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朝焼けメダリオン
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お叱りと処置を受け、ベッドで体育座りしている私。時間は夕方。夕日が病室に差し込んでいる。今日の夕日はいつもよりも赤いように感じる。部屋が、赤く染まって見えた。
「............」
本気で叱られると私でも堪えるし、体調の方も心配が的中していた。どうも微熱がある時の様な、独特のもやもやしたものが胸の辺りに登ってきている。
その気持ち悪さは、自己嫌悪をさらに増加させているのだ。
「なあ......」
ふと、ベッドの隣に座ったあいつが、珍しく声のトーンを落として話しかけてきた。
「なあに......?」
私は顔を上げない。やはりあの怒られっぷりにはいろんな感情がない交ぜになっている。
「さっきの、ちょっと言いすぎやと思うんや」
「う......ん?」
言っている意味がすぐに察せないでいる私は、体育座りのままで疑問符を表情に出した。しかし、それだけではあいつは気付かない。
「本気で切れたわ。だからな......お返ししたいとおもわへんか?」
その後に言ったあいつの仕返しは、記憶があやふやである。たぶん、何かを持ってきてしまおうというアイデアだったが、それが何かってのが覚えていない。
ただ、私の頭に血が上るほどに危うく、強く止めなきゃと思ったものだ。その行動は、私からすれば取り返しのつかないものだった。
それを私は知っていたが、あいつは知らないという点に齟齬があったのだろう。
みるみると血の気が引くというのを実感する。これは、やらせてはいけない。止めなきゃ! その焦燥が私を支配していたという、記憶のみが残っているのだ。
「それは駄目だよ。洒落になっていない。大変な事に、なるよ」
顔を上げて、あいつを見つめる。これは憤りに近いものを込めていた。
「やめて! 駄目だよ」
珍しく真剣な瞳で、私は言う。
「あ?」
あいつも真剣な目で私を睨む。
「あんな、なんで、怒っとると思てるんや? 自分、大切なもん盗られてるやん!!」
静かな怒りだが、私の方がそれは強い。
「でも駄目。ちゃんと、返してもらったからさ......だいじょぶなんだよ?」
「怪我した手払われて、痛かったやろ!?」
「いやいや、私が悪いって、解ってるじゃん!」
「......それでも、病人に対する態度やないわ!」
「あのさ、迷惑じゃすまないことは駄目だよ。というかそれ、困るのふっちょさんだけじゃないよ? 別の人も......」
説得の途中であいつが大声を出す。
「......知らん!」
あいつがベッドから降りて、行こうとしたのを勢い込んで肩を掴んで引っ張る。
「駄目だって!」
「やるんや!」
振りほどこうとしたのだが、私は力を入れている。
「駄目!!」
私の力ではまるでかなわないのは解っている。
先ほどの激突を思い出して、負けられないと私が肩を両手で強く掴んだ。あいつもその力にびっくりしたのか、反射的に抵抗する。
思っていたよりも、いや、私じゃ話にならないくらい、あいつには力がある。ベッドから勢い込んで降りようとして、私は体全体がひっぱられる形になって、しかし、意地になってその手は離さない。
「うあっ!?」
それは、あまりにも強く引っ張られたからか、それが起きた。
「わわっ!?」
私の上体が泳ぎ、あいつともつれる形でバランスが崩れ、倒れてしまう!
