10 / 10
終 月灯の帰路
しおりを挟む
篠原は周りを警戒していた。異常はないことを確かめ息を吐く。
「おみごと!」
二人の刃が交わった瞬間を見た篠原は、相打ちかと思った。しかし結果は武田のみが倒れ、斎藤に斬られた様子はない。
「斎藤君、怪我はないんだね?」
つい聞いてしまった。篠原は離れていたこともあり、目の前で起きた血闘で斎藤がどのような業を用いたのか解らない。
「ええ、無傷です。実は試したい業があってね。うまくいったようですな」
「試した……と?」
篠原は驚きを隠さず聞いた。実戦の最中で業を試すというのは普通ではない。
彼も市中警護に当たったこともある。そこで練度の低い業を用いた者は、多くの場合は骸となるのだ。実践と稽古は違う。結局は狙った業になりにくい。
「いやぁたまたまね、型と似た状況になったからです」
斎藤は後の先を取る業の一つに焦点を当てて、試行錯誤を繰り返している。今宵、立ち合いで使えるかの疑問がわいたので、言葉を用いて武田の行動を縛り誘導したのだ。
「たまたま? もともとある業なのかね?」
斎藤は口が滑ったというような顔をした。どうやら彼は、自分の努力を喋るのを、みっともないと思っているらしい。
ごまかそうと周りと自分を見回して何かに気付き、あっと言った感じで呟く。
「しまったな、汚れてしまった」
浅黄色の羽織に一点、飛び散った血染みが付いている。斎藤は眉をひそめてその染みを睨み、唇をとがらせた。
「総司なら綺麗なままだったろうに……。こう言うところは、真似できないな」
染みが浮かんだ羽織には、武田の恨みの一つでもあるかのように、月に照らされ黒く浮かぶ。
「そうじ……ああ沖田君か、彼の剣は鋭いなぁ」
「ええ。一時期ね、あいつと競っていたことがあったんですよ」
「ふむ?」
沖田と斎藤は試衛館からの仲である。彼もまた自分自身を刀として、担い手へと思想を預けた剣客とみている。彼は剣の申し子と言えるほど、その働きは輝かしいものがある。
剣客は自らの業を高めることに貪欲であり、先を行く競い相手がいれば発奮して追いつき、追い抜けるように自らを省み、磨き、さらなる高みへと邁進するものだ。
「新撰組でもね、暇な時にゃぁ道場で競ったりもするんです。ただ、あいつは肺が悪からなぁ……」
呟きながら武田の死骸を視界の端に入れつつ、刀身の曲がりを確かめる。刀は扱いを間違えたり、骨に食い込んだりがおきた場合、曲がることもある。手ごたえとしてそんな事は無かったのだが、刀身の確認は癖にしていた。
また刀身の見方もコツがあり、切っ先を下ろし、血が柄に入らないよう注意する。物打ちには血がついているようだ。
「そうだ、鴨川があるな。すまないが検分をお願いしても?」
「ああ、やっておこう。存分に洗ってくるといい」
刀は血を付けたままほっておけば錆が浮く。また、血を付けたまま鞘に収めると、鞘が内から腐って使い物にならなくなるのだ。
普段であれば血を振り落として懐紙で拭い、屯所へ戻って水で流した後、打ち粉を打って油をひくなどの手入れをするものである。
しかし今、銭取橋のたもとで、近くを鴨川が流れている。
川で濯いで丹念に拭っておけば急場はしのげるだろう。
斎藤は立ち上がり、鴨川まで下りて行った。
月明かりがあるとはいえ夜である。せせらぎは暗く耳が頼りとなる。
それでも斎藤は刀を洗ったのち何度か振って水を払い、懐紙で拭う。ふと、篠原が降りてきた。
「斎藤君、待たせたかね?」
「おや、速いですな?」
「ああ。急所に一撃だったからね。すでにこと切れていたよ」
斎藤は拭いを掛けてもう一度刀身を確かめると、静かに納める。
「それじゃ、行こうか」
「はい」
月の下、二人は歩き出した。
人斬りのあとは、斎藤も気が昂ぶるのであろうか? 彼はいつもより饒舌であった。
篠原が業に対して聞いてきたことにも、気軽に答えている。
