言ノ葉怪盗部～八駒宙の喪失譚～

忘れないで

二十五

キャラクターではなく、初めて人間を感じた。何が、とか、どこが、とか説明は出来ない。強いて言えば飾っていなかったからだ。
笑九がチャット部屋に入ると、白うさぎ、という当時の宙のハンドルネームがチャット内に現れる。笑九は、有川、から取った、アリス、というハンドルネームにしていた。
白うさぎが先に話してくれた。
――悪いな、ここの方が都合いいと思ったからさ。
――都合？　告白かあ？
――君、女だろ。
自室にいた笑九は誰も見ていないのに、きょろきょろと辺りを見回した。
そっと文字を見ると、その言葉は、笑九自身に向けられたもの。何故か焦りを覚え、慌てて文字を打つ。
――なんで？ 
――言葉の節々から伝わってくるんだ。まあ、所詮ネットだから偽ってもいいと思うけどね、そうかなって思った。
――みんなに言うの？
――言わないよ。けど、そんなに素直に認めるんだね。
――うん。ほんの出来心だったの。だけどね、キャラを作って話してると、私自身がそのキャラになっちゃいそうで……。
――そうだね。アリスは素直だから。でも、もう俺の前では自然でいられるじゃん。
――本当だ……。ありがとう！
――いいよ、所詮ネットなんだから疲れないようにやろう。
不意に、目頭が熱くなる。所詮ネット。所詮ネット、なんだ。
笑九は当時、学校で孤立していた。受験生ということもあって、学年全体がピリピリし始めていた、ちょうど夏休み前……。
笑九の笑顔は人々には脳天気に見え、八つ当たりされたり、無視されたり、虫の居所が悪いと的にされるような存在だったのだ。
そんなとき見つけたのがこのチャット部屋だった。気楽に話せて、それぞれキャラクターがいる中で、自分もキャラクターを演じるようになる。ここを居場所にするために。
でも、そこまでしなくてよかったらしい。所詮ネットだから……。
心の奥底から熱いものが込み上げる。目に涙を溜めて、文字を打った。
――そうだね。疲れちゃってたみたい。
――まあ、俺で良ければ話くらい聞くよ。お互い気楽にな。
笑九はそれから、自分の思いを白うさぎにぶつけた。学校でのこと、ネット上で作りあげたキャラクターのこと。胸の内の弱い自身。