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1 博士は刻(とき)をみたようです

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「それじゃ、おいとまします」
「またの! ひみっちゃん、いもっちゃん!!」
「さよなら! またね、博士!!」

 挨拶を交わして、私たちは科学の深淵しんえんから出ていく。なんかよくわかんない疲労感がある。ちなみに段ボールを持つのはじゃんけんの結果、妹となった。

 あれ? 何か青い顔しているなぁ?
 中の生物がうごめいている感じ?
 あの生物ってさ、内から操り電波とか出してないよね!?
 あー、交代するとき憂うつだよなぁ……。
 ああ、仮に操り電波をだしていても妹は大丈夫なんですよ。以前、なんとか操ろうとした相手わたしをひどい目に合わせてきた人なんでね。

 ヘンな事を考えていると、妹がスマホを見て言った。

「うっわ、お昼すぎてない?」
「あ……そうだね、食べに行く?」

 私の提案に、妹は目を丸くする。そして『お主正気か!?』 って表情でこちらを見た。

「えっとさ、あの、ねえ? お店に、これ、持っていくの!?」

 妹の指摘に、私は頬をひきつらせて言った。

「あ……行くなら家に置いてからになるか」
「でもさぁ、家戻ってから出かけるのは億劫よね?」
「そだね……一人見張りでスーパーかな?」
「ねえ、それならさ……」

 そんなことをうだうだ話していたら、伝書バトの白カラスさんがばさばさと飛んで来る。なにやらいたずらっぽい目をしてこちらを見ていた。どうやら私を止まり木代わりにしたいように思える。

「なに!? 白カラスさん?」
「あれ、どしたの?」

 私が腕を出してあげると、白カラスさんはふわりと止まってから、何とも言えない苦み走った笑みをくれる。

『ニヤ』
「挨拶してるみたい? それとも博士があたし達を呼んでるの?」
「んー、どうかね? 何か御用です?」

 私は少し腕を持ち上げて話しかけてみた。しかし、白カラスさんは妹をみやり、翼を広げてあやしい所作で踊りだす。

 えっとぉ、あのぉ……白カラスさん? ちょっと、いいにくいんですがね? あなたの爪、私の腕に結構食い込んでますよ? あの、地味に痛いんですが!?
 気付いてますか? 気付いてください!

「なによ? なにがしたいの?」

 思考の途中に挟まった妹の声に、私は返事する。

「っ……んーとね、このダンスは見たことあるよ? 確か博士と初めて会った時だったと思うけどさ……あの、えっと」
「ふぅん? ってことは、なんか意味があるのかな?」
『ニヤー』

 その視線の先には妹がいる。おそらくだが、妹のなんちゃら登録とかじゃないかな?
 ってことは、これから私だけじゃなく、妹も呼びつけられるかも!?

 これは私の負担が減るかもしれない……という、あさましい安堵感あんどかんが湧き上がってきて、しかし、そのすぐ後に博士の頭をハンマーで打ってしまった妹のイメージ図が現れて、より大きな不安にさいなまれてしまった!

「あのさ、博士に呼ばれても、一人で行くのはやめてね!」
「なあに? 博士がへんな事するっての?」

 『いや博士にをしてしまうって言いたいのだよ!』とは流石に言わない。少し考え私は段ボールを指差した。

「この子をもらう原因は、どなただったかな?」
「大丈夫よ! 乳歯をもらったら返品するって!」
「…………」

 私は言葉を飲み込んだ。『そうはならない』と確信がある。

 昔、妹はとっても暴れん坊で、まるでなつかない猫さんを拾ってきた事があった。
 妹が頑張るといって世話を買ってでたのだが、猫さんにはその努力が伝わらずに裏切られて傷付き、私に対して『追い出すー!』とかわめく。
 私もまあまあとなだめると、ふてくされて自室へ戻って行って、なにやら怪しい行いでストレス解消法を繰り返す。
 そして、翌日にはすぐに機嫌を直し、かいがいしく世話をしようと頑張ってて、やはり裏切られて傷ついていたのだ。

 ちなみに、私にはなついていた。なぜか知らないけど、私は猫さんには気に入られてしまうんだよね。ごはん上げることが多かったからかな?