一瞬だけ私は浮遊感を感じて、掴んだ肩の感触だけを頼りに引き寄せようとするのだが、ここでも力の差は歴然である。
ただし、あいつも私の全体重は支えきれずに、二人ともが二回・三回転がった後、私は目の奥で火花が散った。左の頭を何かにぶつけたかと思いながらも目を見開き、先に行動して、倒れたあいつの上に乗りかかった。
「お、ま......ここまでするんか?」
あいつが下から声を出した。
「駄目だって、言ってるよ?」
私は下で仰向けになったあいつの腹に馬乗りとなって、両手で肩を押し付け見つめ合う。
「なんでや?」
この問いに、私は、自分が更に幼い時の失敗、しかえしが引き起こした記憶が脳裏を掠める。
今の年齢になっても中々向き合う事の出来ない記憶。当時、まるで考えずに物を隠したことから起きた、他の人の、しかも大人の涙をみてしまった時の、苦さと痛みと悲しさと、いろんな人が困った顔が、一瞬蘇って消えた。
私はあいつの目をそらさずに、腹の底から言葉を出す。
「取り返しのつかないこと、あるのだよ。私、前に、似たようなことで、ずっと残ってることが、ある」
「......」
こめかみより上から、何か暖かいものが頬を伝って落ちる。
「あっ!? 大丈夫なん!?」
「やらないって、約束して」
静かに強く言う。あいつは目を吊り上げて口を引き締めた。
「......」
夕日が部屋に差し込む中で、あいつに馬乗りになって肩を押さえ、二人黙りこくって見つめあっている。
自分の頬には部屋に差し込む夕日が当たり、それよりも赤いものひとすじ伝っているようだ。
もしいま外から見れば床で馬乗りになってるパジャマさん。下から見上げるジャージさんである。誰かに見られたらあまり良い絵ではないだろう。
しかし、この時お互いに真剣な目をして見つめ合っていた。
「約束」
二人の呼吸を聞いていて、ようやく、こめかみの少し上を切ったであろうじんじんとした痛みが出てきた。あいつの顔にいくつか落ちたが、お互い目をそらさない。
「............」
「............」
暫く見つめ合って、さらにあいつの顔と床をも少し汚して、ちょっとだけふらっとした感じが出た時に、あいつが視線を外して息を吐く。
「......」
たぶん、あいつは諦めたんだと思う。私の顔は見ないで言った。
「誰のために......こんな......」
私もつられて息を吐く。おそらく私が怒られたから、私のおまもりが取られたから、あいつが怒ってくれているのは解るよ。
だから私は、のぞき込むようにして言った。
「私が、やらないでって言っているんだよ」
その言葉は少し低く出ている。
「......悔しくないんか?」
「あんなの良いんだよ。もう慣れた」
本当は、少し悔しい。たしかにやり返したい気持ちもある。
でも、それであいつが取り返しのつかない事になるのは嫌だし。なにより私はふっちょさんたちも大切なのだ。大切な人たちが、酷い事にはなってほしくない。
「ええんか?」
唇を尖らせたあいつ。その表情が和らいだのを見て、私も少しおちついた。しかし傷が熱を持ち始めている。
あれ、結構痛くない? これ、ちょっとまずくない?
内心焦りだしたが、しかし表面を取り繕うのは慣れているので、平然とした顔で言う。
「だって、あれもさふっちょさんたちの仕事だもん」
口をとがらせる私。怒られていい気分はしていない態度は隠せてないが。
「......大人やなぁ」
「ま、ね」
「さっきまで回転して、とんだー! って、げらげらわらっとったのにな」
「楽しかったね。また、元気になったらさ、隙見てやろうよ」
あいつは少し、眉をひそめた。
「いや、もうええわ。ってかパジャマはだけてるやん。あ、シャツもきてないんか?」
「ふえっ!? 何を見てるの? てか、そっちもジャージじゃん」
「ええジャージなんよ、これでも」
「ふーん......」
ちょっとだけ面白くなった時に、あいつの顔へもう一つ、赤いものが落ちる。
「ちょ、痛くないんか!?」
その言葉で、もう大丈夫かなと思って、肩の手を外す。
「うん。私、ちょっと怪我したって言ってくる」
「いや、また怒られるから休んどき! ふっちょさん呼んでくるわ。どいて」
「約束。あんなことしないって」
少し自嘲げに、あいつは笑った。
「はっ、やらへんって」
「良かった......」
ようやく私も安心して笑った。
「......笑顔が、ええなぁ」
「はあ? ってか、んー!? あれ、これ、頭痛い? というか、止まってくれない!?」
言葉にすると、痛みが増した。流れるものも止まらない。少し慌てたように私は言う。
「ちょ、やっぱ痛い。めでぃっく、メディーック! 急いでー!!」
「ああ! もう急ぐから、どけって」
「うーもうダメ......」
あいつが私を押すのに合わせ、自分から後ろ向きに倒れてみた。しかし、なんか勢いあまって後ろ頭を打ちつけてしまい、また目の奥で星が散ってしまった!
