言ノ葉怪盗部～八駒宙の喪失譚～

認めなければ知らないふりが出来たのに

十八

雨がついに降り出してしまう。景色を閉じ込めた粒が窓を流れ、数多の世界を作り出す。
「離婚は俺にとって不幸だった。妻も、不倫相手も逃げていくんだ。おまけに慰謝料ときた」
そんなのは自業自得だ。
激しさを増す雨と共に俺の胸の内で怒りが芽生える。
「だけど、お前の仕業だったんだなあ？　宙！」
父はもう一度テーブルを叩くと、横にあったテレビのリモコンを投げつけてきた。顎に直撃し、痛むのを我慢して父を睨みつけた。
「黒銀、聞こえてるんだろ？　もうこいつは俺の息子じゃない、同情もしない、お前の好きにしていいよ。お前にこいつの身体をくれてやる。元々こいつは」
そのために生まれてきたんだから――。
その言葉が聞こえた直後、俺の中で感覚が断絶された。この場にいるのにいない、どこか遠い場所に飛ばされたような浮遊感。そんな中、響くのは父と母の言葉。
俺は家を飛び出した。飛び出した直後、義母とすれ違い、ぶつかってしまうが構っていられなかった。
死にたい死にたい死にたい。
母はこんな気持ちだったのだろうか。自分の私欲のために、父は母を使った。俺に全てを背負わせた。そこに愛なんかない。分かっていたことなのに、事実にされると悲しくてたまらなかった。
激しい雨が身体を冷たくする。込み上げてくる熱いものが頬を流れ、対象的に感覚を戻そうとしてくる。生きている、俺はまだ生きている。その事実が恐ろしくて、ただ走り続けた。
辿り着いたのは、いつか見つけた山の入り口。いつもは登山家たちが通る入り口を通っていただけに、久々に見た暗闇はより濃く口を開け、不気味ながらも静謐に満ちて、穏やかな色と今の心によく似た色に惹かれ、その入り口にまんまと入っていった。
前と同様、足場が不安定なのに何が何でも進んだ。その先にあるものを俺はもうこのときに知っていたように思う。ずっと俺を占めていたもの。
死にたい。
途中、さとりに会った。雨風は台風の如き激しく荒れていたため、さとりを安全な場所に連れていき、無垢な瞳を見つめてみた。不思議と言葉が聞こえてきそうなのは今の俺が弱っているからだろう。さよなら、そう呟くと、頂上を目指す。