霧の向こう ~ 水の低きに就くが如し ~

隅枝 輝羽

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キャンプのはずだったのに……

1.ソロキャンプイベント

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 抜けるような青空の中、黒い影が音も立てずに下降していき、小動物を捕獲しようとしている。
 俺は、それを足場のない空中で眺めていた。

(ああ、これは夢か)

 そう思った瞬間、俺の意識がその影に吸い込まれて、視点が『鳥』になる。
 あと少しで獲物を掴めそうだったのに、脇から出てきたライバルにぶつかって取り逃がしてしまった。

(せっかく久しぶりに霧が晴れて獲物を発見できたのに!)

 思考も鳥になっているようだ。
 俺は、悔しいしお腹は空いてるしで少しイライラしつつそのまま羽ばたき、民家の屋根に留まる。屋根の上で片方の翼を広げて羽繕いをしていると、小学生くらいだろうと思われる少年がひとり、民家の裏手の広場になっているところで的に向けて弓矢を何度も放っているのが見える。
 羽繕いをやめて、興味深くその様子をじっと見ていると、ふと少年が振り向いた。

(目が、合った?)

 と、思った瞬間、俺の胸を少年の放った矢が貫いて……




 ゴツンッ!

「いってぇ~!」
「おいおい、大丈夫か。ぶふっ……よくもまあ先輩様に運転させて寝ていられるよな」
「いや……それは、その、すんません」

 俺は思いっきり車の窓に打ち付けた頭をさすりながら言った。他の先輩もニヤニヤと俺を見ているし恥ずかしい。
 砂利道というには揺れすぎる悪路を先輩の4WDが進んでいく。
 高速道路を降りるまではなんとか眠気に勝っていたのに、いつの間にかウトウトして夢を見ていたのか。

(……あ、あれ? どんな夢を見ていたんだっけ? うーん、まあ、いいか)

 こりゃもう思い出せないなと思って夢のことを考えるのをやめた。
 まだ先輩たちは俺のことをからかってくるが、寝ちゃったのは事実なので大人しくいじられておく。顔に落書きされたりしてないだけマシってもんだろ。



◇◇◇



 それから15分ほどで目的地に到着した。

「はーい、じゃあ、まず1年のみんな集合ー! 点呼取るぞ!」

 車に乗せてくれた先輩とは別の先輩のでかい声が駐車場に響く。俺も自分のザックを車から下ろしてもらい、「すんません、呼ばれてるんで先行かせてもらいますね」と声をかけ、点呼を取っているサークル代表の沢木先輩のいる方へ近寄っていく。
 今日から3日間、キャンプサークルの合宿みたいなイベントなんだ。

 ちょっと変わったイベントで、メインはソロキャンプ。このキャンプサイト内で各々ソロキャンプを行う。でも、サークルイベントらしく、決まった時間にサークルイベントも設定してあって、夜は中央の広場でキャンプファイヤーがあったり日中のバーベキュー大会があったり、ちゃんと『これぞアウトドア!』みたいなのもある。
 キャンプグッズ何も持ってないよって人はサークルの先輩の用意した大きなテントで数人一緒に泊まることも可能ってことで、サークルに入ったばかりの人も参加してる。ソロキャンプと言ってもこうやって集団で来ているし、SNSでのやり取りもできるし、いざとなれば集まったり先輩に聞きに行けたりするのでキャンプ初心者にはこのサークルはありがたいと思う。

 俺は、小学生の頃から家族で夏はキャンプに行っていたから慣れてるし、興味持ったことには形から入るほうなんでキャンプグッズはバイト代はたいて買っちゃった。昔と違って今は軽くてコンパクトで高性能なキャンプグッズが沢山あって、しかもデザインもおしゃれだし普段遣いもできるんだよな。メスティンとかシェラカップなんか独り暮らしの台所でも普通に使っちゃう。
 性格上、物を揃えただけで満足しちゃうこともあるっちゃあるんだけど、ソロキャンプは意外と俺に向いてたみたいで、バイクでツーリングしつつのソロキャン1泊で帰ってくる……みたいなことして楽しんでるって感じ。

