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2 博士は次元の壁に挑むようです
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博士は白衣を振りかざし、胸を張った。
「ひみっちゃん! これがさまざまな次元をつなげる第一歩じゃ! 成功したぞ! すごいじゃろ!!」
「はい、すごいです……えと……拍手、しちゃい……ます……」
私は、現実に存在する『黒い』というにはどこかおかしい色合いの、小さな穴を凝視したまま気の抜けた声を出していた。
ついでに拍手も送って博士を称える。ただし、壊れた機械のようにゆっくりと、音の小さい拍手を繰り返す。
いや、すごいと思ってはいるんですよ? しかし、私の接触がトリガーになって発動してしまった自責の念が大きいんです。
博士は得意げにはなっていたが、軽く息を吐いてから落ち着いた調子で笑う。
「もっとも、こういう次元のほころびって、自然に起こりうるのじゃよ」
「ええっ!? どういう、ことですか?」
「今回の発明はな、自然に起こる次元の穴の法則性を探し、特定し、再現したモノなのじゃ!」
「えーっと、自然に起こるってのが、よくわかりませんが……」
まあ、予測はつくが理解ができない。私の疑問を、博士はニコニコのまま答えた。
「ひみっちゃんは神隠しとか、聞いたことないか?」
「そりゃ、聞いたことくらいはありますが……」
「儂はこの前図書館で、そういった本を手に取っての! そこから色々ヒントを得たのじゃよ!!」
ちなみに、神隠しとは様々な場所でいきなり人が消えてしまう現象である。
一人ってのが多いけど、集団って事もあるらしい。ほとんどは消えたままだが、別の場所に現れることもある。
まあ、実際には何かの事件に巻き込まれた……と考えられているんだけど……うーん、博士はこの話に何を見たんだろう?
「えっと、神隠し……急に人が消えてしまうってやつですよね?」
「それだけではないぞ! そこからかなり遠方で発見された例もある!」
「ほう?」
「そこで、儂は起こった環境などを調べたのじゃ!」
そこから、博士は得意になって研究を語り出した!
というかですね、統計学とかそういうのから始まって土地の地層とか、なぜか植物とかにまで、なんちゃらポイントとか、どうたらカウントとかいう数値を出して話すの、勘弁してもらえません?
いや、なんで数字がいっぱい出てくるんですか!? 統計学って何ですかね? 神隠し自体そんなには無いでしょうがっ!
どうやら環境には、気温・湿度・土壌をはじめ、多くのカテゴリがなぜか博士の中では数値化されているらしいんですけど!? いやいや、古い言葉を使って興味を引いておいて、数字で攻めてくるのやめてー!
そして、数学攻めを受けた私は、理解を放棄し、ご近所さんのエピソードを再生する。
近所にお住まいのとってもお世話になっているおばさまは、昔からものすっごく苦労をしています。そのためかはわかりませんが、私や妹をほっとけない! って、いろいろ助けてくれるんですよ。
本当にね、おばさまには私たちは足向けて眠れないんです。で、この前!
「つまりじゃ!」
「あ、はい」
想像中に結論がきてしまい、おばさまのエピソードをきれいに打消し、最後だけはしっかり聞く姿勢をとる。
博士は立ち上がり、白衣をバサッとやって堂々と言った。
「次元壁へのアプローチは、環境を整えることで再現可能だったのじゃ!」
「環境……なるほど、しかし、気温とかはわかりますが、なんで植物とかも関係あるんですか?」
「気温よりも、植物が重要じゃったぞ!」
「ほう?」
「実はの、そこら辺に生えておる雑草、図鑑にも名前が見当たらんものが今回の主役じゃ!」
「雑草……ですか?」
「うむ! それらが放出しておる酵素の並びが重要だったのじゃ!」
「ほ、ほほー!?」
酵素ってのは、何かを分解するためのものらしい。
そして、博士が言うには、名前のわからない八つか九つくらいの草が、決まった地層に偶然、しかも並び方まで決まった感じに生えることにより、特定の酵素とやらがおかしな反応をするらしい。
その確率はゼロがいっぱい並んで、私の思考を飛ばすほど低いモノである。天文学的確率で出来たナニカの濃度が一定のラインを超えたとき、次元壁への接触がやりやすくなると言うのだ。
もちろんそれだけでは足らず、その環境が整った場へ、電気的な何らかの干渉(なんか、アンペアとかボルトとオームとか複雑そうな単語を言ってましたです)が起きて、ようやく穴が開くらしい。
これが……博士が見つけた異次元への扉が開くための機序である。
本当、複雑ですね。まあ、私の理解が残念なため、多くを端折っているんですが……博士の言葉を要約したらこんな感じとなりました。
「なるほど……」
長々とした講釈をしっかりと聞き流し、私は言った。
「そんなに複雑なことが、自然に起きていたんですか?」
「そうじゃ! だから、神隠しってのはめったに起きんわけじゃ!」
「…………ふむ」
「まあ、事象があるのなら、あとは再現できるかを考えるだけでええから、楽じゃよ!」
いやいや! 簡単に言ってるけど、それってとっても大変じゃないですかね? 事象の特定には膨大なデータと検証がいるんですよ? そもそも、予測って外れることの方が多いし! てか! 簡単に再現しないでください!
