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朝焼けメダリオン
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「ねえ......」
妹が軽く言葉を出した。日の傾きが変わってきている。もうそろそろ夕方だなあと思いつつ、私は残り少なくなったコーヒーを一口頂く。
「なに?」
「晩御飯、何が良い?」
今日のごはん当番は妹である。少し考え、私は言った。
「たしか、今日は鯖が安かったんじゃないかな?」
「ん、じゃあそれで考えてみるわ」
「ありがと。話もさ、もう少しで終わるんだけどね。
「うん、せっかくだし最後まで聞くわ」
「えっと、お隣さんの退院が近くなってさ、私は餞別に悩んでいたのだよ」
「ああ、そっかぁ......まあ、そうなるのよね?」
「でね、あと2~3日って時に、うん、悪い意味で迷惑をかけちゃったんのだよ......」
「いつも......」
目を細めた妹に少し先んじて言葉をかぶせる。
「そういう面白いんじゃなくてさ。んー、その、私もちょっと真面目に辛かったんだよ」
「へえ?」
私は少し伏し目がちになって、しばし窓の方を見る。
「でね、まあ、肩とかすりむいちゃってさ......」
「え? またなの!? どういう状態!?」
「んー、その日はひっどい状態だったんだよ。精神的に不安定で屋上へ行きたかったんだよ」
「ふむふむ......」
「えと、順を追って話すね?」
「ええ」
**―――――
「何が良いかなぁ?」
お隣さんが退院すると聞いて、少し寂しさを感じながら、私は一人で餞別を選んでいる。
「何が合うのかなぁ?」
大きな病院の売店では凝ったものは見当たらないので、ふっちょさんに相談し、病院のすぐ前にあるある雑貨店まで出向き、小物を選んでいた。
「センスは、良いはずだからなぁ」
私はメダリオンを見せてもらっている。それにハンカチだって上品な品である。だから、下手なものは送れないと思っている。
「あー、悩むなぁ」
この雑貨屋さんは品ぞろえが少なく、気になるものはご予算の方で問題があった。
「これ、かなぁ?」
私は自分では買わないけど自分がもらう分にはうれしい物である、ガラス製のペンギン文鎮を選んだ。
その理由として、あやつのスリッパにはペンギンさんのワンポイントが入っていて、一度『これ、センスあるやろ』的な自慢をされている。
それに、この前見せてもらったメダリオンの端の方に、小さくペンギンさんが彫られていたのを覚えていた。おそらくだがお隣さんの好みである。
まあ、このチョイスが合っているかは、あげるまでは分からないのだが。
「気に入ってくれるといいなぁ......」
・
・
・
・
それから2~3日の後である。
ガラケーの画面が気持ち悪く見えたあの日、めずらしく落ち込んでいる私である。
精神的な不調が大きかったのだと思う。頬に現れた熱は微熱程度だと思うが、呼吸をすると血の匂いが混じり、頭の奥で何かぶつかる音がしていた。その音に伴い頭痛が走る。
「むぅ......」
それでも目を閉じることが出来ず、朝から起き上がる気力が出ないでいた。食欲もない。ふっちょさんが心配そうに声をかけてくれたのだが、生返事しか返えせていないはずだ。
「......嫌だな」
自分の呼吸音を聞きながら時間が過ぎて、夕焼けが部屋を染める頃となっていた。
赤々と映る世界が、その日は棘が生えた感じがして、私は軽く首をひねった後に、ふらりと起き上がった。
「行かなきゃ......」
なぜだか、私に焦燥が起こる。屋上を目指さなくてはと思ったのだ。真っ青な顔でふらふら歩くと誰かが邪魔をするんじゃないかと、廊下を慎重に歩く。
「ちょっと、どこ行くん?」
通りがかりですれ違った、心配そうなあいつの声には振り向かない。
「ちょっと、ねー」
平常を装った言葉で手をひらひら。私は単身エレベーターに向かい......追いかけてきたあいつに気付かないでしばし待つ。いつもどおり扉が開き、浮遊感を感じながら登っていく。
「どうしたん?」
乗り込んでいたあいつの問いかけを、不愛想に返す。
「夕日をね、見に行くの」
「なんでや?」
「なんでも」
小さなやり取りの後に、屋上へ着いた。一直線に高台へ上る。雲のない夕焼け空がどこまでも広がっていた。
「............んー、まいったなぁ」
しばらく眺めてぽつんとつぶやいた。
「なあ、だいじょぶなん?」
あいつが声をかけてくる。少しびっくりしてそちらを見た。エレベーターで言葉を交わしたはずなのに、なんでついて来たんだろうかななどと思うあたり、私もおかしかったんじゃないかな?
