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情報収集の旅へ
161.宿の女将さん
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宿の食事は……なんというか、普通? サディさんのご飯のほうが美味しかったな。でも別に宿の食事が不味いってわけでもないんだよ……味がうっすいだけでさ。
「イクミのご飯に慣れちゃうと物足りなく感じるねぇ」
「前はこれが普通だったのにな」
「んー、これもう少し塩足して、サディさんみたいにクズ野菜の出汁とか合わせたらもっと美味しくなりそうだけどね」
「足りない塩加減とか、出汁? とかそういうの食べてすぐわかるもん?」
俺は別に料理人でもないから、そんな詳しくはわかるわけじゃない。でもさ、出汁がしっかりしてれば基本的に薄味でもそれなりに美味しくなるもんじゃん? あと塩味のバランスってどんなもんでも大事だと思うし。
「でもこの煮込み具合はすごいと思うよ。絶対に手間かけて作ってる。こことかトロットロだもん」
「へぇ、これってそんな手間暇かかってるんだ……」
「……あのー、料理人なんです?」
「はぇ!?」
さっき手続きしたときに俺を変な顔で見ていた女性──日本なら女将さんかな──がおずおずと話しかけてきてびっくりした。多分、俺の言葉はそこまで通じていたわけじゃないと思うんだけどな。
「ところどころそんな会話が聞こえて……ごめんなさい。聞き耳を立てているわけじゃなかったのだけど」
「今の時間、客が少ないですもんね。俺たちもうるさかったと思うんですいません」
「で、料理人さん?」
「ち、違いますよ。料理は好きなだけで……」
女性──もう女将さんでいいか──は、違うと言ったら少し残念そうな顔をした。わけを聞いてみたら、ずっと味付けを工夫しているけど、思い出のお祖母ちゃんの味とやらにならないんだそうだ。
女将さんが言うには、もっと味に深みがあった気がするってことだけど、ざっくりしすぎでわからないなぁ。
「出汁というのは?」
「ああー、クズ野菜……むいた野菜の皮とかそういうのを炒めて煮込むと、野菜からでも出汁が取れるんですよ。皮のところってたいてい旨味があるんで」
「捨てる部分で……」
「あと節約したくても、塩はある程度使ったほうがいいかなって」
ヴァンが苦笑してて、ルイは無表情だった。ていうか、あれはよそ向けの無表情な気がする……変なの。
「イクミ、別にそんなサービスしなくていいんだよ?」
「でも、この町でもいろいろ聞き込みさせてもらうんだし、こんなことで役に立つならなって思ってさぁ」
「私でわかることならなんでも教えますよ!」
「ほらぁ、持ちつ持たれつってやつだよ」
俺はもちろんサディさんの薬草パウダーなんかは内緒にしつつ、旨味を引き出すアイデアなんかを伝えた。その『お祖母ちゃんの味』を知らないから、味に近づけるというよりは深みを出すためのヒントにしかならないんだけどね。それでも女将さんにはかなり喜んでもらえた。
「そうね、つい塩なんかは節約しちゃうけど、お祖母ちゃんは海の生まれだっかたから、塩はちゃんと使っていたのかも」
「先に使って、素材の水分を抜きつつ、味付けが染み込みやすくなる……みたいなこともあるのでいろいろ試すのもありですね。ただ、煮込むなら最初から塩を強くすると肉が固くなっちゃうかもしれないかな。それと、出汁は組み合わせることで旨味がアップすることもあるし、いろんな野菜を合わせたほうがいいかも」
「煮詰めることで味が濃くなるかと思ってたんだけどねぇ」
もちろんそれもあるとは思うけど、複雑な味の奥域を出すなら素材の組み合わせだろうなぁ。簡単そうな料理なのに目に見えないところでたくさん素材を使ってた……なんてよくあること。
「でもこの煮込み方は受け継がれてるんじゃないですか? なんかすごい……」
そう、なんていうか、圧力鍋で作った角煮みたいなトロットロなんだよ。サディさんの煮込みでもここまでのはなかった気がする。すると、女将さんは煮込むときに魔力を使ってるとだけ教えてくれた。秘伝ってやつかな。
味付けに関しては俺の話を参考に試してみると言ってて、これで少しでもお祖母ちゃんに近づけたら嬉しいって聞いて、ちょっとうるっとしちゃったよね。
「ところで、あなたは何を聞きたいんだって?」
「え、あ。えーと、古代にまつわるものとか、世界の不思議な力とか、……そう、例えば、別世界とか……そういった調査をしてまして」
「ずいぶんと漠然としてる話というか」
「ですよねぇ。解明されてない謎とかあるといいんですけど……」
そりゃそうだよなぁ。どうやって聞き込みしたらいいんだろう。異世界に帰りたいっていうのを隠しつつ、異世界に帰る手がかりを探すって結構難易度高くない?
