上 下
10 / 25
朝焼けメダリオン

10

しおりを挟む
**―――――
「......くるしい」
「どこが?」
「ここ」
「......どうにもなってないわね。お熱はもっかい測ってね。いまのは無しよ」
「あったじゃん、熱」
「うん、もう一回ね」
「んー、ここが痛いの!」
「......みせて、さっきと違うけど、いたいの?」
「どっちも痛い」
「ふーむ、まあ。今日は大丈夫そうよ。お日様に当たるくらいはできるんじゃないかな?」
「......いい」
「そう? まあ、ごはんとっておいで」
「持ってきて」
「それくらいはできるはずよ。うん、お熱はないわね」
「もってきて」
「取りにおいで」
「......苦しいの」
「もう、しょうがない」

 たしか、こんなやりとりが多かった。ほぼ毎日だったんじゃないかな?
 いつも忙しそうにみえるふっちょさんだが、中々先に進まないのだ。彼女の言葉にとげはなかったはずだ。

 え、私たちが品行方正だったのか? ですって!? えっと、私やお隣さんは、その......別の意味でたくさんの迷惑をかけてきたからね、その、えっと......すみませんとしか言えないし、おそらく、この子以上に責められてしまうんですが、それはまたいずれですね......。

 さて、あの子は不満顔をしていた。ふだんは近寄りがたい態度なのだが、たまに話しかけて来る。

「ねえ、あのひと、ムカつく!」
「えー? どこが?」
「言うこと、聞かないじゃん」

 どういうことだろう? 私は疑問に思って聞いてみた。

「言うことって、何かあるの?」
「だって! あたし、入院してるんだよ! もっと、こう、優しくしてほしい!」
「ふっちょさんは、優しいんじゃないかな?」

 少しでも否定的なことをいうと、途端に不機嫌そうな目で睨んでくる。だから、私は苦手なのだ。そこをフォローしてくれたのは、あいつである。この頃にはもう入院していたのだ。あいつは軽い感じで話に参加してくれる。

「せやな。ちょっと厳しいけど、でも、良い人やろ?」

 あいつがふっちょさんをかばうと、あの子の目は吊り上がった。

「えー、あなた、いっつも目をつけられてんじゃん」
「んー? そうやっけ?」
「そりゃ、当然じゃん! 廊下とか屋上とか走りまわるって......ダメでしょ?」
「あー、せやなぁ......」

 あいつは、検査入院で元気が有り余っているのだろう。いつも、行動的だしナースの皆様からしたら危なっかしいと思う。というか、私から見ても危なっかしいと思っていた。
 そうだ、あいつばっかり責めれない。懺悔ざんげを追加するならば、私がとっても調子が良い時には一緒になって走り周るのに挑戦して、大変な目にあってしまう。
 そして、きびしく怒られることもあった。......それも何度か。その時のふっちょんさんの恐ろしさは、あまり思い出したくない。

「でもさ、君は仕方ないじゃん! なんだっけ、運動しないと駄目なんでしょ?」
「そんなこと無いんよ? ただ、ひまだったやん! つい、動きたくなるんや」

 それから私をちらと見て、少し不服そうな顔をする。

「まあ、話し相手も寝とるもんな」
「あー、そういえば私、最近寝込んでたもんねぇ」
「はよ元気になりいや」
「うぅ......」

 私が話に入ると、その子はむっつりと口を閉じて、頬をふくらます。

「でも、私ふっちょさん好きだよ」
「せやなー、ちょっとうるさいけど、患者のためにっての、わかるわ!」
「......ふぅん、そうなんだ」



 そして何日かあと、ナースステーションの辺りで騒がしい。
 喧噪けんそうに釣られて私はその姿を見た。そこにはあの子のご両親がやってきて、なにやら抗議をしている。よくよく聞いてみるとふっちょさんへのものらしい。

 しかし、ご両親の話を聞いていたのはしかめっ面の白衣のおじさんだった。そうだ、あのとき、ふっちょさんはいなかった。狙ったのか、たまたまお休みだったのかはわからない。

「つまり、娘がここの看護師長さんにちゃんと見てもらっていないと訴えています」
「ふむ、本人が不在なので確認を取ろうと思いますが、どのような内容でしょうか?」
「どうも、本人の感覚と診ている感想が違うとか?」
「ふむ......しかし」
「医学的なことは良いのです。娘が不信感を持つような人が看護師長というのはどういうことでしょうか?」
「いえ、彼女はとても優秀で、私たちも助かって......」
「それでは、なぜ娘が不信感をもつのでしょう?」

 声が大きかった。もっと、なのやら言っていたはずなのだ。それも、ふっちょさんの人格を疑っている感じの、である。そういった部分は覚えることができなかった。あの子は、ばつの悪そうな顔でもしてるかと盗み見るが、薄く笑っている。その顔が気持ち悪かった。

 白衣のおじさんは一回だけ頭を下げて、その後何か言っていた。親御さんはなんか狼狽えていたと思う。発言は一言二言だけだったが、その白衣おじさん眼鏡がきらりと光って、隠れてみていた私たちに向いた気がして、ちょっと怖かった。