「あー……たぶんだけど……」

 口に出そうとして止める。くだんの猫さんはひと月ほどうちの温かい場所でぬくぬくを楽しむと、思いついたように『にゃあ』と出ていき、その後帰ってくることがなかったのだ。
 それからしばらく、妹が思い出して落ち込む姿を見ている。

 今では気を取り直しているからね、苦い記憶を思い出さんでも良いだろう。

「うん。たぶん、そうはならないだろうね」

 おそらく、妹はこの気持ち悪い子も頑張って世話しつづける筈だ。

 たぶんですよ、たぶん。
 私はなるべくタッチ……することになるかもしれないけど、できるかぎり見守る方向で行きましょう。
 というか、今でもあの姿を正面から見たら、動悸が止まらないんです! 『これが恋!?』 って冗談飛ばす余裕もないんですよ!

「えー、なによそれ?」
「予感ってやつさね」

 呟きつつも段ボール内を想像する。その特徴的な姿は鮮明に記憶に残っていた。もしかしたらこの中で、姿を変えているかもしれない。

 あれ、また不安になってきたよ!?
 あのさ、うちで変なことしないよね? ね!?
 とりついたり、操ったりは無い、よね?
 機能以外のことはしないよね!? ねえ!!

 私が心で不安を増幅しているのを救ってくれたのは妹の言葉と白カラスさんだった。

「ねね、そんでさ? この子はしゃべれるの?」

 白カラスさんを指差し言った妹に、思考をまるっと切り替え、首を傾げる。

「私も何度か話しかけたよ? けど、なにも言わないね」
「それ、カラスさんには嫌われてない?」
「むう……なら私を呼びには来ないでしょ?」
『ニヤー』

 相変わらず、ニヒルな笑みだ。
 しかし……白カラスさんも妹もさ、止まっているその爪が、私の腕を痛めつけてるとは気づいてないんだろうねっ!
 あのね! ツイスト系の動きは結構痛みが強いんですけど!?
 私のときより気合を入れないでほしいと思ってしまうのだよ! もう!!

『ニヤッ』

 白カラスさんが満面の笑みを浮かべて翼を閉じ、毛づくろいを始めた。
 身だしなみは良いからさ、そろそろ爪を何とかして!

「登録終わったの?」
「んー……たぶん?」
「ねえ、あたしたちに何か用があるの?」
 
 妹が訪ねた瞬間、白カラスさんは私の腕をって飛び立った。
 人の腕を最後まで痛めつける、サディスティックな所は誰に似たんだろうね?

『ニヤー』

 空中でにっこり微笑む白カラスさん。

「苦み走った笑いだね。ハードボイルドってあんな感じだろな!」
「違うわよ! やりきったほほえみでしょ? あたしに惚れたわね!」

 私と妹では白カラスさんの表情を読み取る力が違うらしい。
 おそらく私が正解です! 間違いありません!
 確信した私は、にやにやと妹を眺める。

「いやぁ、お子様には解からない世界かな? そりゃ、まあ? 仕方ないかねぇ」

 すると妹は唇をとがらせ、私に言い返す。

「あれが苦み走ってるって、ちょっと目がおかしいと思う!」
「ほほえみってのはさわやかに魅せるものだよ? あの渋さが理解できないのが、お子様ってことさね」
「合鍵もらうとお子様じゃないってこと?」
「まぁねー」
「やっぱ愛人は違うね!」
「愛人じゃないからね! ていうか、くれたものを貰うってのが悪い事って学校で習ったの?」
「あやしい人から、貰っちゃダメって、忘れた人が学校語る?」

 お互いを軽くディスった私と妹は、しばしにらみ合う。おし、言葉の喧嘩けんかは受けてたとう。拳の場合は白旗ね!

「ジャッジメントは誰がする?」
「正義は私のためにある!」
「主張の押し付けを正義と呼ぶの? 傲慢ごうまんの意味をお調べあそばせ」
「そもそも暴力で押さえつけて従わせるのは、傲慢とは呼ばないのかね?」

 エスプリを説くときの鉄則として、冷静にかつ機智きちを持ってあたることだ。
 妹よ、まずはその振り上げた段ボールを下ろしてからにしたまえ。なんか、ガサガサしてるし……。

「暴力じゃないでーす、天罰てんばつでーす」
「人災を天罰ってのは、中々面白いジョークだね」
「天の代わりにふるう力。つまり、正義はあたしにあるのよ!」
「その正義はただの言葉さ。暴力のごまかしに、使う下策は支持されないよ!」

 そして、私たちが再びにらみ合ったところで、なんか視線が……あれ?
 遠巻きにみている通行の人たち。もしかして、私たち注目されてない?
 妹も気づいたらしく、目が踊りだした。

「おし妹よ、ここは休戦しようか!」
「あたしもいま、そう思ってたの!」

 そんなわけで、私たちは仲良くその場を逃げ出した。
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