霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

文字の大きさ
上 下
72 / 226
異世界生活編

72.今更だけどマヨネーズを作ろう

しおりを挟む
 実は、この間収穫したジャガイモはサディさんのプレゼンのせいで村中が盛り上がってしまってほとんど種芋化しそうってことを聞いた。え、ジャガイモ料理次の収穫後じゃないとできない感じ?

「私が種芋としてちゃんと育ちそうなものは選別することになってるわ。小さいものとかちょっと種芋としては成長に不安がありそうなものは食べましょ。本当は……前にイクミくんがサラダにするって言ってたのがずっと記憶に残ってて知りたいのよね」
「あー……サラダね……」

 まいったな、マヨネーズのこと忘れてた。分量さえわかればできそうだって思ったのに実験とかする暇がなかったんだよね。

「サディさん、マヨネーズ作りの実験一緒にする?」
「マヨネーズ? っていうのがサラダの名前?」
「んにゃ、調味料だよ。粗く潰したジャガイモに混ぜるんだ。俺の世界じゃ手軽に買える調味料なんだけどさ、ここじゃ作るしかないでしょ? 幸いに材料はあるみたいだから――」
「やりましょ!」

 即答。いや、想定内だけどさ。だってサディさんだし……料理も好きだけど実験も好きだもんね。
 一応俺はマヨネーズがどんなものなのかをサディさんに説明した。サディさんは卵を使ったソース風の調味料ってことでかなり興味を持ったみたい。

「卵はまだ保管箱に4つあるわよ。足りるかしら? あとビネガーとオイルはいつもので大丈夫?」
「うん、その辺も好みになるからね。ただ、分量はちょっとわからないから実験するしかないんだ」
「適当じゃ良くないのね? 薬みたいな感じかしら……」
「うーん……材料を撹拌して乳化させるっていうだけなんだけどね。子どもの頃に調理実習で作っただけであまり覚えてないんだ。モノ自体は子どもの実験でできるようなものではあるんだけど、間違えると分離しちゃってマヨネーズにはならないからその辺がね」

 俺は自分の班は上手くできたのに、隣の班は大雑把な女子がドバっとサラダオイルを卵液に加えてしまったせいで失敗してたのを思い出していた。あと、前から欲しかった泡だて器ができれば使いたいけど、あるわけないよなぁ。ガレット作る前に金属加工の上手い人紹介してもらおうって思ってたのに放置しちゃってたから。

「サディさん、針金……こう、細い金属の線ってないかな? あったら貰いたい」
「え? それが何か関係あるの?」
「泡だて器もどきを作りたいんだ」

 サディさんのキョトン顔がちょっとかわいい。武器の修理などをするところにあるかもしれないってことで、2人で行ってみることになった。柔らかすぎないちょうどいいのがあるといいんだけどな……。

「おお、サディさんと君か! どうした?」
「イクミくんが欲しいものがあるそうなのよ。ちょうどいいのがあったら貰えないかしら?」
「すいません、突然。えっと、金属の細い線であまり柔らかくないものってありますか?」

 さすがにステンレスがあるとは思ってない。けど、なんかいいのがあると助かるな。なんて思いながら俺が小屋を見回していると、厳ついおじさんはちょっと待ってろと奥に行ってしまった。
 しばらくして、こんなのはどうだと持ってきたのは2種類の金属線。

「あまり種類はないんだ。一応修理なんかに使うものだけど、こういうのを使って修理するような武器を使ってる奴がこの村には少ないからな。この線もいつからあるんだか……」
「え、じゃあ頂いても問題ないですか?」
「構わんよ。どうやって使うのか教えてもらえれば自分が加工してやろう」

 マジか。細いクセに思ったより硬かったからありがたい。ってことで地面に絵を描いてめっちゃ説明した。おじさんは「なんじゃこれ」と言いながらも細部まで聞いてくれて、これから作業してくれるって。
 すぐできるとは言ってくれたけど、俺はその間にトレーニングへ。合間に取りに来ますねって言っておいた。

