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朝焼けメダリオン

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**―――――
 朝焼けが世界を染めている。
 私たちは屋上へ上がった。体調はいまいち優れない。微熱が少し残っている。眠れたのか良く解らない。今もぽやんとした顔の私だったが、あいつがせつに頼んだので、しぶしぶと頷いた。

「んー、ねむい、つらい」
「悪いなぁ。ちょっとお願いや」
「うーん、昨日のお礼もあるからさ、付き合うよ」

 ただ、何もこんな時間にとか、ちょっと前に夜出歩いて怒られたじゃんとか、額の傷の事もあるしーとか、膝と肩で怒られたトラウマも治ってないのにぃとか、ネガティブなあれこれを思いだしながらパジャマ姿で、ストラップの無いガラケーを持ったまま手を引かれている。

 ただし、今日がお別れであることを、私は知っていた。あいつは昼には退院してしまうらしい。

「あーもうもう! な気分」
「なんやその気分?」

 もやもやする胸の内をぶちぶちこぼす私。前をおそらくはにこにこしながら進むあいつ。それが腹立たしい。
 屋上に付くと、また手を引かれて、前に私が落ちた場所近くまで来た。あまりおもしろくない記憶が蘇るが、私は伝えるつもりはない。ただ、言葉に棘を生やしていた。

「ねえ、なんなの?」
「あんな、これ」

 私に何かを押し付ける。そう。銅のメダリオンであった。メダリオンの中心にはお日様をモチーフにしたデザインがあって、朝焼けをはじき、鈍く輝いている。

「え......これって?」
「あげるわ、餞別せんべつや!」

 風が吹いて、身体を冷やした。熱が少し上がったような気がした。頭がふわふわしているが、これを貰う訳にいかないなぁと、ぽんやり思った。

「これは、もらえないよ?」
「え、なんでや?」
「これ、手作りのおまもりでしょ?」
「......ああ、聞いてたんやな? そう、おとん自慢の作や!!」
「これってさ、本人の為にあるんでしょ? 私が貰っても効果ないよ?」

 無理をして平静を保ってみたのだが、私は表情が変わっている。

「そ、そんなこと、ないやろ」
「そんなことあるよ! あの野太い手でさ、手間ひまかけて、頑張って二人のために作ってくれたんじゃない! もらう訳にいかないって!!」

 押し返すようにあいつに握らせた私に、あいつが少し慌てて言った。

「いやいや、正直自分、あぶなっかしいんや。持っときや。おとんの力はすごいんや! すごい効果有るんよ!!」
「むぅ......」

 あぶなっかしいのは認める。ただ、私はそういう問題じゃないと言っているのだ。

「入院しとんのにさ、あんだけ怪我した人おらんで? これくらい気合の入ったもんもっとかんと、困るわ」
「うーむ」

 実際、本人の目の前でケガをしているので、否定しにくいのが悔しい。
 ただ、手作りであるという事がとても重要である。これをびやだるさんがどんな気持ちで贈ったかくらい、どなたでも想像できるだろう。
 とりあえず、貰わない方針で何というべきか考える。ちらっと、あやつの顔が浮かんだ。もし、そっちを持ちだしたら、なし崩しに受け取らなければならないかもしれない。
 うーん......そうだ、別の方向からいってみよう。

「そうだよ、ねえ、これ、何製? メダルなの?」
「ん? 銅細工やねん。自慢のメダリオンや!」

 自慢の物なら人にあげようとしないでほしい。しかし銅ときいて、私は息を吐く。

「ふむ......私、金のが良い」
「え?」
「だから、いらない」
「はあっ!?」

 握らされたメダルを押し返した。あいつはとても悲しい顔をしている。いや、普通こんな風に言われたら怒りとか沸き立ちませんかね? 私の予測では確かこんな感じ。

『銅がみっともない言うんか!?』
『いやいや、金の方が好きだって言ってるんだよ』
『ふざけんなや! もうええわ!』

 一応、頭で書いていたシナリオなのだが、実際は......。

「そか......」

 落ち込んで下を向いたあいつの反応に、ちょっと後悔し始めている。

「お、おお、おしかったね。金のメダルだったらダンスしながらもらってたけど銅だもん......」
「銅だから......か」
「そもそもさ、餞別せんべつって送る方の私があげるんだよ? 貰ってくれなきゃ」
「むう何を?」
「えっと......」