「謎……ねぇ。さっき話した私のお祖母ちゃんの兄が、海辺の街から少し離れたところにある海守りの塔を継いだと聞いているけど。塔は古くからあるし代々継いでいってるようだから訪ねてみたら? いたら私の親戚でもあるはずなんだけど、交流はないんだよね」
「海守りって……オネーサン、代々の紋がある家柄?」
「私というよりお祖母ちゃんの実家がそうらしいってだけね。ちょっと待っててね……」
代々の紋って、家紋みたいなやつってこと? 村じゃそんな話出たことなかったけど。女将さんはすぐに何かを持って戻ってきた。
「お祖母ちゃんが持ってきたのはこれくらいみたいでね。一応古い血筋みたいよ?」
「本物だぁ。すごーい」
「すごくなんかないよ。お祖母ちゃんのものなだけで、私はもう外れちゃってるんだから」
俺には意味がよくわからないのに、ヴァンと女将さんだけで盛り上がってる……ような気もする。でも言葉はわかるから、女将さんはちゃんと俺にも説明してくれてるんだよな。
「鳥……海と風が足されてるのかな。塔の人に会えたらこの話してもいい?」
「もちろん。お祖母ちゃんの名前はセシリアだよ。古めかしい名前でしょ」
「伝統あるって言いましょうよ」
「なぁに、この子亡くなったお祖母ちゃんに気を使ってるの?」
「イクミはそういう子なんだよ」
ヴァンと女将さんに笑われてるんですけどー?
でもお客さんが少なくていろんな話ができたおかげで、なんだか気に入られた。最初は窮屈を好む変な子扱いだったけど、礼儀正しい変な子に格上げされたっていうか。
そのうち、食堂に人がぞろぞろと入ってきて混みだしたから部屋に戻ると、ヴァンが俺にいろいろ補足してくれたんだ。あの場で説明すると、いろいろ古いこととかも研究してる設定のクセに、物を知らないってことになりそうだったからって。確かにな!
紋ってのはやっぱり家紋みたいなもので、今の世界ができた最初の方は代表的な一族は紋を与えられていたんだって。最初のうちはその紋からの派生ができて分家とかで受け継いでたけど、人が増えてからはそういうのがなくなったとか。だからシンプルな紋ほど古いんだってさ。ムル村ももともとは古い神殿と関係あったから紋が存在するらしかった。
古い一族を羨んで自分で紋を作ってる人もいるらしいけど、やっぱりそういうのはわかっちゃうからよっぽどブランディングしたい有力者とかくらいみたいだね。
つまり、女将さんの先祖は古くからいる血筋に繋がってるってことなのか。直接どうってことはなかったけど、なかなかいいスタートなんじゃないか?
「イクミのご飯に慣れちゃうと物足りなく感じるねぇ」
「前はこれが普通だったのにな」
「んー、これもう少し塩足して、サディさんみたいにクズ野菜の出汁とか合わせたらもっと美味しくなりそうだけどね」
「足りない塩加減とか、出汁? とかそういうの食べてすぐわかるもん?」
俺は別に料理人でもないから、そんな詳しくはわかるわけじゃない。でもさ、出汁がしっかりしてれば基本的に薄味でもそれなりに美味しくなるもんじゃん? あと塩味のバランスってどんなもんでも大事だと思うし。
「でもこの煮込み具合はすごいと思うよ。絶対に手間かけて作ってる。こことかトロットロだもん」
「へぇ、これってそんな手間暇かかってるんだ……」
「……あのー、料理人なんです?」
「はぇ!?」
さっき手続きしたときに俺を変な顔で見ていた女性──日本なら女将さんかな──がおずおずと話しかけてきてびっくりした。多分、俺の言葉はそこまで通じていたわけじゃないと思うんだけどな。
「ところどころそんな会話が聞こえて……ごめんなさい。聞き耳を立てているわけじゃなかったのだけど」
「今の時間、客が少ないですもんね。俺たちもうるさかったと思うんですいません」
「で、料理人さん?」
「ち、違いますよ。料理は好きなだけで……」
女性──もう女将さんでいいか──は、違うと言ったら少し残念そうな顔をした。わけを聞いてみたら、ずっと味付けを工夫しているけど、思い出のお祖母ちゃんの味とやらにならないんだそうだ。
女将さんが言うには、もっと味に深みがあった気がするってことだけど、ざっくりしすぎでわからないなぁ。
「出汁というのは?」
「ああー、クズ野菜……むいた野菜の皮とかそういうのを炒めて煮込むと、野菜からでも出汁が取れるんですよ。皮のところってたいてい旨味があるんで」
「捨てる部分で……」
「あと節約したくても、塩はある程度使ったほうがいいかなって」
ヴァンが苦笑してて、ルイは無表情だった。ていうか、あれはよそ向けの無表情な気がする……変なの。
「イクミ、別にそんなサービスしなくていいんだよ?」
「でも、この町でもいろいろ聞き込みさせてもらうんだし、こんなことで役に立つならなって思ってさぁ」
「私でわかることならなんでも教えますよ!」