思っては見たが口から出たのは別の言葉だった。
「その、再現できたんですね?」
意味のない疑問である。次元の穴はすでに空き、私たちから少し離れたところで不気味に浮かんでいるのだ。
「うむ! 植物の関与に行き当たるまで、ちびっと苦労したわ!」
そこから、またもうひっどい苦労話の数々を教えてくれた。
現地のシミュレートをすっごいプログラムができるらしいご友人のスケベ心に訴えかけて作らせたのち、サンプルを研究したり地質や環境を調べたり、何というか、どういう行動力なんだろうと思うことをつらつらと教えてくれる。
ふと、博士は眉を上げ、思いついたように言う。
「あと、じゃ。キャトルミューティレーションも同じ原理じゃったのは、興味深い発見だったのぉ」
急に出てきた異国の事件に、私は面食らってそのまま尋ねた。
「え、キャトル? なんで? 神隠しはわかりますが、何故キャトルミューティレーションがでてくるんですか?」
キャトルミューティレーションとは、一時期UFOの仕業であると騒がれたが、実際は誰かのいたずら……と呼ぶには非常に心苦しい、悪意の表現が濃厚となっていたはずの事象である。
牛さんなどの家畜たちが、からだの一部や臓器のほとんどを、いつのまにか持って行かれてしまった……という事件である。
「儂が調べたところ、ありゃ次元の穴が小さかったせいで起きたようじゃぞ? 残った遺体が話題になっとるじゃろ」
……残った? ちょっとその表現は、あまり、ぞっとしない。
「……はい?」
「大部分は模倣らしいの。しかし元の事象は次元の穴じゃ」
「原因ってことですか?」
「うむ。生物が、自分の体より小さい次元の穴に触れてしまったせいで、持ってかれたものじゃよ」
「…………」
イマイチ、理解できない……いや理解したくない。
博士の言葉をもとに考えた場合、次元の穴を通るって、問答無用で持っていくってことになってしまうの!?
そういったインスピレーションから、今、現実に起こるであろう問題を考えてみる。
いまこの装置が開けた1センチの穴に、博士や私の体が当たってしまえば、そのサイズの穴が開いてしまうってことじゃないか!?
「この穴に触ったら大怪我するって事ですか!?」
「そうじゃ! 近づいちゃダメじゃぞ! ひみっちゃんが傷ついたら儂は悲しいぞ!」
ちょっと、え、まいったな! その危うさで背筋にぞわぞわとしたモノが走った!
私は動揺しつつも言う。
「わ、私は危機管理がしっかりしてます! というか、博士こそ触らないで下さいよ!」
「うむ! ありがとな、ひみっちゃん。気を付けるわ!」
一応の警告をして、その穴に近づかない様に見やる。さっきまでのドキドキが、より激しいものになってしまう。
しかし……怖いもの見たさもあった。博士が発明や発見に関して断定的な時は事実である……。キャトルミューティレーションの真相なんぞは置いておいても、この穴の色合いも手伝ってとても危ういものだと感じるのだが……。
私は息を飲む。しかし、博士は楽しそうだった。
「おし、じゃあ見せたげるわ!」
冷や汗浮かべた私を顧みず、博士は色を失った装置をもったまま、棚からティッシュ箱を取ってきて一枚を雑にまるめ、穴に向かって投げた! 外れた!