首を傾げて見せた後、沈む夕日へ視線を向けた。言葉は出さない。
「なあ、今日風強いで? どうしたん?」
うすぼんやりとしていた私は遠くを見つめ、太陽の沈む姿が綺麗で、でも、求めている物と違って、もう少し高い所から見たいと思った。
そしてエレベーター乗り場の裏にある、あまり目立たない登りはしごへ行き、ためらわずに掴んだ。
「んー......見えると思ったんだけどなぁ......」
「ちょっ、おまっ!?」
一段登るだけで苦労して、風が吹いて首を冷やすたびに頭が痛み、喉がずきずきする。
それでもなぜか一番高くまで行って、はしごを持ったまま後ろを向いた。それほど高くまで来たわけではないのだが、気分的にはかなり高くへ登った気になっている。
少し目をすぼめて先を見る、ああ、これなら行けるかな?
「ふらふらしとるやん。あぶないって! 気いつけんと!」
足のすぐ下から声が聞こえた。あいつの声は聴かないふり。そして、見えた!
「お、おおお!? あっれ、みてみて!!」
私は見た。ふわふわする頭と体の奥から湧き上がるような熱を感じながら、それを見たのだ。
「なん......ああ!?」
落ちていく夕日が、大きなビルのてっぺんへと触れる。そのビルは最上階に塔の様なものを持っていて、そこに重なる少しくすんだ茜の塊が、一本のろうそくに火をつけるように輝いていた。
「ろうそくいわか?」
「あはっ、ははっ......ろうそくビルだね」
「そうやなぁ」
「綺麗だね......うん、きれいだ」
「ああ、なんか変やと思ったけどこれを見たかったんやな」
「うん......ちょっと小耳にはさんでさ。前のお話が気になってたんだよ」
「そか......そっか」
ろうそくビルの時間は、思ったより短かった。夕日の落ちる速度が速い......。だから私たちは言葉少なで、夕日の沈む瞬間まで見届けた。
「あ~あ、しずんじゃった......さよならだね」
「なあ、もう降りいや」
「......うん、ありがとね」
少し気が持ち直してきたらしい。微笑を浮かべて降りようとした私は、掴んでいたはしごから手が離れてしまった!
