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2 博士は次元の壁に挑むようです

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「えっと!? どういうこと?」

 妹って表情がすごく出る。こういうところが、親友ちゃんたちにも受けてんだろなぁ。変なことを考えつつ、私はその疑問に答えた。

「私もさ、よく解らない考えなんだけど、『決めてたからの、もう作ることはない』ってさ」
「ええええ! もったいない! 異世界へ行けるんだよ!」

 前ぽろっとこぼしたけど、妹は異世界転生したいらしい。嫌なことあったの? って聞いたら、魔法が使ってみたいもんっ! だからなぁ。

 内緒だけど、あやしい詠唱えいしょうを試しているのも知っている。……聞かなかったふりしてるけどね。

 ちょっと前に、「現代科学じゃだめなの? 博士にたのんだら、目からビーム出せるくらいにはなりそうだよ?」と言ってみて、とっても嫌な顔された覚えがある。
 まあ、そこは好みだろう。私は、生暖かい目で見ているよ。交通事故には気を付けてもらおう。

「あー、異世界とかは、まあ、本当、どうでもいいんだけどさ。私は当たり発明だとは思ったよ」
「あたり?」
「あの段階でも、すごくいろいろ使えるでしょ」

 危なさを伝えすぎたためか、妹は眉をひそめ手首を傾しげる。

「えっと、たとえば?」
「すっごく硬いものに、簡単に穴があけれるんだよ?」
「ああ……てか、悪用がどうとかいってなかった?」
「え、ああー、んー」

 さっき失言したかなぁ? 私は言葉に詰まってしまう。

 この葛藤かっとうは、私が人のダメな部分を見る機会が多かった事に起因する。
 えっと、まあ、その、上を目指す人ってのはやっぱり、蹴落とすことも躊躇ちゅうちょしないし、だまし傷つけてヘイキな人も、一定数存在するのだ。
 その他にも、足を引っ張るためにニコニコ絡んでくる人とか、理由はわかんないけど自分の為に他を悪としてしまう人とか、結構いる。

 できることなら妹は、人の悪意には触れないでほしい……。そう思うと、具体的に伝えることに忌避感が湧いてくる。
 はっきりいってエゴだ。それでも、言葉を選び、私は言う。

「どんなものでも悪用はできるって話だよ。悪い人が使ったら、もうほんと恐ろしいものになると思うよ」
「んー?」
「博士のサイレントキラー目覚ましだって、想定では打ち身程度だけど、使い方によっては危険でしょ?」
「んー。まあ……だから壊しちゃったもんね」
「あれはさ、組織ってのが怖かったからだよ」
「まあ、うん。そうだよね」

 そういうのを壊していいのかって? 良いんです! というか、私の声が勝手に使われてたし、そういった方向で有名になりたくないのです!

「悪い使い方は詳しくは言いいたくないんだよ。ちょっと自分で考えてみなよ」
「えー、なんかはぐらかされた感じ?」

 どうにか話題を変えようと少し考え、私は言った。

「で、私はしぶしぶとハンマーを取り出したのだよ」

 露骨ろこつな話題転換だったのだが、何かを感じたのだろうか、妹は眉をひそめた。

「うっそだー! 嬉々ききとして取り出したでしょ!」
「おやおや、君は私の何を知ってるんだね?」
「駄目さ加減はほとんど全部」
「それは、忘れてくれたまえ」
「ムリ」
「わ、私も、お互いの残念な部分には目をつむるからさ」
「『特に自分のは……』とか付け加えてない?」
「あっはっは、ま、まあ、そこは、お互いさまだね」
「もう……。駄目は仕方ないとしてもよ、壊すのに楽しさ見つけたんじゃない?」

 ええっ!? 違いますよ! つつしみと大人しさの代名詞とまで言われた私ですからね!?
 それに、人様の大切なものを壊すときって、それこそ心の中で様々な懊悩おうのうを抱きつつ、申し訳なさと切なさを表情に浮かべていました!!
 妹ってば私のことをどんな目で見ているんだろう?

「楽しくなんかないやい」
「うそ、にっこにこだったでしょ!」
「そんな訳ないって!」
「ほんとー?」
「ほんとだもん!」

 まったく、どこを勘違いしたらこんな結論になるんだろうか?

「まあ、私はとても切なそうな表情で、ハンマーを取り出したのさ」
「そうな……ってのがもうね」
「んーじゃあ、痛々しく、ひとみうるませて……」
「人前で涙見せるの嫌いって言ってたじゃん」

 むう、ああ言えばこう言うって代名詞だなぁ。

「ああー、そんじゃ能面のような表情を張り付けてだね」
「もういいわよ。切なさ取りつくろって壊そうとしたんでしょ」
「……もう、それでいいや」
「で、で、それから?」
「私はハンマーを振り上げたのさ」


**―――――
 私は穴の開いたマウスへ近寄り、次元壁の穴に触れないよう、慎重しんちょうに拾ってから机へと置く。

「博士、何で壊すんですか? もしかしたら、使える発明かもしれないんですよ?」
「何を言うんじゃ、儂の発明はすべて使えるぞ!」

 んー!? やはり、我々とは何かが乖離かいりしているのですね……博士。
 いや、だからこそ桁違いのものを生み出しているんだと思うんだけど、一般的な人から見たら異常で危険である。
 何度かいさめているのだが、なかなか解ってもらえない。もう少し、厳しい詰めをするべきかな?

