霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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キャンプのはずだったのに……

5.俺のキャンプセット

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 なんて話しながら歩いていると急に開けた場所に出た。奥には切り立った崖があって、草はボーボーだったけど、木を伐採した跡があってどう見ても人の手が入っただろう場所だ。

「次の拠点まで行こうとすると今からじゃ夜中になっちまうから、今日はここでゆっくりしようと思う」
「わかった。どうしたらいい?」
「とりあえず崖下に行って、土地を整える」

 なるほど、背後が崖なら見張りは前方と横だけ気にすればいいってことか、なんて思いながら着いていく。そこでルイは俺を背後にしながら右手を前に出して一の字を書くように素早く動かした。

「整えるって……えええ!?」

 突風が吹いて草が散っていくのを見て、素っ頓狂な声を上げる俺。魔法がある世界って聞いても慣れないなぁ……。ルイにもまた変な目で見られてるよ、恥ずかしい。

「あ……ごめん。見慣れない現象が起こるからびっくりして。じゅ、呪文とかないんだ……ね?」

 俺は早口でまくし立てる。今、絶対顔真っ赤だと思う。変な汗も出てる……。

「詠唱を使うような魔法は魔導士くらいしか扱わないんじゃないか? 一般人は生活魔法の延長くらいだ」

 俺は『生活魔法とかいう謎の魔法』が登場したぞ?と首をかしげた。

「イクミの世界の『魔法の物語』には生活魔法はないのか?」
「うーん、俺はあまり知らない。そういう話を作ってる人もいると思う」
「なるほど? うーん、生活魔法は……簡単に言えば、火、水、土、風の属性で成り立ってて、みんなが使える基本の魔法というか。4つの属性はエハヴィルドの持つ構成要素だな。今は風の魔力を引き出して草を刈ったんだ」

(おおぅ……。え、この世界の人、みんなコレできるの? 俺の常識が崩れていくよ。異世界でも魔法の才能がある人がそういうことできるんだと思ってたのに)

 聞けば、俺の言うような呪文を唱えて魔法ができる『才能ある人』ってのがさっき言ってた『魔導士』にあたるらしい。魔導士は生活魔法のさらに上位である炎、氷、地、空や、光、闇の属性による攻撃魔法や特殊魔法を使うことができるんだそうだ。どれか1つに秀でていたり、何種類か使えたりと、才能がものを言うんだって。

(それそれ! それが俺の知ってる魔法だよ!)

 ルイがざっくりと魔力や魔法について話してくれながら、今度は土魔法でかまどを作り上げていく。なんていうか、感心しちゃうな。めちゃくちゃ便利だよ、生活魔法。ずるい。俺なんかキャンプのとき石拾い集めて積んで時間かけてかまど作ってたのに。しかも不安定で飯盒を火にかけてる途中で崩れたこともあった……あれは悲しかった。今はキャンプグッズも増えて、ロケットストーブとかも持ってるから少し楽になったけどね、と自分の下ろしたザックを見る。
 そこで俺ははたと気が付いた。ルイのバッグ、あれは俺らの言うマジックバッグだ。思い返せば解体したムシャーフがあそこに入ってることがおかしいんだよな。大きさ的にも、えーっと、ナマモノ的にも? 俺なら生肉をそのまま普通のバッグに入れたくはないって思う。

「イクミ、焚付を集めてくる。魔物を防ぐ結界石を四角に置いていくから、その中から出るなよ?」
「ありがとう。……結界石ってやつの中でしちゃいけないことはある?」
「いや、特には」
「わかった」

 俺が深く頷いたのを見て、ルイはまた森の中に入っていく。俺の買った薪はムシャーフに襲われたところに捨ててきてしまったんだよね。だってルイが木は捨ててけって言うから。まあ手が塞がるのは危ないししょうがない。確かに道は悪かった。アップダウンもあったし、草木や蔦とかで足元も見にくかったし。マジックバッグなら入れてくれても良かったじゃないかと今になれば思うけど……。

 それはそうと、気が張ってたから気が付かなかったけど、かなり疲れてる。座りたい……いや、横になりたい……。テント張ったら驚かれるよなぁと思いつつも、横になりたかった俺は設置することにした。ソロテントだから大きくないし、崖に寄せれば邪魔にもならないだろう。テントのループにポールを通してサクサクと組み立てていく。飛んだり動かないように地面にペグを打って固定、テントの中に敷くエアマットを膨らませているとルイが俺を凝視しながら戻ってきた。うん、思った通りの反応だ……。

「イクミ、それは……?」
「テント。1人用の野外宿泊設備っていうか。ほら、俺の世界って魔物とかいなくて安全じゃん? 自然の中で寝泊まりして楽しむっていう趣味があって……」

 ルイは俺の説明を聞きながらテントを触っている。化学繊維とか珍しいんだろうな。膨らませ終わったエアマットをテントに敷いて寝袋も放り込む。ザックからいろいろ取り出す俺を見てルイが言う。

「ずいぶんいろいろなものが入っているんだな。重くもなさそうに担いで歩いていたが……」
「まあ、俺、登山とかもしてたし荷物背負って歩くのはそこまで苦じゃないんだ」

 物珍しそうに俺のキャンプグッズを見ていたルイはかまどに取ってきた木を手際よく組んだ。生木も混じってそうだけど大丈夫かなって見てたら、ルイの手からブワッと火が出て木がしばらくパチパチと音を立てたあと燃えだした。

(ああ、はい。これも魔法ね……。高火力で生木も乾燥させちゃうってか?)

 俺はまだ魔法のある生活ってのが全然わからないなって思った。きっとルイも俺に対してそう思っているんだろうけど。
 ルイを俺の折りたたみチェアに座らせて、俺はテントに横になる。不思議そうに椅子に座っているルイがなんか可笑しい。

「そういえばさ、ルイ。食事はどうしてるの?」
「干し肉と芋の粉があるからそれで適当に。さっきのムシャーフはこれから干して余計な魔力を抜くからまだ食べられないな」
「ええっ!? あれ食べるのっ?」
「貴重な食材だぞ。魔物はちゃんと下処理すればかなり美味い」

 俺はちょっと引きつった笑いを浮かべて「そうなんだ」と呟いて、――そのうち俺も魔物を食べなきゃならなくなりそうだ、なんて考えてた。
 『肉』になっちゃってたらそこまでなんとも思わないかもだけど、襲ってきた姿を見てるとなんとも言えない気分になるな。テレビで見た『豚を小学生が育てて、その肉を給食で食べる』ってやつとちょっと似てる? ……違うか。

「あ、じゃあさ! 俺の持ってるの食べていいかな? もともと2泊のイベントのつもりで持ってきたものがあるんだ」
「いいのか?」
「すぐ腐るようなものは持ってきてないけど、荷物減らしたいってのもあるかな。だから気にしなくていいよ」
「そうか。じゃあ任せよう。イクミの世界の食べ物ってのもちょっと興味あるしな」

 とは言うものの、俺の持ってる食材って1人分✕5食分なんだよな……。ルイは身体も大きいし足りなさそうだけど、そうだったら自分で追加して食べてもらえばいいか。
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