「あっ!」
自分が落ちていくのがゆっくりと感じる。このまま、どうなるかなぁと思った瞬間、手を掴まえられた。
「くそっ! ああっ!?」
しかし、一瞬だけ......。
掴まれた手がするりと抜けて、あいつがもう一度つかもうとパジャマの端を捕まえたのだが、私は下まで落ちて行った。
膝から落ちて、横滑り勢い止まらず肩を打ちつけ、痛みが走って、熱が体の奥から噴き出るような感覚。痛みが大きく走って、目の裏に火花が飛んで、私はそのまま気を失うのかと思ったのだが、痛みがそうさせてくれなかった。
「ごめんなぁ! もっと、強くつかめれば」
「違うよ。私が勝手に落ちたんだよ」
「でも、でも!」
意識が暗くなった一瞬の後に気付いたのは、涙目で私をのぞき込んでいるあいつの顔だった。
頭を打たなかったのは、あいつのおかげだったと思うのだが、どうしていいのか解らない様子である。
「私、泣くひと好きじゃない」
その泣き顔が申し訳なくて、その言葉を発してしまっただが、すぐに後悔した。ただ、何故だか知らないが、私は人前で泣くひとを見たくないのだ。
「はあ!?」
本当にわからないといった表情になったあいつ。私はなんで傷つけてしまうんだろう? どうもおかしいな。
「違う。ごめん......」
続けて私はお礼を言った。
「助けてくれてありがと。なんか、私、変みたい」
ぐしぐしと目をこすった後に、あいつは無理して表情を作る。もう涙は見せないつもりらしい。
「......ほんまや! あせったんやで!」
「ごめんなさい」
「ええけど、ほんま、どしたん!?」
「夕日が見たかったの」
「なにがあったんや?」
「言いたくない」
「......そうか」
それ程長い時間を過ごしたわけではないのだが、私たちの間ではこれで済んだ。
「たてるか?」
「うん」
手をかりて立ち上がるのだが、膝と肩に擦り傷が出来ていた。
「ふっちょさん、起こるかな?」
「心配するんちゃうか?」
「うう......」
・
・
・
その後、病室でふっちょさんに見つかって、とってもしみる消毒とガーゼをされた。
説教もらうかとも思ったが、どうも顔を覗き込んで暫く見つめられた後、ため息一つで処置してくれた。何というか怒られるよりもおさまりが悪い。
ただ、悲しそうな顔で言われた。
「もう、調子が悪い時は大人しくしてよ。お願いだから......」
「ごめんなさい......」
「今回のはね、怪我したくてしたんじゃないんだろうけど、あなたが自分を大事にしないと、周りの人も困るのよ......本当、本当に」
この言葉が、ふっちょさんに怒られた中で一番効いたと思っている。
「ごめんなさい............」
**―――――
「ねえ、何がそうさせたの?」
珍しく神妙な妹に、私も首をひねる。
「夕日が見たかったってのが動機だよ......でも、なんであんな不調なのにしたんだろうね?」
答えになっていない私の言葉に、妹は少し眉を顰めた。
「んー? 何かあった時期?」
「さあ?」
「......むう?」
「んー、ちょっと飲みすぎたかも。トイレに行ってくるね」
「え? うん、いってらっしゃい」
私は立ち上がって、お手洗いへと立つ。
本当、何であんなことしたのか? 色々な事が重なって、話すにはちょっと時間がないし、ぼんやりした記憶であったりで、言葉にしにくいのである。
あの時、あの時......そうだなぁ。そうだ。
・
・
・
・
「ただいま」
「おかえり、大丈夫?」
「うん」
「あの後ふっちょさんに怒られの?」
「うーん......自分を大切にしないと、まわりが困るぞって心の底から言われたなあ」
「あらまぁ」
「それが一番聞いたよ」
「そか......」
その雰囲気が何となく、伝わったのか妹も茶化さない。
「でね、夕日を見たかった理由についてだけど」
「うんうん」
「そんな感じに見えるよーってね、教えてくれたんだよ」
「だれが?」
「......」
どうしようかなぁ......ちょいと言いにくい。どうやら妹も察してくれて、話題を変えてきた。
「えーっとさ、いつごろの時期だっけ?」
「ひみつ」
「あーもう!」
「というかあの時は病気だけじゃなくてさ、色々と重なってたんだよ」
「餞別はうきうきで選んでたのに?」
私はちょっと答えに詰まりつつも、なんとかいうべきことを選びながら答える。
「急に降ってわいた、精神的な打撃があるとさ......意味の解らない行動をするみたいだよ? 私、自分で思い返しても変だって思うもん」
「そういうもん、かな?」
「そういうもんだったよ。私は」
目の前のカップを眺めてから、私は話を続ける。
「それからの話が、まあ、このメダリオンにつながるんだよね」