「斎藤君、あの業は何処で学んだのかね?」
「あれは……何て言ったらいいのかな? 自分の工夫が入った古流の型の一つ、ですね」
遠くから見ていた篠原であるが、剣理がよくわからない。お互いに刃はぶれずに振るわれたのだが、しかし、倒れたのは武田のみであり、斎藤には傷一つない。
「後の先、かね?」
「そうですね。いろいろ試してて、ちょいとね、気付いてしまったんです」
五輪の書を独自解釈した『ゆるゆるとした普段用いる何気ない動作こそが最も速い』という結論、その実践感覚を掴むためにあの業を選んだともいえる。
あの場で緊張が出ていれば、斬られたのは自分であった。そこはかとない自信がいる。その自信は積み上げてきた稽古に比するのだ。
「あんな業があったんだなぁ」
篠原は素直に感嘆をこぼす。
剣客は業に関してのことは、深くは答えないし、訪ねないものだと篠原も心得ている。ただ、自分の理解できない業の輝きを賞賛せぬほど篠原は根暗ではない。
彼は斎藤より一回り上の齢で柔の名手であり、さまざまな業の造詣も深いのだが、剣は斎藤には劣ると自覚している。
篠原は斎藤の強さを少しでも知りたいと思い、話題を変えた。
「しかし、今日は珍しく明るい夜だな。斎藤君、こんな月は久しぶりだと思わないか?」
「ええ。提灯もいらないってのは、珍しいですな」
ふと、斎藤は昔を思い出し、そのまま言葉にする。
「蒼月……かぁ」
「何かね? 蒼月?」
「蒼い月ですから」
「ふむ……」
斎藤は少し笑った。
「そういえばね、お日様のもとで振るうのが白刃なら、月のもとで振るうのは青い刃、蒼刃っていうんですね……」
「…………?」
急に詩的な話をしだした斎藤に、篠原は珍しいものを見るような眼差しを向ける。
当の斎藤には昔のことが浮かんでいた。あの日の試衛館での語らい以後、磨き続けてきた自分の業と、志と言える担い手の命に従う日々を、次々と……。
自分の仕事は斬ることである。志士も隊士も月のある日もない日も、昼も、夜も、彼はその刃を振るってきたのだ。
「俺はそっちが多かったな……」
自嘲気味に言った。すこし嘆息に近い。
「そうかね……」
篠原は感受性豊かな性質であり、心根が優しい。彼はできれば人を刺したくない思いがある。今の自嘲を斎藤の悲哀と受け取った。
「確かに、な……」
少し憐憫の目で見てから、篠原は彼らしい言葉を掛ける。
「しかし、斎藤君、時勢だよ。この時勢が正しく過ぎれば、そんな刃はいらなくなるさ」
「え? そう、ですか」
斎藤はその言葉に、驚いたような顔をする。
「私もね、伊東君の元で同じような役回りが多い。だが、伊東さんが考える時代は、裏で同志を刺すなど無くなるだろう」
伊東は志の人であることを、篠原は強調した。
篠原は斎藤の御陵衛士参加を、一個の志士として攘夷を貫徹するという、若者特有の熱気であるとみている。
さらに今の表現に斎藤の詩心をみた。詩心には本音が現れる。つまり篠原は斎藤に、志の為に誰よりも手を汚してきた悲哀をみたのだ。
それはある意味では当たっているのかもしれないが、同時にまるで違っているともいえる。
「……そう、ですか」
「大丈夫だ斎藤君。私たちは、国を守るために行動せねばならん」
「はあ」
篠原は伊東の古くからの同輩だった。
御陵衛士が目指すべき先を聞いている。その一部と伊東の姿勢を斎藤に伝えた。
「私もね、あまり難しいことは考えないのさ。ただ、伊東さんが言うには……」
「はい」
その言を聞き流しながら、斎藤は思う。
少し離れた所から見ているので、斎藤は伊東の志の高さと、志を遂げるための邁進する姿勢は魅力的だとは思う。だが、現実はどうだろう?
志に殉じた志士は星の数ほどいる。将来のためにと、志を大きく持っているものほど行動は過激であり、非情であり、狂っている。現実を良くするためにではなく、先を良くするために今を壊す矛盾はどうであろうか?
