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キャンプのはずだったのに……

14.渓谷をくだる

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 緩やかな下りがひたすら続いているが俺の膝はまだ大丈夫だ。これも滑りにくい登山靴のおかげとも言える。
 ただね……時折強い風が吹いてあおられそうになるのはめっちゃ怖い。その時に霧がぶわーっと流れていって、たまに渓谷の下の方まで見えそうになることがあるんだけど、それも実はめっちゃ怖いし脚が竦む。霧で見えなくなってる方が現実を忘れられるよね。

「うっわ! すごい綺麗」

 渓谷って言われても霧がすごいし規模がでかいしでピンときてなかったんだけど、今歩いている道の上は崖がずずーーっと張り出したみたいになっていてかなり高い位置から水が流れていた。

「グラゥカの滝だ。水で滑りやすいから気をつけてくれ」

 なるほど、滝の裏側なんだな。確かにそこらじゅう濡れてるし、苔とかも生えてるし滑りやすそうだ。でも、それ以上に俺は綺麗な景色が広がる足元に夢中になっていた。
 時折スッと光が射し込んでは眼下の霧を虹色に染めている。まるで霧自体がいろんな色を発光しているように見えるくらいだ。まるで夢の中とか、幻想の世界みたいだなって思う。
 カメラを構えてみるけど肉眼で見る綺麗さには到底及ばなくて、アプリで調整したら少しは反映させられるかなと考える。まあ、それ以前に写真にしようとすると画角が決まっているせいでコレ何? 状態になってしまうんだよな。コレを見て「虹色に映る霧です」ってわかる人なんて誰もいないと思う。
 俺がわかってればいいか、と適当に数枚写真を撮ってから、滝の裏を通り抜け、さらに下っていく。

 下りと言えど、今は歩いているから結構暑い。でも朝も思ったけどここらへんは結構涼しい。季節なのか、標高とか緯度とかなのか、よくわからないけど……。でもそう考えれば、猛吹雪の中とかに飛ばされなくて良かったよなぁなんて気分にすらなってくる。

 ◇◇◇

 こうやって歩いていると、日本での登山を思い出す。
 あっちでは俺が登山をする時はその山のある地域の山岳ツアーなんかに申し込みをしていた。子どもの頃は父親と一緒に登ったもんだけど、中高生となっては一緒に行くような人はいなかったし、かといって本格的な山に一人で登るなんて無謀なことはする気になれなかったからね。山岳ツアーはその道のプロが一人必ず着いてくれて安心だし、現地で同じツアーに参加した人たちとの交流も楽しかった。俺なんか「若いあんちゃん」なんて呼ばれて高齢夫婦なんかによくしてもらったりしたんだ。
 だからか、ただひたすら黙って歩くのは少ししんどい。特に山道ってキツいからか愚痴ってかボヤキが出ちゃったりするからね。そんで、それに対して励ましてもらったり飴の交換したりなんてのが俺の登山の楽しみのひとつでもあったから。

「ふぅ……ふぅ……」

 いつもみたいな愚痴が出ないようにちょっと気にしながら歩く。

 足元も踏み外したりしないように集中して……。実際、本当にコレ道ですかと聞きたくなるような箇所もあったから油断できない。

 さすがにそういうところに初めてぶち当たった時はちびりそうになったよね。冒険映画かよっていうような、崖から石段が飛び出てるだけのところとかさ!
 ちょっとアレはないよなって思った。足場が悪いとかの問題じゃないよ。

 でも、そういうところはルイがサポートしてくれたんだけどね……。ロープで腰を結んでくれたし。とはいえ、そのロープのせいで俺が落ちたらルイを道連れにしてしまうのではっていう別の恐怖心も生まれたけどさ。
 その割には俺はよくやったよ。ためらったら動けなくなると思って、余計なことを考えないようにしながら一歩一歩石段を降りたんだ。

 ◇◇◇

「……はぁ」
「大丈夫か?」
「………………うん」
「ダメみたいだなぁ」

 あれからかなり歩いた。正直、しんどい。あれだけ気合入れて踏み出した道だけど、最初の休憩までの道より相当キツかった。ただただ身体的なことだけで見たらそこまでじゃないんだけど、やっぱり神経すり減らしてるのが覿面にキテる。

「もう少し行ったら休憩するから、もう少し頑張れるか?」
「大丈夫」

 そこまで大丈夫じゃなくても大丈夫って言っちゃう日本人のさが……。いかん。本気で無理になる前に言わないとな。
 この道の過酷さにも動じないくらいのレベルの人間でないとこの地域には適応できないってことなんだなってのを今改めて感じる。昨日の山道は平坦な道だったと言ってもいいくらいだもん。

 こんな、ちびっちゃいそうな道が続いているのに俺がちびらないで済んでいるのもルイの魔法のおかげだ。昨日かけてもらった清潔にする浄化の魔法の応用? で水系のコントロールをしてもらっている。
 ルイは赤い髪が印象的で鋭い剣筋からもパッと見だと火のイメージがあるけど、本人が言うには水系の魔法が得意なんだそうだ。でも魔導士みたいな魔法を使うことはできないって言うんだからよくわからない。俺から見たら十分すぎるくらい使ってるけどな。

「イクミ、ほら」

 ルイに言われて顔を上げると足元から続いている細い道の先に卵型の石2つが見える。

「ああ……よかった……」

 やっと、休めるんだって思って気が緩みそうになる。こういうときは怪我の元だ。俺はあの石の間を通り抜けるまでは気を抜いちゃダメだって自分に言い聞かせる。そうでもしないと膝から崩れ落ちそうだ。
 前に休憩したところからかなり長い時間休憩せず――できず――に歩き続けてきた。登山の時は景色や植物の写真を撮ったり、こまめに休憩をいれたりしていたからこんなのは初めてで。それでも一歩一歩脚を前に出していく。少しずつ、あの石が近づいてくる……。

「っ! 石!!」

 俺は、卵型の石と石の間を通過するのと同時に座り込んでしまった。そして、そんな俺の頭をワシャワシャしてくるルイ。うーーん、芸が上手にできて褒められている犬みたいなんだが……。

 2回目の休憩場所も最初と同じくらいの広さだった。大人5人くらいがいざとなれば野営できるかな、みたいな。この辺の人たちはこんなところで野営することはないんだろうけど。

 そして上の方にいたときより湿度が高い。地面がビショビショに濡れたり服がしっとりしたりしてくるほどじゃないんだけど。って、そんな感想をルイに言うと、渓谷にはそれなりに川が流れていてグラゥカの滝みたいに滝として流れ落ちているんだけど、渓谷の下の方まで「水の流れ」としてたどり着かないものがほとんどだそうだ。つまり空中で霧になってしまうんだって。元々霧が多いのに川まで霧になるのか……どんだけ霧まみれにするんだよって心の中でツッコミをいれた。
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