霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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情報収集の旅へ

167.アドバイスとブーメラン

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 俺も最初は──正直、今もだけど──実感がないまま、ひたすらに基礎トレをしてたと伝える。

 俺が異世界から来てるってことは特殊な因子になるかもしれないけど、別にチート能力があるわけじゃない。丈夫なのは役立ったけど、それがなくたってこっちの通常通りの魔力があるならすぐ俺なんか追い抜けるだろ……。
 
「ビタはさ、走ったり筋力トレーニングする時間もないくらい畑仕事が忙しいの?」
「え……あ、いや……」
「イクミは毎日、鍛錬と畑仕事と朝晩の料理してたよね」
 
 ヴァンが話を付け足すとビタがギョッとした顔をする。やるしかなかったからやってただけだけどね。それに、料理は毎日欠かさずだったわけでもないしなぁ。
 
「必要に迫られればやるもんだ。つまり、そんなに本気でもないし、羨んでいるだけなんだろう?」
「ルイ! そんな言い方……」
「ううん。その人の言うとおりだよ。ボクは……周りを妬んで自分は何も悪くないって逃げてたんだってわかった。イクミ? はすごいね」
「オレらはね、強くならないと死と隣り合わせ、みたいなとこの出身だから、環境のせいってのは合ってるねぇ。でもそれってわかる? 生き残れないかもってこと」
 
 のほほんとヴァンが言って、またビタが驚く。
 ぐっと唇を噛んで何かを考えているみたいだったから、俺は口を出したいのを堪えてビタの言葉を待っていた。
 
「そんなところで魔力が極端に少ないって……怖いね」
「怖いよー。だから、俺はこの2人がいないと旅なんてできないんだよ。すごくなんてないんだ」
「いや……すごいよ。ボクだったら、親とか世の中に不満ばかり言ってたと思う。それで強くなろうともしないで、ボクは弱いんだから周りが守るのが当たり前だとかって言ってそう……」
「そんな卑下しないでってば」

 ビタの抱えてる卑屈な思いが激しすぎる。でも日本にいたときの俺はビタに少し近いタイプだったと思う。何かに興味持っても少しやっては飽きたってやめちゃってたし、嫌なことからは逃げてたし。

「ちなみに、君の魔力って、どのくらい少ないの? 子ども以下って言ってたよね」
「あー、うん。自分で毎日浄化もできないくらいかな」
「は!? え……」

 絶句されてしまったんだけど……。
 ビタはそれでどうやって倒れないで生活できるんだとかブツブツ言っている。いや、まあ、俺は魔法のない世界にいたからねぇ。それにルイが助けてくれるし。

「ボク……自分がどれだけ甘えてたかって衝撃なんだけど」
「そんなに……? 俺もそこまで言われることに衝撃なんだけど……」

 ヴァンが生暖かい目で見てるし、ルイは無表情を貫いてるけど俺たちの様子をしっかり見てるしなんか恥ずかしい。

 そのあと、ビタには俺がやってた基礎トレを教えた。俺が最初にみんなに言われた通り、基礎ができてないうちに武器を持つと怪我するって言われたこととかも伝える。

「聞けるところはないのか? 鍛錬場とかあるんだから教えてる人間がいるだろ?」
「……」
「ビタ、どうしたの?」
「そうだよね……変わらなきゃ」

 ビタはそれからぽつりぽつりと話しだした。それはよくある優秀な兄弟の話。なんでこんなに卑屈で冒険者なんかを妬ましく思ってしまうのか、なんとなくわかったよ……コンプレックスだったのか。
 でもビタは根っからひねくれてるわけじゃないし、素直だと思うんだ。畑仕事も文句言いつつ真面目にやってたもん。

 昔は強くなりたいって憧れて、身体を作ろうとしたこともあるらしい。でもその度に、優秀な兄弟と比べられてできないところばかりを指摘されていたんだって。新しくできたことがあっても、兄弟はもっと早くできてたよねとか……そんなの嫌になってもしょうがないかもしれない。

「ははぁ、そうやって周りと比較して自分はできないって思うところ、誰かさんと同じだねぇ」
「な! ヴァン!」
「君も……?」
「うー、恥ずかしながら、そうだよ。そういう意味では、ビタの言う『環境』が俺は良かったんだ。周りがそんな俺を、周りと比べるな、できてるからって叱ってくれたから……」

 きょとんとした顔で俺を見たビタがへにょっと眉を下げて、「そっか」と言った。

 こういうことを他人に話すことで、俺は今までの自分を少し客観的に見ることができた。ビタの置かれた環境は俺とは違うけど、でもビタに思うことは俺にも言えることだよな。

「ビタ、君はできるよ。目標があるなら諦めないでほしい」
「わかった。イクミに言われたらやるしかないね。イクミの話を聞けて良かった……自分の逃げてたところを直視させられたのはつらかったけど、頑張ったらボクも君みたいになれるかもって思えたから……」
「お前は身体は恵まれてる。あとは心だけだ。いくら強くなっても、すぐ逃げるようじゃ魔物は狩れない」
「……確かに、そうだよね」

 ルイの言葉は少しだけキツく感じるけど、でも意地悪で言ってるんじゃないことはわかる。冒険者や守衛なんかの戦う仕事をするなら、ちゃんと覚悟が決まってなきゃ命を落とすからなんだよな。

 そういう意味では、俺の心にバシバシ刺さってくる。だって、心が弱いのは俺だから。手がかりを探すために無理やり旅に出ているだけで、なんの覚悟もない俺は、ビタと何が違うんだろう。

「ボク、イクミを見習って鍛錬と畑仕事を両立するよ」
「俺のことは見習わなくてもいいけど、やらなきゃいけないことはしっかりね」
「イクミは畑仕事で薬草なんかの知識も蓄えたから、それも冒険の手助けになってるんだよ。なんでも一生懸命やれば得るものがあるんだ。ビタは風魔法と相性良さそうだし、そっちも伸ばしたらいいよ。感だけど伸びると思うから」
「ボクの魔法?」

 ヴァンは俺に教えてくれたような、自分で考えさせる課題をビタに出している。
 ビタと別れたあとは2人とも苦笑してた。俺が自分の目的そっちのけでビタに話していたからだろうけど。でもなんか気になってほっとけなかったんだ……。だって俺みたいなんだもん。

「イクミ、どう思った?」
「聞かないでよ……」
「いや、振り返り大事だよ? オレたちはイクミのためになりそうだから、彼の話に付き合ったとこあるからね」
「ええ……?」
「当たり前だ。そんなに関係ない人間だしな」

 俺には優しい2人が、なんか結構シビアだね。

「2人に言われてる通りだなって……ビタにとったら俺は強くて戦える人間で。ああいう人の前で、俺が自分のこと弱いだのできてないだの言うのはだめだって思った。ビタは俺と本質的なところが似てて……周りと比べて自分を卑下することの危うさも感じた」

 ルイが俺の頭を撫でてきて、なんとなくキリキリしていた心がふわりとなる。ヴァンは村にいるとわからないって言った意味がわかったでしょと笑った。確かに俺はこんな話を何度か聞いてたもんな。でも本当の意味ではわかってなかった。

「ビタにああ言ったからには、イクミも自信持て」
「う、ん」

 俺はできてる俺はできてる俺はできてる……。
 
 
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