『合ってないな……』
口には出さないが、斎藤は強く感じた。この感覚のずれが、斎藤と篠原の違い、新撰組と御陵衛士の違いであろう。
新撰組は近藤・土方のもとで、警察機関並びに軍事機関であることを務めようとしている。
一方、御陵衛士は伊東を中心とした政治結社であった。
軍は上の命に従い、現実の戦場を切り開くため、あくまで現実に目を向け、今を見据えて目的を果たす行動をとるものである。
政治は、時代の流れを読み、国民感情を汲み取り、新たな時代を切り開くため、一つ先を見据えて行動するものである。
斎藤は近藤・土方を写し取っていた。それはすなわち軍人に近しいものであり、あくまで現実をどう切り開くかに主眼を合わせているのだ。
だから、斎藤の見方は現実の直視であり、常に厳しくて辛い評価を下す。
例えばひとつの結論として、今まで生涯をかけて磨いてきた剣術は、銃相手では役に立ないだろう。
個人で戦っている分には良いが、いくさは組織によるものであり、最新式の銃を組織的に扱えねば、いくさで勝利はつかめまい。
そういった現実に則した未来予測をし、彼は少しだけ首をかしげて思う。
『たしかに、俺はいらなくなるだろうなぁ……』という、観測であった。
「皆の力を結集して夷敵を打ち払い、新たな時代を切り開くために……」
伊東の受け売りを語る篠原の姿を、冷静な目で見る。正直なところ、こう言った話題には付き合いたくはなかった。斎藤は言葉を聞き流すように相槌だけ打つ。
伊東をはじめとした御陵衛士の一派は、信念を強く前に出している。
だが、斎藤にはその言葉ほどの実があるだろうか? と思ってしまうのだ。
『行動を第一とする』彼の担い手は、志などはあまり語らずに隊規を定め、隊の編制をもって新撰組が効果的な働きができるよう務めてきた。斎藤が今ここにいるのも、彼の命である。
伊東達にそういったことができるのだろうか? 出来そうなら、それも報告せねばなるまい。
斎藤は自嘲気味に下を向く。そして話の切れ間を捕えて羽織を脱いだ。
「小袖を汚さなくてよかったな」
斎藤は少しケチ臭いことを言葉にする。これは、次の仕事の布石でもあった。
「小袖? 気にすることかい」
「ええ、ちょいと最近入用でね。仕立て直しも困っているんです」
身近な話になると、篠原は年長者らしい世話好きな姿を見せた。
「ほう、どうしたんだ? 酒か? 女かね?」
「良い掘り出し物があったんですよ。ちょいと金を借りることになったんですがね、清光ですぜ」
「ああ、刀か」
篠原は目利きには疎い。仕方ない奴だといった顔で斎藤という若者を眺める。
「あまり変な所で借りぬように……そうだな、伊東さんにこの件を報告するから、まあ褒賞に色を付けてもらおうや」
「ええ……ありがとうございます」
そして、二人は月の下を歩きだす。
その後、彼らの運命は大きく捻じれることとなるのだが、それは別の話である。
斎藤の興味として、彼の担い手である土方歳三は今後どのような命を下すのだろうか?
少し楽しみにしつつ、彼は蒼い月灯りを歩く。
道は暗いようで、明るいようで、自らの才覚によって歩まざるを得ないだろう。
すべての夜を照らす月は、彼らをただ見ているだけであった。
了
「おみごと!」
二人の刃が交わった瞬間を見た篠原は、相打ちかと思った。しかし結果は武田のみが倒れ、斎藤に斬られた様子はない。
「斎藤君、怪我はないんだね?」
つい聞いてしまった。篠原は離れていたこともあり、目の前で起きた血闘で斎藤がどのような業を用いたのか解らない。
「ええ、無傷です。実は試したい業があってね。うまくいったようですな」
「試した……と?」
篠原は驚きを隠さず聞いた。実戦の最中で業を試すというのは普通ではない。
彼も市中警護に当たったこともある。そこで練度の低い業を用いた者は、多くの場合は骸となるのだ。実践と稽古は違う。結局は狙った業になりにくい。
「いやぁたまたまね、型と似た状況になったからです」
斎藤は後の先を取る業の一つに焦点を当てて、試行錯誤を繰り返している。今宵、立ち合いで使えるかの疑問がわいたので、言葉を用いて武田の行動を縛り誘導したのだ。
「たまたま? もともとある業なのかね?」
斎藤は口が滑ったというような顔をした。どうやら彼は、自分の努力を喋るのを、みっともないと思っているらしい。
