霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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キャンプのはずだったのに……

16.やっと崖沿いが終わる

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「ここから先は崖沿いは少しだけで、途中から中に入るから」
「中、とは」
「崖の中」
「は?」

 意味がわからなすぎて聞き返しちゃったよ。ルイもちょっと言葉足りない気味の人だよなぁ。よくよく聞いてみると、崖に坑道みたいに穴が掘ってあってそこを通り抜けるということらしい。落ちる心配がないのは嬉しいし、何かあった時にすぐ座れるってのも安心だよね。
 ところで、その中の道ってのは魔物は出るのかなってのが不安。崖沿いと違うからわざわざ古代の遺物を使うってこともなさそうだし。……出る、って思っていたほうが良さそう。

「先に俺が知っておいたほうがいいことはある?」
「そうだなぁ……中入ったらあまり俺から離れないほうがいいかもしれない、くらいか」
「やっぱ魔物が出るんだね」
「でかいのはいないな。人が通らないうちに入り込んだ小動物を狙った魔物とか」

 安心していいのかわからないけど、でかいのはいないってことはアイツは出てこないと思っていいのかな。もう二度と出会いたくないんだけど……。

「この剣は振り回せないから、その時だけ短剣を使う。だからなるべく近くにいてほしい」
「了解」

 そのくらい狭いってことか。どうにも話を聞いただけで様子を想像できないんだよな。
 とりあえず、注意事項が沢山あるわけじゃなくて良かったけど。

「でもまず崖沿いを安全に降りきらないとだね」
「ここまで頑張って降りてきてるんだ、大丈夫だろ」
「そういう油断が俺をダメにするんだよ……」

 俺がしみじみ言うとルイが吹き出した。え、俺、めちゃくちゃ真面目に言ってるのに。

「イクミは面白いな、くくっ」

 まだ笑ってるよ……。最初の無表情どこいった。
 だってさ、ルイはだいぶ降りてきたって言ってるけど、まだ下なんて全然見えないからね? 油断して崖下へ真っ逆さまとか絶対やだから。

「もう! 俺が寝ちゃったのがいけないけど、遅れてるだろうから行こう?」
「慌てなくていいって」

 俺はザックを背負って、脚の様子を確かめるためにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねたあとアキレス腱を伸ばしていると、よいしょってセリフを言いそうな仕草でルイも立ち上がる。

「でも、できるだけ早めに進みたいじゃん。ここ、少しでも暗くなったら怖そうなんだもん」

 濡れて足元悪いところも多いしね。できれば、その坑道辺りまではさっさと行きたい。
 それにしても、崖沿いを降り始めてからは、村の人が吹いていた笛の音は全然聞こえなくなったんだよな。本当に近づいているんだろうか。位置関係がさっぱりだ。

「笛? あれはここより上だろうなぁ」
「村の近くなんじゃないの?」
「近いぞ? あっちは村から崖の上の遺跡に転移魔法陣があるから」
「転移!?」
「一方通行のな」

 ああ……そういうこと。それも昔の人がやったのか。上りは魔法陣で、下りは崖沿いか。うん、この崖を登るのはやだから気持ちはわかる。でも、下り用も魔法陣とかもう少し頑張ってくれたら、こんな危険な崖沿いを降りなくて済んだんじゃないかなー?
 違うか。簡単に村に入れないようにしてるのか。
 だとしてもさ、魔法陣がだめでも、せめて崖に手すりとか、ロープとか張ってほしかった。

 そうやってルートが違うから、さっきわざわざ合流しないってことだったんだなって納得。
 待てよ? 今崖上で戦ってる村人も討伐後に、ここを通って村に帰るってことか……戦って疲れた後こことか嫌すぎる。でも住人にとったらそれが昔からのシステムで常識なんだよな……。こんな特殊な地形のところに村を作ったのにも理由があるのかなーと漠然と考えていた。

「じゃ、行くぞ」

 とルイが歩き出したので、俺もまた卵型の石をなでて守ってなーと心の中で声をかけて石の間を抜ける。
 細い道は相変わらず股間をヒュンヒュンさせるけど、最初よりは慣れた、というか麻痺してきたかな。あの飛び石みたいな道とは呼べないようなアレじゃなきゃいいかーって思えてきちゃってる時点でちょっと俺も頭おかしくなってるのかもしれない。

