霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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異世界生活編

63.ジャガイモの実験・後編

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「本当に何が起こるのかって面白くてしょうがないわ。なんであの白いのがこんな風になるのかしら。それにシュラーダも汁を使う……なんて」

 1人ボソボソと呟きながら俺の手元を見ているサディさん。
 俺は俺で、紫のダイコン汁に若干の違和感を覚えつつも、味見をして知ってる味で笑えてくる。

「さっきのドロドロデンプンが熱すぎない温度まで下がったら加えるんだけど……んっと、こんな風に真ん中あたりの一番冷めてなさそうな部分から掬って、手の甲に垂らしてみてアチッてならなければ大丈夫。でも、冷めすぎると良くないから人肌くらいの温度はキープしたいとこ!」
「結構繊細ね。まるで薬だわ」

 俺はまだ少し熱かったからかき回したりしながら適温になるまで待って、その紫の汁を加えた。加えてからグルグルとかき回すと途端に糊化したデンプンがサラリとした液体に変わっていく。
 それにはまたしてもサディさんが大はしゃぎしていた。
 そして実は俺もちょっと驚くことがあった。混ぜたら紫が薄くなって色がなくなっちゃったから。

「シュラーダは加熱すると色がなくなるのよ。だからスープにしても紫の料理にはならないの。生で食べる分には紫なんだけどね」
「そうなんだ……せっかく白と緑の野菜以外の野菜と出会ったのに紫は生食だけかぁ」

 ちょっと残念に思ってしまう。まあ、それは置いといて。

「これでまたしばらく置いておくよ。ちょっと包んで保温しておいたほうがいいかな」
「さっきのシュラーダの絞り汁の量とかは決まっているの?」
「うーん、俺があっちでやったときは分量とか決まってたけどこっちの野菜で同等かわからないから、今は実験だし目分量っていうか感覚になっちゃってる。でもデンプンを分解させるのが目的だから、さっきみたいにサラサラになるくらいの量は必要だよ」

 そしてまた待ち時間にやったことへのサディさんからの質問とかに答える。サディさんは脳内に記録するかのように何度も復唱していた。メモが簡単に取れる環境じゃないからか、こっちの人は記憶力が結構いい。いや、そうじゃない人もいるんだろうけど、サディさんとかラキさんとか料理教室の奥様方とかはそんな感じ。

 なんて話てたらひょこっとルイが顔を出す。

「実験とやらがまだ終わってないみたいだな」
「あ、でも走りにいこうか。どうせ今待ち時間だしさ」
「いや、たまにはゆっくりしろ。どうせ午後も走るし。それより、その実験を俺も見てていいか?」
「え? え? うん、いいよ」

 サディさんがルイに今まで見てきた実験の流れを話している。でもどういう目的で俺が実験をしているかを知らないサディさんは見たことをそのまま言うだけだったから、ルイはわかんねぇ……みたいな顔していた。

 だってね、俺、この実験が上手くいくならみんなを驚かせることができると思うから最初に言っちゃうのは勿体ない気がしてさ。そして、失敗したときがっかりさせたくないってのもあって。だから、そんな目で見ても俺はまだ言わないからねっ。

 と、1時間ほど3人でおしゃべりをしたあと保温していた中身を見てみる。
 ルイは初めて見るから身を乗り出して見ていたけど、メスティンの中にちょっとだけ白味がかった液体が入っているだけに見えただろう。俺やサディさんから見ても、ダイコンもどきの汁を入れてすぐサラサラに変化していたから、それ以上の変化は目視ではわからない。でも、ちゃんと反応してくれてると信じたい。

「これを火にかけるよ」

 液体がたくさんあるこの最初の状態はそこそこ強火で加熱しても大丈夫だけど、グツグツしてきたら弱火を心がけないと失敗するから炭の位置も気をつける。
 メスティンの中でグラグラと沸騰するデンプン液。それを見てドキドキする俺と、これをどうするんだという顔のルイとサディさん。

「頼むー、上手くいってくれー」
「この水が何かなるのか?」
「なるんだよ。上手くいってれば、だけど!」

 しばらく加熱を続けていると、煮詰まった液体は徐々に色が着いてくる。薄茶色というか、あっちで言えば飴色というか。
 それを見て、俺は成功しそうだと少しだけホッとする。でも最後まで気は抜けない。

「なんか……変わってきたな?」
「ほんと。とろみもついてきてるわね……」

 俺は木べらで時折かき回して焦げないように気をつけていた。メスティンの底を木べらでなぞると液体がすぅっと分かれて底に線を引くようになってくる。サラサラでなくなった証拠だ。

「よし……どうだろう……」

 俺は液体を少しだけ小皿にとって冷ますとドキドキしながら味見をする。

「ちゃ、ちゃんと出来てる! やったー!!」
「え、これで完成なの?」
「なんだこれ?」

 感激している俺をよそに、サディさんとルイは何やってるんだって顔をしている。
 俺は同じように小皿に少しずつそれを垂らすと2人に差し出した。

「味見、してみて?」

 2人は恐る恐るといった感じでそれを指で掬い上げて口に入れると、顔を見合わせて驚いていた。

「イクミくん、何をしたの!?」
「なんだこれ、甘い……ジャガイモの実験じゃないのか?」

 えへへ、その顔が見たかったから言わなかったんだ。目論見通りに驚いてくれて俺の欲求も満たされたから2人に説明をすることにした。

「これはジャガイモ水飴。デンプンを糊化させて消化酵素で分解することで糖に変えたものなんだ。砂糖やハチミツほどは甘くはないけど、それでも十分甘いでしょ? ブドウの果汁みたいに風味がついちゃうこともないから予備の糖分としてどうかなって思って」
「すごいな……」
「イクミくん、もっと詳しく教えて!」

 サディさんはジャガイモ水飴の有用性を感じ取ったようだった。ブドウみたいに年1回の収穫でもなく、年に数回収穫できるジャガイモから作れる点は、かなりポイントが高かったみたいだ。ハチミツみたいにいつ採れるのかわからず収穫量も定まらないものではないしね。ジャガイモの量からしたら作れるジャガイモ水飴の量は少ないけど、絞ったカスの方も食べられるし無駄があまりないのも良かったみたい。ジャガイモ自体は長期保存できる部類のものだし、手間はかかってもほしいときに甘い調味料が作れると喜んでいた。シュラーダだけなんとか時間停止箱などで用意しておけばいいからね。

「ジャガイモ、もっと増やすわよ! 畑の割合を変えないと!」
「え、サディさん、気合入りすぎじゃない?」
「何言ってるの! こんなの村の会議にかけるレベルの出来事よ!?」
「えええ……?」

 驚かせたかった俺だけど、サディさんの勢いにちょっと引き気味になってしまった。
 ルイはルイで、もう少し味見したいなんて言ってるけど、サディさんにこれはみんなを説得するために必要な材料だからって止められててちょっと可哀想。

 そしてメスティンごと持ってサディさんはどこかに走って行ってしまった。
 あまりの出来事に俺はポカンと口を開けたまま固まってしまったし、ルイは久しぶりに突っ走るサディさんを見たって苦笑していた。

 ま、まあ、一応喜んでもらえたと思っていいんだよな?



**********
1話を書き始める前から書くぞと決めていたジャガイモ水飴を書くことができて満足!
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