ごまかそうと周りと自分を見回して何かに気付き、あっと言った感じで呟く。
「しまったな、汚れてしまった」
浅黄色の羽織に一点、飛び散った血染みが付いている。斎藤は眉をひそめてその染みを睨み、唇をとがらせた。
「総司なら綺麗なままだったろうに……。こう言うところは、真似できないな」
染みが浮かんだ羽織には、武田の恨みの一つでもあるかのように、月に照らされ黒く浮かぶ。
「そうじ……ああ沖田君か、彼の剣は鋭いなぁ」
「ええ。一時期ね、あいつと競っていたことがあったんですよ」
「ふむ?」
沖田と斎藤は試衛館からの仲である。彼もまた自分自身を刀として、担い手へと思想を預けた剣客とみている。彼は剣の申し子と言えるほど、その働きは輝かしいものがある。
剣客は自らの業を高めることに貪欲であり、先を行く競い相手がいれば発奮して追いつき、追い抜けるように自らを省み、磨き、さらなる高みへと邁進するものだ。
「新撰組でもね、暇な時にゃぁ道場で競ったりもするんです。ただ、あいつは肺が悪からなぁ……」
呟きながら武田の死骸を視界の端に入れつつ、刀身の曲がりを確かめる。刀は扱いを間違えたり、骨に食い込んだりがおきた場合、曲がることもある。手ごたえとしてそんな事は無かったのだが、刀身の確認は癖にしていた。
また刀身の見方もコツがあり、切っ先を下ろし、血が柄に入らないよう注意する。物打ちには血がついているようだ。
「そうだ、鴨川があるな。すまないが検分をお願いしても?」
「ああ、やっておこう。存分に洗ってくるといい」
刀は血を付けたままほっておけば錆が浮く。また、血を付けたまま鞘に収めると、鞘が内から腐って使い物にならなくなるのだ。
普段であれば血を振り落として懐紙で拭い、屯所へ戻って水で流した後、打ち粉を打って油をひくなどの手入れをするものである。
しかし今、銭取橋のたもとで、近くを鴨川が流れている。
川で濯いで丹念に拭っておけば急場はしのげるだろう。
斎藤は立ち上がり、鴨川まで下りて行った。
月明かりがあるとはいえ夜である。せせらぎは暗く耳が頼りとなる。
それでも斎藤は刀を洗ったのち何度か振って水を払い、懐紙で拭う。ふと、篠原が降りてきた。
「斎藤君、待たせたかね?」
「おや、速いですな?」
「ああ。急所に一撃だったからね。すでにこと切れていたよ」
斎藤は拭いを掛けてもう一度刀身を確かめると、静かに納める。
「それじゃ、行こうか」
「はい」
月の下、二人は歩き出した。
人斬りのあとは、斎藤も気が昂ぶるのであろうか? 彼はいつもより饒舌であった。
篠原が業に対して聞いてきたことにも、気軽に答えている。
「斎藤君、あの業は何処で学んだのかね?」
「あれは……何て言ったらいいのかな? 自分の工夫が入った古流の型の一つ、ですね」
遠くから見ていた篠原であるが、剣理がよくわからない。お互いに刃はぶれずに振るわれたのだが、しかし、倒れたのは武田のみであり、斎藤には傷一つない。
「後の先、かね?」
「そうですね。いろいろ試してて、ちょいとね、気付いてしまったんです」
五輪の書を独自解釈した『ゆるゆるとした普段用いる何気ない動作こそが最も速い』という結論、その実践感覚を掴むためにあの業を選んだともいえる。
あの場で緊張が出ていれば、斬られたのは自分であった。そこはかとない自信がいる。その自信は積み上げてきた稽古に比するのだ。
「あんな業があったんだなぁ」
篠原は素直に感嘆をこぼす。
剣客は業に関してのことは、深くは答えないし、訪ねないものだと篠原も心得ている。ただ、自分の理解できない業の輝きを賞賛せぬほど篠原は根暗ではない。
彼は斎藤より一回り上の齢で柔の名手であり、さまざまな業の造詣も深いのだが、剣は斎藤には劣ると自覚している。
篠原は斎藤の強さを少しでも知りたいと思い、話題を変えた。
「しかし、今日は珍しく明るい夜だな。斎藤君、こんな月は久しぶりだと思わないか?」
「ええ。提灯もいらないってのは、珍しいですな」
ふと、斎藤は昔を思い出し、そのまま言葉にする。
「蒼月……かぁ」
「何かね? 蒼月?」
「蒼い月ですから」
「ふむ……」
斎藤は少し笑った。
「そういえばね、お日様のもとで振るうのが白刃なら、月のもとで振るうのは青い刃、蒼刃っていうんですね……」