 ◇◇◇

 受け取った泡だて器は、こう、なんていうか……武器っぽかった。ちょっと重いけど、まあ使えるだろ。

 夕食後、俺とサディさんは材料を目の前に置いてとりあえず作戦会議。後ろのテーブルでルイが聞いてるけど口は挟んでこなくて、ただ見守られてるみたいな感じで笑っちゃう。

「卵黄とビネガーと塩少量をよく混ぜたところにほんとに少しずつオイルを入れながらよぉっく混ぜていく、ただそれだけなんだよ。卵黄1個からでも結構な量ができたからオイルの量はそこそこ使うかもしれない」
「その材料でちゃんと混ざるのかしら、不思議ね」
「水と油は混ざらないし混ぜても時間を置くと分離するんだけど、それを乳化でひとまとまりにさせるのが卵黄なんだよ。卵黄にはレシチンっていう成分が入っていてね、それが油を包み込んで水に馴染みやすくするんだ」

 ここぞとばかりに実験好きの知識披露をする俺。こういうのが楽しくて理系に進んだんだよな。レシチンの効果はあっちの世界の人なら洗剤のCMをイメージしてもらうとわかりやすい。あの汚れを包み込んで浮かせるミセル化の図ね。人間の細胞膜のリン脂質と同じ構成だ。マッチ棒みたいな親水性と親油性の基質を持ってる。でもこっちの世界の知識と混ぜて説明できる気がしないからサディさんにはわからないだろう……。

 とりあえず分量はわからないから全部同量っぽい感じでまずは始めてみた。
 ……はい、失敗。ですよねー。

「うーん、シャバシャバなところに油を入れたって記憶があまりないからビネガーが多すぎってことか……」
「やりたいことはわかったわ。次は私にやらせて?」
「じゃあ、サディさん、ビネガーの量半分にしてみようか」

 そして作ったものは1回目よりは少しマシにはなった。けど、酸っぱくて……見た目の違和感も。俺の知ってるマヨネーズより酸っぱすぎるってことはまだまだビネガーが多いってことか。酢の量って実は結構少なかったんだな。
 てことで、ビネガーの量はかなり減らしてよく卵黄と混ぜ込んでからの3回目。次は俺がメインでサディさんにお手伝いしてもらう。俺の声掛けで少量ずつ容器の縁からオイルを垂らしてくれるサディさんはさすが実験慣れしてるなと思わせる。

「あら! さっきと全然違うわ」
「うん、いい感じかもしれない。でもまだもう少しオイルは加えよう」

 俺の知るマヨネーズの硬さに近くなるまでチビチビと加えてはよく混ぜるのを繰り返す。黄色が濃かったのがもったりとした黄白色になった。
 サディさんが期待の眼差しで見てくる。俺もちょっとドキドキ。だって卵2個無駄にしてるからね。こういう自給自足の村で食材を無駄にすることがどんなにいけないことかって思うからさ。
 俺は少しだけ匙で掬って手の甲にのせたソレを舐めてみる。そして、無言で匙をサディさんにも渡した。もう少しだけ味の調整をしたほうが良いかもしれないけど、俺の知ってるのにかなり近い。

「これが、マヨネーズ!?」

 サディさんが味見をして声を上げると、いつの間にテーブルを立ったのかルイがヒョコっと俺とサディさんの間から顔を覗かせてきた。

「できたのか?」
「ルイ、これすごいわよ。卵のソース!」

 明日の朝は種芋にしないジャガイモでサラダ作ろうかって話すとサディさんとルイは嬉しそうにしていた。そこまで酸っぱいのが好きじゃなさそうなルイでもマヨネーズくらいの酸味は美味しく感じるらしい。良かった。
 こっちの世界は浄化の魔法があるおかげで生野菜とか生卵が気にせず食べられるのはありがたいよな。日本の感覚でいられるのはすごく助かる。

 気になるのは……こっちの世界にマヨラーが発生しないかってことだよ……。
 
しおりを挟む
感想などいただけると励みになります。匿名メッセージはマシュマロへWaveBoxへどうぞ。
感想 6

あなたにおすすめの小説

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

騎士団長を咥えたドラゴンを団長の息子は追いかける!!

ミクリ21
BL
騎士団長がドラゴンに咥えられて、連れ拐われた! そして、団長の息子がそれを追いかけたーーー!! 「父上返せーーー!!」

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

王と宰相は妻達黙認の秘密の関係

ミクリ21 (新)
BL
王と宰相は、妻も子もいるけど秘密の関係。 でも妻達は黙認している。 だって妻達は………。

処理中です...