「ありゃ、失敗じゃ」
それだけで少し空気が緩む。
「……あさってに飛びましたね? 私が代わりにやってみますよ」
「むう、じゃあひみっちゃんやってみ」
ふっ。私はこれでも昔、球技をがんばってたときには『ピンチメイカー』とか、『ポイントプレゼンター』とか、『頼った時には敵で、忘れた時には活躍してるひと』などと呼ばれていたんですよ!
私はティッシュを一枚拝借し、丸めて「ていっ!」と投げる……やはり外れた……くそう。
「ひみっちゃん、凄い方へ飛んだのう……」
「も、もうちょっと近ければ当たりますよ!」
「近づけばよかろう?」
「近づくなって言ったの博士じゃないですか!」
「う、うむ。そうじゃったの」
ふくれっ面で言った私に、博士は少しひるみつつ、もう一枚ティッシュを取る。それから私と博士はこぞってティッシュ玉を投げあった。
投げた分は一つも当たらなかった。
**―――――
「でさ、結局はティッシュの山を作っただけじゃない?」
妹がそれはそれは冷めた瞳でこちらを見てくる。
「……ふ、あまいな。私はティッシュを少し無駄にしたところで気付いたから、山にはなってないよ!」
冷たい瞳がじとりとした視線に変わった。そして、目を吊り上げる。
「どっちにしても無駄じゃん! しかも使わずに浪費して!! 作った人に謝って!!」
「えっ!?」
「ほら! はやくなさい!!」
「あー、えっとその……ティッシュ工場の皆さま、私と博士が無駄にしました。申し訳ないです……?」
あ、えっと、そうだ。
私は早々にやめました。けれど博士がムキになっていました。もし仮に耳に入れ、お怒りを直接ぶつけるなら、博士へとお願いします。
「よろしい!」
なんで妹にお詫びを評価されたのだろう?
「というかさ、それからどうなったのよ?」
「えっと、私が恐る恐る近づいて、上からティッシュ玉を落としたんだよ」
「そしたら?」
うーむ、あの光景を何と表現したらいいのだろうか? 少し言葉にするのが難しい。少しだけ考えて私は言う。
「えっとね、テッシュ玉がすとんって落ちたんだよ。穴のところで止まることもなく、そのままね」
「うん、で?」
「下に落ちて転がったティッシュ玉を開いて見たら穴が開いてた。私、ぞっとしたね」
「……へぇ?」
そう、何の抵抗もなく通り過ぎて、ぽとんと床に落ち、転がったティッシュ玉を持ち上げたら、1センチの穴が開いていたのだ。
「……それってさ、危ないんじゃない?」
「……うん、めっちゃ危ない」
その空間にあって、物理的な抵抗なく、通過した物体を一方通行で送ってしまうということは、穴のサイズよりも大きい物の場合、その一部を問答無用で削り取ってしまうのだ!
恐い使い方はとても簡単で、たとえば……そうですね、まちがって夜の道に穴を空けてしまった場合、全く気づかず誰かが通れば、体に穴が開いてしまうのだ!!