そこで、ちょびっと焦りながら、私は何とかごまかそうとした。
「いま、頭打たんかったか?」
「......いや、打ってないよ?」
ごまかせなかったかな? ちょっと戸惑いながらあいつは起き上がり、自分の顔をぬぐってから走って行く。ナースコールあるのになと思ったのだが、何となく言うのが憚《はばか》られた。
「また怒られるのかなぁ......」
呟いて傷のある当たりを押さえる。
あれ? でも、これ止まらないなぁ? んー、大丈夫かな!? ティッシュを取って押し当てても、すぐに赤く染まってしまう。あ、まずい、まずいな......。
「ここで病院送りってなるの? シャレになってないなぁ」
仕方なくベッドに腰掛けて、怒られるのをいまから身構えてみた。
「ごめんな、またせた!」
あいつはふっちょさんと先生を連れてやってくる。ふっちょさんは少し悲壮な顔をしていた。
「あー......さっき何で怒られたのよ......大人しくっていったのに......ああ、もう、みせなさい!」
怒りをこらえて言ったふっちょさんが、一目見ただけで切り口が深いと思ったらしく、私は手早く処置されてしまった。
記憶ではそれで済まなくて、後で先生からの処置があったと思う。
「ちゃうねん。落ち込んでるの慰めようとして、怪我させてもうたんや......」
ふっちょさんの怒気をみて、あいつが私をかばった。
小声で、『黙ってなきゃ約束はなしや』そんな感じで脅されていたので、私は仕方なしに従った。ふっちょさんはため息とともに言う。
「......ほんとう、何しようとしたのよ? まあ、あとで詳しく聞くわ」
当然、あいつはめっちゃくちゃ怒られてしまった。
その後、びやだるさんとはりがねさんも連れてだって、私に平謝りであった事を付け加えておく。でもあいつが離れた時に、仕返しの話はぼやかして事実を伝えた。今回の件は私も共犯なのである。
「......えっと、その気を付けるんやで?」
ふたりで顔を合わせて目を丸くしていたのが印象的だった。
**―――――
「ねえ、どうしたの?」
「ん!?」
しばらく無言だったらしい。
「黙り込んだ後の百面相。何か思い出したんでしょ?」
「うーん、そうだね」
少しコーヒーをのぞき込んで、何と伝えるか考えている。
「まあ、なんというか、なんというかだね」
この夕焼け病室での話は、あまり言いたくないのである。
「んー!? きっと、その後何かあったんでしょ!」
妹の問いかけを受けて、私は話さないと決めた。
「そんでね、まあ、びやだるさんとはりがねさんが謝りに来たのさ」
「んー? すっっっごく、間を飛ばされた気がするわ」
「まあ、飛ばす飛ばさないは私の心ひとつなのだよ」
「むぅ、納得いかない」
への字口の妹に、私は少しだけ申し訳なくなって一言で伝える。
「まあ、うん。病室には夕日が差し込んでいたよ」
「はあ?」
「んでーまあ、そのー、うん、そんな感じ?」
「......今度詳しく聞かせてよね」
「......うん」
今はこれ以上話したくないって事を、妹は察してくれたのだろう。
「............」
本気で叱られると私でも堪えるし、体調の方も心配が的中していた。どうも微熱がある時の様な、独特のもやもやしたものが胸の辺りに登ってきている。
その気持ち悪さは、自己嫌悪をさらに増加させているのだ。
「なあ......」
ふと、ベッドの隣に座ったあいつが、珍しく声のトーンを落として話しかけてきた。
「なあに......?」
私は顔を上げない。やはりあの怒られっぷりにはいろんな感情がない交ぜになっている。
「さっきの、ちょっと言いすぎやと思うんや」
「う......ん?」
言っている意味がすぐに察せないでいる私は、体育座りのままで疑問符を表情に出した。しかし、それだけではあいつは気付かない。
「本気で切れたわ。だからな......お返ししたいとおもわへんか?」
その後に言ったあいつの仕返しは、記憶があやふやである。たぶん、何かを持ってきてしまおうというアイデアだったが、それが何かってのが覚えていない。
ただ、私の頭に血が上るほどに危うく、強く止めなきゃと思ったものだ。その行動は、私からすれば取り返しのつかないものだった。
それを私は知っていたが、あいつは知らないという点に齟齬があったのだろう。
みるみると血の気が引くというのを実感する。これは、やらせてはいけない。止めなきゃ! その焦燥が私を支配していたという、記憶のみが残っているのだ。
「それは駄目だよ。洒落になっていない。大変な事に、なるよ」
顔を上げて、あいつを見つめる。これは憤りに近いものを込めていた。
「やめて! 駄目だよ」
珍しく真剣な瞳で、私は言う。
「あ?」
あいつも真剣な目で私を睨む。
「あんな、なんで、怒っとると思てるんや? 自分、大切なもん盗られてるやん!!」
静かな怒りだが、私の方がそれは強い。
「でも駄目。ちゃんと、返してもらったからさ......だいじょぶなんだよ?」
「怪我した手払われて、痛かったやろ!?」
「いやいや、私が悪いって、解ってるじゃん!」
「......それでも、病人に対する態度やないわ!」
「あのさ、迷惑じゃすまないことは駄目だよ。というかそれ、困るのふっちょさんだけじゃないよ? 別の人も......」
説得の途中であいつが大声を出す。
「......知らん!」
あいつがベッドから降りて、行こうとしたのを勢い込んで肩を掴んで引っ張る。
「駄目だって!」
「やるんや!」
振りほどこうとしたのだが、私は力を入れている。
「駄目!!」
私の力ではまるでかなわないのは解っている。
先ほどの激突を思い出して、負けられないと私が肩を両手で強く掴んだ。あいつもその力にびっくりしたのか、反射的に抵抗する。
思っていたよりも、いや、私じゃ話にならないくらい、あいつには力がある。ベッドから勢い込んで降りようとして、私は体全体がひっぱられる形になって、しかし、意地になってその手は離さない。
「うあっ!?」
それは、あまりにも強く引っ張られたからか、それが起きた。
「わわっ!?」
私の上体が泳ぎ、あいつともつれる形でバランスが崩れ、倒れてしまう!