 ああしまった、起き抜けで引っ張られてきて用意していた餞別は持っていない。

「今持ってなかった。後であげるよ。というかさ、こんな貴重な物にお返しできる程のもの、私持ってないって」

 その言葉で、あいつは無理やり笑顔を作った。

「そんなんきにせんでええ!」
「気にするって! 私ばっかさ、借りを背負わしてるじゃん! これはダメなんだよ? 雪だるま式に増えちゃう!」
「なにいうとんねん?」
「だから、貰えないってこと!!」
「そか、じゃあさ、金取る! そのカタや、預かっといて!」

 金? 取る!? その言葉に少し眉が上がる。それに預かってと言われてもなぁ......私はあいつの顔を見た。

「預かるって、どういうこと......?」
「そうや! あんな、将来、絶対金メダルを取るんや!」
「金のメダル? 取る? 貰うってこと!?」
「そうや! てか、あんたあいつがな、すっごい喜んどったんや!」
「え!? あ、そう......なの!?」
「うん! なんか家宝もんの凄いの、くれたんやろ!?」
「......へ? そうなの?」
「おかんがな、それ見てびっくりしとったで! すぐに返してこいって! でも、あいつな、すっごい前向きになったんや!!」
「ほんとう?」

 私は、別れ際のあやつの様子が、怖さを押し隠しているのだと思っていた。でも、違ったらしい。もしかしたら、本気で治すと取り組んで、治してしまうのかもしれない。

「......でも、将来また返してもらう、つもりだもん」
「それや!」
「??」
はな、しっかり治すための誓いのために、お守りをわたしたんや!」
「へえ? あつが?」

 そして、さらに続く言葉が私の目を丸くする。

「僕も、おとんも、おかんも、当然あつ自身だって本気で治すつもりなんよ!」
「......そ、か」

 小さく呟いた私は、心の中であやつは治らないんじゃないかと思っていた。

「そか」

 だけど、びやだるさんも、はりがねさんも、あいつも、もしかしたらあやつ自身も治そうと本気で思っている。そう気づかされた。

「だからな......」
「そっか!」

 そして、私は笑う。

「よかった!」
「......」
「? どうしたの?」
「やっぱ、笑顔、ええなぁ」
「はあ?」
「なんでもあらへん」
「??」
「だから、負けるわけにはいかへんやろ!」
「んー? まあ、そうなのかな?」
「そうや! 僕はあいつに負けるわけにはいかん!! だったら、金を取るんや!」
「......」
「だからな、自分にあずかっててほしいねん。これ、決意の証や!」

 自分の言葉に勢い込んであいつが言う。その言葉、そう。『金』という言葉に私は少し興味が移った。

「金? ......てか、決意......なんの?」

 返そうとするメダリオンを、あいつは無理に握らせてくる。
 ここまで強くにぎらされると丸くなってるギザギザでも、そこまで強くされると痛いのだが、温かい手のあいつは気付いていないらしい。

「あんな、必ず金を取ってきて、交換する! その為にぼくは練習し続けるって、決意や!!」
「いやぁ、金取ってくるって、意味がさ、あんま良く解んないけど......」

 私は少し息を吐いたあとに、重要な事に気が付いた。

「あれ? というか、かくにんだけど、金を、そう金で、このおっきな感じなのを、貰ってきて、それをくれるっていうの!?」

 そうだ。金という言葉に私は大きく心が動いてしまう。私は山吹色のハンカチを貰った程、金には弱い。

「そうや。とにかくな、それまで、あずかってほしいねん。取り戻すために、めっちゃがんばるつもりや!」

 聞いてても良く解らない主張だった。だが、私も心を金に囚われている。
 結局は、いまこのメダリオンを受け取っておけば、あいつも心置きなく頑張れて、自分の所には金で出きたメダリオンを持って来る。
 その間だけ、貰うんじゃなくて、お借りするのであれば、良いんじゃないか? そのように妥協なってきた。

「んー......まあ、あずかるだけなら......」
「ええんか!?」
「むー............良い、よ! いずれ金が貰えるなら、お得感増量だもんっ!」

 これは、お互いの妥協点。私はしばらくあずかる。あいつはやる気をだせる。うんうん。良いんじゃないかな?
 正直な話、思い出している自分でも、とってもアサマシイと思うが、その時、私はイイコトだと思っていた。