「ああ、そうなの?」
腑に落ちない様子の妹に構わず、私は記憶をさらに引き出した。
「お隣さんがね、退院する日のことだよ」
「あ、うん」
妹が軽く言葉を出した。日の傾きが変わってきている。もうそろそろ夕方だなあと思いつつ、私は残り少なくなったコーヒーを一口頂く。
「なに?」
「晩御飯、何が良い?」
今日のごはん当番は妹である。少し考え、私は言った。
「たしか、今日は鯖が安かったんじゃないかな?」
「ん、じゃあそれで考えてみるわ」
「ありがと。話もさ、もう少しで終わるんだけどね。
「うん、せっかくだし最後まで聞くわ」
「えっと、お隣さんの退院が近くなってさ、私は餞別に悩んでいたのだよ」
「ああ、そっかぁ......まあ、そうなるのよね?」
「でね、あと2~3日って時に、うん、悪い意味で迷惑をかけちゃったんのだよ......」
「いつも......」
目を細めた妹に少し先んじて言葉をかぶせる。
「そういう面白いんじゃなくてさ。んー、その、私もちょっと真面目に辛かったんだよ」
「へえ?」
私は少し伏し目がちになって、しばし窓の方を見る。
「でね、まあ、肩とかすりむいちゃってさ......」
「え? またなの!? どういう状態!?」
「んー、その日はひっどい状態だったんだよ。精神的に不安定で屋上へ行きたかったんだよ」
「ふむふむ......」
「えと、順を追って話すね?」
「ええ」
**―――――
「何が良いかなぁ?」
お隣さんが退院すると聞いて、少し寂しさを感じながら、私は一人で餞別を選んでいる。
「何が合うのかなぁ?」
大きな病院の売店では凝ったものは見当たらないので、ふっちょさんに相談し、病院のすぐ前にあるある雑貨店まで出向き、小物を選んでいた。
「センスは、良いはずだからなぁ」
私はメダリオンを見せてもらっている。それにハンカチだって上品な品である。だから、下手なものは送れないと思っている。
「あー、悩むなぁ」
この雑貨屋さんは品ぞろえが少なく、気になるものはご予算の方で問題があった。
「これ、かなぁ?」
私は自分では買わないけど自分がもらう分にはうれしい物である、ガラス製のペンギン文鎮を選んだ。
その理由として、あやつのスリッパにはペンギンさんのワンポイントが入っていて、一度『これ、センスあるやろ』的な自慢をされている。
それに、この前見せてもらったメダリオンの端の方に、小さくペンギンさんが彫られていたのを覚えていた。おそらくだがお隣さんの好みである。
まあ、このチョイスが合っているかは、あげるまでは分からないのだが。
「気に入ってくれるといいなぁ......」
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それから2~3日の後である。
ガラケーの画面が気持ち悪く見えたあの日、めずらしく落ち込んでいる私である。
精神的な不調が大きかったのだと思う。頬に現れた熱は微熱程度だと思うが、呼吸をすると血の匂いが混じり、頭の奥で何かぶつかる音がしていた。その音に伴い頭痛が走る。
「むぅ......」
それでも目を閉じることが出来ず、朝から起き上がる気力が出ないでいた。食欲もない。ふっちょさんが心配そうに声をかけてくれたのだが、生返事しか返えせていないはずだ。
「......嫌だな」
自分の呼吸音を聞きながら時間が過ぎて、夕焼けが部屋を染める頃となっていた。
赤々と映る世界が、その日は棘が生えた感じがして、私は軽く首をひねった後に、ふらりと起き上がった。
「行かなきゃ......」
なぜだか、私に焦燥が起こる。屋上を目指さなくてはと思ったのだ。真っ青な顔でふらふら歩くと誰かが邪魔をするんじゃないかと、廊下を慎重に歩く。
「ちょっと、どこ行くん?」
通りがかりですれ違った、心配そうなあいつの声には振り向かない。
「ちょっと、ねー」
平常を装った言葉で手をひらひら。私は単身エレベーターに向かい......追いかけてきたあいつに気付かないでしばし待つ。いつもどおり扉が開き、浮遊感を感じながら登っていく。
「どうしたん?」
乗り込んでいたあいつの問いかけを、不愛想に返す。
「夕日をね、見に行くの」
「なんでや?」
「なんでも」
小さなやり取りの後に、屋上へ着いた。一直線に高台へ上る。雲のない夕焼け空がどこまでも広がっていた。
「............んー、まいったなぁ」
しばらく眺めてぽつんとつぶやいた。
「なあ、だいじょぶなん?」
あいつが声をかけてくる。少しびっくりしてそちらを見た。エレベーターで言葉を交わしたはずなのに、なんでついて来たんだろうかななどと思うあたり、私もおかしかったんじゃないかな?