たとえば、それが手足などであれば気付く事が出来るだろう。しかし、頭部や体幹であれば、取り返しのつかないことになってしまう。
「私は、ぞっとしたよ」
今の考えをオブラートに包んで伝え、感想を言葉に出した。妹も顔を青ざめる。
「……危なすぎる、わね」
「で、私は博士を見たのさ」
言ってから、私はいちごミルクを一口いただく。
「博士、そういったことは考えてなかったの?」
「えっとさ、博士は、その、作ることに興味がある人なんだよ……?」
「うん、そうだよね」
「でね、作ったら忘れるんだよ。だから、閉じる装置は作れないか聞いたのさ」
「博士は何て答えたの?」
「今のところ難しいってさ」
「難しいの?」
「うん。次元壁ってさ、穴をあけるより閉じる方が難しいんだって」
「ふむ……」
「まあ自然に穴はふさがるんじゃしって感じだったよ」
「……いいの?」
どうやら、妹も危なさに気付いているらしいな。私は答えた。
「良くはないから、突っ込んで聞いたよ」
「ひみっちゃん! これがさまざまな次元をつなげる第一歩じゃ! 成功したぞ! すごいじゃろ!!」
「はい、すごいです……えと……拍手、しちゃい……ます……」
私は、現実に存在する『黒い』というにはどこかおかしい色合いの、小さな穴を凝視したまま気の抜けた声を出していた。
ついでに拍手も送って博士を称える。ただし、壊れた機械のようにゆっくりと、音の小さい拍手を繰り返す。
いや、すごいと思ってはいるんですよ? しかし、私の接触がトリガーになって発動してしまった自責の念が大きいんです。
博士は得意げにはなっていたが、軽く息を吐いてから落ち着いた調子で笑う。
「もっとも、こういう次元のほころびって、自然に起こりうるのじゃよ」
「ええっ!? どういう、ことですか?」
「今回の発明はな、自然に起こる次元の穴の法則性を探し、特定し、再現したモノなのじゃ!」
「えーっと、自然に起こるってのが、よくわかりませんが……」
まあ、予測はつくが理解ができない。私の疑問を、博士はニコニコのまま答えた。
「ひみっちゃんは神隠しとか、聞いたことないか?」
「そりゃ、聞いたことくらいはありますが……」
「儂はこの前図書館で、そういった本を手に取っての! そこから色々ヒントを得たのじゃよ!!」
ちなみに、神隠しとは様々な場所でいきなり人が消えてしまう現象である。
一人ってのが多いけど、集団って事もあるらしい。ほとんどは消えたままだが、別の場所に現れることもある。
まあ、実際には何かの事件に巻き込まれた……と考えられているんだけど……うーん、博士はこの話に何を見たんだろう?
「えっと、神隠し……急に人が消えてしまうってやつですよね?」
「それだけではないぞ! そこからかなり遠方で発見された例もある!」
「ほう?」
「そこで、儂は起こった環境などを調べたのじゃ!」
そこから、博士は得意になって研究を語り出した!
というかですね、統計学とかそういうのから始まって土地の地層とか、なぜか植物とかにまで、なんちゃらポイントとか、どうたらカウントとかいう数値を出して話すの、勘弁してもらえません?
いや、なんで数字がいっぱい出てくるんですか!? 統計学って何ですかね? 神隠し自体そんなには無いでしょうがっ!
どうやら環境には、気温・湿度・土壌をはじめ、多くのカテゴリがなぜか博士の中では数値化されているらしいんですけど!? いやいや、古い言葉を使って興味を引いておいて、数字で攻めてくるのやめてー!
そして、数学攻めを受けた私は、理解を放棄し、ご近所さんのエピソードを再生する。
近所にお住まいのとってもお世話になっているおばさまは、昔からものすっごく苦労をしています。そのためかはわかりませんが、私や妹をほっとけない! って、いろいろ助けてくれるんですよ。
本当にね、おばさまには私たちは足向けて眠れないんです。で、この前!
「つまりじゃ!」
「あ、はい」
想像中に結論がきてしまい、おばさまのエピソードをきれいに打消し、最後だけはしっかり聞く姿勢をとる。
博士は立ち上がり、白衣をバサッとやって堂々と言った。
「次元壁へのアプローチは、環境を整えることで再現可能だったのじゃ!」
「環境……なるほど、しかし、気温とかはわかりますが、なんで植物とかも関係あるんですか?」
「気温よりも、植物が重要じゃったぞ!」
「ほう?」
「実はの、そこら辺に生えておる雑草、図鑑にも名前が見当たらんものが今回の主役じゃ!」
「雑草……ですか?」
「うむ! それらが放出しておる酵素の並びが重要だったのじゃ!」
「ほ、ほほー!?」
酵素ってのは、何かを分解するためのものらしい。
そして、博士が言うには、名前のわからない八つか九つくらいの草が、決まった地層に偶然、しかも並び方まで決まった感じに生えることにより、特定の酵素とやらがおかしな反応をするらしい。
その確率はゼロがいっぱい並んで、私の思考を飛ばすほど低いモノである。天文学的確率で出来たナニカの濃度が一定のラインを超えたとき、次元壁への接触がやりやすくなると言うのだ。
もちろんそれだけでは足らず、その環境が整った場へ、電気的な何らかの干渉(なんか、アンペアとかボルトとオームとか複雑そうな単語を言ってましたです)が起きて、ようやく穴が開くらしい。
これが……博士が見つけた異次元への扉が開くための機序である。
本当、複雑ですね。まあ、私の理解が残念なため、多くを端折っているんですが……博士の言葉を要約したらこんな感じとなりました。
「なるほど……」
長々とした講釈をしっかりと聞き流し、私は言った。
「そんなに複雑なことが、自然に起きていたんですか?」
「そうじゃ! だから、神隠しってのはめったに起きんわけじゃ!」
「…………ふむ」
「まあ、事象があるのなら、あとは再現できるかを考えるだけでええから、楽じゃよ!」
いやいや! 簡単に言ってるけど、それってとっても大変じゃないですかね? 事象の特定には膨大なデータと検証がいるんですよ? そもそも、予測って外れることの方が多いし! てか! 簡単に再現しないでください!