「絶対や! 約束したからな!!」

 興奮して少し熱が上がっていたんだろうか? 私は自分がふらふらしだしたのを自覚し、握らされたそのメダリオンを胸ポケットに突っ込み。言っておく。

「そんじゃ、あんま長いこと、待たせんといてなー」

 あやつの口調の真似をして、その場から戻ろうと考え出す。ふと、あいつが神妙なトーンで言った。

「うん......やっぱ、そういう所......やなあ」
「んー?」
「あんな、金メダル渡すときにやけどさ」
「うん」
「相方に、なってほしいんや」
「むう? やっぱり金は惜しいのかえ?」

 はっきり言って、私は残念な人である。そのとき、『』の意味がまるで解らなかった。

 あっれー? 漫才だっけ? 金のメダルとか言っといて、結局は何を目指してるのこの人?

 などと頭の中でグルグルと回っていたが、金、そう手のひらサイズの金をくれなくなるかもしれないという、予感が走り、えっと、そう、とうぜんながら金の魅力に、私は勝てなかった。

「それくらいなら良いよ。金、金が貰えるならね!」
「あはははっ! 約束やで!」


**―――――
 あ、駄目だ、思い出した。当時の私ってダメ過ぎないかな!?
 確か、あいつは、笑っていても真剣な目をしていたのだ。頭ぼんやりしているし、視線をそらすように適当な事を言っていた。発言の意味考えてみて、思い出してしまったらちょっと恥ずかしくなってきたな。

「んー? どうしたの?」

 話の途中で言葉を続けるのをためらい、ぼかし方を考えている私に、妹が先を促してきた。私は、少し上を向いた。

「まあ、ちょっとうん。私も大概たいがいだったのだなぁと思ってね」
「なんて言われたの?」
「まあ、金細工の物と交換にだね。ついでに漫才コンビを結成しようって約束をね、取り付けられてしまったんだよ?」
「はあ? 今の話の流れで? いや、それはおかしいでしょうに?」
「おかしくないよ? あいつは金と銅の交換だと損するから、漫才の相方になってくれたらええよ! ってな感じだった」
「脈絡とか......意味が解らないわ?」
「まあ、言われた私も良く解んないでいるさね」

 言って妹がにやりと笑う。

「ふふーん。でもさ、いまの百面相見てたら何となく察しちゃった!」
「な、何がですかね? 別に察するとか、そんなんは一切ありませんよ!?」
「いやあ、うん、テレカクシと見た。ってことはー、うん、そうねーそうねー漫才? 相方とか? あーそーねー!」
「ちょっとまって、別に照れてないですよ?」
「皆まで言うなという奴よ。知り合い皆に拡散しとくわ」
「さすがにそれは、迷惑すぎじゃないかな?」

 しばらくあおってから、妹が言った。

「それで? お別れできたの?」
「うん、朝焼けをちょっとみてから、戻ったのさ」


**―――――
 世界が赤に染まっていて、鼠色ねずみいろの雲が切れ切れに浮かんでいる景色を眺めている。風が強い。

「この景色、好きやねん」
「私はまあまあ......」

 ついあまのじゃくが出てしまう。本音を言えば嫌いじゃないのだ。ただ、別れのイメージが重なっているのだ。

「そか、調子悪いんや?」
「朝焼け見てて、微熱出た事もあるし」
「そうなんか? んじゃあ戻ろうや」
「いやあ、今日で最後だし、もうちょっと見てても良いよ」
「熱出したら大変やろ」
「大丈夫。熱出てもお見送りするからね」
「いやいや、もどろうや」
「......うん、もう少しね」
「......やっぱ好きなんやろ?」
「さてね?」

 太陽が昇って空の色が戻ってきた。屋上でその様を見てから、私たちは病室へと帰って行く。廊下にはもうふっちょさんが出てて、朝の用意をしていた。めずらしく機嫌がよさそうである。

「あら、おはよう。お二人さん何してたの?」
「おっはよう。将来の約束や」
「おはよー。んー、まあ、将来?金と銅を交換で、漫才するんだって」
「なんの話?」
「まま、ええやん。まずは、金とってからや!」