「......」

 言葉数は少ないようだが、視線に強い感情が生まれている。あの子の親御さんはさらに言葉をぶつけている。ふっちょさんがいたらなぁ、本人がいればやり返すのに! 私はとても悔しく思って見ていた。

「ぱぱったら、あたしが大好きなの」

 あの子の言葉が耳に残る。私はそのぱぱを見る。なぜか腕を組んで、白衣の人の斜め上の方を見ながら詰め寄っていた。なぜか私は背筋が寒くなった。


**―――――
「親御さんの物言いもそうだけど、あの子の言い方がね、ちょっと気味が悪かった」
「嫌だよね。うん。あたしはそういうの嫌い」

 妹がめずらしく私への同意の言葉。ふと、妙な事に気がつく。

「......?」

 そうだ。これって私のトラウマになってたんじゃないかな? あまり人には言わないが、私は昔から腕を組んでいるひとが苦手なのだ。自分では努めてやらない。
 いつのころだったか、マナー講習を受けた際、講師のお姉さまが腕組のポーズを見せて『これってガードポジションですから、失礼に当たる場合もあります』と教えてくれたとき、あのおじさんの顔が浮かんで、なるほどなぁと思ったものだ。

「どうしたの?」
「うん、ちょっとね......」

 話の中から自分の行動理由を見つけて驚いたのだ。そんな私に、妹から言葉が掛かる。

「ねえ、ふっちょさんは大丈夫だったの?」

 そこで話に戻った。そして私は少し首をひねる。何をもって大丈夫というのだろうか?

「ん、どうだろう?」
「音沙汰無し?」
「まあ、今はあの病院にはいないんだけどね」
「ちょっと!? 大丈夫だったの!?」

 そう。退院から結構時間が経った後に行く機会があり、私は懐かしい方々とお話できた。しかし、ふっちょさんはいない。少し慌ててお聞きした。
 その時は妹と同じように思って、何か良くないことがおきたんじゃないかと焦ったものである。だが......よくよく聞くと実際には良い形での退職だったらしい。

「ま、大丈夫だよ。なんと、話に出てきた白衣おじさんが個人で開業したらしくてさ、そこで働いてるっていってたよ」

 妹は目を丸くする。

「え、そうなの? ふっちょさん大丈夫? 威圧感がすごい人だって言ってたじゃない?」

 あれ、そこまで厳しい感じって言ったっけな?

「んんー? たぶん、それは私の印象だからだとおもうよ?」
「え、でも眼鏡がキラキラしてたんでしょ?」

 なんだろう、その表現? それじゃ気味の悪い人になっちゃうじゃん。

「まあ、機嫌の悪い時にはそんなかんじ? でも、悪さしなきゃそもそも怒らないからね」
「おや? ってことは......何度か見たことのある人って悪さしたのよね? つまり......」

 おっと、これ以上推理されると変な被害を受けそうだ。私は言葉を遮り眼鏡の人をほめたたえることにした。

「実は優しい人なんだよ? あのキラキラ眼鏡も、可愛いものを見るときに、表情を隠してる感じだったし」
「カワイイ? だれが? お隣さん以外にいないでしょ?」

 おや? えっと、え? 目の前に居るヒトも、イチオウ、入院しておりましたよ?

「まあ、たしかに可愛いんだけどねー、でも、他にもかわいい子はいたけどなぁ?」
「はっ、それでさ、白衣のおじさんの優しい要素はそれだけなの?」

 あのね、鼻で笑われるとぉ、それはそれは傷つくって知ってるかなぁ? 妹さん?

「あのおじさんは、えーっと」

 心に受けた傷を見せないように、私は白衣おじさんの思い浮かべた。
 この目で確かに見た例もあるし、伝え聞いたこともいくつかある。だけどなぁ、ピシッとしてるんだけど、シャツが片方出てるってのは、私も見つけた。
 それに悩むと髪を掻きあげるくせがあって、ときどきぼさぼさになっている姿を、あやつに指摘されている。
 そうだ、思い出してみるとけっこうアレな要素が多くて、あのおじさんの名誉のためにも私は話さない。あと、話の流れ的に妹を不安にさせてしまうだろう。

「まあ、ふっちょさんがしっかりしてるからさ、大丈夫だよ」
「盛大にごまかしたわね? まあ、ふっちょさんにとっては良いとこそうなの?」
「......たぶん、大丈夫だと思うよ?」
「本当?」
「たぶんとしかいえないけどね。だってさ、職場の人がとってもうれしそうに教えてくれたんだよ」

 小さく笑って私は言った。

「退職後の職場に、良い言われ方してるんだからさ、うん、ふっちょさんたちは大丈夫!」
「......そっか、よかった」

 二人して軽く息を吐き、同じような動作でぬるくなったコーヒーを一口頂いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい

四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』  孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。  しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。  ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、 「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。  この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。  他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。  だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。  更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。  親友以上恋人未満。  これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。

「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨

悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。 会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。 (霊など、ファンタジー要素を含みます) 安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き 相沢 悠斗 心春の幼馴染 上宮 伊織 神社の息子  テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。 最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*) 

処理中です...