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認めなければ知らないふりが出来たのに
六
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帝音は、どこか心配した表情を浮かべていた。それが嘘だったのか、本心からなのか、今もわからないが、帝音の心配した顔が自分のように見え、寝室にこそこそ歩み寄って耳を傾けた。
「好きだよ。愛してる」
扉の奥からはっきり聞こえてきた声。その声は、義母に愛を叫ぶときとは違った優しさに満ちていた。俺にだって向けたことのないほどの……。
心臓が嘘みたいに一拍跳ねたのを今でも覚えている。重力に従って急速に血液が下へ流れていくのを感じた。その場から動けなかった。腹を抱え、この中に父の作ったものが全部入っているのかと思うと、彼が次々と吐き出す愛の言葉と同時に、吐き気が催された。
それを止めてくれたのは帝音だった。
帝音は俺の顔を覗き込み、触れることが出来ないのに、手を引っ張ろうとしてくれた。
「愛なんて、嘘だ」
帝音が苦しそうに吐き出した。
「嘘だ嘘だ嘘だ。あいつは自分が一番大好きなんだ。人は自分以上に他人を愛せないんだ」
まるで自分のことみたいに悲痛な表情を浮かべる。
「なあ、そうだろ、宙。お前の父も母も自分を愛してくれる人なら誰でもいいんだ」
何度も何度も手を引こうとしてくれ、その必死さにようやく全身の力が戻ってくる。
俺は小さく頷いた。母の後ろ姿が浮かぶが、それは最後に見られなかった後ろ姿だった。
父が寝室から出た頃には、何事もなかったかのように食器を片付けた。
けれどその翌日に、義母に言いつけてやった。夜になるとまた前みたいに大喧嘩が始まった。部屋の隅で聞きながら、心地がいい、と思った。悲痛な叫び声、罵倒、汚い本音。嘘の愛を聞いているよりはずっと心地が良かった。
そうして間もなく離婚が成立した。
義母は父を以前から疑っていた様子で、探偵を雇い、調査したところ不倫相手を突き詰めたようだった。だから俺が言っても言わなくても、あの二人は離婚をしていたのだろうが、義母が家から出ていく身支度をしているとき、彼女のものが無くなっていくのを見ていると安心を覚えた。姉みたいな母は俺に何も言わずに去っていった。
「好きだよ。愛してる」
扉の奥からはっきり聞こえてきた声。その声は、義母に愛を叫ぶときとは違った優しさに満ちていた。俺にだって向けたことのないほどの……。
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それを止めてくれたのは帝音だった。
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「愛なんて、嘘だ」
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「嘘だ嘘だ嘘だ。あいつは自分が一番大好きなんだ。人は自分以上に他人を愛せないんだ」
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「なあ、そうだろ、宙。お前の父も母も自分を愛してくれる人なら誰でもいいんだ」
何度も何度も手を引こうとしてくれ、その必死さにようやく全身の力が戻ってくる。
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