 こんな感じで朝ご飯を食べた。
 ご両親の来訪までしばらく時間があるらしい。私がメダリオン二つをぼんやり眺めていると、あいつがにやりとわらう。

「あんな、これ、実は二つ合わさると合体するんやで!」
「......え!?」

 あいつは二つを合わせて捻って押して、カチッとならす。銅製の太陽と月のメダリオンが、一つになった......!?
 私は目を丸くしてから、あいつを見て、少し笑った。

「これでおまもりパワー倍増や! はよ、げんきになるんやで!!」

 なんていうか、私、どんな顔してたんだろうね? ちょっと、思い出せない。ただ、用意していた餞別を渡した。

「これ、あげる......」

 私のお財布事情としては、頑張ったペンギン文鎮である。あやつには渡しそびれたので、二つある。

「これも返すんか?」
「いやあ、餞別だからちゃんと貰ってよ」
「うん......ありがとな!」
「こちらこそ! おせわになったよ!!」

  ・
  ・
  ・
  ・

 お昼になって、びやだるさんが来ると同時に、私をやっぱりお腹へ埋めて、あいつがぶーたれて、はりがねさんがぺこぺこして、それが最後のお別れとなったのだ。

「いままでありがとう!」
「こちらこそ! ありがとっ!」


**―――――
「そっかぁ......ロマンス? になるのかなぁ?」
「いやあ、友情パワーってかんじだよ」

 妹が、メダリオンをゆらす。丁度夕日が差し込んできて、鈍く輝いていた。

「......えっと」

 妹がなにか言いかけた所で鳩時計が鳴った。買った時に『気まぐれ三郎』と名付けようとして、時計が信用できなくなるからやめてと言われているのだ。

「ああ、もうこんな時間だね。今から買い物行ったら間に合わないかな?」
「大丈夫よ。今日はあたしがご飯の日だし、買い物行ってくるね!」
「いってらっしゃ~い」

 残ったケーキの欠片をつつきながら手を振る私。妹は眉をひそめた。

「あー! 片付けおねがいするわね。いってきまーす!」
「あいあい、いってらっしゃい」
「そうだ! 『好きやねん』って、二人から聞けたの?」

 今の話から何か推察しおったのか? 妹はにやりとわらった後に、ばたばたと駆け出す。私は少し驚いた表情で、やかましい姿を見送った後、息を吐いた。
  
  ・
  ・
  ・

 お皿の片付けがすんでから、メダリオンを持って自室に戻る。
 引き出しを開こうとすると何かが引っ掛かっている。少し苛立って私は、少し強めに引き出しを開いた。引き出しの中身が色々飛び上がったらしい。一つ息を吐いて、メダリオンを暫く見つめる。

「あいつとあやつ......か。いま、どうしてるんだろう?」

 少し力を入れて回すようにメダリオンを引っ張ると、それはふたつに分かれた。同じ人が作ったもので、表と裏の模様が違っているのだ。

「顔はそっくりなのに、性格は違ってたなぁ」

 くすくすとわらう。私はその場で座り、しばらくメダリオンを揺らしながら目を閉じた。

  ・
  ・
  ・

 ノックの音がした。

「ねね、夕飯の支度できたよー」
「......ん、あ、ああ、ありがと」

 妹の声に生返事。私はメダリオンを一つに合わせて少し揺らす。夕飯なにかな? 今日は長引いたし、ちょっと手間かけれないんじゃないかなと考える。

「おまたせ。今日はなになに?」
「うん、今日のメインはサンマさんハンバーグ。おいしいわよ!」

 あれ? 鯖じゃなかったのか......。

「また手間のかかるもんを......学業優先しなよ」
「大丈夫。サンマさんは今日の部活で仕込んでたの!!」

 え!? 妹って部活なんぞしとったっけ?

「えっと、何部だっけ?」
「黙秘しまーす」

 あ、これ妹の口からは一生解らないやつだ。どこかで調査しよう。

「まあ、いっか。いただきます」
「はい、めしあがれ」
「でもさ、部で仕込んだんなら買い物では何買ってきたの?」
「鯖よ。安かったって自分で言ったじゃん」
「じゃ、なんで今日は鯖じゃないの?」
「サンマさんがあるじゃない」

 少し私は混乱した。

「あの、鯖は足が速いよ」
「捕まったって事は、泳ぐのは遅いんでしょう?」
「は......? うん、そうだろうね......うん」

 私は深く考えないことにして、息を吐いた。こうして、今日という日が終わっていくのであった。

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