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異世界生活編

91.泡立てます

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おかしい……文字数が……
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 マヨネーズ作りのときにあのオヤジさんに作ってもらった泡立て器はサディさんが時々マヨネーズ作りで使っているんだけど、それ以外のときはずっとキッチンにぶら下がっている。まあ、俺だってあっちの自宅で泡立て器なんて持ってなかったからね。そんなに必要ないものなのはわかる。
 でもさ、こっちの世界はあっちとは違うからね。使えそうなものは使って料理のバリエーションを増やして欲しいって思っちゃうんだよね。てことで、今日のお料理教室では泡立て器を使った料理をいくつか出してみることにした。

 泡立て器についてはサディさんと前にマヨネーズ作りも料理教室でやったから奥様たちはわかってるし、何人かはあのオヤジさんに頼んで持っているらしい。さすがお料理大好き奥様は行動が早い。大量に作ったマヨネーズをご近所におすそ分けしているらしくて、マヨネーズは結構村に浸透してるなって俺的には思う。
 ま、そんな泡立て器を使った料理ってことで奥様たちの期待の眼差しを感じるね……そんな大したもんじゃないんだけどさ。

「えっと、まずは基本のメレンゲ作りなんですけど、卵白だけを泡立てます。本当は砂糖を加えると泡持ちがいいんですけど、なくても全然気合でできるんで!」

 そもそもここの人たちは泡立てるのが初めてなんだもんな。と思って、俺は卵の殻を使って卵を卵黄と卵白に分けて割っていく。その卵白だけの入った容器をしっかり固定すると泡立て器で横に切るようにシャカシャカと混ぜていく。

「要注意なのは油分が入っちゃうと泡立たないってことです。割るときに卵黄が混ざっちゃうとか他の料理のときの油が飛ばないようにとかは気をつけてください。あと、全然関係ないんですけど、卵白だけならほとんど腐らないんで時間停止箱とかに入れないでも保管しておくこともできますよ。卵黄だけ使いたいときとか卵白だけ取っておいて、溜まったらこうやってメレンゲ作るとか」

 こっちの人ってあまり卵黄と卵白分けないっぽいけど、これからマヨネーズが流行ったり料理の幅が広がったらそういうこともあるかもしれないとちょっとした知識を披露しておく。これは日本でパティシエさんがテレビで言ってた話。新鮮な卵の卵白より少し置いた卵白のほうが泡だてやすいからわざと瓶に卵白だけを溜めて保管したものを使うこともあるんだとか。卵白にはリゾチームという殺菌成分が含まれているからすぐには腐らないんだって。でも卵黄は腐るから必ず分けておかないといけないらしい。

「こうやって一定の方向に混ぜるのがコツです。俺はグルグルやって時間かかった上にあまり質がよくないのを作ったことがあって……。この混ぜ方がとにかく断然早いです。で、もし砂糖とか入れられるなら3回くらいに分けて加えていくのがいいですね」

 俺がシャカシャカしまくっているので既に卵白は細かな白い泡が立っている。といっても角が立つほどではないのでひたすらシャカシャカ。いつものお料理教室ならみんなで一緒にしたりするけど、今日はまだ俺1人が作業している。
 奥様たちは俺の手元をじっと興味深そうに見ている。

「ほんの少し塩を入れたりビネガーを入れたりする作り方もあるんだけど、俺はなくていいと思ってるんだよね。むしろ砂糖があればお菓子になるのになってくらいでさ……」
「じゃあ、あのジャガイモ水飴が安定して取れたらそういうのも作れるのね。お試しでいいから何か作ってみてほしいわ?」

 俺はジャガイモ水飴を料理で使ったことはないんだよな。しかも今は村にもまだジャガイモ水飴はないはずだし。今回は少しだけはちみつを使ったお菓子でも試してみるか?

「とりあえず、この何も入れてないやつを完成させちゃうね。固くなりだしたらあっという間なんだ。混ぜ終わりをちゃんと見極めないとボソボソになったり分離しちゃったりするから、こうやってたまに泡立て器を持ち上げて角の立ち方を見ます」

 俺の混ぜているのはまだ角がへにょっとしてる。一回キメを調えるためにぐるりとゆっくり全体を混ぜ込んで、もう少しだけ左右にシャカシャカする。

「こんな感じで角がピンと立って崩れないけどしっとりした泡が目指す完成形です!」

 俺は器をひっくり返しても垂れてこないのを奥様たちに見せる。卵白の形態変化にみんな驚いていた。こういうのが料理教室やってて一番おもしろい瞬間なんだよね。

「こっからとりあえず、まずはクラウドブレッドって言われてるメレンゲだけ焼いたパンみたいなのをまず作るね。これも俺の世界じゃ本当は甘いのが多いんだけど、実は筋トレとかする人が糖質取らないでタンパク質っていう栄養だけ摂るために味無しで作ってることがあって……」

