霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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155.旅のトイレ事情

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 少しばかりシモなお話。
 読み飛ばしても問題ないです!

 **********
 
 外が真っ暗になると、いつもより怖く感じた。火も小さくしちゃってるし、俺たちがいるところも暗い。それにすごい雨音は続いてて、轟々と響いてるんだ。
 
「うう……あのさ、ばっちい話で申し訳ないんだけど、こういう土砂降りのときっておっきい方どうしてる?」
 
 そう、今まで村の中ではトイレがあった。村に連れて行ってもらったときとか演習のときとか……それこそ村を出てから今までだって悪天候じゃなかったから、掘ってそこにしてたわけ。小さい方だけなら魔法の水分コントロールで多少なんとかしてもらえた。でも……。
 
「あー、イクミはねぇ」
「えっ? えっ?」
「いや、別にたいしたことじゃないよ。濡れてするだけ。オレらはそれをまた乾かせばいいだけだから」
「うう……だよね。どうしたら……」
「別に乾かしてもらえばいいだろ?」
 
 俺はウンコ宣言はそこまで恥ずかしくない。だってしょうがないから。あっちでだって登山中にどうしても無理で、藪の中でしたことだってあるし、こっちでも旅に出てからは何度もしてるし、そんなのは慣れてるからいいんだ。もうウンコでからかう歳でもないしな。

 ただね……やっぱ冷えたんだよ。お腹痛い。
 魔導具つけたの遅かったから、体温調節しても微妙に濡れた身体で対応しきれなかったのかもしれない。つまり……このあと何回か行くかもしれないってことでしょ? そのたびに乾かしてもらうと思うと、申し訳ない気持ちになるのはなんでなんだろう。
 
「えー、そしたら、そこでする? オレはいいよ」
「ぐ……」
「俺も構わないが」

 濡れないところ、イコールここ野営地。さすがにそれは……俺が構う。

「マントとフードで外に行く……」
「いつも通り離れすぎるなよ」
「ルイ、何言ってんの? 離れられるわけないじゃん。怖すぎっ」
 
 いつもだって2人の気配がわかるとこまでしか行かないのに、こんな雨じゃその距離だってわかりにくくなっちゃう。
 
「いや、イクミ待って! オレが少しは安全なの作るから! まだ平気?」
「うん……」
 
 いきなりヴァンがストップをかけてくるから、マントを羽織ってた俺は立ち止まる。普段は俺は浅く掘ったところにして、土やら葉っぱやらをかけて終わらせてるんだけど、2人は当たり前だけど魔法を使ってるわけで。なんか穴でも掘ってくれるのかなって思った。
 
「んー、んー……よし。こんな感じならいちいち埋めないで……」
「ヴァン?」
「少しだけこっち側えぐれば……」
「おーい……」
「よし! イクミ用スペシャル作るよ!」

 ずっとブツブツ言ってなにか考えてるっぽい……意味わからないけど早くしてほしい。もじもじが止まらない。
 ヴァンが口の中でなにやら呟くと、切り立った崖だったところが少しずつえぐれていって、先の方まで通路みたいになった。いや、そりゃ雨は吹き込むけど直撃よりはだいぶマシ。

「え……やば」
「おいで。仕上げしよう」

 どういうことだろうと思いつつ着いていくと、先の方で地面を掘り込んで雨水が流れるような溝を作ってた。
 
「ちょっとワイルド仕様だけど、水を引き込んだ村のトイレと似てるでしょ。この土砂降りなら溝に流れ込んだ雨水が流してくれるから、ここにしなよ。てか、オレらも使う」
「すご……ありがとう」
 
 かまどや寝るところとはいい感じに距離があいてて、でも土砂降りの中に出ていかなくても大丈夫な感じに作ってくれてかなりビビる。
 溝を跨げば水洗トイレって感じだ。多分だけど、溝を傾斜つけて掘ってるんだな。姿は見えるけど、マントを羽織ってるからお尻丸出しにはならないし臭わなそうで良かった。本当に良かった。
 ヴァンがある程度離れたところで、我慢の限界に近かった俺はそそくさと済ませた……。