「じゃあ、サークルの全体予定は事前に渡した予定表の通りでいくぞー。あと、これからここの敷地の地図を渡すけど、こっちで印つけといたからまずそれを確認な!」

(おっとっと……先輩の話を聞き逃したらやばい)

 沢木先輩はこのキャンプサークルの代表をしているだけあって、キャンプだけじゃなくてアウトドア全般に詳しい。リア充感あふれるとこは……まあ自分とは正反対だけど、面倒見も良くて尊敬する先輩だ。順番に手渡しされた地図にはキャンプサイトの全体図が載っていて、蛍光ペンで何箇所か囲ってある。

「一応、申込時に必須でインストールしてもらった位置アプリで各自の場所は把握できるけど、地図の印の範囲からは出ないこと! GPSはオフしないこと! 一般のキャンパーに迷惑をかけないこと!」
「上級生の巡回もあるからなー! 羽目外すなよー!」

 沢木先輩が注意事項を説明しつつも、横から他の先輩も笑いながら茶化してくる。

(キャンプが流行りだしてから女子も増えたそうだけど、こんなとこで羽目外すやつなんているのか? いや……普通はそういうもんなのか? 俺がビビリ陰キャだからそういう行動が理解できないだけなのか? つーか、キャンプを楽しめよ……)

 と、年齢=彼女いない歴の俺は思う。
 まあ、その女子達は大型テントで4人一緒に泊まるらしいから、俺にはなぁ~んにも関係なさそうだ。

(くっ……これでも大学生になったら彼女作ろうと思ってたのに……)

 大学生になって地元を離れたこともあり、恥ずかしながら髪を茶髪にしてパーマかけたり、メンズファッション誌を参考にして服装を整えたり、いわゆる大学デビュー組だ。努力はしたんだ……でも、話しかけようとしても緊張しすぎて赤面しちゃうし、それが恥ずかしくて余計に挙動不審になっちゃって、入学して早々に無口キャラが定着してしまった。返せ、俺のデビュー……。

「それから――」

 沢木先輩の説明は続く。俺は必要そうなことはもらった地図の裏にメモりながら、なんとなくぼーっと説明を聞いていた。

「じゃあ、何度も言うが、分からないこと、困ったことがあったら遠慮せずにグループRIINEにメッセージするとか近くにテント張ってるやつに聞くこと! 怪我とか火の取り扱いも注意な! どうしても不安なやつは上級生の近くで張ってもいいぞ。じゃあ各自出発ー!」
「あ、薪買う人はこっち! 管理事務所行くぞ~」

 沢木先輩の号令を聞いて、みんなザワザワと動き出す。
 俺は薪を1束だけ買いたいと管理事務所に行く。キャンプしまくりの先輩なんかは箱で買って車に積んできてるけど、さすがに下さいとは言えない。割高にはなってしまうけど現地調達できるならそのほうが荷物的には楽だから、買えるってわかってるところに行くとつい買ってしまうんだよな。
 薪を買った後は……というと、俺は地図とにらめっこしていた。

(うーん、テントはどこに張ろうか。本当は水を運ぶの重いから水場の近くがいいんだよな。でも水道の近くじゃ人の行き来が激しくて落ち着かないかもしれないしな。だからといってせっかくのサークルイベントなのに完全にソロになるようなとこにするってのも……)

 地図によると小さな小川もあるようだ。ただ、きっとそっちも人気だろうなぁなんて考えつつ、水場を通って空のペットボトルに水を汲んで別方向へ進むことにした。
それにしても、駐車場でも思ったが、今日はモヤってるな。変な天気だ。

「なんだよ、急に霧濃くなったじゃん……」

 しっとりとした空気が体にまとわりつく。買った薪はいいとして、着火のための小枝は拾い集めようと思っていたのに大丈夫だろうかと不安になる。

(湿気ってダメそうなら薪を削って着火用の材料も作らないとな……めんどくさっ……)

 なんて考え事をしながら足元ばかり見て歩いていると、一瞬グニャっと視界が歪んだようになって、なんとも言えない浮遊感を感じた。
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