「…………?」
急に詩的な話をしだした斎藤に、篠原は珍しいものを見るような眼差しを向ける。
当の斎藤には昔のことが浮かんでいた。あの日の試衛館での語らい以後、磨き続けてきた自分の業と、志と言える担い手の命に従う日々を、次々と……。
自分の仕事は斬ることである。志士も隊士も月のある日もない日も、昼も、夜も、彼はその刃を振るってきたのだ。
「俺はそっちが多かったな……」
自嘲気味に言った。すこし嘆息に近い。
「そうかね……」
篠原は感受性豊かな性質であり、心根が優しい。彼はできれば人を刺したくない思いがある。今の自嘲を斎藤の悲哀と受け取った。
「確かに、な……」
少し憐憫の目で見てから、篠原は彼らしい言葉を掛ける。
「しかし、斎藤君、時勢だよ。この時勢が正しく過ぎれば、そんな刃はいらなくなるさ」
「え? そう、ですか」
斎藤はその言葉に、驚いたような顔をする。
「私もね、伊東君の元で同じような役回りが多い。だが、伊東さんが考える時代は、裏で同志を刺すなど無くなるだろう」
伊東は志の人であることを、篠原は強調した。
篠原は斎藤の御陵衛士参加を、一個の志士として攘夷を貫徹するという、若者特有の熱気であるとみている。
さらに今の表現に斎藤の詩心をみた。詩心には本音が現れる。つまり篠原は斎藤に、志の為に誰よりも手を汚してきた悲哀をみたのだ。
それはある意味では当たっているのかもしれないが、同時にまるで違っているともいえる。
「……そう、ですか」
「大丈夫だ斎藤君。私たちは、国を守るために行動せねばならん」
「はあ」
篠原は伊東の古くからの同輩だった。
御陵衛士が目指すべき先を聞いている。その一部と伊東の姿勢を斎藤に伝えた。
「私もね、あまり難しいことは考えないのさ。ただ、伊東さんが言うには……」
「はい」
その言を聞き流しながら、斎藤は思う。
少し離れた所から見ているので、斎藤は伊東の志の高さと、志を遂げるための邁進する姿勢は魅力的だとは思う。だが、現実はどうだろう?
志に殉じた志士は星の数ほどいる。将来のためにと、志を大きく持っているものほど行動は過激であり、非情であり、狂っている。現実を良くするためにではなく、先を良くするために今を壊す矛盾はどうであろうか?
『合ってないな……』
口には出さないが、斎藤は強く感じた。この感覚のずれが、斎藤と篠原の違い、新撰組と御陵衛士の違いであろう。
新撰組は近藤・土方のもとで、警察機関並びに軍事機関であることを務めようとしている。
一方、御陵衛士は伊東を中心とした政治結社であった。
軍は上の命に従い、現実の戦場を切り開くため、あくまで現実に目を向け、今を見据えて目的を果たす行動をとるものである。
政治は、時代の流れを読み、国民感情を汲み取り、新たな時代を切り開くため、一つ先を見据えて行動するものである。
斎藤は近藤・土方を写し取っていた。それはすなわち軍人に近しいものであり、あくまで現実をどう切り開くかに主眼を合わせているのだ。
だから、斎藤の見方は現実の直視であり、常に厳しくて辛い評価を下す。
例えばひとつの結論として、今まで生涯をかけて磨いてきた剣術は、銃相手では役に立ないだろう。
個人で戦っている分には良いが、いくさは組織によるものであり、最新式の銃を組織的に扱えねば、いくさで勝利はつかめまい。
そういった現実に則した未来予測をし、彼は少しだけ首をかしげて思う。
『たしかに、俺はいらなくなるだろうなぁ……』という、観測であった。
「皆の力を結集して夷敵を打ち払い、新たな時代を切り開くために……」
伊東の受け売りを語る篠原の姿を、冷静な目で見る。正直なところ、こう言った話題には付き合いたくはなかった。斎藤は言葉を聞き流すように相槌だけ打つ。
伊東をはじめとした御陵衛士の一派は、信念を強く前に出している。
だが、斎藤にはその言葉ほどの実があるだろうか? と思ってしまうのだ。
『行動を第一とする』彼の担い手は、志などはあまり語らずに隊規を定め、隊の編制をもって新撰組が効果的な働きができるよう務めてきた。斎藤が今ここにいるのも、彼の命である。
伊東達にそういったことができるのだろうか? 出来そうなら、それも報告せねばなるまい。
斎藤は自嘲気味に下を向く。そして話の切れ間を捕えて羽織を脱いだ。
「小袖を汚さなくてよかったな」