一瞬だけ私は浮遊感を感じて、掴んだ肩の感触だけを頼りに引き寄せようとするのだが、ここでも力の差は歴然である。
ただし、あいつも私の全体重は支えきれずに、二人ともが二回・三回転がった後、私は目の奥で火花が散った。左の頭を何かにぶつけたかと思いながらも目を見開き、先に行動して、倒れたあいつの上に乗りかかった。
「お、ま......ここまでするんか?」
あいつが下から声を出した。
「駄目だって、言ってるよ?」
私は下で仰向けになったあいつの腹に馬乗りとなって、両手で肩を押し付け見つめ合う。
「なんでや?」
この問いに、私は、自分が更に幼い時の失敗、しかえしが引き起こした記憶が脳裏を掠める。
今の年齢になっても中々向き合う事の出来ない記憶。当時、まるで考えずに物を隠したことから起きた、他の人の、しかも大人の涙をみてしまった時の、苦さと痛みと悲しさと、いろんな人が困った顔が、一瞬蘇って消えた。
私はあいつの目をそらさずに、腹の底から言葉を出す。
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「......」
こめかみより上から、何か暖かいものが頬を伝って落ちる。
「あっ!? 大丈夫なん!?」
「やらないって、約束して」
静かに強く言う。あいつは目を吊り上げて口を引き締めた。
「......」
夕日が部屋に差し込む中で、あいつに馬乗りになって肩を押さえ、二人黙りこくって見つめあっている。
自分の頬には部屋に差し込む夕日が当たり、それよりも赤いものひとすじ伝っているようだ。
もしいま外から見れば床で馬乗りになってるパジャマさん。下から見上げるジャージさんである。誰かに見られたらあまり良い絵ではないだろう。
しかし、この時お互いに真剣な目をして見つめ合っていた。
「約束」
二人の呼吸を聞いていて、ようやく、こめかみの少し上を切ったであろうじんじんとした痛みが出てきた。あいつの顔にいくつか落ちたが、お互い目をそらさない。
「............」
「............」
暫く見つめ合って、さらにあいつの顔と床をも少し汚して、ちょっとだけふらっとした感じが出た時に、あいつが視線を外して息を吐く。
「......」
たぶん、あいつは諦めたんだと思う。私の顔は見ないで言った。
「誰のために......こんな......」
私もつられて息を吐く。おそらく私が怒られたから、私のおまもりが取られたから、あいつが怒ってくれているのは解るよ。
だから私は、のぞき込むようにして言った。
「私が、やらないでって言っているんだよ」
その言葉は少し低く出ている。
「......悔しくないんか?」
「あんなの良いんだよ。もう慣れた」
本当は、少し悔しい。たしかにやり返したい気持ちもある。
でも、それであいつが取り返しのつかない事になるのは嫌だし。なにより私はふっちょさんたちも大切なのだ。大切な人たちが、酷い事にはなってほしくない。
「ええんか?」
唇を尖らせたあいつ。その表情が和らいだのを見て、私も少しおちついた。しかし傷が熱を持ち始めている。
あれ、結構痛くない? これ、ちょっとまずくない?
