博士の愛しき発明品たち!

夏夜やもり

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1 博士は刻(とき)をみたようです

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 私はでき立てで、良いにおいのする朝食を並べている。

「結局眠れなかったわ」
「おはよう」
「おはよー……」

 目の下にくまを作ってもどってきた妹と挨拶あいさつを交わす。

 あら妹ってば、ほんとにねむそうだね? まあ仕方ないかぁ、おや? ねぐせ残ってるじゃん……。
 どう伝えるべきか少し悩んだが、こんなところで、時間使っても仕方ないと思い見たまんまを言葉にしてみる

「頭、もっさーってなってるよ」
「うー、後で直すわ。ちょっとお腹すいたわ」
「はいはい……」
「今日何?」
「いつもの簡単モーニングにしたよ。斉藤さんがママレードくれたからさ、付けてごらんよ」

 その言葉で妹は少し首をかしげる。

「どっち?」
「え?」
「どっちの斉藤さんがくれたの?」

 別にどっちでも良くないかな? と思いつつも、今度お礼を言いたいのだろと勝手に納得して私は言った。

「どっちだと思う?」
「んー……実家でいろいろ作ってる方かな?」

 実家でいろいろ作っている斉藤さんはどちらも当てはまる。だが、どちらもベクトルが違うのだ。斉藤さんの親御さんは陶芸とかそういった物にはまっているし、斉藤さんのご両親は農業をこれでもかとたしなんでいる。
 妹はおそらく後者の斉藤さんを言っているのだと思った。

「いやぁ、これは旅行のお土産らしいよ」
「…………どこのよ?」
「え?」
「どっちも旅行くって自慢してたわよ?」
「そうだっけ? あっれー? どこに行ってたっけ?」
「あたし覚えてない」
「……さよけ」

 斉藤さんはそろって神出鬼没で、聞きなれない所に遊びに行く。そして二人とも旅行先をピンポイントで伝えてくる(○○県の××じゃなく、××とだけ伝える)人なので、私たちの記憶には残りにくいのだ。だから考えても仕方ないと思う。

「これをくれた斉藤さんは……何処に行ったっけ?」
「あたしが知るわけないでしょ?」
「あれー、仲良さそうなのに」
「うぇ、そうかなぁ? でもさ、ご当地名物ではないと思うわね」
「え、なんで?」
「だってさ、北海道行って珊瑚玉くれたり、沖縄行ってジャガイモくれたりするじゃん」
「まあ……たしかに……でも、気になるなら食べなきゃいいんじゃないかな?」
「……いや、食べるけどさぁ……むぅ、あたし仲良くないわよ?」

 妹が少し眉をひそめてトーストにバターとマーマレードを塗り始めた。もう斉藤さんの詮索せんさくは良いらしい。私は残りの品を用意して、軽く息を吐いた。

「よし、ご飯を食べて、少しゆっくりしたら出ようかな?」
「はーい、いただきます。でも連絡とかしなくていいの?」

 バターとマーマレードがしっかり乗ったトーストを眺めつつの問い。私もトーストをちぎりながら答える。

「いただきます。連絡手段がないのだよ」
「電話は?」
「知らない」
「とんだ愛人ねえ」
「愛人じゃないからね!」

 いいかげん、愛人呼びはやめてほしいものだ。

「まあ、ダイヤもらったら、あたしも愛人呼びされるかな」

 むう、この年頃でそのさばけ方はどうだろうか? もうすこしツツシミを持った方が良いんじゃないかな?

「あまり期待しない方がいいんじゃない?」
「えー、じゃあそのカギくれる?」
「やだ」
「むう、やっぱうばった方がいい?」
「野蛮だなあ」

 その言葉を受け、妹が少し眉をしかめた。

「あのさ、今月の家計簿見る? もうちょっと危機感が出るかもよ?」
「み、見ない……何とかするから、大丈夫」
「まあ、カギの換金かんきんは視野に入ってるからね」
「そうならないようにすると、私は言っているのだよ」

 そんな感じで朝食はつつがなく進む。
 食後、私たちの間に落ち着いた時間が流れた時、妹は食卓の隅に置いてある『いろいろノート』を取り出して、ペン回しを始める。

「およ、何、どうしたの?」
「ちょっと思いついたの。博士ってどんな感じ?」

 そう。この『いろいろノート』は、基本的には妹の落書き帳にしている。そしてこやつは、びっくりするほど絵が上手いのだ!
 なんたらの気まぐれってやつか、妹は急に描きだしたくなる衝動しょうどうがあるらしく、変なタイミングで筆を走らすことが多い。

「あー小柄で、よれよれ白衣がトレードマークの、猫さんみたいな雰囲気のあるちわわさんとフレンチブルさん……かな?」

 我ながら、適当に言ってみたものだ。

「……ふむ」
「あ、でもね、すっっっっっごくまれに、だんでぃさんな雰囲気もあるよ!」
「むむむむ……うん、わかったわ」

 そんなやり取りの後、私は洗い物を終え、掃除(自分の部屋以外はちゃんとやる。ちなみに妹よりも上手としている)や洗濯など終えて居間に戻ると、妹がにっこり笑っていろいろノートを渡してきた。

「描けた! どう!?」

 そこには、なぜか博士がいる。

「えっ……なんでこんな似てる感じにできるの!?」

 若干の美化を入れ、かっこいい帽子をかぶった博士その人を、なぜ見た事ないのに描けたのだ!?
 あっれー!?
 惑わす感じで言ったつもりだったのになぁ……あ、でもあながち間違ってはいないんですよ?
 でもさ、妹さん? あんなんでどうやって特徴とくちょうつかめた!?
 腕上げた!? それとも!? なんか、妹固有の新能力的なあれ!?

