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異世界生活編

55.初めての組み手

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 ブドウの収穫があったからその日の薬草畑の仕事は結構簡単な感じだった。まあ、毎日手入れしてるから腰入れてやるぞーってのはないしね。でも害虫を探すのは一通りやって、ついでに目につく雑草も抜いてって感じ。空いた畑を整えるのなんかは別の日に回せばいいよ、みたいにザックリしてる。

 あのブドウ畑を見たあとだと、薬草畑がかなり小さく見える。規模は小さいけど、野菜畑やブドウ畑より手間がかかってるのがこの薬草畑なんだけどね。とはいっても俺がしてるんじゃなくてサディさんがしてるんだけど。

 今日は走り込みはなしになったけど、このあと少し休んでから筋トレとカカシが待ってる……。
 正直言って、武器を持って戦う練習キツい。走り込みとも筋トレとも違うつらさがそこにはある。

 ヴァンさんがあとから合流して筋トレはいつも通り――実はもう結構懸垂ができるんだよね――にこなして、軽くヴァンさんに身体を整えてもらう。なんかヴァンさんが上の空なのはなんでなんだろう。

 ――ガキッ
 ――ガッ

 ひたすらカカシに木剣を当てる。腰を低くして飛び出した勢いのままだったり、軸足で回転して遠心力もかけて斬りつけたり、木剣の持ち方も順手だったり逆手だったり……。コツの掴めなかった長剣の素振りがなんて楽だったんだろうって思うくらいだ。
 短剣型を持ち始めてから1週間ちょいくらいだけど、薬をあまり飲まないようにしているせいで俺は全身痣だらけだったりする。
 ルイは少しくらい薬使えばいいのにって言うんだけどね。そんなこともあって、ヴァンさんは前みたいに全身しっかり揉んでくることはない。……痛いもん。

「イクミ。ちょっと」
「ん? あれ、なんか俺変な動きしてた? そりゃルイから見たら変だとは思うけど」
「いや、そうじゃなくて。ちょっとだけヴァンと組んでみてくれるか?」
「……へ?」

 待ってよ。前に無理って言ったじゃん。

「別に本格的にやれっていうんじゃないんだ。受け身の型を少しやりたいのと、それとは別にヴァンからは攻撃なしで組み手をしてほしいんだが……」
「型は、まあ、わかる。でもなんでヴァンさんと組み手? ルイじゃなくて?」
「カカシは動かないけど、ヴァンなら動けるから戦いを想定した連続攻撃の動きができるだろ? あとは、ヴァンがうまく力を吸収してくれるから多分カカシより怪我が少ないと思ってな。俺じゃないのはヴァンのほうが背格好が似てるからってだけで」

 う……そう言われるとな。ヴァンさんは若干楽しんでる感が見え隠れしてるけど、ルイの真剣な顔を見ちゃうと拒否できないんだよなぁ。なんにしても、後々にはやらなきゃいけないことなんだろうしちょっと不安だけど腹くくるか。

「ふぅ……わかった。やってみる」
「よし。組み手中はヴァンに魔導具渡すからヴァンの指示聞いてくれ。俺はあとから言うから」

 そう言うとルイはヴァンさんに通訳の魔導具を渡していた。今までは頑なに取られないようにしてたのに、ってちょっと意外な感じ。その魔導具を装着したヴァンさんは木剣をジャグリングみたいにひょいひょいと投げ上げている。

「じゃあ、イクミ! オレに当てる気できてね」
「あ、はい。えっと、俺、下手すぎて予想外のゆっくりな動きをしちゃうかもしれないですけど、よろしくお願いしますね、ヴァンさん」

 俺がヴァンさんに挨拶をするとヴァンさんは驚愕の表情を浮かべていた。
 え? え、何? 俺なんかしたっけ?