「ささ、ひみっちゃん。やっとくれ」
「でも、なんでこれは駄目なんですか?」
「そうじゃな……まあなんというかの」

 博士は下を向いて頬を赤らめる。

「儂はの、ひみっちゃんに願掛がんかけしとるんじゃよ」
「はい!?」
「初めて会った時にの、儂はひみっちゃんを天使だと思ったのじゃ!」

 ……..えっ!? 何言ってんですか? この前なんて私のこと、いろいろ忘れてませんでした?
 というか、初めて会った時ってたしか……黒っぽい服だったでしょ!? 堕天使!?
 私を勘違いするにしても、大概じゃないかな!?

「…………えっと、私なんぞのどこ見てそんな妄執もうしゅうを抱いてしまったんです?」
「天から舞い降りた姿じゃ! 儂、目が離せんかったぞ」

 天!? それは、えっと、ちょっと誤解があるというか、ちょっと、いろいろと、うん、何というか……表現しにくい、えっと、その……すれ違いが、あるんでしょうね……。

「つまり、ひみっちゃんがいる時に発明が壊れたら、世には出せんって、判断することにしたのじゃ!」
「あー、そのー……」

 なかなか返す言葉が難しい。これは、常識を学ぶつもりはないって宣言しているようにも聞こえてしまう。
 あれ!? ちょっとまった! 今回のって、私、壊してないぞ!?

「いやいやいや、今回のは偶然じゃないですか! それも含むんですか?」
「当然じゃ! 天啓てんけいってもんに従うから、願掛けじゃぞ!」

 色々と思うことはある……というか、もう壊れているからハンマーで叩いても仕方ないかもしれない。

「じゃからの、そのハンマーで止めを刺しとくれ」
「むぅ……仕方ないですね」

 そうか、踏ん切りをつけるという意味なのだろう。軽く息を吐いて、私は頷く。

「良いんですね?」
「ええぞ。未練は断ち切るもんじゃ」
「……それでは」

 私は振り上げたハンマーを叩きつけた。
 マウスっぽい、次元壁じげんへき穿孔装置せんこうそうちはとても簡単に、何度もたたきつける必要もなく、ばらばらになってしまった。

「そうじゃ、設計図もな」
「設計図は何番ですか?」
「ああ、326じゃよ」

 ばらばらになった発明を見つめる博士のさびしそうな顔を視線から外し、私はもしかしたら有効利用できたかもしれない発明品の設計図を取ってきて確かめる。

 あー、これ、資料とかも入ってるんじゃないかな!? え、これ、良いのかな? 書き込みにマーカーと手書きイラストとかも入ってるよ……!? しっかも分厚い。資料多いなあ!
 全部に目を通すのはあきらめた。そして私は、この手の込んだ博士の積み重ねを小さくちぎって暖炉に投げ入れ、卓上ライターを借りて火をつける。

「ああ……燃えてしまうの」

 博士のなげきで心を痛めつつ、私はその炎の揺らめきをながめた。
 ああ、火は良いなぁ……本当、心が穏やかになる。火は、いろいろ消してくれる。めらめらと紙の端から黒く焦がして独特の匂いを放つ煙を出して……火は……良いなあ。

 こうして、次元の穴を空けるための、使い方によってはとても有用であったかもしれない装置を、私はしっかりと抹消まっしょうしたのであった。


**―――――
「しっかし、博士は目がわるかったのね」
「んー、どういうこと?」
「はっきり言った方が良い?」
「いらない」

 妹の言いたいことはわかっている。この私を天使なんぞと見間違えたって部分であろう。それは、何というか、うん、おそらく眼鏡が曇っているはずだ。

 この私を! である!!

 自分で言うのもなんだが、10歩下がってバク転したって、せいぜいどこぞで見たことある人止まりの容姿である。
 それを、天使と、見間違えたのだ!
 私が感じているよりも激しい違和感を、妹が伝えたくなるってのはわかる。もし私が妹と同じ立場に立ったとしたら、指差して笑うだろう。
 けどね、はっきり態度に出されるのはちょっと胸とか胃とかがむかむかしくしくしてしまうぞ。

「うん。まあ、出会いは衝撃的しょうげきてきだったからね」
「いつか、その話聞かせてね」
「んー、また今度ね」

 あれは、あまりにも話が脱線する出来事である。そこは妹も心得ていて、軽く流してこちらを見る。

「でさ」
「何かな?」
「もう発明はなかったの?」

 ああ、そうだったなぁ。

「発明は、無かったよ。ただね……」
「何かあったの?」
「うん」

 そう、帰るときに私は気づいてしまったのだ。

「立ち上がって気付いたんだけど、私の怪我がさ、消えてたのだよ」
「へ!?」
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