 お腹はまだ少し痛いけど、出すもの出したら少しマシになって一安心。結構切羽詰まってたんだよな……。

「おかえりー」
「少し濡れたな。ヴァン、乾かしてやってくれ」
「なんか色々と申し訳なさすぎて……」
「いいからおいで。乾かしたらルイが薬草茶作ってくれてるから飲みな」

 ルイが!? といっても煮出すだけだけど……それすらしない人だからびっくりだよ。
 ヴァンの魔法で乾かしてもらって、かまどの近くでお茶を受け取った。熱々だからまだ飲めなさそうだけど。

「ていうか、ヴァン。崖削るとかなにあれ……大丈夫?」
「あれは土魔法の上位だね。そこまで得意でもないんだけど、ちょっと頑張ってみた。普段はやらない」
「そう、だよね。ここだって自然にこういう地形のところ選んだんだし。だから、こんなことできるなんて思ってなかった」
「地面に溝掘るのはただの土魔法だから全然構わないけど、岩盤削るとかはルイにはできないからね」

 そりゃそうだろうねぇ。むしろ驚いて漏らすかと思ったもん……危なかった。
 村で家の壁に使われているレンガみたいのとか、サディさんが作るかまどとかはあくまでも土魔法であって強いものではないんだって。だから戻せば土に戻る。
 でも今ヴァンがやったのは岩盤を変化させる魔法だった。実際にはいろんな魔法を組み合わせてるみたいなんだけど、規模的にも使う魔力量はかなり多いらしい。

「と……トイレなんかのために……ごめん」
「いいよいいよ。トイレの度に濡れて冷えて、これ以上調子悪くさせるのはまずいし。まあ、オレもいい訓練になったかな。地の魔法の達人はもっとやばいからねぇ」
「やばい?」
「地面を揺らしたりとか大岩降らせたりとか。とはいっても、魔力量の問題でそこまでできる人ってのはなかなかいないんだけどさ」

 えええ……人工地震がこっちじゃオカルトじゃないだ、と?
 大岩なんか降ってきたらぷちって一瞬で終わるじゃん。でも、魔力の量かぁ……そういう魔法を使うのに魔力が多量に必要で良かったのか悪かったのか。

「うーん。聞けば聞くほど上級魔法って怖いな。殺意高めじゃない?」
「そんなことないよ。使う人次第」
「ヴァンもそうだが、俺はイクミが上級魔法の使い手だったとしても、絶対悪いことしないと言い切れる」
「…………ありがと」

 使う人次第ってことは、やっぱ悪い人もいるんだろうなとかって思っちゃうけど。
 でも例えば家1軒をつぶすくらいの地震を起こすとか、何人もの人を潰せるような大岩を空中に出現させて落とす、みたいな魔法はそれこそ魔力を使い切るくらいの覚悟でやらないと難しいらしい。自爆じゃん……。

「あとねぇ、いくつもの上級魔法をかけ合わせた構築をしなきゃならないから難易度的にもできる人が少ないと思うよ? こうできたらなって思ったって、うまくいかなくて失敗することが多いの、イクミが一番わかってるでしょ?」

 俺と同じに考えるのはどうなんだろうって思うけど、魔法が使えなかった俺が生活魔法に必死だったのと似てるってことなの、か?
 
 そんな話を聞きつつ、俺はやばい魔法で作られたトイレに何回か行った。無駄にすごくて、作ったヴァンも使ってみて笑ってた。
 
「ヴァンはイクミのために毎回ああいうの作れないのか」
「あのねぇ……これは、今すっごい雨だから水が流れてんの! 村と違って水引くの大変なのルイだってわかってるでしょ!? 何言ってんの?」
「2人とも落ち着いて? 俺はいつもは気にしてないから」
 
 悪天候のときどうするかは今後も悩みそうだけど、とりあえず今回はいい勉強になったな……。そこまで寒くなくても、必ず体温調節の魔導具はつけておくことと、身体が濡れて冷える前に作動させること。この2つは徹底したほうが良さそうだってわかったもん。
 
 今夜の俺は役立たずで、夕飯も作らなかったし、見張りなしでしっかり寝て体調を整えるように言われちゃった。さすがに従うしかない……。

 **********

 あえてトイレ事情に触れてみた回でした。
 普段は書いてないけど、ちゃんとトイレ行ってるよーっていう……
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