霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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異世界生活編

92.水魔法

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 魔力を半分だけ手に集めるのができるようになってから水を出す練習をしている。でも、やっぱりなかなか上手くいかないもんだな。魔力が少ないのが原因なのか、やり方なのか……。両方かなって気もするけど。
 俺はサディさんに聞いた魔力を放出するときに水に変わるイメージをっていうやつを参考にしていろいろ試してみてるんだけどね。こういうとき、苦労して魔法を使えるようになった人が側にいないのはつらいよな。みんな当たり前にできるんだもん。

「イメージするのはそんなに悪くないはずなんだよな……集めたり移動させたりはできてるんだから。てことは、やっぱ俺の場合だと少ない魔力を効率よく使うのがキモなんだろうなぁ。サディさんなんか水出すとき豪快だし……魔力多そうだし、ドバーッて出てるのはそのせいか」

 毎日試してみても試してみても空のままのシェラカップを見続けている。
 少ない魔力を濃く出すには? まず思い出したのはホース。そのままだとドポドポ出るような水圧でもホースの口をぎゅっと押さえれば勢いよく出るっていうアレ。イメージとしては良さそうなんだけど、ホースを想像しちゃうとあれでも口が広いのかやっぱ俺の魔力量じゃ上手く操れなさそうだった。

「もっと小さな出口にしないと無理なんだろうな。ていうか、出すイメージしてはいるけど、失敗した場合は魔力が減らないって認識でいいんだよな?」

 ヴァンに言われたのは「成功したら許可が出るまで次はやるな」だったからそういうことなんだと思う。原理どうこうはわからないけど、現象を起こすための変換が上手くできなかったらその分の魔力は再吸収されるってことなんだろうと勝手に解釈しておく。

「あ! 節水シャワー!」

 もっと小さな穴から魔力を放出するようなイメージで、でも、注射器みたいに出口を1個にしないで……と考えていたら思い浮かんだのがシャワー。実家で使っていたような節水タイプなんか特にいいかもしれないと俺はワクワクしていた。
 確かあれは……シャワーヘッドに小さな吸気口が開いていて、空気を取り込むことで節水かつ圧を高めてお湯の肌当たりもまろやかにするとかそんなタイプだったはずだ。なんか塩素を取り除くカートリッジ交換式のやつ妹が欲しがったけどカートリッジ代のコスパ的なものの問題でそっちは親に却下されて、空気取り込み型のほうを選別してたからよく覚えてる。

「ふーむ……俺の魔力でないものを俺がコントロールすることはできないけど、この世界に満ちている魔力を上手く触媒みたいにできないかな。節水シャワーの空気みたいな感じで……。あ、いや……それは難しいかもしれないか。うーー、あっ、じゃあ……この霧の渓谷だったら空気中の水蒸気を巻き込んで……なるほど、こっちはやってみる価値はありそうかな」

 自然科学教室なんかでは塩水を熱したものを蒸留して真水を取るなんてこともやってたし、氷を入れたコップに結露するのなんかはよく見る現象だよね。空気中には目に見えない水があるんだ。

「いや、違うって。まずは水を出せるようになってからの話じゃんそれ!」

 俺は自分に自分でツッコミを入れてしまった。思考だけが先走っちゃってだめだ。でも今考えたことはできるならやってみたい実験だよな。コスパ大事!
 いろいろ考えて実家のシャワーヘッドがいい感じにリアルに思い出せたから、まずはそれでちょっとチャレンジしてみようかな。

 魔力を集めて半分にして閉じ込めて……手まで転がして……。手のひら、というか指の付け根あたりがシャワーになったみたいな感じで。魔力が少ないから全部使い切るイメージで押し子があるといいかもしれない……。
 ほわほわと俺の脳内劇場は繰り広げられていく。
 押し子で魔力をシャワー状に出すと……これが水になって出て……。
 俺は目をつぶったまま妄想を繰り広げていく。なんとなく夢中になっていつもより集中できていた気がするんだよね。

 ―― ぴちょん

 集中していたせいで音に気付くのが遅れた。あれ? と思ってシェラカップを覗いたら、そこには二口分くらいの少量の水が溜まっていた。

「あ……あーっ!」

 こ、これ……これ……俺が出したやつ? え? もしかして空じゃなかったんだっけ? あれ? 待って待って。できると思ってなかったから全然意識してなかった。え、どうしよう、本当に?
 俺はシェラカップを持ちながら部屋の中をグルグル回って、そのままルイの部屋に行ってドアをノックしまくった。

「イクミ? どうした?」
「ルイ。あの、ルイ。水が」
「ん? ここに水が欲しいのか?」

 俺、なんで言葉出なくなってんだよ。ルイ困ってるじゃん。

「違……えっと、これ。俺の水」

 主語もへったくれもないけど言葉が出ないなりに頑張って伝えようとはした。俺の水ってなんだよって感じだけど。でもルイはわかってくれた。シェラカップに入ってるごく少量の水。それをじっと見て俺の頭を撫でてくれたんだ。
 もうそれだけでふわーってなって飛び跳ねてしまいそうだったけど、水持ってるからそんなことはしない。

「すごいじゃないか。今できたのか?」
「気付いたら入ってたんだ。ほんのちょびっとだけど」
「いや、たいしたもんだろ。イクミの初めての魔法だな」
「あのさ……これ、ルイもらってくれる?」

 ドキドキしながらシェラカップをルイに差し出してみた。最初から考えてたんだ……初めて水が出せたらルイに飲んでほしいって。

「あ、でも俺の失敗してるかもしれない水なんて……やっぱ……」
「いや、もらう」

 俺がちょっと戸惑って引っ込めそうになった手からするりとシェラカップを取ると、ルイは少し目を細めて喉に流し込んでいた。だ、大丈夫だったかな?

「ちゃんと、水、だぞ。成功だな」
「不味くなかった?」
「水だったって」

 俺はいつもルイに出してもらった水を飲むときの変態妄想を立場を変えて妄想しちゃって、心臓をバックンバックンさせていた。
 俺の魔力でできた水をルイが……飲んで……あああっ。違うっ! 最初にルイに飲んでもらいたいっていうのはそういう変な意味じゃなくて! なんで俺、今あの変態妄想思い出しちゃったんだよ。ばかばか!

「ちょびっとだったけど、できたってことはヴァンから許可出るまでできないんだよね」
「そうだな。でも1回できるようになると2回目以降は段違いに楽になるだろ?」

 俺はその日、眠くなるまでルイの部屋にいた。
 魔法の話もそうだけど、最近の弓や短剣の朝練の話とかいろいろ話したんだ。ルイのベッドに並んで座るのはちょっとドキドキしちゃうけど、でもやっぱりルイとの時間はなんか好きだ。なんていうのかな、ふんわりとした引力でも働いているかのように、ルイの元にいるのが自然だって気持ちになるっていうか。
 許されるならルイの胸に飛び込みたい。でもそれは俺の妄想の中だけにしておこう。実際にしちゃったらルイを困らせちゃうだろうし、俺が爆発しちゃうから。
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