斎藤は少しケチ臭いことを言葉にする。これは、次の仕事の布石でもあった。
「小袖? 気にすることかい」
「ええ、ちょいと最近入用でね。仕立て直しも困っているんです」
身近な話になると、篠原は年長者らしい世話好きな姿を見せた。
「ほう、どうしたんだ? 酒か? 女かね?」
「良い掘り出し物があったんですよ。ちょいと金を借りることになったんですがね、清光ですぜ」
「ああ、刀か」
篠原は目利きには疎い。仕方ない奴だといった顔で斎藤という若者を眺める。
「あまり変な所で借りぬように……そうだな、伊東さんにこの件を報告するから、まあ褒賞に色を付けてもらおうや」
「ええ……ありがとうございます」
そして、二人は月の下を歩きだす。
その後、彼らの運命は大きく捻じれることとなるのだが、それは別の話である。
斎藤の興味として、彼の担い手である土方歳三は今後どのような命を下すのだろうか?
少し楽しみにしつつ、彼は蒼い月灯りを歩く。
道は暗いようで、明るいようで、自らの才覚によって歩まざるを得ないだろう。
すべての夜を照らす月は、彼らをただ見ているだけであった。
了
0
お気に入りに追加
7
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
北武の寅 <幕末さいたま志士伝>
海野 次朗
歴史・時代
タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。
幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。
根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。
前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

壬生狼の戦姫
天羽ヒフミ
歴史・時代
──曰く、新撰組には「壬生狼の戦姫」と言われるほどの強い女性がいたと言う。
土方歳三には最期まで想いを告げられなかった許嫁がいた。名を君菊。幼馴染であり、歳三の良き理解者であった。だが彼女は喧嘩がとんでもなく強く美しい女性だった。そんな彼女にはある秘密があって──?
激動の時代、誠を貫いた新撰組の歴史と土方歳三の愛と人生、そして君菊の人生を描いたおはなし。
参考・引用文献
土方歳三 新撰組の組織者<増補新版>新撰組結成150年
図説 新撰組 横田淳
新撰組・池田屋事件顛末記 冨成博
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
【超短編読み切り】「正直お豊の幸福」
糺ノ杜 胡瓜堂
歴史・時代
江戸時代、下級武士の出身から驚異の出世を遂げて、勘定奉行・南町奉行まで昇り詰めた秀才、根岸鎮衛(ねぎしやすもり)が30年余にわたって書き記した随筆「耳嚢」
その「巻之二」に掲載されているお話を原話として、軽く小説風にした読み切りの超短編小説です。
「正直に加護ある事 附 豪家其気性の事」というお話が元ネタとなっています。
当時「けころ(蹴転)」と呼ばれた最下級の娼婦が、その正直さゆえに幸せになるお話です。

妖刀 益荒男
地辻夜行
歴史・時代
東西南北老若男女
お集まりいただきました皆様に
本日お聞きいただきますのは
一人の男の人生を狂わせた妖刀の話か
はたまた一本の妖刀の剣生を狂わせた男の話か
蓋をあけて見なけりゃわからない
妖気に魅入られた少女にのっぺらぼう
からかい上手の女に皮肉な忍び
個性豊かな面子に振り回され
妖刀は己の求める鞘に会えるのか
男は己の尊厳を取り戻せるのか
一人と一刀の冒険活劇
いまここに開幕、か~い~ま~く~
狂乱の桜(表紙イラスト・挿絵あり)
東郷しのぶ
歴史・時代
戦国の世。十六歳の少女、万は築山御前の侍女となる。
御前は、三河の太守である徳川家康の正妻。万は、気高い貴婦人の御前を一心に慕うようになるのだが……?
※表紙イラスト・挿絵7枚を、ますこ様より頂きました! ありがとうございます!(各ページに掲載しています)
他サイトにも投稿中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる