言の葉縛り

紀乃鈴

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第二章

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遥。これから他に事件がなかったかを調べるわけだが、その前に一つ決めておくことがある。
「ん? なにー?」
犯人を刑務所に送りたい気持ちはぼくも同じだが、ぼくらはまだ小学生だということを忘れちゃいけない。直接捕まえようなんてことは確実に無理だ。
「うん、そんなの当然じゃん。こんなか弱い私に捕まえられるわけないよー」
か弱いかどうかはともかくとして――
「む!!」

 あまりのオーラにまごついてしまう。

あぁ、いや、そうだ! 遥はか弱い! だからあくまでも、情報を集めたら、おじさんに言って警察に伝えてもらうようにすること。それでいいね?
「もちろん! りょうかい!」
きっとおじさんに怒られるよ。それも覚悟はできているな?
「できてるよ……たぶん!」
ちょっと不安だけど、まあいいか……。よし、行こう!

 ぼくたちは図書館の自動ドアを通って中に入った。ここに来る度に思うが、お洒落な図書館だ。入ったすぐ前方には二階、三階と真っ直ぐ続くエスカレーターがあり、その周囲は吹き抜けになっている。今回の目的である図書館へ行くには、このエスカレーターで三階まで上がることになる。左を見ると、街中でよく見かける某カフェが併設されている。エスカレーターとカフェの間には広い通路があって、その先には大きな会議室がある。二階には学校の教室くらいの部屋が何個か見える。主に勉強部屋として使われているようだ。

「ほら、あっくん、何してるのー! はやくー!」

 あまりの大きさに見とれて、ぼーっとしていたようだ。見ると、遥は既にエスカレーターに乗っている。同じように乗って、遥に追いつく。二階でエスカレーターを乗り換えて――といっても直進するだけだが――三階へと向かう。駅の改札のようなものを通ると、目の前に大きな受付が現れた。受付の人にパソコンを借りる旨を伝えて、案内してもらう。

 なんだろう? さっきからずっと。チラチラとこちらを見る視線。遥を見る。目が合った――すぐにそらされた。一体なんなんだ? エスカレーターに乗ったくらいから、なんだか遥の様子がおかしい。うーん。

 背もたれのない長椅子に腰掛けて、パソコンの電源を入れる。隣に遥が座った。なんだかいつもより距離が近いような気がする……。不自然にソワソワしてるし。

「………………」

 いつもは明るくうるさいのに、なんでこんな時は静かなんだよ。ここが図書館だからということを差し置いても、こんなに静かなのは珍しい。

なんかさ、さっきから変だぞ。

 肩を突いて、思い切って遥に聞いた。

「変って!」
だって、変じゃないか。ソワソワしたり、ぼくをチラチラ見たりさ。なにか気になることがあるなら言えよな。
「むー……」

 遥が急に真っ赤になった。

「じゃあ言うけどさ。さっきの言葉なんだけど」
さっきの言葉?
「だからー! 前に進む私が好きとか、危険から守るとか……」

 もじもじしながら、遥の声が徐々に小さくなっていく。

 しまったああぁぁ! 遥の本音を聞くためとはいえ、感情が昂ってつい言わなくてもいいことを言ってしまったー! 恥ずかしい! 顔から火が出そうだ。どうするどうする? 

「……実際のところ、あっくんは私のこと、どう思ってるの?」

 上目遣い。真剣な瞳をうるわせながら見つめてくる。やばい。滅茶苦茶可愛い。

 どう思っているか、だって? もちろん決まっているさ。好きだよ。初めて会った時からずっと。悪戯好きな遥。怒ると顔をまんまるに膨らませる遥。運動神経が絶望的で、それを気にしている遥。目が合うといつも笑顔で返してくれる遥。他人のことを自分のように想い行動する遥。おっちょこちょいなところもあるけど、それも含めて全てが好きだ。この気持ちはこれからもずっと変わることはないだろう。

 あぁ、どうしようもなくこの気持ちを伝えたい。このタイミングなら決して不自然ではないだろう。もし遥が受け入れてくれたら、嬉しさの余り心臓が破裂してしまうかもしれない。

 ――でも。

 この感情を伝えたら、遥はどう思うのだろうか。嬉しいと思ってくれるだろうか。それとも……。怖い。もしこの想いが受け入れてもらえなかったら? 今までの楽しい関係が壊れてしまう。きっと今後遥と会うのが気まずくなるだろう。話す機会も会う機会も減って、最後には存在を忘れられてしまう。そんなのは耐えられない。嫌だ。

 それに、ぼくはまだ過去から逃げ続けている。未来を見て進んでいく遥の隣に並ぶには、今のぼくには相応しくなんて、ない。

 口を開こうしたとき、同時に遥が笑い出す。

「なっははははは! 冗談だよ、ジョーダン! あっくん、真に受けちゃってさー! そんなんじゃ簡単に騙されちゃうぞー!」

 なんだそれ……。

ぼくが今どれだけ悩んだと思って——
「ほんと、――――――だから」

 声が小さすぎて聞こえなかった。

なんだって?
「なんでもない! あ、ほら! パソコンがついたよ! さぁ調べよ調べよー!」

 やっぱり様子がおかしい。普段はこんな冗談は言わないのに。無理に本音を引き出してしまったからだろうか。もしそうなら悪いことをしてしまったな。今後気を付けよう。

 遥が慣れない手つきで検索する。一件目。S市の主要道路から外れた路地。二件目。Y市の公園。三件目。K町の河川敷。誘拐する場所に統一性はないが、記憶を無くすという点は共通している。やっぱり他の街でもあの男は犯行におよんでいるみたいだ。

