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1 博士は刻(とき)をみたようです

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「えーっと?」

 嫌な予感とともに、疑問もいろいろ湧き上がってくる。
 えっと、どういうことだろう?
 まず、あの恥をそそぎたい → 装置ができた!?
 なんか大切な要素をすっ飛ばしていませんか?
 普通、反省しません? 今までの行いとか、時間設定とか、自省がいるでしょう?
 えっと、恥に思ったからそれが嫌で、あさっての方向にある元凶をいじるってことですか!?

 でもでも、その場合はその装置を生み出す動機とか消えちゃって、で、その装置自体も……いや、えっと、ええ!?
 私もこんがらがってきましたよ!?

「つまり、この装置はなんなんですか?」
「この装置から時間軸へアプローチすることで、その回転は逆になる!!」
「はぁ……えっ!?」

 あれ、えっと、いま逆になるって言いませんでした!?

「そして、時間はその影響を受けるのじゃ!」
「むぅ……」

 私は少し考える。

 こうみえて博士は天才であり、発明における発言は間違いがない。それに関して私は、いやってほど実体験しているので、もうこれはそういうものと言わざるを得ないのだ。

 そしてこの発明、聞いた感じでは時間軸とやらへなんやかやして、回っている方向を変える……? 

 んー? むむむー? 逆回しって表現が変だ。
 アプローチした分だけ逆回し的に戻っていくってものか?
 ん!? ニュアンス的にちょこっと巻き戻す感じではない?

 そうだ……軸全部を逆回しに変える? まさか……んー!?

「あーえっと……博士……」

 大きな疑問が湧き、そのまま言葉にする。

「逆回しってことは、実際どうなるんですか?」
「今までの経過すべてが戻って行くぞ!」

 んー……? 想像がつかない。どうなるのだ?
 えーっと、つまりこの装置を起動すると、時間が逆回転になり、どんどん時間戻っていく……のか?

「えっと? 逆回しになった時間は、ある程度経過したらどこかで順回しに戻るんですか?」
「軸の回転方向をかえるんじゃぞ? 時間はそこまで単純ではないのじゃ!」

 んんー!?

 はじめ、私は何かの映画で見た、主人公の活躍で時間が逆回しになり、大切な人を助けるシーンを思い出していた。
 そんな感じかなぁってね。でもあれは、よかったねで終わったけど……ニュアンス的に違うような……? なんか回転を変えてしまって、ずっとそのままっぽい?
 んー……時間が戻っていく? 私は逆回し再生の映像を想像し、開始まで戻って……そして、気づいてしまった。

 あれ……いつまで、戻るの?

 そして私は、こわばった表情で聞いた。
 
「博士、この装置は何分間か時間を決めて戻すような構造ですか?」

 私の問いに、博士はなぜか胸を張る。

「いや、違うぞ!」
「……!?」
「この装置ができることは、時間軸の回転方向を変えるだけじゃ!」
「ほう……ずっと戻り続けると?」
「うむ! 時間軸へのアプローチ法の模索もさくは厄介じゃった……。大きな変化はなんとかできた。じゃが、繊細なアプローチは受け付けぬのじゃ!」
「……ほう?」
「時間は知れば知るほどむずかしくてのぉ……ただ、戻す方向には舵をとれたのじゃ、大発見じゃろ!」
「いや、あの……」
「ひみっちゃん、時間の恩恵は万物に平等じゃった! その次元に存在する時間軸は唯一無二であり、すべてに影響しておる!!」

 急に立ち上がり、白衣をバサッとひるがえして格好つける博士は、とても楽しそうだ。

「……?」
「あれは、非常に大きく、強大で、優しくも残酷、あらゆるものを包み込み、変化させ、終焉を告げる。すべてに存在し、すべてと共にある!」

 ……博士は何を見たんだろう?

「そんなものにアプローチできてしまったのじゃ! これは世紀の発明じゃ!!」

 それは、満面の笑みだった。

 つまりこの発明は『世界の逆行をもくろむ装置』で、なんていうか、人類? いや万物って言ってたから、ありとあらゆる存在への脅威となるものらしい。
 その苦労の跡がにじむ装置を、嬉々として自慢する博士からの、無垢にして純粋なその笑顔を受け、私はにっこり笑った。

「そうですね!」

 博士の笑顔を見ていると心が痛い……でも、うん、ダメだね……。

 そして強い意志を抱き、すっくと立ち上がった私は、ポケットからハンマーを取り出して、笑顔は崩さず振りかぶり、その装置を強く打った!

 その瞬間、装置は大きくゆがんで真ん中で割れてしまう。

「ふぁっ!? うぉい!? のおおおおおーー!? なな、なぁんてことするんじゃああああああ!!!」
「すいません、『世界の巻き戻し』を防ぐためには必要なことです」

 貼り付けた笑顔で自分の心を守りつつ、壊す手は止めない。

 叩いて、殴って、殴って、ハンマーを打ち込むたびに、ずしりとした反動が返ってくる。叩かれた箇所かしょはへこみ、割れたところはつぶれ、さらに部品が飛び散った。
 時計っぽい装置のでっぱりや、色の変わる何かへんな物質がとてもきれいに崩れて、なぜか虹色の砂みたいになる。
 なんだこの物体!? いや、うん、気にしない!