思っては見たが口から出たのは別の言葉だった。
「その、再現できたんですね?」
意味のない疑問である。次元の穴はすでに空き、私たちから少し離れたところで不気味に浮かんでいるのだ。
「うむ! 植物の関与に行き当たるまで、ちびっと苦労したわ!」
そこから、またもうひっどい苦労話の数々を教えてくれた。
現地のシミュレートをすっごいプログラムができるらしいご友人のスケベ心に訴えかけて作らせたのち、サンプルを研究したり地質や環境を調べたり、何というか、どういう行動力なんだろうと思うことをつらつらと教えてくれる。
ふと、博士は眉を上げ、思いついたように言う。
「あと、じゃ。キャトルミューティレーションも同じ原理じゃったのは、興味深い発見だったのぉ」
急に出てきた異国の事件に、私は面食らってそのまま尋ねた。
「え、キャトル? なんで? 神隠しはわかりますが、何故キャトルミューティレーションがでてくるんですか?」
キャトルミューティレーションとは、一時期UFOの仕業であると騒がれたが、実際は誰かのいたずら……と呼ぶには非常に心苦しい、悪意の表現が濃厚となっていたはずの事象である。
牛さんなどの家畜たちが、からだの一部や臓器のほとんどを、いつのまにか持って行かれてしまった……という事件である。
「儂が調べたところ、ありゃ次元の穴が小さかったせいで起きたようじゃぞ? 残った遺体が話題になっとるじゃろ」
……残った? ちょっとその表現は、あまり、ぞっとしない。
「……はい?」
「大部分は模倣らしいの。しかし元の事象は次元の穴じゃ」
「原因ってことですか?」
「うむ。生物が、自分の体より小さい次元の穴に触れてしまったせいで、持ってかれたものじゃよ」
「…………」
イマイチ、理解できない……いや理解したくない。
博士の言葉をもとに考えた場合、次元の穴を通るって、問答無用で持っていくってことになってしまうの!?
そういったインスピレーションから、今、現実に起こるであろう問題を考えてみる。
いまこの装置が開けた1センチの穴に、博士や私の体が当たってしまえば、そのサイズの穴が開いてしまうってことじゃないか!?
「この穴に触ったら大怪我するって事ですか!?」
「そうじゃ! 近づいちゃダメじゃぞ! ひみっちゃんが傷ついたら儂は悲しいぞ!」
ちょっと、え、まいったな! その危うさで背筋にぞわぞわとしたモノが走った!
私は動揺しつつも言う。
「わ、私は危機管理がしっかりしてます! というか、博士こそ触らないで下さいよ!」
「うむ! ありがとな、ひみっちゃん。気を付けるわ!」
一応の警告をして、その穴に近づかない様に見やる。さっきまでのドキドキが、より激しいものになってしまう。
しかし……怖いもの見たさもあった。博士が発明や発見に関して断定的な時は事実である……。キャトルミューティレーションの真相なんぞは置いておいても、この穴の色合いも手伝ってとても危ういものだと感じるのだが……。
私は息を飲む。しかし、博士は楽しそうだった。
「おし、じゃあ見せたげるわ!」
冷や汗浮かべた私を顧みず、博士は色を失った装置をもったまま、棚からティッシュ箱を取ってきて一枚を雑にまるめ、穴に向かって投げた! 外れた!
