霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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情報収集の旅へ

168.ここでは粗方聞いたかな

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 数日、いろんなところに顔を出して世間話をしつつ、異世界人とか失踪とか時空の歪み的なことの聞き込みをしたけど、これといってたいした情報は見つからなかった。
 
「俺が正体を隠しているのと同じで、いたとしても内緒にしてるかなぁ?」
「イクミみたいに別のところで保護されて、旅してきたならそういうこともあるかもだね。でもここで拾われてたら隠すのは難しいでしょ。言葉もわからないんだし」
「あ、そうだよね……じゃあやっぱりここにはヒントはなしか」
 
 手がかりがなくても、俺はそんなに落ち込んではいない。最初は新しい町に来たのもあって、もしかしてなんて少しだけ期待しちゃったけど、滞在して数日経った今は冷静だ。

 村にいる外に行ったことある人でも、誰も俺みたいな人を知ってる人がいなかったんだから、仮に見つかるとしても海辺の街まではいないだろうなって思ってたのも思い出したしね。
 
「でも、いつもは通過点にすぎないこの町で、こんなにゆっくりいろんな人に話聞くなんて面白すぎ! 意外と知らないことあったし、美味しいものにも出会えたし」
「だが……やっぱり目を付けてくるやつはいるな」
「まあねぇ。ま、オレたちがいるから大丈夫だよ」
 
 どういうことかっていうと、俺が狙われたんだよね。別に高価なものなんて持ってないのにスリに遭いそうになったんだ。

 2人が言うには、設定で古い遺跡とか伝承とか調べてる一族なんて言っちゃったから、古代のお宝でも持ってるんじゃないかと思われたんだって。いろんな人に聞き込みしてたから関係ない人にまで話が聞こえちゃったのかも。
 
 日本じゃ、発掘したり手に入れたものが下手に重要文化財なんかになっちゃうと、保管にお金がかかって個人で管理するのは大変らしいなんて話も聞くよね。それで博物館に寄付しちゃうとかって話あるじゃん……本当かどうかわからないけど……。変な認定される前に売っちゃえばお金になるのかなぁとかって考えたこともあったな。
 
 そんなくらいの認識だった俺は、自分が狙われたことにそりゃあびっくりした。
 でもそんな輩に俺が気づいたのは、ヴァンがスリの急所に短剣の柄を打ち込んで、俺の背後で男が倒れたあと。ちなみにルイは少し離れたところにいた別の男の意識を刈り取っていたっていう……いつの間に?
 
「なんか強い護衛を連れてるみたいで、余計に貴重品持ってる人っぽく見えちゃわない?」
「でもさぁ、話す気なんてコイツらにないし、下手したら殺されてから奪われるんだから先にやらなきゃ。イクミが嫌がるからって殺さないだけオレたち優しいでしょ」
「自分を守ってるだけだからな」
 
 正当防衛というより、先制攻撃なんだ……。俺は相変わらず鈍いから、もうその辺は2人に任せよう。殺気とか悪意とかわからないもんはわからない……しょうがないもん。とは言っても、俺も殺されたくないし、用心はしないと。

 町に入る前は少しビクビクしてたのに、案外優しい人が多かったから油断してたんだよなぁ。
 
「うう……今になって怖くなってきた。魔物より人間怖い!」
「だろ?」
「そりゃそうだよ。魔物は理性がないから魔力垂れ流しでただ突っ込んでくるけど、人間はいろんなのがいるからね。でも、この町は話を聞いてまわった感じ、心根が良い人が多いよ。そりゃ、村ほどじゃないけど……村ならそこら辺で昼寝できるから快適なんだよね」

 さすがにそれはどうかと思うな。俺が治安のいい日本にいたって、よく知らない土地じゃそんなことしないぞ。

「弓をルイのバッグに入れてもらっておいて良かった」
「あー、でもアレは見た目は貴重なものに見えないし……弓だから多分狙われないよ」
「それでも! 俺の大事な弓ちゃんなの!」
「弓……ちゃん……?」

 あうう。ルイに変な目で見られちゃったじゃんか。
 カッと顔が熱くなったけど、いつも心の中で弓ちゃんと呼んでたから誤魔化せないし、直せる気もしない。

「なるほど……イクミがそうやって、アーティファクトをただの物扱いしないから使いこなせてるのかもな」

 ルイがそう真剣な声で言うから、俺は恥ずかしかったのも忘れてルイを見上げちゃったよね。

「笑わないの?」
「なんでだ? そうやってイクミはアーティファクトと良好な関係を築いたんだろ?」

 築けてるかはよくわかってないけどね?
 ヴァンもいつも通り生暖かい目で見てるけど、馬鹿にはしてこない。ヴァンは、俺が弓に話しかけている場面を何度も見てるからかもね。

「俺はあくまでも武器としての弓としか見たことがなかったんだが……。意思があるんだとしたら、イクミの対応が正しい気もしてくるな」
「それはそうだよねぇ。オレも意外な発見だよ」

 日本のアニミズム文化、変なところで役立ってる説!? 物に魂が宿るみたいなのに全く抵抗ないのは、俺が日本人だからってのも大きいのかもしれないなんて思った。
 なんか2人がやたら感心するから恥ずかしさも薄れたっていうか。

「弓ちゃんじゃなくて名前つけたらもっといいんじゃないのー?」
「俺にそんなセンスはないの! 名前気に入ってくれなくて仲悪くなったらどうするんだよ」
「それは聞きながらやればいいじゃん」

 ヴァン、自分がやるわけじゃないからって言いたい放題だな。名前をいくつも用意するとか難易度高すぎなんだよ。

「何か思いついたら弓に聞いてみて、しっくりこなかったらまた思いついたら聞けば?」
「うー……。まあ、思いついたら、ね……」

 8日ほど滞在して、変なのに狙われるくらいには聞き込みもしちゃったし、そろそろこの町を出るか、なんて話にもなった。
 あとこの町と海辺の街の間くらいに、ムル村出身の人がいる小さな集落があるから、そこにも寄ろうかって。

 ムル村のことを伝えたり物を渡したりは、きっと卸と仕入れをする人たちがやってるだろうから、イクミのことも伝わってるんじゃないかって言うんだ。
 それだとかなり助かるよね。細かい説明を省略できるのも嬉しいし、言い訳しなくていいし。それになんといっても村出身の人ってだけで、絶対にいい人だろって信頼感があるっていうか。

 そんなことを話しながら宿に戻って、女将さんに明日発つことを話すと残念がられた。料理をきっかけに仲良くなった女将さんは、たまに工夫してみては俺に味見を頼んできてたんだ。

「最後の朝食はうちで食べていきなよ」
「そうですね。煮込みをお願いします!」
「オレ用にたくさん出してくれると嬉しいなぁ」
「ヴァン何言ってんの、他のお客様もいるんだよ?」
「いいよいいよ。大盛りにしてあげるから」

 今までもヴァンがしつこくおかわりしてたから、女将さんが微妙に甘くなってる気がする。

「ちゃんと金取っていいですよ……この人食べすぎなんで」
「面白い料理の話もしてくれたから、情報料で相殺だよ。私がいいって言ってんだからいいんだよ」

 ここまでくると、最初に『変な子』って目で見られたのが懐かしいくらいだよ。
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