霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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異世界生活編

107.寒くても春は近づいてきてる

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 前にも増して鍛錬の時間が増えている。前はもっとのんびりする時間がたくさんあったのになぁ。村を旅立つのが近づいてきているからなんだけど、最初ぶっ倒れて予定の鍛錬量を減らされた身としては感慨深いよな。

 基礎トレは当然として、最近は弓と短剣をルイとやる時間が増えたんだ。ヴァンの時間は限られているから2人で練習しているんだよね。それで午後のいつもの時間にはヴァンにも見てもらうって感じかな。

 2人とも違う方向にスパルタだから俺はヒィヒィしてるけど、組み手ですぐ息が切れることもなくなったし前とは動きがかなり変わったと思う……思いたい。前にルイとヴァンが手合わせしてたみたいなバトル漫画みたいな動きはできないけどさ。でもなんていうのかな、少し魔力を感じられるようになってる気がするんだよな……2人のだけふわっと。

 なんかそういうので前よりも俺がこっちの世界に取り込まれている気がして変な気持ちになる。俺の中の中二病がこっそり喜んでいるのもあるんだけど、なんとなくあっちの世界から離れていってるような焦りっていうか怖さっていうかさ。もうよくわからないんだよ、頭ぐちゃぐちゃ。

 

 今日の午後もいつものごとく3人で集まっている。季節が徐々に春へと移っていっているからか、まだまだ村の外は雪が深いっていうのに、風のキンキンに冷えた感じが和らいできている気がする。でも弓の鍛錬のときは魔導具をつける。

「少し日差しが変わってきたとはいえヴァンの魔導具が手放せない……これがあるのとないのとじゃ動ける感じが全然違う」
「うーん、それにしても込めた魔力がだいぶ減ってるねー。かなりの量込めたつもりだったけど、やっぱイクミが使うと減りが早いみたいだなぁ」
「込め方とかあるのか?」
「ルイ、やりたいのはわかるけどオススメしない。こういうのは魔導士の分野だよ。ルイが倒れたりでもしたらイクミが心配するでしょ?」

 ぱっと見にはわかりにくいけど少しバツが悪そうな顔をしているルイが可愛い……。ていうか、この温かい空気をまとう魔導具ってそんな複雑なやつなんだな。なんか通訳の魔導具とか部屋の灯りの魔導具みたいに簡単なもんじゃないのにびっくりした。いや、魔力をチャージしないといけない魔導具がいろいろあるのは知ってたけどさ。村の結界を維持するための魔力は村の人みんなで適度にチャージしてるから、俺が借りてるのも誰でもチャージできるのかと思ってた。

「あー、それはオレの実験用魔導具だからだよ。ちゃんとした魔導回路の売ってるのならもっとお手軽に使えるのが普通。それはエネルギー効率が悪いんだよ」
「そういうこと……じゃあしょうがないよ、ルイ」
「ああ」

 それにしてもヴァンすごいな。もしかして、俺のために急ごしらえしたとかだったり? 実験用って前に聞いたときは、これをなにかに加工するつもりなんだと思ってたんだ。なのにヴァンが実験で『作った』方だったなんて……。

「ヴァンってなんでもできるんだな……いや、ここの人はみんなそうなんだけどさ」
「まあね! だってオレだし?」
「ルイも俺の練習用武器を加工してくれたりとか、いつもさりげなくフォローしてくれたりとかさ、本当にありがとね」
「いや、まあ……」
「ちょっとぉ! もっとオレのすごい話してよ!」

 そういうとこなんだよ……ヴァン。少し褒めるとすぐ調子乗るんだから。
 そんなヴァンを放置して俺はルイと今の鍛錬について話す。なにしろ最近はルイと一緒に過ごす時間がとっても多いからね。俺にできそうな改善点とか気になってる点を質問すればすぐ答えてくれるのが嬉しい。

「なんだよ、もう。2人でいちゃついてさぁ」
「いっ……ちゃついてなんてないだろ!」
「鍛錬の話だ。茶化すな」
「へいへーい」

 もう! ヴァンのせいで心臓跳ねちゃったじゃんか……。胸がドッドッとしてるのを無理矢理抑え込んで普通を装って話を続ける。っていうのも、もう少ししたら見晴らし台じゃなくて、門からある程度の距離まで出ていいことになってるからなんだ。もちろんルイと自警団の人かヴァンか最低3人以上でって条件付きなんだけどね。いきなり旅は怖いもんな……。

 俺をからかって気が済んだのか、ヴァンは鍛錬の話に真面目に意見を出してくれるようになった。ルイの剣士目線とヴァンの魔導士目線とで違った意見がもらえるのは正直助かる。だって、俺はソロで動くわけじゃないんだから。2人と旅をするってことは2人と息を合わせた動きができないといけないんだもんな。気になるところはなんでも言ってほしい。

「ああー、めっちゃ緊張する。俺、本当に外に出て平気かな?」
「村長がいいって言ったんだから大丈夫だろ」
「そうだよ、あの人はすごいんだよ?」
「それに、俺とヴァンがいる」

 うんうんとヴァンが頷いている。それは安心なんだけどね。
 思えば上でルイに出会ってからこの村まで、俺は魔物に怯えながらも数日歩いて来たんだ。だから、きっとなんとかはなるはずなんだけど……村の中の安全な生活に慣れちゃうとやっぱ怖くなっちゃうっていうかね。あのときの怖かった記憶だけが強調されて頭の中に残ってるんだよ。

「それに出られるのは防壁が見える範囲なんだから余裕だよ、余裕!」
「でも、この間の変な魔物みたいなのがいるかもしれないじゃん」
「あれはかなり特殊だぞ? あんなのがそう何度も出てたまるか」

 ルイがちょっとうんざりした顔で言う。

「でもさ……なんか俺がこっちに来てからルイが初めて見る魔物ってのに何度も会ってない? 俺、疫病神かもしれない……」
「なんでそうなる」
「イクミは考え過ぎなんだよー」

 いや……考えもするだろ? あの毒スライムとかもルイは知らないって言ってたじゃんか。俺が変なのを呼び寄せてるんだとしたら……とか不安にもなるよ。

「イクミの世界には魔物がいなかったんだから、イクミのせいってことは絶対にないな」
「オレもルイに賛成ー」
「そうかなぁ……ならいいんだけどさ」

 そんな感じで、魔物にビビる俺の鍛錬の精度をあげていく相談は続いた。

 たまに実地で「こんな感じでさ」なんて言われて組み手を入れたり、ヴァンの操る闇魔法の物体を敵と見做してルイと息を合わせて動いてみたりとかね。すごく実戦に近くなっててワタワタするけど、なんとなくそれなりには動けてる。

 幼虫魔物さえ出なければ俺でも少ーしは役に立てるんじゃないかな……うん。
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