「ありゃ、失敗じゃ」
それだけで少し空気が緩む。
「……あさってに飛びましたね? 私が代わりにやってみますよ」
「むう、じゃあひみっちゃんやってみ」
ふっ。私はこれでも昔、球技をがんばってたときには『ピンチメイカー』とか、『ポイントプレゼンター』とか、『頼った時には敵で、忘れた時には活躍してるひと』などと呼ばれていたんですよ!
私はティッシュを一枚拝借し、丸めて「ていっ!」と投げる……やはり外れた……くそう。
「ひみっちゃん、凄い方へ飛んだのう……」
「も、もうちょっと近ければ当たりますよ!」
「近づけばよかろう?」
「近づくなって言ったの博士じゃないですか!」
「う、うむ。そうじゃったの」
ふくれっ面で言った私に、博士は少しひるみつつ、もう一枚ティッシュを取る。それから私と博士はこぞってティッシュ玉を投げあった。
投げた分は一つも当たらなかった。
**―――――
「でさ、結局はティッシュの山を作っただけじゃない?」
妹がそれはそれは冷めた瞳でこちらを見てくる。
「……ふ、あまいな。私はティッシュを少し無駄にしたところで気付いたから、山にはなってないよ!」
冷たい瞳がじとりとした視線に変わった。そして、目を吊り上げる。
「どっちにしても無駄じゃん! しかも使わずに浪費して!! 作った人に謝って!!」
「えっ!?」
「ほら! はやくなさい!!」
「あー、えっとその……ティッシュ工場の皆さま、私と博士が無駄にしました。申し訳ないです……?」
あ、えっと、そうだ。
私は早々にやめました。けれど博士がムキになっていました。もし仮に耳に入れ、お怒りを直接ぶつけるなら、博士へとお願いします。
「よろしい!」
なんで妹にお詫びを評価されたのだろう?
「というかさ、それからどうなったのよ?」
「えっと、私が恐る恐る近づいて、上からティッシュ玉を落としたんだよ」
「そしたら?」
うーむ、あの光景を何と表現したらいいのだろうか? 少し言葉にするのが難しい。少しだけ考えて私は言う。
「えっとね、テッシュ玉がすとんって落ちたんだよ。穴のところで止まることもなく、そのままね」
「うん、で?」
「下に落ちて転がったティッシュ玉を開いて見たら穴が開いてた。私、ぞっとしたね」
「……へぇ?」
そう、何の抵抗もなく通り過ぎて、ぽとんと床に落ち、転がったティッシュ玉を持ち上げたら、1センチの穴が開いていたのだ。
「……それってさ、危ないんじゃない?」
「……うん、めっちゃ危ない」
その空間にあって、物理的な抵抗なく、通過した物体を一方通行で送ってしまうということは、穴のサイズよりも大きい物の場合、その一部を問答無用で削り取ってしまうのだ!
恐い使い方はとても簡単で、たとえば……そうですね、まちがって夜の道に穴を空けてしまった場合、全く気づかず誰かが通れば、体に穴が開いてしまうのだ!!
たとえば、それが手足などであれば気付く事が出来るだろう。しかし、頭部や体幹であれば、取り返しのつかないことになってしまう。
「私は、ぞっとしたよ」
今の考えをオブラートに包んで伝え、感想を言葉に出した。妹も顔を青ざめる。
「……危なすぎる、わね」
「で、私は博士を見たのさ」
言ってから、私はいちごミルクを一口いただく。
「博士、そういったことは考えてなかったの?」
「えっとさ、博士は、その、作ることに興味がある人なんだよ……?」
「うん、そうだよね」
「でね、作ったら忘れるんだよ。だから、閉じる装置は作れないか聞いたのさ」
「博士は何て答えたの?」
「今のところ難しいってさ」
「難しいの?」
「うん。次元壁ってさ、穴をあけるより閉じる方が難しいんだって」
「ふむ……」
「まあ自然に穴はふさがるんじゃしって感じだったよ」
「……いいの?」
どうやら、妹も危なさに気付いているらしいな。私は答えた。
「良くはないから、突っ込んで聞いたよ」
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