霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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キャンプのはずだったのに……

3.異世界? 神隠し?

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 言葉がわかって少し冷静になったので、男の顔をよく見てみれば、日に焼けているのか地黒なのかわからないけどやや褐色の肌に深い赤色の髪と似たような色の瞳をしている。彫りが深くて鼻が高い……うん、イケメンに分類されるだろう。というか、瞳が赤い人間なんてアルビノ以外に地球上にいるんだろうか? それにしても色が鮮やか過ぎはしないか。呆けたように男の顔を見つめていると、少し居心地悪そうに視線をずらして男は言った。

「そんなヒョロヒョロで戦えそうもなさそうなのに、どうしてこんなところまで来られたんだ? 大きな荷物を持っているが商人か? にしてはエハヴィルド共通語が話せないようだが……」

 ヒョロヒョロで悪かったなとちょっとムッとしてしまいつつ「えっと、キャンプで……」と話し始めたけど、気になったのは『なんちゃら共通語』。そんなの聞いたことがないし、世界の共通言語になりつつあるのは英語じゃないんだろうか?

「あの! その共通語ってなんですか? あと……さっきの熊は……し、死んだんですよね?」
「お前、どこから来たんだ……? 共通語を知らないとか。ここも結構辺境だけど、相当孤立した集落の単一民族か?」

 男は怪訝な顔で俺を見てくる。ここ日本だよね? 辺境って? そりゃキャンプ場は山の中だけど……って余計混乱する。俺は困り果てて答えられないでいた。男は更に続けて言った。

「それにアレは熊じゃない。ま、元は熊だったんだろうが、完全に魔化してるし既に『魔物』だな」

 男はアレはこの辺りによく出る魔物だろ、何言っているんだとでも言いたげな呆れた目で俺を見てくる。「は? 魔物って……」と、俺も変な表情になる。
 そして言われてよくよく見れば、熊のようにみえた動物は目が3つあり、口に収まらない大きな牙と鋭すぎる爪を持っていた。

「な、に……これ……」

 と絶句する俺。
 男は、とりあえず何か事情がありそうだが、こんなとこで話しているとまた魔物が出るからそこそこ安全なところまで連れて行ってやると提案してきた。俺はあんなのがまた出たらたまらんと混乱の続く頭のまま着いていくことにした。どんな人なのかはわからないけど助けてくれたのは確かだし、悪い人ではないだろうと思った。

 さっきお茶を飲むために出してしまった荷物をまとめていると抜けた腰も治ってきたようだった……まあ、頭は混乱したままだったけど。俺が荷物をまとめている間、男は熊の魔物を解体していた。グロそうだと思って見ないようにしていたんだけど、チラッと横目で伺うと思ったほど血も出てなくてびっくりした。聞くと、水魔法の応用なんだそうだ……。

(魔法……な、何を言ってるのかわからないし、何を聞かされてるのかもわからなかった……頭がどうにかなりそうだ……)

 じゃなくて! 魔物に魔法に剣、そして赤い髪と瞳の男、通じない言葉。これが意味するところは……昨今よく見る『異世界』ってやつじゃないのか。

 男があの魔物を片付け終わると、こっちだと歩き出したので俺も悶々と考えながら着いていく。多分、俺に合わせてゆっくり歩いてくれているし、歩きやすそうなところを選んでくれているんだろう。衝撃から立ち直りつつある俺は状況分析を始める。

 異世界だとすると、どういうことなんだろうか。俺は死んだ覚えはないんだけど。チート能力をプレゼントしてくれる神様は出てこなかったし。つまり、転生ってやつじゃなくて転移とか神隠しみたいなほうだろうか。
 あっちじゃ俺が消えたことになってるって可能性がかなり高い……ちょっと勘弁してほしい。コツコツ勉強するのが苦手な俺が必死で受験頑張ってなんとか大学に入って、独り暮らしも始めたところだったのに。

 いや、どうするよ、これ。どうしたら戻れるんだろう。ネットでよく見る異世界行って帰ってきた経験談は異世界の誰かが助けてくれたりするじゃん? 『異空間のオッサン』とか『ケラケラ男』とかさ。ま、アレは創作かもだし……そう都合良くはいかないかぁ。
 急に黙りこくってしまった俺に気がついた男が話しかけてくる。

「顔色が良くない。気分悪いか? 大丈夫か?」
「あ、はい。体調は……その、平気です。すいま……せん……」

 そう、俺の顔色が悪いのはどっちかというと精神的ダメージだ。つい謝ってしまったけど、それをどう捉えたのか男は気遣わしげに言う。

「そういえば名乗ってなかったな。俺はルイ。この先の村の出身だ。これから村に帰るところなんだ」
「……ルイ、さん……」
「さんなんていらねーよ。ルイでいい」
「俺は和瀬田 郁弥です。あ……えっと、イクミでいいです」

 ルイと名乗った男は「イクミ、ね。ワ……なんとかってのは姓? どこかのそれなりの身分だったり?」とニッと口の端を上げて笑った。
 それなりの身分って貴族とかそういうやつのことかな? 流石にそれは否定しておきたいと思った俺は自分のことと推測できるこの状況について説明することにした。

 自分はおそらく違う世界からここに迷い込んでしまったと思われること、自分の住んでた国では身分とかなくて誰もが姓を持ってること、あとは『魔法』なんてないし『魔物』もいないこと、だからもちろん戦ったことなんてないこと、どう説明したら信じてもらえるのかわからないけどポツポツと震える声で話しながらルイの後ろを着いていった。

 道中、普通の動物の他に、角の生えた変な鳥みたいなのとかデカイ昆虫みたいなのとかが出てきてビビりまくったけど、俺が気付くよりも早くそんな魔物をバッサバッサと余裕で切り捨ててくルイ。
 でも、どうやら俺の話をちゃんと聞いてくれてるようだった。なんで周囲を警戒して魔物を倒しながら俺の話を聞けるのか……謎だ。まあ、警戒しながら歩いてるルイに話す俺も俺なんだけど、なんていうのかな……不安に押しつぶされそうで喋ってないと怖かったんだ。

「なるほどな。それで、か……」

 何が『それで』なのかわからなくて首を傾げると、ルイは自分の額の黒い石の付いたアクセサリーをトントンと指して言った。

「これ。イクミに付けても作動しなかっただろ? これは魔導具なんだよ」
「魔導具……。そういえば、それをルイが付けたら言葉がわかるようになりましたね……」
「魔法がない世界ってさっき言ってただろ? つまり、イクミには魔力がないってことだ。そりゃ、魔導具が使えるはずがない」

 さらっとなんでもないことのように言うルイに俺はかなり驚いた。
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