 そうして小一時間ほど歩くとこの細い道の先にまだまだ目視では小さいけど卵型の石が2つ見えてくる。そして、黒い穴も見える。

 魔法陣の話を聞いた時も思ったけど、なんでこんなに複雑な道なんだろ。秘境じゃん……。少し前はダンジョンかよって思ったけど、この造りって完全に来る人を拒んでる感じだもん。
 俺、ルイに出会ってなかったら完全死んでた(通算○回目の実感)。

「崖……終わったね」
「頑張ったな」
「我ながらそう思う!」

 ていうか、俺がここ降りられないってなったらどうするつもりだったのかな。この程度できないやつに生きてる資格はない、とかって置いていかれてたり……とかって怖い想像してたら、ルイはその時は俺を気絶させて背中にロープで括りつけて行くつもりだったって! やること過激!

 坑道を覗き込むと風が流れているのが感じられる。だからなのか、不気味な音が聞こえるんだよな。俺は和製ホラー系は全然怖くないからそういう意味では怖くないんだけど、この音が魔物の鳴き声なら話は別だ。風なのか魔物なのかは最重要事項。

「中で火をつけられるように風穴がいくつもあるらしい。どうやって開けたんだかな……。聞いた話によると、崖のてっぺんまで抜けている風穴もあるとかないとか」

 ルイに確認するとそんな返事があった。なるほど、火って松明……魔法での灯りか。確かに洞窟に限らず、マンホールとかでも可燃性のガスが溜まって小さな火種で爆発なんてニュースも見るし換気は大事だろうな。それと、酸素が少なかったら火がつかないか、それか燃やしたら酸素なくなっちゃうもんな……。

「あ、ルイ、灯りなら俺持ってるよ」
「ん?」
「LEDランタン、っていうか俺のはただのライトだけど。昨日の夜使ってないし家で満充電してきてるから全然使えるよ」

 ルイは全くわからないって顔してる。そりゃそうか。俺はザックに取り付けていた小さい充電式のLEDライトを取り出した。見た目は普通のランタンのほうがカッコイイけどあれは重いし嵩張るし燃料も用意しなきゃだしってことでアパートにはあるんだけど、俺はイベントにはなるべく身軽にって悩んだ末にやめてコッチにしたんだよね。

「これ。スイッチを入れれば光るんだよ。燃えないし安全」

 と言って、俺は手のひらに乗せて見せたライトをつまむと上部を回してみせた。パッと青白い光が灯る。それを見たルイが驚いたように俺のLEDライトを凝視する。

「こ、これは……どうなっているんだ? 熱くない……」
「ごめんね、仕組みとかは説明できないんだけどさ。電気っていうエネルギーを使って光らせてるんだ。電気……は正確には違うけど、俺の世界の魔力みたいなもんって言ってもいいかなぁ。写真を撮っていたスマホとかも電気で動いてるんだ。今は俺の世界じゃ電気がない生活って想像つかないくらい使われているんだよ。電気製品はお金さえあれば買えて、才能関係なく誰でも使えるんだ」
「イクミの世界での魔力……そうか。確かに魔導具みたいな雰囲気があるな」

 それはどうかな? と思ったけど言わないでおく。
 こんなこと説明する羽目になるならもっと物理とかも勉強しておけば良かったなって思うけど、全てを網羅して頭に入れるには俺の脳みその出来がねぇ……。

 火の魔法でどのくらい照らせて、どのくらいの距離維持しなきゃならないのかわからないけど、俺を守ってくれるルイの消耗を少しでも減らせたらいいなって思う。そう伝えるとルイは「そうか」って呟いた。

「とりあえず、これだけだと小さくて光る範囲が狭いからちょっと待ってね」

 見た目はダサいけど、俺はレジ袋にライトを入れてそのまま風船みたいに膨らませて口を結ぶ。そうすると白いレジ袋で光が拡散されてライト単体よりも坑道の中を広く照らし出した。

「すごいな」
「俺の手柄じゃないけどね。これ、俺が持ってる? ルイが前ならルイが持つ?」
「俺が持とう」
「邪魔じゃないなら腰にぶら下げてもいいかもね」

 そう伝えると、中じゃ使えないって言ってたルイの長剣の柄にレジ袋をぶら下げてた……。

(うーん、ルイがダサくなっちゃった。ごめん……)

 俺は心の声はなんとか飲み込んだ!
 そして坑道内の視界を確保すると俺たちは中に入っていった。
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