「ちょっと、イクミ……まさか、オレのことずっと『さん付け』した上に丁寧語だったの!?」
「え、あの……」
「マジかぁぁぁ! もっと仲良くなれてると思ってたのに!」

 いきなり地面に四つん這いで項垂れてしまって俺はどうしたらいいんだ? ルイにふっと目をやると、笑いを噛み殺したような顔してる。あ、楽しんでるじゃん。

「あ、あのね、ヴァンさん。いつもは丁寧語じゃないよ? 鍛錬前の挨拶だからちゃんとしただけ」
「さん!!!」
「あー……ヴァ、ヴァン?」

 顔をあげてニパッと笑うと「これからは呼び捨てにしてよね」と四つん這い状態からバク宙みたいにくるんと飛び起きた。すげ。

「イクミの攻撃をオレが受け止めて、オレは間合いを取るように移動するから追っかけるように追撃を続けてね。オレが怪我するかもみたいなことは考えなくていいよ。さすがにイクミの攻撃でそんなことにはならないから! あはは」
「う、うん……」

 確かにな!
 最初に部屋から見たルイとヴァンの手合わせがすごかったから、あのイメージが強くってちょっと身構えすぎてたかも。そんな俺を見越してか、ヴァンはなんでもない風に軽く言ってから簡単に『こう受け止められたらこっちに弾く』とかのアドバイスもくれる。

「じゃあ、イクミのタイミングで始めてね!」

 ヴァンがスッと木剣を構えると、それまでのおちゃらけた様子から空気が変わった。ちょっとだけ肌にピリッとくるようなそんな感じ。
 うっわぁぁ……雰囲気怖い。俺のタイミングで始めてねって言うけど足が竦む。

「っりゃー!」

 無理矢理腹から声を出して、その勢いでヴァンに向かう。そうでもしないとずっと動けそうになかった……。

「お、いいじゃん」

 俺が体重を乗せて繰り出したと思った木剣はカツンッと甲高い音を立てて弾かれて、あっと思ってバランスを崩したけどなんとか踏ん張った。けど、それに気を取られたら目の前からヴァンがいなくなっていた。

「あ、あれ?」
「う・し・ろ! ダメだよ、立ち止まっちゃ。追撃してきてねって言ったじゃん」

 いやいや……何でいきなり桁違いに難易度あげてんだよ。ヴァンも今までの俺を見てただろ?

「だぁぁ! もう!! やるよ! やりますよ!」
「はーい。次は止まらないでねぇ」

 ヴァンの口調は軽くて気が抜けるのに、構えられるとまたあの雰囲気になるのが慣れない。マジで怖いから。
 魔導具がないから俺に何かを話しかけてくることはないんだけど、ルイが俺らを見る目も真剣で泣き言なんか言える雰囲気でもない。

 結局、俺は起き上がれなくなるまでヴァンに突進しまくる羽目になった……。

 俺が鍛錬中にへばって起き上がれなくなったのは結構久しぶりだった。ここは家の裏手だから子どもたちに囲まれることはないんだけど。
 倒れてはいるけど確かにルイが言うようにヴァンと組み手をしてからは身体に新たな打撲痕はついていない。全部うまーく弾かれてるからね。

「いいねぇ、イクミ。慣れるの早いね」

 地面で大の字になっていると上からヴァンが覗き込んでくる。当たり前だけど、あのピリッとした空気はなくなって、いつもの軽いノリの口調だ。ルイが魔導具を返してもらおうとしてヴァンが嫌がってというお約束のやり取りも見せられた……。

「イクミが頑張ってたから止めるの遅くなって悪かったな」
「ほんとだよ! 最後とか集中力切れてた……」
「でもヴァンが言うように悪くなかった。どうしても嫌だというんじゃなければ明日もやりたいところだけどな」
「もう今更じゃん。ルイがやるっていうならやるよ」

 ほぼヤケクソ。組み手中のヴァンの無茶振りあたりから俺のヤケクソ具合がやばいことになってる。俺って今まであれこれ理由つけてやらないタイプだったからある意味すごいとも言えるんだけどね。 
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