霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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異世界生活編

135.他人と比べないってのは難しい

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「ガルフさん! サグさん! おかえりなさいっ」
「あれ、イクミ君? なんか少し見ないうちに……かっこよくなったね」
「え……ほんと?」
 
 上に行っていた自警団の人たちが帰ってきたと聞いたのは昨日の夕飯時だった。彼らはしばらく休暇になるらしいんだけど、俺が弓の練習で見張り台に行こうとしたらばったり会ったんだよね。
 
「髪が違うし、なんか前よりも堂々としてるように見える」
「こっちが俺の本当の髪の毛なんです。前は、俺の世界のおしゃれっていうか……変えてて」
「前に若く見えるなんて言ったの謝るよ。気にしてただろ? ちゃんと男前だ」
「それは……もう言わなくていいですってば……」
 
 若くっていうか子どもに見えるのも悪いことばかりじゃないもんな。ルイに助けてもらえたし村に入れてもらえたし、子どもたちも怯えないで仲良くしてくれるし。といって……悔しくないわけでもないけど、しょうがない気持ちのほうが大きいかな。
 
「それにしても、ずいぶん強くなったんじゃないか? お世辞じゃなく」
「そう思うとしたらこの弓のせいですかねぇ」
「なんでイクミはそう遠慮がちなんだ?」
「いや、だって……」
 
 俺がもごもごしていたら、なぜかルイが自慢げに俺のできるようになったことを説明しだして、猛烈に恥ずかしくなった。
 
「すごいじゃないか。イクミ君が直したほうがいいのは『他人と比べて出来ないって思うこと』だなぁ」
「そうだよ、イクミ君は違う世界から来て短期間でゼロからここまで成長した。それだけですごいことなんだから誇っていい」
「うぐぅ……」
 
 それは頭ではわかってる……わかってるんだけど、どうしても染み付いちゃった考え方っていうのが出ちゃうんだよ。
 こっちの人はみんなポジティブなの? 他人と自分を比べるのって結構当たり前だと思ってた。
 
「いや、まあ、比べることはある。けど、だからって自分を卑下しなくてもいいだろ? 相手がすごかったらもっと努力しようと思ったり教えを請うたりすればいいだけだ。自分がダメだというわけじゃぁない」
「だから言ってるだろ? イクミは気にし過ぎだと。イクミだって子どもたちに、それぞれ素敵だからそのままでいいって言ってたじゃないか」
「うぅー……人には言えてもなかなかさぁ」
 
 なぜかガルフさんサグさんルイに囲まれて、もっと自信を持てと言われまくる俺……。言われたからってすぐ変われるわけでもないんだけどね。
 努力はしますなんて言って2人にバイバイする。さすがに久しぶりの2人っきりを邪魔するのは気が引けるもんね。

 い……いちゃいちゃとかしたのかな、やっぱ。いや、するよな、久々に2人っきりになっただろうし伴侶なんだし。って、だめだめ人様のそんなこと勝手に妄想したら。
 
「イクミ?」
「ひゃあっ!」
「ど……どうした?」
「よ、余計なことを考えてました! ……練習に行こう」
 
 ひぃ……恥ずかしい。やばい、ガルフさんたちのこと考えて、俺とルイだったらなんて、考えちゃいけないことを考えようとしてた。そんでもって……その、俺がルイを組み敷くってのはちょっと違和感があって。いや、俺が組み敷かれたいわけじゃないんだけど。
 うああああああああああ!
 
「調子悪いなら今日はやめとくか?」
「悪くない悪くない!」
「だが……顔色が」
「ほんとにっ、平気だから!」
 
 見張り台まで走っていって、有無を言わさず練習を開始する。弓を構えちゃえばこっちのもんっていうか、気持ちはすっと落ち着いてくる。最初に自分の恋心を自覚しちゃったときから、弓は俺の心を沈めてくれる大事な友だ。
 
 相変わらず獲物を見つけるのは下手だけど、目視できちゃえばかなりの精度で仕留められるようになったから、それはちょっと自信にもなってる。それもこれも全部この弓のおかげだってのは忘れちゃいないけどね。
 
「今やイクミは村でもトップクラスの弓の使い手だな」
「それは言い過ぎ。でも、なんかこの弓を使えば使うほど馴染む感じがするよ。めっちゃありがたいよね」
 
 これは嘘じゃなくて、本当にそんな感覚があるんだ。最初から自分の一部みたいな感じがあったけど、さらに自分と弓が繋がっていく感じ。どんどん使いやすくなってきてる。貸してくれた村長には頭があがらない。
 
「海辺の街に行ったら……それには到底及ばないだろうが、少し質の良い予備の弓を買ったらいいかもな。仮に俺みたいに突然馴染む感じがなくなったとしても、弓自体が使えなくなるわけでもないし、アーティファクトだからちょっとやそっとじゃ壊れないだろう」
「そういうもんなの? でも、そうだね……あのオヤジさんになんでもかんでも頼むのはちょっと申し訳ない感じもするもん」
 
 今は矢の補修は頼むことがなくなったけどね。でも俺用の短剣を頼んでるんだ。こっちも練習用じゃないやつって意味でなんだけど、今まで木刀だったからドキドキしちゃうよな。
 
 メインは弓だけど使えないところもあるかもしれないから、やっぱり本物の短剣も必要だもんね。本当はそんな至近距離で魔物なんかと対峙したくないから、使わないで済むといいなとは思ってる。
 
「なんかちゃくちゃくと準備が進んでて緊張してきちゃうよ……」
「でも良かったじゃないか」
「そう、なんだけどね。……やっぱ、不安もあるし、その……少し寂しいのもあるんだ」
 
 俺が小さな声で付け足せばルイは少し目を見開いて、それで俺の頭をポンポンしてくれた。何も言わないけどこうしてそばにいてくれて、支えてくれるのが嬉しくて切なくて胸がきゅっとなる。
 
 いつの間にかこの村が、ここの人たちが、俺の中でものすごく大事になってて……そのことに戸惑っている自分がいるんだ。
 
「あ……そういえば、スマホ……」
「あの魔導具がどうした?」
「ほら、写真……場面を絵にするやつでみんなを記録したいなって。嫌な人には強要しないけど」
 
 魔法の練習をし始めたときにデジタルデトックスなんて言って、ソーラーバッテリーにつないだまま窓際の棚に置きっぱなしでほとんど触ってなかったスマホを思い出した。霧が多いとはいえ、なんとなくたまに充電されているっぽい。

 通訳の魔導具はスマホには適用できないから、あれで動画を撮影しても、言葉は聞き取れない言語になっちゃうのがなあ。つまり一言ずつメッセージをもらうのは無理ってことだ。
 
「説明すれば嫌がらないんじゃないか?」
「だって……ルイ、並んで写ってくれなかったじゃん」
「あ、いや、それは……その……」
「ふふっ! 会ったばかりで、なんなのかもわからないもの向けられたら嫌だよね。わかってるから大丈夫だよ」
 
 俺だってきっとわけわらかない魔導具向けられたら怖いと思うからね。だからいいよって言ってくれる人だけでいいんだ。
 
「家に帰ったらそれを使ってみるか?」
「ん?」
「一緒に……」
「いいの!?」
 
 ルイは少し耳を赤くして「当たり前だ」って言った。
 もう! そういうのが俺をめちゃくちゃドキドキさせてるのわかってるのかな。
 
**********
ゴールデンウィークだけ更新増やします。
す、少しだけね……
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