「ほらぁ、持ちつ持たれつってやつだよ」
俺はもちろんサディさんの薬草パウダーなんかは内緒にしつつ、旨味を引き出すアイデアなんかを伝えた。その『お祖母ちゃんの味』を知らないから、味に近づけるというよりは深みを出すためのヒントにしかならないんだけどね。それでも女将さんにはかなり喜んでもらえた。
「そうね、つい塩なんかは節約しちゃうけど、お祖母ちゃんは海の生まれだっかたから、塩はちゃんと使っていたのかも」
「先に使って、素材の水分を抜きつつ、味付けが染み込みやすくなる……みたいなこともあるのでいろいろ試すのもありですね。ただ、煮込むなら最初から塩を強くすると肉が固くなっちゃうかもしれないかな。それと、出汁は組み合わせることで旨味がアップすることもあるし、いろんな野菜を合わせたほうがいいかも」
「煮詰めることで味が濃くなるかと思ってたんだけどねぇ」
もちろんそれもあるとは思うけど、複雑な味の奥域を出すなら素材の組み合わせだろうなぁ。簡単そうな料理なのに目に見えないところでたくさん素材を使ってた……なんてよくあること。
「でもこの煮込み方は受け継がれてるんじゃないですか? なんかすごい……」
そう、なんていうか、圧力鍋で作った角煮みたいなトロットロなんだよ。サディさんの煮込みでもここまでのはなかった気がする。すると、女将さんは煮込むときに魔力を使ってるとだけ教えてくれた。秘伝ってやつかな。
味付けに関しては俺の話を参考に試してみると言ってて、これで少しでもお祖母ちゃんに近づけたら嬉しいって聞いて、ちょっとうるっとしちゃったよね。
「ところで、あなたは何を聞きたいんだって?」
「え、あ。えーと、古代にまつわるものとか、世界の不思議な力とか、……そう、例えば、別世界とか……そういった調査をしてまして」
「ずいぶんと漠然としてる話というか」
「ですよねぇ。解明されてない謎とかあるといいんですけど……」
そりゃそうだよなぁ。どうやって聞き込みしたらいいんだろう。異世界に帰りたいっていうのを隠しつつ、異世界に帰る手がかりを探すって結構難易度高くない?
「謎……ねぇ。さっき話した私のお祖母ちゃんの兄が、海辺の街から少し離れたところにある海守りの塔を継いだと聞いているけど。塔は古くからあるし代々継いでいってるようだから訪ねてみたら? いたら私の親戚でもあるはずなんだけど、交流はないんだよね」
「海守りって……オネーサン、代々の紋がある家柄?」
「私というよりお祖母ちゃんの実家がそうらしいってだけね。ちょっと待っててね……」
代々の紋って、家紋みたいなやつってこと? 村じゃそんな話出たことなかったけど。女将さんはすぐに何かを持って戻ってきた。
「お祖母ちゃんが持ってきたのはこれくらいみたいでね。一応古い血筋みたいよ?」
「本物だぁ。すごーい」
「すごくなんかないよ。お祖母ちゃんのものなだけで、私はもう外れちゃってるんだから」
俺には意味がよくわからないのに、ヴァンと女将さんだけで盛り上がってる……ような気もする。でも言葉はわかるから、女将さんはちゃんと俺にも説明してくれてるんだよな。
「鳥……海と風が足されてるのかな。塔の人に会えたらこの話してもいい?」
「もちろん。お祖母ちゃんの名前はセシリアだよ。古めかしい名前でしょ」
「伝統あるって言いましょうよ」
「なぁに、この子亡くなったお祖母ちゃんに気を使ってるの?」
「イクミはそういう子なんだよ」
ヴァンと女将さんに笑われてるんですけどー?
でもお客さんが少なくていろんな話ができたおかげで、なんだか気に入られた。最初は窮屈を好む変な子扱いだったけど、礼儀正しい変な子に格上げされたっていうか。
そのうち、食堂に人がぞろぞろと入ってきて混みだしたから部屋に戻ると、ヴァンが俺にいろいろ補足してくれたんだ。あの場で説明すると、いろいろ古いこととかも研究してる設定のクセに、物を知らないってことになりそうだったからって。確かにな!
紋ってのはやっぱり家紋みたいなもので、今の世界ができた最初の方は代表的な一族は紋を与えられていたんだって。最初のうちはその紋からの派生ができて分家とかで受け継いでたけど、人が増えてからはそういうのがなくなったとか。だからシンプルな紋ほど古いんだってさ。ムル村ももともとは古い神殿と関係あったから紋が存在するらしかった。
古い一族を羨んで自分で紋を作ってる人もいるらしいけど、やっぱりそういうのはわかっちゃうからよっぽどブランディングしたい有力者とかくらいみたいだね。
つまり、女将さんの先祖は古くからいる血筋に繋がってるってことなのか。直接どうってことはなかったけど、なかなかいいスタートなんじゃないか?
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