首を傾げて見せた後、沈む夕日へ視線を向けた。言葉は出さない。
「なあ、今日風強いで? どうしたん?」
うすぼんやりとしていた私は遠くを見つめ、太陽の沈む姿が綺麗で、でも、求めている物と違って、もう少し高い所から見たいと思った。
そしてエレベーター乗り場の裏にある、あまり目立たない登りはしごへ行き、ためらわずに掴んだ。
「んー......見えると思ったんだけどなぁ......」
「ちょっ、おまっ!?」
一段登るだけで苦労して、風が吹いて首を冷やすたびに頭が痛み、喉がずきずきする。
それでもなぜか一番高くまで行って、はしごを持ったまま後ろを向いた。それほど高くまで来たわけではないのだが、気分的にはかなり高くへ登った気になっている。
少し目をすぼめて先を見る、ああ、これなら行けるかな?
「ふらふらしとるやん。あぶないって! 気いつけんと!」
足のすぐ下から声が聞こえた。あいつの声は聴かないふり。そして、見えた!
「お、おおお!? あっれ、みてみて!!」
私は見た。ふわふわする頭と体の奥から湧き上がるような熱を感じながら、それを見たのだ。
「なん......ああ!?」
落ちていく夕日が、大きなビルのてっぺんへと触れる。そのビルは最上階に塔の様なものを持っていて、そこに重なる少しくすんだ茜の塊が、一本のろうそくに火をつけるように輝いていた。
「ろうそくいわか?」
「あはっ、ははっ......ろうそくビルだね」
「そうやなぁ」
「綺麗だね......うん、きれいだ」
「ああ、なんか変やと思ったけどこれを見たかったんやな」
「うん......ちょっと小耳にはさんでさ。前のお話が気になってたんだよ」
「そか......そっか」
ろうそくビルの時間は、思ったより短かった。夕日の落ちる速度が速い......。だから私たちは言葉少なで、夕日の沈む瞬間まで見届けた。
「あ~あ、しずんじゃった......さよならだね」
「なあ、もう降りいや」
「......うん、ありがとね」
少し気が持ち直してきたらしい。微笑を浮かべて降りようとした私は、掴んでいたはしごから手が離れてしまった!
