
「そんなに入りたいなら海辺の街の入江なら入れるんじゃないか?」
「ルイ、違うんだよ! イクミの話聞いてた? 人の手の入ってない海のカラフルなサンゴとかいうやつは、海辺の街の入江じゃ見られるわけないじゃん」
 
 ねぇ? とヴァンが話しかけてくる。海の中にそんなきれいなものがあるのは信じられないって楽しそうだ。ヴァンは知らないものへの好奇心が強そう。
 
 それに俺も海を久しぶりに見られるのは嬉しい。次に寄る集落の次には行けるのかな。村の子たちが言ってた強い魔物の話も忘れてはいないけど、潮騒が聞けるかもしれないってだけでも楽しみだ。
 
「あれ?」
 
 ぴょこっとヴァンが伸び上がった。ルイも右の奥を見ている。
 と思ったら急に目の前に人が現れて、俺はびっくりしすぎて声も出せずにしゃがみこんだ。
 
「あ、やっぱりカーツ?」
「ヴァン? お前がいるなんて……珍しい。あ、その子」
「イクミ……なに座ってんの?」
「驚かせちゃったか。すまない」
 
 ルイの手を借りて立ち上がったけど、かなり恥ずかしい。でもさ、なんの探知もできない俺が、2人に釣られて奥の方を見てたのに……目の前に人が現れるんだよ? 腰抜かすっての!
 
 これが魔物だったら死んでるだろうけど、魔物は知能があれだから突撃しかしてこないんだよね……ある意味安全。だから油断してたってのもあるんだけどさ。
 
「は……初めまして。イクミです。2人についてきてもらって村から旅してます」
 
 どうせ、向かう集落の人なんだろ? 知り合いっぽいし。
 そう思って挨拶すると、フードをかぶったガッチリした男の人が目を丸くしてた。
 
「カーツだ。ものすごく驚いてた割に状況把握が早すぎるというか、なんというか……」
「前もって村出身の人のところに行くって話してあったからな」
「うちに来るんだろ? こっち来れば早い」
「え、もっと短いルートあった?」
 
 ヴァンが不思議そうに質問して、カーツさんは若干ドヤ顔っぽく笑っている。なんだかはわからないけど、安全なら俺はそれでいい……。
 
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