「ああああ、なななな、こ、これを作るのに……」

 呆然としている博士の姿と声に、私も心を痛めてはいるのだが、手は止めない。しっかりきっぱり壊しつくして、私は息を吐いた。

「よし!」
「よ……よし、じゃ……ないわ」

 私は茫然ぼうぜんと呟く博士を見ると、言った。

「博士、これの設計ナンバーはいくつですか?」
「あ…………さ、318じゃ」
「はい」

 言葉を受けて私は、ラボ付近の設計図棚から318番を引っ張り出し、しげしげと確認する。
 記憶にある完成図と照らし合わせたのちに、結構分厚くて、書き込みもいっぱいしてあるその束を私はしっかとまとめて暖炉だんろへ持っていき、出来る限り細かくちぎって中へと投げ入れた。

「あ、ライターお借りしますね」

 そして卓上ライターを借りると火をつけた……。そして私は、この悍ましい装置の設計図が、炎に巻かれて燃え上がっていく姿を、しっかとこの目で確認する。

「…………ふぅ」

 火は、良いなぁ……。
 いろいろな事を忘れさせてくれる。
 うん、火は良い。
 ゆらゆらと揺れて時々緑っぽいものも含んだ色を見せ、たくさんの思い出を燃やし尽くしてくれている。

 そう、とある科学者が目論んだ『世界すべての巻き戻し』をというおそるべき発明品が、完全に灰となっていくまでを確かめ、私はようやく安心できた。

「これで安心ですね!!」
「ああ、あぁぁぁ……あぁぁぁあぁ」

 ぼろぼろの部品たちの前で落ち込む博士の背中は、哀愁あいしゅうを漂わせている。ちょっとだけ申し訳ないと思った私は、その背中をさすりながら言った。

「すみません……博士。けれど、あれは発表できません」
「ううぅぅぅぅ、そうなんかのお……」

 というか、発動させたら世界はどうなっちゃうんでしょうね?
 もしかしたら何も変わらないかもですが、もし本当に効果があるとしたら、とても困ってしまうものでしょう。
 体験したいと思わないし、私の目が黒いうちは、引き起こさぬよう止めますよ。


**―――――
「え、ええ、ちょ、ちょっと!? え、ひどくない!?」

 妹が話の途中で声を上げた。なんでそんなわかりきったこと言うんだろうね?

「……うん、我ながら酷いと思う」
「うそばっか」
「え!? 嘘じゃないよ?」
「じゃあ、なんでそこまで丹念たんねんに抹消したのよ!」
「そ、そりゃ、博士にちゃんと許可もらってるからだよ!」
「へっ、許可!? どういうことよ、それ!?」

 そう、出会った頃の話となるのだが、博士はしっかりとしたまなざしで私に言ったのだ。

『儂の発明品は全て完璧じゃ。だが、もしかしたらこの世に出してはならん発明もあるのじゃ! その時は遠慮なく壊しておくれ!!』

 当時純真だった私は、そのかっこいい言葉を真に受けしまったのだ。そして、博士が見せた悪夢の品には遠慮なく破壊の申し子として振る舞っている。

 あれ?
 妹さん?
 なんか目がとても、その、厳しい感じですね!?
 あの、こう見えても私、人様のものを平気で壊せるほど酷い人じゃないんですよ!?

「博士はね、『儂は時々暴走するからの。世に出せるかはひみっちゃんが判断しとくれ』って言われてるのさね。だから……」
「きっと、にっこにこしながら壊したんでしょ?」

 説明を言葉に出した私に対し、妹はまるで見てきたようなことを言った。

 いやいやいや、妹さん!?
 私に何を見ているのかな?
 純真であり、かつ無垢な心をお持ちのご様子をかもし出してる私に対して、掛けるべき言葉ではありませんよ?

 少しあわてて、私は訂正を口に出す。

「そ、そそ、そんなことはないよ!? 心で笑って顔では泣いて……」
「サイコパスじゃん」

 ああ、しまった!? 逆だった!

「ま、まあ私もちょびっとだけ可哀そうだと思いながら、二度と動かないように壊し尽くしたんだよ」
「設計図まで焼いてるじゃん! 計画的な犯行!? もしかしてストレス発散してるんじゃないの?」
「ないない! 本当に可哀そうだと思ってるんだからね!」
「元凶が何を言うのかね!?」

 いやいやいや、このまま妹の追求が続くと私の立場がいろいろまずい。

 釈明しておきますが、発明品の粉砕は、世のため人のため、この世界のすべてを慮る、あったか~い心がなければできなかった所業なのですよ!?
 悪役になることも辞さず、『世界すべての巻き戻し』を防いだこの偉業いぎょう、できればめてほしいです。

「むう……」

 そんな、私の自分を守る言葉たちを、妹は息一つで流してから、じとりと睨んできた。

「んで、それで終わりなの?」

 なんというかその目、臭い立つ生ごみをどうやって処分しようか考えてるときに似ている。その視線を外しながら、私は努めて冷静に言った。

「そんな訳ないよ。ここからが大変だったんだからね」
「へえ?」
「よせばいいのに、私は言ってしまったのさ」
「なんて?」
「『もう、無いですよね?』……って」
「きっと素敵な笑顔だったんでしょうね」

 なんだろう、妹ってばときどき私の行動を明確にトレースしている気がする。
 もしかして監視されているのかしらん!?
 これって妹がストーカーの練習をしていると判断していいのだろうか? それとも、とっても純真で読まれやすい私の性格がいけないのだろうか?
 まあ、たぶん前者だろうなあ、うん。妹の未来は心配だ。
 もし私に何かあった時用に、遺書へときっぱり残すからね!

「なんか変なこと考えてない?」

 私はふるふる首を振ったのちに、指を立てて言った。

「あのね、私が笑顔かどうかはおいといて、博士は言ったのだよ」
「予想はできるけどなんて言ったの?」
「そう、とてもいい笑顔でさ『まだあるぞい!』ってね」
「おう……」
「とっても見事なまでに落ち込んでいた姿からは、本当、予想もつかないほどに良い笑顔だったよ」
「おやまあ」

 そう、衝撃の事実として、発明品は一つじゃなかったのだ!
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