「あっ!」
自分が落ちていくのがゆっくりと感じる。このまま、どうなるかなぁと思った瞬間、手を掴まえられた。
「くそっ! ああっ!?」
しかし、一瞬だけ......。
掴まれた手がするりと抜けて、あいつがもう一度つかもうとパジャマの端を捕まえたのだが、私は下まで落ちて行った。
膝から落ちて、横滑り勢い止まらず肩を打ちつけ、痛みが走って、熱が体の奥から噴き出るような感覚。痛みが大きく走って、目の裏に火花が飛んで、私はそのまま気を失うのかと思ったのだが、痛みがそうさせてくれなかった。
「ごめんなぁ! もっと、強くつかめれば」
「違うよ。私が勝手に落ちたんだよ」
「でも、でも!」
意識が暗くなった一瞬の後に気付いたのは、涙目で私をのぞき込んでいるあいつの顔だった。
頭を打たなかったのは、あいつのおかげだったと思うのだが、どうしていいのか解らない様子である。
「私、泣くひと好きじゃない」
その泣き顔が申し訳なくて、その言葉を発してしまっただが、すぐに後悔した。ただ、何故だか知らないが、私は人前で泣くひとを見たくないのだ。
「はあ!?」
本当にわからないといった表情になったあいつ。私はなんで傷つけてしまうんだろう? どうもおかしいな。
「違う。ごめん......」
続けて私はお礼を言った。
「助けてくれてありがと。なんか、私、変みたい」
ぐしぐしと目をこすった後に、あいつは無理して表情を作る。もう涙は見せないつもりらしい。
「......ほんまや! あせったんやで!」
「ごめんなさい」
「ええけど、ほんま、どしたん!?」
「夕日が見たかったの」
「なにがあったんや?」
「言いたくない」
「......そうか」
それ程長い時間を過ごしたわけではないのだが、私たちの間ではこれで済んだ。
「たてるか?」
「うん」
手をかりて立ち上がるのだが、膝と肩に擦り傷が出来ていた。
「ふっちょさん、起こるかな?」
「心配するんちゃうか?」
「うう......」
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その後、病室でふっちょさんに見つかって、とってもしみる消毒とガーゼをされた。
説教もらうかとも思ったが、どうも顔を覗き込んで暫く見つめられた後、ため息一つで処置してくれた。何というか怒られるよりもおさまりが悪い。
ただ、悲しそうな顔で言われた。
「もう、調子が悪い時は大人しくしてよ。お願いだから......」
「ごめんなさい......」
「今回のはね、怪我したくてしたんじゃないんだろうけど、あなたが自分を大事にしないと、周りの人も困るのよ......本当、本当に」
この言葉が、ふっちょさんに怒られた中で一番効いたと思っている。
「ごめんなさい............」
**―――――
「ねえ、何がそうさせたの?」
珍しく神妙な妹に、私も首をひねる。
「夕日が見たかったってのが動機だよ......でも、なんであんな不調なのにしたんだろうね?」
答えになっていない私の言葉に、妹は少し眉を顰めた。
「んー? 何かあった時期?」
「さあ?」
「......むう?」
「んー、ちょっと飲みすぎたかも。トイレに行ってくるね」
「え? うん、いってらっしゃい」
私は立ち上がって、お手洗いへと立つ。
本当、何であんなことしたのか? 色々な事が重なって、話すにはちょっと時間がないし、ぼんやりした記憶であったりで、言葉にしにくいのである。
あの時、あの時......そうだなぁ。そうだ。
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「ただいま」
「おかえり、大丈夫?」
「うん」
「あの後ふっちょさんに怒られの?」
「うーん......自分を大切にしないと、まわりが困るぞって心の底から言われたなあ」
「あらまぁ」
「それが一番聞いたよ」
「そか......」
その雰囲気が何となく、伝わったのか妹も茶化さない。
「でね、夕日を見たかった理由についてだけど」
「うんうん」
「そんな感じに見えるよーってね、教えてくれたんだよ」
「だれが?」
「......」
どうしようかなぁ......ちょいと言いにくい。どうやら妹も察してくれて、話題を変えてきた。
「えーっとさ、いつごろの時期だっけ?」
「ひみつ」
「あーもう!」
「というかあの時は病気だけじゃなくてさ、色々と重なってたんだよ」
「餞別はうきうきで選んでたのに?」
私はちょっと答えに詰まりつつも、なんとかいうべきことを選びながら答える。
「急に降ってわいた、精神的な打撃があるとさ......意味の解らない行動をするみたいだよ? 私、自分で思い返しても変だって思うもん」
「そういうもん、かな?」
「そういうもんだったよ。私は」
目の前のカップを眺めてから、私は話を続ける。
「それからの話が、まあ、このメダリオンにつながるんだよね」
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