霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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異世界生活編

130.弓と俺とルイ

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 村長に貸してもらった弓のおかげでいろいろと絶好調……とまではいかないのが俺っぽいよな。
 それでも前とは全然違う。しっかり集中できるし命中率はかなり上がった。魔法の方もコントロールしやすくなった感じがかなりあるしね。
 
「浄化はあと一歩って感じ」
「頑張ってるな」
 
 ルイが頭をなでてくれて上機嫌になってしまう……浄化はまだできてないっていうのに!
 もしかして、子どもは褒めて伸ばそう的な? 俺のことそんなに子ども扱いしなくてもちゃんと頑張るのに。甘やかされるのに慣れたらだめだよなぁ……。
 
 今の浄化の段階は、目に見えないほどの水粒子を出したあと、一気にふっ飛ぶことがなくなってはいるみたいなんだ。でも上手く肌の表面にピタリと乗せられてないというか……? 俺には見えないけど、ヴァンの解説からするとそういうことみたい。
 
 もっと薄く薄く密着させて汚れを剥がせれば任務完了なのになぁ。
 
「でも、ここまでコントロールできるようになったのは弓のおかげかも」
「そうだな。俺が持ってたときもそういう効果があったのか……今となってはわからないが」
「最初から魔法使える人には、大きく違いがわからないものかもしれないよねぇ」
 
 最近はこの弓を持って集中したり瞑想したりするのが楽しいんだ。すごく自分の内側がわかる……というか、前はよくわからないものとして身体の中にうすーく散ってた魔力が、弓と連結して水っぽくなったおかげでイメージしやすくなったんだよね。
 
 だから前は転がして移動するために、想像で作り出したカプセルに閉じ込めるとかしてたけど、今は水の玉をイメージすればちゃんとまとまっててくれるんだ。これってすごい楽!
 
 それをふわふわ身体の中を漂わせるイメージで、魔力の移動は前より楽にできちゃうし、身体の表面に膜を張る感じもそんなイメージでやってる。でもまだまだコントロール足りない感じ?
 ただ、手応えはあるんだよな。なんかできそうって感じがあるから前より練習も楽しい。
 
「早くできるようになりたいよ。そしたらルイに迷惑かけないで済むしさ」
「別に迷惑じゃないが」
「そうなんだろうけど!」
 
 そりゃ俺だって浄化してもらうのはルイと喋ったり、頭に触ってもらうチャンスの時間なわけだけど、使えるようになって「よく頑張ったな」って褒めてもらいたいって気持ちもあるんだよ……。
 
「そういえば、その弓を持つと他の生活魔法もやりやすいのか?」
「あ、それね。前よりは少しいいみたい。でも水魔法がやっぱりやりやすいよ」
「イクミはもともと水がやりやすそうだったもんな。俺も水が得意だったし、それがその弓と合う条件ってことも考えられるか。水の力が秘められてるならそういうことなんだろうな」
「俺、こっちの人じゃないのにねぇ……」
「世界は関係ないってことだろ? 合うか合わないか、だ」
 
 そう、なの?
 弓は俺を選んでくれたけど、じゃあ……。
 
 ううん、そういう簡単なことじゃないよな。だって、俺は日本に帰りたい思いも捨てることができてないんだもん。帰るために今頑張ってるんだし、そのために村の人たちが俺に協力してくれてるんだってことを、忘れちゃだめだよな。
 
「俺がこの世界の異物になってるんじゃなくて良かったよ……」
「そんなわけ……」
「俺……この世界っていうか、この村とここの人たちが大好きだよ。だから、俺が迷い込んで来たことで、悪影響があったらやだなってずっと思ってたんだ」
「……」
「ルイは優しいからそんなことないって言ってくれるでしょ。でもそんなの本当はわからなくてさ……。だけど、アーティファクトが俺でいいって言ってくれるなら、少なくとも世界に対して悪影響にはならなさそうだなって」
 
 俺がポツポツと抱えてた不安を話し出すと、ルイは黙って聞いていてくれた。ずっと地面を見て話してるけど、ルイがこっちを見てるのがなんとなくわかる。
 
 ルイの言葉を信じてないみたいな言い方になっちゃってるよねって、少し罪悪感がわいてきちゃって顔を見れなかったのに、それでもルイは俺の話を聞いて頭をポンポンしてくれた。
 
「ありがとな」
「え?」
「ここを大事に思ってくれて」
「ルイたちの世界だから」
「俺は本当はあまり好きでもなかったんだけどな。でもイクミがここを好きって言ってくれるなら……俺も好きになれそうだ」
 
 あまり好きじゃないってここが? って俺が首を傾げるとルイは少し困ったような表情で言った。
 
「俺は……親に捨てられてるからな。ガキの頃はそりゃあ世界にいらないと言われたような気分だったんだ」
 
 あ……。
 そっか、そんなふうに感じちゃったんだね。でも初めてサディさんにルイのことを聞いちゃったとき、俺もすごくつらくて胸が痛くなった。それの当事者なんだもんな……。俺が思うよりももっとつらかったに決まってる。
 
「当時はな、親に危険な地域に捨てられたのに……いらないって言われたようなもんなのに、なんで生き残っちまったんだって結構やさぐれてた。村長にもサディさんにもカリナやラキにも壁作ってたし、他のやつらなんてもっと信用できなくてな。外に出られるようになって、狩りに行って強い魔物が出てきても……死んだっていいって気で突っ込んでいってさ。それなのになぜか生き残って、その無謀のおかげで強くなってた。でもかなり村長には叱られてたがな。ただ……村長は『死にたいのか!』みたいに言ったり怒ったりはしないんだ。俺がなんて答えるかわかってたんだろうな。ほんと……敵わねぇ……」
 
 俺はぼそぼそと話すルイから視線が離せなかった。ルイから直接こういう話を聞くのは初めてだ。捨てられてたことはたまに聞いたけど、死にたかった的な気持ちは今まで言わなかったから。
 
 しかも、死んでもいいって思ってたから無茶してて、それでいつの間にか強くなってたなんて……。なんで、そんな悲しいことをなんでもないみたいに言うんだよ。俺は強いルイをかっこいいと思ってるけど、死にたかったルイは肯定したくない……エゴだけど。
 
「ル、ルイはいらない子なんかじゃない……ずっと生きててくれてありがとう! ルイがいてくれたから俺は今生きてここにいる! ぐすっ……」
「お……おい……」
 
 泣いてなんかないよ。ちょ……っと、鼻がぐすぐすしただけだ。きっと暖かくなってきたから花粉でも飛んでるんじゃないかな。
 ルイはまた俺の頭を撫でてきたけど、違うよ……本当は俺がルイを撫でてあげたいんだ。
 
 そんで、ちょっと悔しくて感謝でもあるのは……きっとそんな死にたかった子どものルイに、ずっと寄り添ったのがヴァンなんだってこと。
 村長たちやヴァンがずっと諦めないでルイといてくれたから、今のルイなんだなって思う。良かった、みんながいてくれて。
 
「ルイ……頑張ったね」
 
 俺は優しく微笑みたかったのに、へにゃっと力の抜けた変な顔になってたと思う……。
 
 そんな俺を見てルイは少し眉尻を下げた困ったような顔をしていた。
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