霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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異世界生活編

52.木剣の扱い……

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 俺が無理無理って言ってたのに、夕食時に村長にも木剣なら始めてもいいかもしれないみたいなことを言われて明日からやることになってしまった……。

「まだ筋肉もそんなについてないのにできる気がしないよ。不安しかない」
「イクミは自分自身のことであまりわかってないかもしれないけど、俺等から見たらちゃんと伸びてるんだぞ? それに、まだ危険な刃のついたものではやらせようと思ってないからそこまで不安にならなくてもいい」
「う……ん。そうだよね。木だもんね」

 俺は剣は木だから仮に身体にぶつけても切り落としたりはしないぞと自分自身に言い聞かせる。やらされるとしても素振りか、あの裏の広場にあるカカシを叩く感じだろうか。
 俺だって子どものころは普通の男子の感性でピコッと鳴る布製の忍者刀なら買ってもらったことはある。というか、その玩具がバットなんかも欲しがったことがない俺が唯一買ってもらった振り回す物だったかも。でも実際自分がそれで人を叩いたことがあるかというとないんだよな。妹のぬいぐるみを叩いてめっちゃ泣かれたのはなんとなく覚えてる。

「お手柔らかにお願いします……」

 確かに向こうにいたときよりは俺はたくましくはなってる――はずだ――けど、ちょっとばかり自信なくて小声で言う。
 いつもみたいに魔導具ランプをつけてもらって、ルイは部屋に戻っていった。俺は別に部屋で何かしてるってわけでもないけどルイはどうなんだろう。すぐに寝ちゃうタイプなのかな。

「成長してるって言われるのも嬉しいし、鍛錬メニューが進むのも嬉しいんだけど、それなのに腰が引けちゃうのはなんでなのかね……。やっぱ戦うってこととは縁なく生きてきたからかなぁ」

 いつものプランクのあと布団の上でもにょってたらいつの間にか寝落ちしていたらしく、気づいたら朝だった。
 え、マジか。ここのところ上手く体力を使い分けられてるみたいで寝落ちするなんてことなかったのに久しぶりに寝落ちたな……。普通心配事とかあると眠れなくなるもんなのに、俺の心臓にも毛が生え始めたか?

 俺はベッドから「よっこいしょ」なんて言いながら抜け出すと、いつも通りに顔を洗って歯磨きをする。こんなことをしてると……。

「あら、イクミくん、今日は早起き?」

 ほら、サディさんが帰ってきた。なんとなくサディさんの動く時間は把握できてるんだよね。今日は畑を見てきたあと、卵とミルクをもらってきたみたいだ。

「昨日早く寝ちゃったから目が覚めちゃったんだ。今日の朝ごはんは何にするの?」
「スープと目玉焼きとカロイモよ。イクミくんにはバターを作って欲しいわ」
「任せて!」

 手作りバターは実は作業自体は簡単。日本で売ってるような牛乳じゃバターは作れないけど、こっちの搾りたての乳脂肪分の多い家畜ミルクだとバッチリ作れる。牛乳よりはちょっと独特の香りはあるけど、そこまで気になるものでもないのが助かる。

 俺は前にも使わせてもらったコルク栓付きの広口の壷にミルクを入れて、しっかりと栓をするとシャカシャカ振り始めた。本当は氷水を少し入れるといいんだけど、ここじゃ氷を手に入れるのは少し大変だからな。
 ひたすら振りまくっていると、だんだん中身の揺れる感覚が変わってくる。ゴロゴロバシャバシャと響いてくる感じっていうのかな。栓を開けると薄黄色のバターととっても薄いミルクみたいのに分離している。
 これを取り出して、少し塩を振りながらぎゅぎゅっと水分を絞り出すように混ぜ込んでいけばバターは完成だ。

「サディさん、バターできたよ」
「ありがとうね。カロイモにバターをつけるのがまた食べたくなっちゃって」

 バターは別に俺が伝授したわけじゃなくて、ちゃんとこっちにも存在する食材だ。だけど、植物油もそれなりにあって、魔物肉からも上質な動物性の脂が出るからわざわざ村で作ってまで食べようとはしてなかったみたい。
 でも、風味とか全然ほかの油とは違うだろうからね。特にイモ系とバターの相性って最高だもん。食べたくなるのも頷けるよね。

 そう言えばアニメや漫画の異世界物といえばマヨネーズってよくもてはやされてるよな。実際どうなんだろう。卵と酢と油だからここでも作れるはずだ。実は小学生のときに調理実習で作ったことがあるんだけど、材料の分量までは覚えてないんだよね……。覚えているのは卵1個からすごい量のマヨネーズができたよなってことくらい。実験が必要だけど、失敗したら食材を無駄にしちゃうからちょっとためらうよね。
 自分で買った材料ならまだしも、ここのってみんなで育てた村の共有財産的なところがあるからさ。

 村長とルイも揃って朝食。俺が来てから食事に変化が出て食べすぎて困るって村長に言われた……。
 とはいっても、本気の苦情じゃなくて笑ってたけどね。ついでにお腹もさすってた。さすってたけど、日本でよく見たようなビール腹のオッサンみたいな腹とかじゃ全然ない。おじいちゃんに足を突っ込んだ感じではあるけど渋いしいかついもんな、村長。

 ◇◇◇

 そしてこの日から走り込み、素振り、筋トレ各種に日々のメニューが変更された。

 素振り用の木剣は初日はなんの変哲もない感じのやつだったのに、何故かその次の日には改良されていた。金属パーツが取り付けられて全体的に重くなっていたし、初日の木剣が剣先から柄まで同じような太さで重さのバランスが平均的だったのに対して改良型は重心が全然違っていた。

「普通は剣ごとで特徴は全然違うからこういう小細工がどのくらい有効かはわからないがな。でもトレーニングも兼ねて少し重みは足させてもらった」
「うわぁ……最初と全然違う。持ちにくい……」

 初日はただの1本の棒を振り回しているような感覚だったけど、改良型は柄や刃にあたる部分の柄側が重くなっている。振った感じも全然違うのに戸惑う。

「こんなに違って感じるもんなんだ……」
「武器は身体の一部と思って扱うものだから、いろいろ試してみたほうがいい。意外と驚くようなところに適性があったりするから」

 俺はブンブンと木剣を振ってみるけど、なんか空振り感が酷い。まあ、比べちゃいけないけど、ルイがやると空気でさえ切ってるように見えるんだよ。俺がやっても全然そういうふうにならない……。

「イクミ、余計なところにまで力が入ってる」
「えぇ、嘘。余計なところってどこだよ……」

 だって、力入れて振らないとルイみたいに空気を切るって感じにならなくないか?
 意味がわからなくなってしまって動きが止まってしまう。ルイが横で構えとか振り下ろしなんかを見せてくれるし、助言をくれるけどどうにも理解できない。

 ――えっと、こう、切り裂くみたいに――

「どりゃ!」

 俺が振り下ろした木剣は全然鋭くもなんともない上に、ガッと変な音を立てて地面にぶつけてしまった。ジーンと手が痺れる。

「わっかんねぇ」
「まだ持ち始めたばかりなんだから焦るなって」
「それはそうなんだけどぉ……」

 これっぽっちも思い通りにならない俺の剣捌きは、正直言えば初日のほうがマシだったかもとすら言える。剣のバランスが変わっただけで下手くそがさらに下手くそになるとかマジで笑えない。

 え? 練習用の剣でこんななのにいろんな種類のある武器を一通りやらされるって嘘だろ……。 
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