 四件目。五件目。………………八件目。これに沙紀の事件を含めると九件か。こんなにもあるのか。

「まさか、全員あの男に……」
いや、それはどうかはまだ分からないよ。どの記事を読んでも、遅く帰ってきて記憶を無くしてた、って書いてあるだけだし。
「何もされてないと良いけどなぁ」

 それも気にはなるが、全員記憶を無くしていたという方がむしろひっかかる。沙紀だけならまだしも、同じような事件の被害者全てが同じように記憶を無くしているなんて、不自然を通り越してもはや気持ち悪い。おじさんに「考えすぎだ。記憶を消すなんてできるはずがない」と言われたけれど、これだけ似通った事件がある以上、在り得えないと否定して自分を無理やり納得させることはできない。おじさんには悪いけど、方法はわからないが犯人は記憶を消すことができる、と仮定して考えた方がいいだろうな。

 続けてもう少し考えてみると、もしかしたら犯人は記憶を消す以外のこともできるかもしれない。例えば操作をするとか。沙紀が誘拐される時に見せた反応が、記憶を消された人のそれだとは考えにくい。少し不自然だ。記憶を消されたとしても、大人しく犯人についていくとは限らないからな。だが記憶を操作して、沙紀と犯人が知り合いだと誤認させたのだとすれば納得がいく。そうだ。犯人は記憶の操作もできるんだ。っておいおい。何らかの方法で記憶を消したり操作したりできるなんて、危険すぎるぞ。仮定の話ではあるが、この複数の事件のことと記憶を操作することができる可能性があるということも、改めておじさんに伝えておく方が良さそうだな。

「でもさ、もし手を出さないとしたら何のために誘拐するのかな?」
確かにな。遥の言う通り、暴行を加えないなら誘拐する意味なんてないよな。ということはやっぱり暴行しているのか。
「でも暴行していたら関連事件とみて警察も動いてそうだけどなー。うーん。そうだ、記事の日付はいつになってるんだろ」

 複数開いたままのページを順番に見ていく。

一番最初の記事が、平成二十九年五月になってるな。最新は令和元年九月。大体平均して四ヶ月に一度くらいの頻度で事件が起きている。
「その頻度だと警察が気付く可能性は低いのかなー。その子たちに怪我とかもなくて、記憶喪失だけならなおさら。んー」

 遥は眉間に寄ったしわを自分で擦りながら唸る。やがて静かになったあと、

「じゃあさ。こういうのはどう? 『暴行する気は全くなかった』」
どういうことだ?
「そのまんまの意味だよ。暴行する気はなかった。けど回数を重ねるうちに、やることがエスカレートしていった。その結果、沙紀ちゃんを誘拐した時に、一線を超えちゃった」
なるほど。それならつじつまが合うな。けどそれだと一つ疑問がある。
「なになにー?」
一番新しい事件が今年の九月。沙紀が誘拐されたのは今月。今まで期間を空けて慎重に誘拐していたのに、なんで沙紀の時はわずか二ヶ月なんだ?
「そんなのは知らないよー。なんかたぎっちゃったんじゃないの? 私よりあっくんの方がわかるんじゃない」

 遥は意地悪な表情で、下から覗き込んでくる。何を言ってるんだ、こいつは……。

ぼくにわかるわけないだろ。犯人の気持ちなんて。
「ふふ、そうかもしれないね――あーあ! でもやだねー。近くでこんな事件があるなんて。K町の事件なんて、たぶんおばあちゃんちの近くだよ」

 ……ん? ちょっと待て。今何か頭に引っかかったような。なんだ。重要な何かがある気がしてならない。遥の両肩を掴む。

「な、なんだよう?」
遥! 今言った言葉、もう一度言ってくれ!
「な、なんだよう?」
いや違うそれじゃない!
「えー。んっと、『K町の事件、たぶんおばあちゃんちの近くだよ』」
その前!
「もー、注文多いなぁ。『やだね。近くでこんな事件があるなんて』」

 それだ! なぜ気付かなかったんだ! 沙紀以外の事件はこの町の近くで起きているものばかりじゃないか!

遥! パソコンで地図を出せるか?
「たぶん出せるよー。あっくん、さっきからどうしたの?」
重要なことに気付いたんだ! 地図が出たら、事件があった箇所にマークを付けてみてくれ!

 遥は悩みながら地図を表示し、もたつきながらもマークをつけていく。その表情が次第に驚きに変わる。

「なに、これ……」
ああ、そうさ。これまでの事件は全て、隣町で起きている。しかもK町、Y市、S市、A町それぞれに二件ずつ。
「私たちの町では沙紀ちゃんの事件で一件……ってことは、また次もある可能性がありそう?」
いや、地図から分かるのはそこじゃないんだ。もう少し深く考えてみてくれ。

 遥は真剣な眼差しでパソコンの画面を見つめる。

「事件は今まで隣町で起きてた……でも直近の事件からたった二ヶ月で、沙紀ちゃんが襲われた……犯行期間が短いのは、犯人に何かしら急ぐ理由があったから? もしそうだとして逆に考えると、急ぐ理由がなかったらこの町では犯行におよばなかったかもしれない。 ……なんでこの町では誘拐しないの? 犯人が今まであえて隣町で誘拐していたのは、この町が目立つことを恐れたから? 犯人はこの町では事件を起こしたくなかった? なんで……?」

 遥はじっと考え、そして目を見開いた。

「あっくん……これって、もしかして」

 頷く。

そう。犯人はこの町にいる。
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