「あーうん、このまんま……すごい……」
「ふっふーん、あたしの想像力、なかなかでしょ!」
「……うん」

 ほぼ絶句気味にいろいろノートを置く。どうやら妹は気が済んだらしく、筆記用具を片付けて、お出かけモードとなった。

「でさでさ、何もっていこっか?」
「えっと……何って、なにかな?」
「おみやげに決まってんじゃん!」
「私たち、怒りに行くんじゃないの?」
「えー、必要じゃない?」
「ふむ……」

 博士は遠慮が通じないひとだ。
 おみやげなんて、無くてもいいし、もし持ってくならあり合わせでも良い。だから私は冷蔵庫をあさり……入れた覚えのない上等な和菓子(日保ちするもの。空いてない)の箱を取り出した。

「あれ? なんでこれ、冷蔵庫に入れてるの?」
「あたし覚えてないわ」
「じゃ私かな? いつ買ったんだっけ?」
「貰いものじゃない?」
「そっか、最近お茶淹れてないから入れっぱだった?」
「たぶんね」

 和菓子はお茶を引き立てるためにあるらしい。でも、うち、あまり煎茶せんちゃは淹れないんだよね。

「これにしよっか?」
「まあ、良いんじゃない?」

 そんな感じで準備がおわり(ちゃんとハンマーは持っています)、ようやく出る時分となった。

「おし、そんじゃ行こうか」
「はーい」

 私の声掛けで、妹もやる気に満ちた返事を返す。私は黒自転車、妹は青い自転車に乗って、いまだ午前中といえる時間を走らせている。

「ねえ、どっちに行こうとしてるのよ?」

 急に後ろから妹が声を掛けた。

「え、博士の家だけど」
「3丁目じゃないの?」
「そそ、斉藤さんちの近くだよ」
「逆でしょ?」

 あれ、そうだっけ?スマホを取り出し、ナビを起動するとやっぱり戻れと怒っている。仕方なくそれを切り、Uターンを始める。

「またのんびりモードなの?」
「いやあ、寄り道しようと思って」
「方向音痴もたいがいにしてね」
「ほ……方向音痴じゃないからね!」
「仕事が絡まないと、ふらふらするもんね」
「ふらふらじゃないって! ただ、嫌な予感で足が進まないだけだよ!!」
「へーそうですかー」

 そんなやり取りの後は、特に迷うこともなく進んで行き、たどり着く少し前に妹が声を掛けて来た。

「あら、道場の近く?」
「そうだよ」

 3丁目の道場とは、私が通って稽古している武道の道場だ。
 武器術や体術などふくめ、結構いろいろな技が練習できる。

 これに関してはもう縁の問題で、あるとき急に護身術ごしんじゅつを習おうと思い立ち、友人の紹介を経て扉をたたくと、大勢の変な人たちとの出会いがあった。
 残念街道まっしぐらと名高い賞賛しょうさんを受けているこの私が、『先生』と素直に呼ぶことのできる人たちとの出会いであり、それ以後も細々と続け、結構長い間通い続けているのだ。

 そう『……こうみえて私、強いんです』と胸を張ってみるけれど、大概たいがいは、冷たい目で見られることの方が多い。

「じゃあ、その関係で知り合ったの?」
「いやいや、そういう訳じゃないんだけどね。ただ、博士は先代とも交流があったらしいね」
「へえ、いくつなんだろうね?」
「ひみつ」
「え、他人の年齢も秘密にしてるの?」
「最近はね、もう言わなきゃダメな気がしているのだよ」
「もう処置なしだわ」
「まあ、こんな癖を作った人を恨むと言い」
「本人以外に居るの?」
「うん。何名かが、この癖のカギをにぎっているのだよ」
「だれよ、それ?」
「覚えてないなぁ」
「あらそう」


**―――――
 適当なやり取りを続けつつも、私たちの足取りは軽く、ついに博士の家へとたどり着いた。

「うわ、正面で見ると変な家ねえ」

 感想を述べる妹だが、その額に一筋の汗が見える。やはり、この家は変なのだ。

「さあ、覚悟は完了?」
「もちろん! ダイヤは絶対もらうわね!」

 実際のところ、そんなぽんぽんくれるもんじゃないと思うんだけどなぁ?
 ふんわり思いつつ、私はチャイムを鳴らした。

『ハイー、どなたかの?』
「私です」
『おおー、ひみっちゃんか? どうした?』
「ちょっとお小言のためにうかがいました。妹もつれてきています」
『お、おう、なんじゃろ?今あけるわ!』

 博士の声に鍵が開くのを待っている。

「合鍵使わないの?」
「開けてくれるからいいじゃん」
「まあね」

 そして、私と妹の眼前で、科学の深淵へと続く扉が再び開くのであった。
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