霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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情報収集の旅へ

170.町に別れを告げる

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 どこからか声がしてキョロキョロしていると、ビタが駆け寄ってきた。

「もしかして、出立するのか?」
「あ、うん。ビタはこれから仕事?」
「へへ……鍛錬の帰りで、このあと畑。あの、さ……お礼を言いたかったんだ」

 そうビタが言うと、後ろからでかい人が近づいてきた。

「ビタ?」
「あ、兄さん。この人たちが話した冒険者だよ」
「初めまして。ビタが世話になったとかで……お話はビタに聞きました。私からもお礼を言わせてください」
「へ? 世話? いえいえ、俺のためにもなったんで……」

 ビタのお兄さんは……少し話しただけでよくわかる出来た人だった。礼儀正しくて、でかくてイケメンで、強そう。うん、絵に描いたような優秀な兄。この人とずっと比べられてきたのかぁって少しビタが可哀想になったよ。

 でもお兄さん自身はビタの才能も認めてて、もったいないと思っていたみたいだから、これは周りの大人がもう少し考えてあげるべきだったんじゃないかなって思う。

「ボク、1回ひとりでイクミのいう基礎トレってやつをやってみたけど、わかりにくいとこあって。で、ヒントがほしかったから、勇気を出して兄さんに会いに行ったんだ。そしたらすごくわかりやすく教えてくれてさ……」
「私はビタに避けられてるとわかっていたので……ビタが訪ねてきてびっくりしました。キッカケがあなた方だと聞いて」
「実はさ……始めたばかりだけど兄さんと朝練してるんだ。イクミの話を聞いて他人と比べないって思いながら頑張ってるし、兄さんと仲直り、っていうかボクが勝手に苦手意識を持っちゃってたのもわかったから」

 楽しそうに笑うビタを見てなんだか俺も嬉しくなってきちゃったな。前みたいなちょっと斜に構えたようなビタじゃなくて、屈託なく笑う姿は俺と同世代と言ってしっくりくる。ものすごくブランクが開いちゃったから、少しの練習でも筋肉痛になるんだって恥ずかしそうなんだけど、でも俺からしたら楽しんでるようにも見える。
 お兄さんも優しげな表情でビタを見ていて、上手くやれてるんだなってわかった。

「ねえねえ、オレが言ったこと覚えてる?」
「あ……えっと風魔法?」
「うん。練習してる?」
「魔法は……あまり。課題くれたのに、ごめん」

 ビタはどうやって練習したらいいのかわからないと言った。どうやらお兄さんもそこまで風魔法が得意っていうんでもないそうだ。ヴァンはもう一回ビタとお兄さんに向かって、ビタが風魔法と相性がいいんじゃないかっていう見立てを話した。

「んー……魔力量は魔導士レベルではないけど、いい線いくと思うんだよ。おにーさん、ツテ探してあげて。この子が魔導士じゃないから魔導屋は紹介してあげられないんだ」

 ここまでヴァンが言うのって珍しい気がする。
 お兄さんはビタのためになるならと、同僚などを当たってみると話していた。ビタはそこまで真剣に考えてなくて、魔法の話はお兄さんにしてなかったのか、ヴァンの再度の言葉を聞いて口を開けたまま固まっている。

 ビタが一歩踏み出したから、お兄さんへのコンプレックスが少し解消されたのかな。彼のスッキリした顔を見られて良かった。お兄さんも本当はビタと仲良くしたかったみたいだし、2人で鍛えていけたら上を目指せそうだよね。

 それにヴァンがあんなに言うってことは、きっと風魔法に関してはお兄さんよりビタが上なんだろう。そういうの伸ばしてビタの自信になったらいいなって思う。

「本当にイクミも、ヴァンさんも、ルイさんもありがとう。君たちが畑を見に来てて本当に良かった」
「そんなに?」
「出会えなかったら、ボクは今も文句言いながら畑に行くか、畑もやめて親に迷惑をかけていたかもしれない」
「大げさだよ。ちょっとしたきっかけだけだったんだし」

 そう言っても、ビタはううんと首を振る。

「ビタは、イクミさんの身の上というか、生活に大ショックを受けたようです。ビタからその話を聞いて私も衝撃だったんでわかりますけどね」
「えええ……」

 きっと魔力の話だよなって思うけど、やっぱり魔法がベースの世界だと俺の少なさは異常なんだな。でも……お兄さんにまで知らないところで衝撃を受けられてたなんて。

「イクミ、道中気をつけてね。無理はしないで」

 ビタに異常に心配されている……俺の魔力の量ってそんなにやばいわけ? そう思ってヴァンを見ると笑いを噛み殺している。ほんと、面白がるよね……。

「大丈夫だって。俺は生まれつきこうなんだから」
「うん……そうなのかもしれないけど。でもボクも収穫最盛期は、風魔法使いすぎてフラフラすることあるから心配で」

 俺が異世界人だと知らないからそういう反応になっちゃうよな。しかも別れ際に俺のメイン武器が弓と知ってさらに驚かれたっていうね。

 ビタのお兄さんにまで「弓なんて使う人がまだいるのか……」って言われたんだよ。魔法が発展しちゃうと遠距離の武器なんて、そんな扱いになっちゃうのか。

「弓、侮っちゃだめだよ? イクミはここに来るまでに、魔物をひとりで仕留めてるからね?」
「す、すごい……」

 キラキラとした目でビタに見つめられて、ものすごく恥ずかしい。いや、確かに倒したよ……少し小型のやつ。まぐれっぽさは拭えないけど。

「組織の中なら少しは弓が使えるやつがいたほうがいいとは思うが。ここは魔導士が多いのか?」
「戦闘特化の魔導士はそんなに多くないです。技術屋みたいな魔導士は多いんですけどね」
「弓ってそんなに必要? ボクはやっぱり剣かなって思うけど」
「どの武器にも得意不得意がある。みんなで何種類か使えるようにして、お互いをカバーできるようにしておかないと不測の事態に対応できない。俺は多種の武器の扱いはマスターしてるし、俺の……親、も、そうだし。イクミだって使えるの弓だけじゃないぞ」

 ルイがそんなことを言えば、ビタは目を真ん丸にしてるし、お兄さんはうーんと考え込んでしまった。……俺の短剣の腕はそこまでじゃないし、他も中途半端だけど、黙っておく。変なこと言ったらルイの邪魔しちゃいそうだし。

「ルイさんの言ったこと、検討させていただきます。ありがとうございました」
「いや……余計なことだったらすまなかった」

 俺たちはビタたちに別れを告げ、出口で滞在中の税金を払って町の外に出た。
 貨幣価値が俺にはさっぱりわからないから、こういうのは全部ルイ任せだ。ヴァンもわかるんだろうけど、しょっちゅう行き来してるルイのほうが慣れてるだろうからね。

「素材がたくさんあるから金銭的には困ってないよ。この先も積極的に魔物は狩っていくからね」
「うん、わかった」
「待たせたな」
「全然だよ!」

 さて、次はとりあえず海辺の街の前に、ムル村出身の人が住んでるとこに寄るんだよね。集落というよりももっと人は少ないから、情報は得られないだろうけどってことなんだけど、2人が行っておこうというなら俺は着いていくし。

 新しいところに行くのは緊張もあるけど、でも、俺は今異世界を旅しているんだなって思うと不思議な気分だ……。
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