 俺は話しながら毎度おなじみパエリア鍋みたいなアレに卵白をもりっと乗せる。これはパンみたいにするからそこそこの温度で焼き上げる。今日もサディさんに窯を作ってもらっていい感じに温まっている。メレンゲは熱で一度ボワッと膨らんで、周りがきつね色になってくる。卵白だからそこまで気にしないで火が通ったかなって思ったら出す。
 しゅわーっと音がしてしぼんでいくのを奥様たちもちょっとしょぼんとした顔で見ていて面白い。

 食べた皆の顔は微妙だった。うん、わかってたよ。味ないからね。

「味は……でも、食感っていうのかしら、しゅわっとして面白いわね」
「ま、これは泡立てた卵白がこうなるよっていう例だからね。じゃあ、次」

 俺は使わなかった卵黄に少しだけメレンゲを加えて重さを消したあと、それを卵白に加えてさっくりと混ぜる。そう、次に作るのはフワフワオムレツね。さっきは味がなかったからちょっと雰囲気を変えるよ。

「窯に入れても大丈夫な容器に野菜と魔物肉の煮込みを1人分ずつ分けて、その上にこのフワフワ卵を乗せて窯で焼きます。ハードチーズなんかも合うんだけど、とりあえず今回はこれで」

 卵がさっきみたいにふわーっと膨らんできて、表面がもこもことして艶のある焼き上がり。そしてみんなで味見をする。

「これはいいわね。スクランブルエッグとも目玉焼きともゆで卵とも違うし、ふわっとしてとろっとして下の煮込みとちゃんと一体になってるわ!」
「ほんと! さっきの味のないのとは全然違う……」

 初めのがあまり美味しくなかった――というのは失礼か――からか、これは高評価。
 からの、この焼く前の卵黄とメレンゲを合わせたものにさっくりとあのライ麦粉もどきを混ぜる。ライ麦粉もどきを取り出した途端サディさんの顔が真剣になったのが面白い。

「これは、粉を加えちゃうから泡はかなり潰れちゃうんだけどね。でもこんな風に粉を水やミルクで溶いただけのときとは違う生地になるでしょ? これを焼くと……」

 窯の中でメレンゲの力を借りて膨らむ生地。これはグルテンを利用したフワフワではないんだよな。あくまでもメインは卵。でもあの粉の風味もあるしもったりと重くなるから腹持ちはかなり変わる。

「パンだわ!」

 サディさんが目をキラキラさせている。そうだよな、サディさんは冒険者のときにパンを食べてそれであの粉を買ってみたんだもんね。パンにならなくてがっかりしたみたいだけど。
 このパンも結構好評だった。でもライ麦粉もどきは知らない人が多かったからサディさんが説明してた。

 ここまで作ってから、卵白2個分を甘く作ろうと思って、やってみたい人を募ってみたら意外や意外全員が手を上げた。希望者多数だからってサディさんとラキさんは引っ込めて、あとの奥様で話し合いがあって泡立て器を持ってる人はあとで家でやってみるからと辞退してなんやかんやと1人に決定。

 俺が加減しながらはちみつを加えて、奥様に泡立ててもらう。さっきと違ってはちみつが加わっているから卵白が泡立ちやすいし艶が違う。泡立てている奥様も楽しそうだ。
 俺は泡立ててもらっている間にサディさんにお願いしてあの酸っぱいベリーを煮詰めてもらっていた。もし可能ならなるべく水分を飛ばして欲しいってお願いして。

「あ、泡立てはそんな感じで大丈夫です。これ以上やりすぎるとさっき言ったみたいにやり過ぎになっちゃうんで! ……で、ここにこのベリーを味を見ながら加えるね。甘みを沢山入れてないから気をつけないと酸っぱすぎちゃうと思うんだ」

 ゆるゆると混ぜるとメレンゲは綺麗なピンク色になった。これをスプーンで掬ってパエリア鍋に等間隔に落としていく。
 かまどの炭火をかなり減らしてもらって温度を下げてもらってからじっくりと時間をかけて火をいれていく。ちょっと成功するかはわからないけど、焼色がつかないように中まで乾燥させる感じだったよな。

 みんなでちょいちょい窯の中を見ながら泡立てた卵白についてどんな料理に使えそうか談義が続く。

 かなりの時間が経って、そっと窯から鍋を引き出す。ちょんちょんと表面を触ってみるとちゃんと固くなっているみたいだ。冷まさないとって思ってたらサディさんが窓を開けてゆるく風魔法を使ってくれた。俺は一応「湿気ないようにね」と声をかけておく。だって、霧の渓谷だし?

「冷めたら完成。これが俺の世界のメレンゲクッキーっていうお菓子。味付けはないのもあるけど、こういうフルーツ味が俺は美味しいと思う。ここだとこのベリーとか柑橘類もいいんじゃないかな」
「じゃあ、みんなで頂いてみましょうよ!」
「お菓子なんて贅沢品よね。楽しみ!」

 そうしてみんなで口に入れて、みんなで悶えてた。いや、不味くてじゃないよ!
 こっちってこういうお菓子ってないからね。見た目可愛い、サクッシュワッな食感、甘酸っぱい味、それら全部が女性陣の心を掴んじゃったみたいなんだ。

 まあ、その後オヤジさんから「あの変な器具の注文が増えたのはなんなんだ」って言われたよね。

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