内心焦りだしたが、しかし表面を取り繕うのは慣れているので、平然とした顔で言う。
「だって、あれもさふっちょさんたちの仕事だもん」
口をとがらせる私。怒られていい気分はしていない態度は隠せてないが。
「......大人やなぁ」
「ま、ね」
「さっきまで回転して、とんだー! って、げらげらわらっとったのにな」
「楽しかったね。また、元気になったらさ、隙見てやろうよ」
あいつは少し、眉をひそめた。
「いや、もうええわ。ってかパジャマはだけてるやん。あ、シャツもきてないんか?」
「ふえっ!? 何を見てるの? てか、そっちもジャージじゃん」
「ええジャージなんよ、これでも」
「ふーん......」
ちょっとだけ面白くなった時に、あいつの顔へもう一つ、赤いものが落ちる。
「ちょ、痛くないんか!?」
その言葉で、もう大丈夫かなと思って、肩の手を外す。
「うん。私、ちょっと怪我したって言ってくる」
「いや、また怒られるから休んどき! ふっちょさん呼んでくるわ。どいて」
「約束。あんなことしないって」
少し自嘲げに、あいつは笑った。
「はっ、やらへんって」
「良かった......」
ようやく私も安心して笑った。
「......笑顔が、ええなぁ」
「はあ? ってか、んー!? あれ、これ、頭痛い? というか、止まってくれない!?」
言葉にすると、痛みが増した。流れるものも止まらない。少し慌てたように私は言う。
「ちょ、やっぱ痛い。めでぃっく、メディーック! 急いでー!!」
「ああ! もう急ぐから、どけって」
「うーもうダメ......」
あいつが私を押すのに合わせ、自分から後ろ向きに倒れてみた。しかし、なんか勢いあまって後ろ頭を打ちつけてしまい、また目の奥で星が散ってしまった!
そこで、ちょびっと焦りながら、私は何とかごまかそうとした。
「いま、頭打たんかったか?」
「......いや、打ってないよ?」
ごまかせなかったかな? ちょっと戸惑いながらあいつは起き上がり、自分の顔をぬぐってから走って行く。ナースコールあるのになと思ったのだが、何となく言うのが憚《はばか》られた。
「また怒られるのかなぁ......」
呟いて傷のある当たりを押さえる。
あれ? でも、これ止まらないなぁ? んー、大丈夫かな!? ティッシュを取って押し当てても、すぐに赤く染まってしまう。あ、まずい、まずいな......。
「ここで病院送りってなるの? シャレになってないなぁ」
仕方なくベッドに腰掛けて、怒られるのをいまから身構えてみた。
「ごめんな、またせた!」
あいつはふっちょさんと先生を連れてやってくる。ふっちょさんは少し悲壮な顔をしていた。
「あー......さっき何で怒られたのよ......大人しくっていったのに......ああ、もう、みせなさい!」
怒りをこらえて言ったふっちょさんが、一目見ただけで切り口が深いと思ったらしく、私は手早く処置されてしまった。
記憶ではそれで済まなくて、後で先生からの処置があったと思う。
「ちゃうねん。落ち込んでるの慰めようとして、怪我させてもうたんや......」
ふっちょさんの怒気をみて、あいつが私をかばった。
小声で、『黙ってなきゃ約束はなしや』そんな感じで脅されていたので、私は仕方なしに従った。ふっちょさんはため息とともに言う。
「......ほんとう、何しようとしたのよ? まあ、あとで詳しく聞くわ」
当然、あいつはめっちゃくちゃ怒られてしまった。
その後、びやだるさんとはりがねさんも連れてだって、私に平謝りであった事を付け加えておく。でもあいつが離れた時に、仕返しの話はぼやかして事実を伝えた。今回の件は私も共犯なのである。
「......えっと、その気を付けるんやで?」
ふたりで顔を合わせて目を丸くしていたのが印象的だった。
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「ねえ、どうしたの?」
「ん!?」
しばらく無言だったらしい。
「黙り込んだ後の百面相。何か思い出したんでしょ?」
「うーん、そうだね」
少しコーヒーをのぞき込んで、何と伝えるか考えている。
「まあ、なんというか、なんというかだね」
この夕焼け病室での話は、あまり言いたくないのである。
「んー!? きっと、その後何かあったんでしょ!」
妹の問いかけを受けて、私は話さないと決めた。
「そんでね、まあ、びやだるさんとはりがねさんが謝りに来たのさ」
「んー? すっっっごく、間を飛ばされた気がするわ」
「まあ、飛ばす飛ばさないは私の心ひとつなのだよ」
「むぅ、納得いかない」
への字口の妹に、私は少しだけ申し訳なくなって一言で伝える。
「まあ、うん。病室には夕日が差し込んでいたよ」
「はあ?」
「んでーまあ、そのー、うん、そんな感じ?」
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